ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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湖畔のダイバー

「先輩、いきなり寝ないでくださいよ。せっかくですから湖畔まわりを見に行きましょうよ。私、ダンジョンが生まれ変わってからまだここ見てないんですよ」

 

 新しく改装されたペンション『パイカラ』は、以前にも増して非常に居心地の良い空間となっていた。

 建材に使われている木材の香りがうっすらと漂っており、暖炉のパチパチ言う音も心地よい。室内に設置された二つのベッドも今回新調されたもののようで、以前よりもバネの質も、布団のふかふか感も向上している。

 何より、前回来た時のように外が吹雪いていないので、不安を掻き立てられない。

 

 そんなわけで桃子は部屋に入って早々、いきなり妖精たちとベッドに横になって昼寝をはじめてしまうのだが、そこに柚花が声をかける。

 せっかく飛行機に乗ってまで北海道のダンジョンにやって来たのに、そこでいきなり寝てしまうのは勿体ない。桃子も確かにその通りだと考えなおし、勢いをつけ、ベッドのバネを利用してぼよんと上半身を跳ね起こす。

 桃子の横に寝転がっていた四人の妖精たちがその弾みで大きくベッドの上を転がった。

 

「じゃあ、さっそく外の景色を見てこよっか」

 

「でも。後輩。ここのダンジョンだったら。ニムと一緒に。いつでも来られるだろ」

 

「いや、私は桃子先輩と違って他の人間から丸見えなんで、迂闊に他所のダンジョンに遊びに行けないんですよ」

 

「そ、そうですねぇ。いつも、人の少ないダンジョンを選んで、こ、こっそり遊んでるんですよぉ……」

 

 柚花も、ニムの協力があれば妖精の国を経由して様々なダンジョンへと移動することは出来る。だがしかし、柚花の場合は桃子のように自由に様々なダンジョンに出没できるわけではない。

 桃子の場合は元々【隠遁】というスキルによって他者から認識されないので、どのダンジョンを探索しようが、どこの魔物を全滅させようが、現地の探索者に見つかることはない。

 だがしかし、柚花の場合はそうもいかない。普通に現地の探索者に見つかってしまう上、柚花本人が知名度のある探索者なのも相まって、いるはずのない場所で目撃されると余計な騒ぎになりかねない。

 なので、柚花とニムが出歩く先も、もっぱら滝の迷宮やマヨイガのように人に目撃されにくい迷宮に限定されるのだ。

 

「そっかー。柚花は人間から姿が見えちゃうんだもんね。大変だねえ」

 

「いよいよ人外の立場からものを言うようになっちゃいましたね、先輩」

 

 人間に戻ってください、と柚花は桃子の手を取り、立ち上がらせる。

 

 柚花はそのまま、立ち上がった桃子の両手をまっすぐにのばさせて、まず右手から防寒着の袖を通していく。

 桃子の右手が袖を通ったら、同じように次は左手に防寒着を通していく。

 両腕が通ったら、防寒着の前のジッパーをあわせて閉じる。

 桃子は柚花に誘導されるがままに防寒着を装着していくが、これでも成人女性である。

 

「はい、着替え終わりですよ、先輩」

 

「わーい、ありがと、柚花。じゃあ可愛い後輩のリクエストに応えて、さっそく湖畔に行ってみようか」

 

「ククク……では、またもや桃子くんのポケットに、集合だねぇ……?」

 

「左の。胸元のポケットは。ヘノの場所だからな」

 

「じゃ、じゃあ……わ、私は右側に入りますねぇ……」

 

「わたしはどこでもいいわよ♪」

 

 桃子たちが外出すると聞いて、妖精たちは我先にと桃子のブカブカ防寒着のポケットへと入っていく。

 子供たちが二段ベッドの上か下かで争うようなものなのだろうか。どうやらポケットの場所によって居心地も違うようである。

 ヘノとニムの若い妖精たちに先に場所を選ばせてから、残りのポケットにはルイとクルラが入り込んでいく。

 

「ごめんね、なんか窮屈な思いさせちゃってない?」

 

「うふふ♪ 桃子の匂いで、ポケットの中も悪くないわよ♪」

 

 桃子はちょっとばかし申し訳なく思うのだが、ポケットに入るや否やそれぞれが楽な姿勢で寛ぎ始める。ルイに至ってはいつの間にか持ってきていた見知らぬ赤黒い葉っぱ数枚をポケットに持ち込み、何かずっとごそごそやっている。不穏だ。

 なんにせよ、ポケットの中の空間というのは、意外に妖精にとっては苦ではなさそうなのが救いだった。

 

 

 

 

 

「うわあ、前に見たときは凍り付いてたけど、今は水が透き通ってるねえ」

 

 第一層「白い湖畔」の名の由来でもある、この階層の中央に位置する大きな湖。そこは、以前来た時と比べて大きくその姿を変えていた。

 というのも、以前ここに来た時は、湖畔の水面は白く凍り付いていたのだ。水が透き通っているとか以前の状態で、例えるならばちょっとしたスケートリンクのようになっていた。

 それが、今ではきちんと透明度の高い湖となっている。

 この摩周ダンジョンの外に広がる本物の摩周湖もまた透明度の高い水質で有名な湖だが、それに勝るとも劣らないだろう。もしかしたら、外の摩周湖の影響を受けているのだろうか。

 

「さっき雪村オーナーに聞いたんですけど、この湖は魚も釣れるみたいですよ? 魔物じゃなくて、原生生物の。食べられるやつです」

 

「そうなんだ? どんな魚がいるのかな? ここで釣っていけば、妖精の湖に魚の種類増やせるかな」

 

 柚花の解説を聞きながら、湖のほとりに立ってその水面を覗き込む。

 透明度が高い為、浅い箇所ならば水の底までが覗き込める。水底では名も知らぬ水草が揺れているのが見えるが、流石にそう簡単に魚影は見つからなかった。

 

 この摩周ダンジョンの外に広がる本物の摩周湖にはプランクトンが少ないため、実は生き物はあまりいないらしいのだが、果たしてダンジョン内の湖はどうなのだろうか。ダンジョンの原生生物は魔力を摂取して成長すると言われているので、プランクトンが少なくとも繁殖しているのかもしれない。

 

「北海道だし、いっそウニとかホタテとかいないかなあ」

 

 しかし、桃子がじっくり水面を眺めていると、左胸のポケットからヘノがぴょこっと顔を出して、桃子に忠告する。

 

「桃子。何かが。水の中から。出てくるぞ」

 

「え?! 水中から出てくるって、魔物か何か?」

 

 水中から出てくる魔物というと、琵琶湖ダンジョンの魚人が真っ先に桃子の頭に浮かび上がる。

 だがしかし、魔物だとしたらヘノがもっと警戒しているはずだ。ならばいったい、何が出てくるというのだろうか。

 

「先輩、とりあえず下がりましょうか」

 

 さすがの柚花の【看破】と言えど水中を見通すことは難しく、ヘノの言う「何か」が何なのかは分からない。

 だがしかし、感知能力に秀でているヘノが言うのならば、間違いなく何かが出てくるはずだ。

 柚花は桃子の手を引いて、水面から離れようと誘導するが――。

 

 

 バシャッ

 

 

「ぴゃっ?!」

 

 突然の水音と共に、桃子たちの目の前の水面から現れたのは、人型の黒い影。それが二つ。

 いきなり現れたそれに桃子は驚き、こてんと後ろに尻餅をついてしまう。

 

「は、半魚人?!」

 

「先輩、違いますよ。ほら、よく見てください」

 

 驚く桃子とは反対に、柚花は半ば唖然としながらも、特に驚いている様子はない。

 言われてよく見れば、その人型の黒い影は、スキューバダイビングで着込むようなウェットスーツを装着しただけの、人間だった。

 頭から足先まで包み込むウェットスーツの二人組だ。ボディラインがしっかりと出ており、両者ともしっかり筋肉がついて、引き締まった体型の男女なことがわかる。

 また、唯一スーツに穴が空いている顔部分には、これまた顔全体を覆うようなゴーグルのようなものを装着しており、その顔は分からない。

 

 なんにせよ、だ。

 いくら瘴気の嵐が消えたとて、ここが息を吐けば白くなるような真冬の寒さのダンジョンであることには変わりない。そんな場所で素潜りする相手など、マトモな相手ではない気がする。

 桃子が尻餅をついた姿勢のまま、恐る恐るその二人を見上げていると、そのウエットスーツにゴーグルの不審人物たちが、声を上げる。

 

「っぷはぁ、やっぱり湖はいいですね、アカヒト」

 

「ああ。深潭宮みたいに魚人もいないし、こういう湖に潜ってみるのも悪くないな、イリア」

 

「……え、えええ?!」

 

 そのウェットスーツの不審人物は、目の前で驚く少女に気付いているのかいないのか、互いに名を呼び合っている。

 アカヒトとイリア。桃子もよく知っている、琵琶湖ダンジョンの探索者たちだ。

 一月に共に戦った仲間でもあるこの二人も、今回は招待を受け『パイカラ』に訪れているだろうなとは思ってはいたものの、まさかこの冷たい湖からいきなり出てくるとは思わなかった。桃子は唖然としている。

 

「あら、そこにいらっしゃるのはタチバナさんと……姫様そっくりの先輩さんですか?」

 

「えと、そういうそちらは、イリアさんとアカヒトさんですか?」

 

「ああ、これは失礼しました。マスクごしではわからないですよね。イリアです、お久しぶりです」

 

「久しぶりだな、アカヒトだ。そちらはタチバナさんに、その先輩の子だったか」

 

 イリアとアカヒトは桃子たちに気付くと、顔のゴーグルを外してにこやかに笑顔を向けてくる。

 桃子は一応、一月の事件の際は帰りのバスで「タチバナを心配して迎えにきた先輩」として面識を持っている。

 イリアたちが言うには、桃子は琵琶湖の人魚姫様とそっくりという話である。実際の姫様はもっと荒々しい側面があるので、顔立ちは似ていてもやはり別人だというのがイリアの談だ。

 最近は、ネット上では人魚姫は日焼けした肌に吊り目風のコミュ障蛮族姫というイメージが固まっているというが、どうやらイリアの記憶の中の人魚姫もその姿に近づいて来ているようだ。

 いくら【隠遁】の影響で記憶があやふやだったとしても、時間がたつごとにイリアの中の人魚姫像が現実の桃子からどんどん離れていく。記憶の改ざんというのは恐ろしいものである。

 

「はい、笹川です。お久しぶりです」

 

「お二人とも、そんな格好で何してるんですか? なんか漁の網みたいなのが見えますけど」

 

 桃子は、久しぶりの再会となる二人に改めて自己紹介をして、ぺこりと頭を下げる。

 一方柚花は、二人が手に持っていたものに注目していた。イリアとアカヒトが水から上がると、その手には網の端が握られていたのだ。

 

「私たち、水中で戦うのが本業の探索者なんです。なので、雪村さんにも許可をとって、この湖の魚や貝などを幾つか採集させていただいたんですよ。見てください、大量ですよ」

 

「おっと、そうだった。すまないな、本当はここでもう少し話していたいんだが、食材が傷んでしまったらいけない。俺たちは先にペンションに戻らせて貰うよ」

 

 彼らが湖から陸上へと上がると、引っ張られてその網の中身が露わになる。それは、魚や貝。いわゆる、海の幸だった。

 どうやら、何を思っての行動かは知らないが、イリアとアカヒトは素潜りで網漁をしていたようである。

 

「しょ、食材……」

 

「と、とりあえず、お疲れさまです。また後で」

 

 寒くないのか、なんでイリアとアカヒトが食材を調達しているのか、との疑問はあるが、桃子たちはその疑問をいったん飲み込む。これが獲れたての食材だというのなら、アカヒトの言う通りここで話し込むのは良くないだろう。

 網に入った魚や貝を網ごと両手に抱えて、ペンションへと戻るウェットスーツの二人組。桃子たちはその姿をポカンと眺めながら、静かに見送るのであった。

 

 

 

 

「あいつら。面白い格好してたな」

 

「うぅ……琵琶湖ダンジョンで泳いでいる方々と、同じ装備でしたねぇ……わ、わざわざ持ってきたんでしょうかぁ?」

 

 ポケットから少しだけ顔を出して様子を覗いていた妖精たちも、口々に感想を言う。

 全身ウェットスーツというのは、妖精の目から見ても面白い格好に映るようだ。それはそうだろう。あんな格好の探索者、琵琶湖ダンジョン以外で見かけることなど普通は無い。

 

「先輩も、水中潜ってみます? 先輩も前に深潭宮を泳ぎ回ってたんですよね?」

 

「ククク……この湖ならば、ちょうど向こう側には光の膜で妖精の国にも行けるからねぇ。水着はすぐに、とって来られるよぉ?」

 

「いやいや、寒い寒い。いくら何でも、水着でこんな寒中水泳はしたくない、かな」

 

 ヘノとニムがいれば、いつぞやの様に二人がかりの水中呼吸の魔法もかけられるし、水着があればこの湖にも潜ることは出来る。

 だがしかし、流石に嫌だ。ごめん被る。水中からの景色に興味がないわけではないけれど、あの肺の中に水が入り込む魔法はなかなか慣れることが難しく、またやりたいかと聞かれるとあまりやりたくはない。

 それに、そうでなくともこんな寒中水泳など嫌だ。桃子は慌てて首を横に振って、拒否の意思を示す。

 

「そうね♪ 寒い日は、お酒とお鍋よね♪」

 

「お酒は飲めないけど、なんか温かいもの食べたくなってきちゃったよ……」

 

 無論、桃子はお酒は飲まないけれど。今は無性に温かい煮込みうどんでも食べたい気分だった。

 なお、そんな桃子の希望が叶うのはペンションに帰ってすぐのことであった。

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