ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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幕間 春のペンション
見えるももこちゃん


「先輩、準備はいいですか? 今日は前と違うんですから、あっちこっち行っちゃ駄目ですよ?」

 

 晴れやかな空の下。暖かそうな防寒具に身を包んだ柚花が、白い息とともに後ろを歩く桃子に振り返る。

 柚花は腰のベルトの左右にそれぞれ双剣の鞘がかかっているけれど、今は右手にだけ剣を手にしており、左側の剣は鞘に入れたままだ。

 彼女の剣は、近接武器でもあり、十八番の【チェイン・ライトニング】の起点となり指向性を操る電極でもあるのだが、その起点となる剣を片手にしか持っていない今は、そこまで警戒するほどの敵は出てこない、という判断なのだろう。

 

 そして、柚花に呼びかけられた桃子もまた、白い息を吐きながら元気に返事を返す。

 

「ん、オッケーだよ。しっかり武器のハンマーも構えてるし、ちゃんと普通の探索者に見えるよね?」

 

「どう見ても小学生が大きいハンマー構えてる感じなんで、残念ながら普通の探索者には見えませんけどね」

 

 桃子が着用しているのは、柚花と同じく探索者用の防寒具だ。サイズがやや大きいようで、全体的にぶかぶかだ。ポケットなどはこんもりしている。

 そしてその袖から出ている小さな手でしっかりと、巨大なハンマーを構えている。

 普段ならば、移動時は【縮尺】の魔法で小さくなった状態のハンマーを懐に忍ばせているのだが、今回は最初から武器として構えている。なぜなら、今の桃子は普通の探索者だから。

 

 しっかりと、普通の探索者として。

 ダンジョンの入り口からずっと、巨大なハンマーを手にしていた。

 

「さ、ササカワさん……ですね? その、失礼ながら伺いますが、年齢は19歳で間違いはありませんね?」

 

「はい、私ってちょっと身長は小さいですけど、19歳です」

 

 案内の眼鏡の現地スタッフが、桃子の姿を二度見してから、問いかける。

 初見の人間にしてみれば、目の前の光景は小学生女児が巨大なハンマーを片手で持ち上げてにこにこ笑っているようにしか見えない。だがしかし、書類上はこの女児……もとい、小柄な探索者は、19歳で経験豊富な探索者だという。

 ダンジョンは何が起こるか分からない、とは言うけれど、女児がハンマーを振り回すとは思っていなかったスタッフは、呆然とその三つ編み少女を眺めていた。

 が、すぐに声をかけられて、我に返る。

 

「ほら先輩、危ないからハンマー振り回さないでくださいね。ではスタッフさん。案内お願いしますね」

 

「はい。所々雪が積もっていたり、ぬかるみになっている場所もありますから気を付けてくださいね。では、出発しましょう」

 

 現地スタッフは、目的地まで二人を案内する役目だった。彼もまた己の武器である剣を手にしているが、見た所そこまで場慣れした戦士という風には見えない。どうやら本当に、戦闘のためではなく道案内の為に派遣されているようだ。

 針葉樹の頭には白い雪がかかり、所々に姿を見せる草原にはまだ白い雪が積もっている場所もある。

 緑の芝生には白い花――氷の花が咲き乱れ、道行く桃子たちの白い息は晴れやかな空へと消えていく。

 

 

 ここは、北海道の東側に存在する摩周湖手前に大きな口を開いた、摩周ダンジョン。

 とある事件以降、過去の通称「カムイダンジョン」という名で再び呼ばれることも増えていた場所だ。

 

 その第一層「白い湖畔」に、桃子と柚花は再び、訪れていた。

 

 

 

 

 

「景色が変わってるのは見てわかるんですけど、魔物とかも種類が違うんですか?」

 

「魔物の種類自体は変わっていませんが、フライフィッシュや大型魔獣は第一層には出てこなくなりました。もっぱら、小型か中型の獣タイプの魔物が主となります」

 

 一月の事件が起きるまで。このダンジョンは一面凍り付いている白い世界で、緑の芝生などは存在していなかった。それが今では青空と緑の草花が広がるダンジョンだ。

 その景色を作り出したのは主に自分たちの功績なのだが、改めて訪れてみたら、あまりの違いに感嘆の声が出てしまうのも仕方がない。

 

 景色だけではなく、道のりも大きく変化している。

 これは以前訪れた際も、帰り道で一度はみた道のりではあるけれど、随分と坂や小さな崖などの障害が増えてしまったようだ。

 以前までは目的地まで平坦な一本道だったのだが、少々その道のりが面倒臭くなってしまったようである。

 

 魔物に関しては、強くはない獣タイプが主だというけれど、どうやら今歩いているこの道のりはすでに朝から何人もの探索者が行き来しており、近隣の魔物は既に討伐されているようだ。

 結局、武器は構えたものの魔物と出会うことなく三人は道のりを進んで行く。

 

「フライフィッシュって空飛ぶ魚だったっけ。スカイフィッシュと似てるね。あっちはフィッシュっていうかエビだけど。味もエビだったよ」

 

「上高地ダンジョンのスカイフィッシュでしたっけ? あれがエビだとは知りませんでした。っていうか、食べたんですか?」

 

「罠を張っておくと、朝方捕まえられるんだって。上高地ダンジョンの名産にならないかな」

 

 フライフィッシュというのは、以前このダンジョンで見たことがある。空を泳いで探索者に襲い掛かる魚の魔物だ。

 見た目はそれこそただの魚なのだけれど、あの獰猛さは空中を泳ぐピラニアのようなものである。トリッキーな動きで襲い掛かってくるため、慣れないと対処が難しい魔物だ。

 無論、名前が似ているだけで、上高地ダンジョンの空を飛びまわっているスカイフィッシュとは全く無関係である。

 

「そう言えば上高地ダンジョンの事件では、タチバナさんは大活躍だったみたいですね。無事、お友達も救助されたようで良かったです」

 

「あはは、スタッフさんにも知られてるなんて、柚花ったら北海道でも有名人じゃん」

 

「光栄です。まあただ、あんまり有名になりすぎてもいいことないんですけどね……」

 

 どうやらこの北海道の現地スタッフも、カリンが空に落ちた件の事件については把握していたようだ。

 今まで誰にも発見されてこなかった新たな階層であり、そこに美少女配信者が生配信中に落下。そこは広大な空のダンジョンで、そこに住まう妖精たちが助けてくれたというのだ。話題性抜群だったことだろう。

 恐らくカリンも、当分はダンジョンに潜らず身を潜めるようにギルドから謹慎を言い渡されているのだろうなと、柚花は自分の経験をもとにカリンの状態を推理する。

 まさにドンピシャで、検査入院から退院したというのに当分ダンジョンは我慢するよう言い渡されたカリンは、涙目でこの期間を過ごしているのだった。

 

 

 そんなやり取りを交わしながら。スタッフに連れられて到着したのは、この階層の中心地。

 巨大な湖が広がり、その湖畔には白い雪の花が咲き乱れている。

 そして、その湖畔を望むような位置に建てられた、一つの建物。

 周囲をしっかりとした柵で囲っており、魔物の侵入を防いでいるその建物こそが、今回の目的地だ。

 

 ここはペンション『パイカラ』。

 世にも珍しい、ダンジョン内に建てられた宿泊施設である。

 

 

 

 

「タチバナさん、それに……あなたがササカワさん、ですね? お久しぶりです、ようこそ『パイカラ』へ」

 

 三か月ぶりに訪れたペンション『パイカラ』は、ほぼ建て直しレベルの改装があったにもかかわらず、以前訪れたときとは殆ど変化のない外観だった。

 とは言っても、壁や柱などは見るからに明らかに新しく、ほぼ新築の物件のようになっている。そのような細部に注目すればやはり大規模な改築の名残が見える。

 

 そして、玄関のベルを鳴らすと奥から出て来たのは、白髪交じりのペンションオーナー。雪村だ。

 

「雪村オーナーさん、お久しぶりです、タチバナです」

 

「ええと、お招きいただきありがとうございました、ササカワです、よろしくお願いします」

 

「ええ、よろしくお願いします。以前にもお会いしているはずなのに、思い出せなくて申し訳ない」

 

 桃子は以前も一度ここに来て、この雪村とも直接会話をしていた。

 とは言え、最初の挨拶時には腕をとって【隠遁】の効かない状態にしてから雪村に挨拶はしたのものの、会話を交わしたのはそれだけだ。その後は再び【隠遁】の魔力が仕事を始めたので、恐らく雪村の中では桃子の記憶は殆ど消えてしまっていたことだろう。

 

 それからしばらく、桃子たちは『パイカラ』の改装と、このダンジョンの開放について話し込んだ。

 おめでとうございます、から始まり、その節はありがとうございます、やらなにやらと。

 ありきたりな挨拶でも、こうして本当に新たに生まれ変わったダンジョンの姿を見ると感慨深いものだった。

 

 残念ながら、以前飾られていたコロポックルの衣装は彼らの消滅とともに失われてしまったけれど、今でもロビーにはコロポックルたちを描いた絵画が飾られている。

 雪村は、この新しいダンジョンで、またいつか、コロポックルたちと出会う日を夢見ているのだそうだ。

 

「……っと、ついつい話し込んじゃいました。じゃあオーナーさん、とりあえず荷物を置きたいんで部屋まで上がっちゃって構いませんか?」

 

「おっと、失礼しました。では部屋の鍵はこちら。以前と同じ場所となっておりますので、ごゆっくり」

 

「はい♪ では先輩、お腹の中身が暴れる前に、部屋に行きましょっか」

 

「うん、行こうか。長話しすぎて、ポケットがむずむずしてきたしね」

 

 少女たちの会話に対して不思議そうにハテナを浮かべる雪村に見送られながら、桃子たち二人は館内を歩いていく。ただのペンションにしては大き目のつくりだが、以前と作りが同じならば迷うことはない。

 

 

 

 この摩周ダンジョンは、一月の事件でペンションが半壊し、ダンジョンも大きく様変わりして以降、一般探索者は立ち入りできなくなっていた。

 その期間がようやく、終わったのだ。姿を変えた摩周ダンジョンは一般探索者に解放され、破壊されたペンションも改装が終わり、宿泊可能となった。

 そして、その宿泊客第一号として招かれたのが、あの事件の際にここを訪れていた探索者たちである。

 そう。桃子もきちんと、招かれた招待客としてやってきているのだ。

 

 その上で、今回はちょっとした裏技を使って、桃子のじゃじゃ馬スキル【隠遁】を無効化していた。なので、本日の桃子の姿は、スタッフや雪村からも認識されている。

 ダンジョン内で巨大ハンマーを持ち歩く小学生女児には、すれ違った探索者には驚かれるし、案内のスタッフも、そして雪村すらも目を開いて二度見する。桃子としては、なかなか新鮮な体験だった。

 

 その仕掛けは、他の人間の居ない客室で、ようやく種明かしを迎える。

 

「先輩、お疲れさまでした。じゃあ、はい、皆さんももう出てきても構いませんよ?」

 

「今ボタン開けるからちょっと待っててねー」

 

 与えられた室内に入ると、桃子は巨大なハンマーを縮小してポケットにしまい込み、その背に背負ったリュックをベッドの上に無造作に下ろす。

 そして、ぱち、ぱち、と。防寒着についた幾つかのポケットのボタンを、一つずつ外していく。

 そしてその解放されたボタンからは、いくつかの光が飛び出した。

 

「ずっと。黙って隠れてるのも。大変だな。いつまで話してるのかと。思ったぞ」

 

「うぅ……み、見つかったらどうしようかと、お、思っちゃいました……」

 

「ククク……ようやく一息、つけるさぁ。人間の施設に、侵入成功……だねぇ……?」

 

「このペンションは、お酒も美味しいって聞いたわ♪ 楽しみね♪」

 

 そう。そこから飛び出て来た4つの光は、妖精たちそのものである。

 桃子はこのダンジョンへと入ってすぐに、光の膜を通ってやってきていたこの妖精たちと合流し、その防寒具のポケットに忍ばせていたのだ。

 桃子の【隠遁】は、妖精がすぐ近くにいるとその特殊な魔力が乱され、効果が薄まっていく。

 妖精が一人ならば、多少薄まるだけだ。よっぽどの目立つことをしなければ普通にしていてもまず認識されることはない。

 妖精が三人ならば、魔物たちには桃子の存在は普通にバレてしまう。人間たちでも、何かしら注目するきっかけさえあればすぐに桃子の姿に気付くことが出来るだろう。

 

 そして、妖精が四人ならば。【隠遁】の効果は殆ど薄れていく。桃子が普通に、他者から認識されるようになってしまうのだ。もちろん、妖精ごとの強さや桃子との距離によって効果は変動するけれど、普通にしていても認識されるのは妖精四人以上のとき、という点は間違いなさそうだ。

 

 つまり、逆を言えば。

 

 妖精が四人以上ぴったりくっついていれば、桃子は普通の探索者として、ペンション『パイカラ』に宿泊できるようになるのである。

 

 

 

 

「みんなのお陰で、私も【隠遁】を隠して宿泊出来たよ。ありがとうね」

 

「うまく行って良かったですね、先輩」

 

 この度。ペンション『パイカラ』から再び招かれたはいいのだが、桃子と柚花が頭を悩ませたのはやはり【隠遁】である。

 前回のように理屈を並べたところで、やはりあれでは桃子が普通に宿泊客として招かれた状態とは言い難い。

 

 そこで桃子が思い出したのが、空の上で妖精に囲まれて魔物に見つかってしまったときのことである。

 妖精が多ければ、桃子は普通の探索者と同様の存在になれるのではないか。

 結果はこの通り、大成功。妖精たちの協力が必要となるものの、このやり方がうまく行けば桃子はペンションに宿泊できるし、ダンジョン内のうどんストリートで客としてうどんを注文出来るのだ。

 無論、そのためには妖精たちがずっと桃子の懐で隠れている必要があるため、気軽にとれる作戦ではないのだが。

 

 今回はその実験もかねて、風の妖精ヘノと水の妖精ニムの、桃子と柚花のそれぞれのパートナー。

 そして、ルイとクルラという、ヘノの仲間の中でも年長の二人が選ばれたのだった。

 

「皆さん、あまり先輩から離れないでくださいね。【隠遁】で存在を忘れられちゃって、夕食抜きとかになったら困るので」

 

「わかったぞ。ほら。お前ら。桃子の周りに集合だぞ。ぴったりくっつかないとだぞ」

 

「いや、そこまで密着しなくても大丈夫なんじゃないの……?」

 

 ぎゅうぎゅうに、桃子に身体を押し付ける妖精たち。

 唐突な妖精のおしくらまんじゅうに潰される状況に、桃子は困ったように苦笑を浮かべるのだった。

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