ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「先輩。なんかもう、ハチャメチャに美味しかったですね、今日のディナー」
「うん、びっくり。サラダひとつとっても全然違うし。使われてたシーフードって、お昼にイリアさんたちが湖で獲ってたやつなんだよねえ」
ペンション『パイカラ』のディナーは、率直に言って、最高だった。
以前訪れたときの食事は、桃子の【隠遁】の事情を知っていたオーナーの計らいで、ビュッフェスタイルとなっていた。それはそれでもちろん美味しいものばかりだったのだが、やはりしっかりと作られたディナーはものが違うと言わざるを得ない。
同年代の平均的な女子と比べればそれなりに料理に詳しいつもりの桃子だったが、やはりプロの料理人は格が違う。
素材がどうの、火加減がどうの、ドレッシングがどうのと。桃子はディナーを食べ終えた後でも、部屋に戻って柚花としばらく料理の話に花を咲かせていた。
「今回は招待客だから無料で頂いちゃいましたけど、ちょっとした高級レストランでしたね」
「氷上さん、本当に三ツ星シェフだったんだねえ。見た目はなんか、普通のおばさんなのに、びっくりしちゃった」
料理長の氷上は、桃子や柚花から見れば母親よりもさらに上の年代の、人の好さそうなおばさんだ。
割烹着を着込んだ姿は、三ツ星レストランのシェフというよりも定食屋の方が似合っているのだが、その料理の腕前は本物だった。人は見かけによらない。
マグマとえあろの料理人コンビも大いに刺激を受けたようで、食事中はじっくりと料理を観察し、何やら神妙にメモを取りながら食べる姿が印象的だった。
桃子の食事中もポケットに入ったままだった妖精たちには申し訳なく思ったが、後から妖精たちに聞いたところでは、お皿に少量ずつ出される上品な料理はさほど興味をそそられなかったらしい。
むしろ大鍋にドカッと出されるような豪快なもののほうが、ヘノたちの好みのようである。つまりはカレーのことだろう。
「びっくりといえば、あのマタギのお爺さんのハリウッドデビューの報告にはびっくりでしたね」
「うんうん、みんな驚いてたねえ」
他にも、ダイニングでは様々な話を聞けた。
マタギのお爺さんのアップから始まる柚花の動画、俗にいうマタギムービーがバズった影響でお爺さんの知名度が世界的になってしまい、どうやら海外の映画監督からオファーが来たのだという話。
湖畔には、夜な夜な白い光たちが舞っているのが見えるのだという話。
氷の花とともにフキが伸びてきており、きっとコロポックルもどこかにいるのではないかという話。その話をしているときの雪村オーナーの瞳は、嬉しそうで。だけど少しだけ、寂しそうに見えた。
あとはもう一つ。ペンションの改装工事の職人たちの中で広まっていた、黒いドレス少女の幽霊という怪談話もあった。
なんでも、普通の探索者が入って来れないはずの期間だというのに、複数の職人たちが、黒いドレス姿の少女が下層へ続く道を行く姿を目撃したのだという。
恐らくそれは幽霊でもなんでもないただの朗読少女なのだが、桃子と柚花は何も聞かないことにした。何故だかイリアとアカヒトもその話は無言で神妙に聞いていた。
なんにせよ。一部扱いの難しい話もあったものの、料理も美味しく、談話も楽しい。実に有意義な時間だったと言える。
「で、先輩。この状況は一体なんなんでしょうね……」
とにかく、そんな楽しいディナータイムを終えて、今は桃子たちは自室へと戻ってきているのだが。
柚花がその室内を眺めて、ぼんやりと呟く。
「なるほど。なんだか。随分と。柔らかいんだな」
「お、お魚さんが……こ、こんな姿に……もぐもぐ……」
「ククク……妖精の国の食材で、再現は出来ないものかねぇ……」
桃子たちと同じベッドの上では、いくつかの料理が入ったタッパーを囲んで、妖精たちが料理を味わっていた。
これは、桃子が氷上に頼んで今日のディナーの幾つかをタッパーに入れてもらったものだ。
桃子はやや恥ずかしそうに追加のタッパーを頼んでいたのだが、その時の氷上料理長の視線は、成長期の孫娘を優しく見守る目だったことを、柚花は知っている。明日は桃子にだけは特製のお弁当とかを持たせてくれるかもしれない。
ちなみに、タッパーにはいくつか爪楊枝が入っていたのだが、ヘノが爪楊枝を使ってものを食べるとツヨマージなのか爪楊枝なのか分からなくて非常に紛らわしい。間違えて本物を捨てない様に気を付けないといけないのだが、見た目がほぼ同じで判別難易度が高すぎるので、出来ればやめて欲しいなと桃子は内心思っている。
そして、もう一つのベッドの上では。
「どうやらあのシェフ、未成年の桃子さんたちとわたくしたち大人組で、味付けも変えていらしたようですわね」
「卓上にワインがあったわよね♪ 大人はワインを一緒に飲む前提なのかしら♪」
「確かに、私たちのテーブルにはワインが出てたわね。客層によって味を変える……単純なことだけど、それだけの手間と判断力が必要となるわね。流石は三ツ星シェフだわ」
ベッドに腰かけて、オウカとえあろ、そしてクルラの三人が、料理談義……いや、お酒談義を交わしていた。
オウカはクルラに呼ばれてお酒を飲みに来たわけだからこの状況は予想通りではあるのだが、何故だかえあろまでが飲酒組に参加している。
というのも、えあろはヘノに会いにきたわけだが、そのヘノが食事中だったのだ。仕方なくオウカとクルラの側に腰を下ろしたところ、気づけばそのメンバーで料理の話に花が咲いてしまった、というわけだ。
「宿泊客の情報を先に把握して製作されたディナーと、一期一会のような接客をメインとするうどん店では前提からして違いますわ。それよりも、うどんに合うお酒を客側が選べるようにした方がよろしいのでは?」
「うどんには日本酒かしら♪ でも、ワインと合わせたうどんも良いわよ♪」
「マグマの辛いうどんと私のうどんでも全然違うし、ワインの場合はせめて赤か白かは――」
ここは一応桃子と柚花の泊まる客室なのだが、どうやらあちらはあちらで話が盛り上がってきているようである。
桃子はそれをにこやかに眺めているけれど、柚花は向かいのベッドの大人チームに不満げな視線を送る。
「なんなんですかこの部屋。私と先輩が添い寝する部屋だったはずなんですけど」
「待って待って、柚花の認識もちょっとばかしおかしくない? ベッドは二つあるからね? 寝るのは別々でしょ?」
以前ここに泊まったときは、色々と事情があって柚花と桃子は一緒のベッドで眠っていた。
だがしかし、今日は外が吹雪いているわけでも、コロポックルの衣装がベッドを占領しているわけでもないので、一緒に寝る理由はない。
しかし、桃子がそれを言うと、やはり柚花は不満げだ。ジト目で桃子を抱き寄せて、自分の太ももに桃子を寝かせようとする。強制膝枕だ。
「でも先輩、妖精の国ではいつも一緒のベッドで寝てるわけじゃないですか。今さら別なベッドの方が寂しいですよ、私は」
「んー、柚花は甘えん坊だなあ」
「あはっ、先輩、くすぐるのズルいですよっ」
桃子は柚花に膝枕をされながらも、下から手を伸ばして柚花の頬を撫でる。
実際に妖精の国に泊まるときは二人で一緒に人を駄目にするベッドで寝ているので、桃子とて柚花と一緒に寝るのに今更抵抗感などない。けれど、それは単にベッドがひとつしかないからであって、一緒に寝ることに執着もしていない。
だからどうやら桃子の中では「柚花は一人寝が寂しい甘えん坊の後輩」と認識されているようだ。
いま膝枕をされているのは桃子だが、桃子が柚花を見上げる表情には、年下の少女に対する慈愛が溢れていた。
一方、向かいのベッドからも、少女たちがイチャイチャする姿は丸見えだった。
いや。クルラが離れている分だけ桃子に【隠遁】がうっすらかかっており、少女二人が何をしているのかが逆によく分からなくなっていた。実際にはくすぐりあっているだけなのだが、第三者には何をしているのか詳細が認識できない。
結果として余計に想像力を掻き立てられるという、ある意味では丸見えよりも酷い状況である。
「……ねえ、最近の女子高生って、こんな感じなの? 倫理的に大丈夫?」
「あのお二人は都内の聖ミュゲット女学園生ですから、その女学園独自の文化ですわね。あの学園はお嬢様の園ですもの」
「そ、そうなの? 女学園って、すごいのね」
先ほどまで料理の話題であれこれ話していたえあろが、半ば唖然とした様子で桃子たちの様子を窺っていた。
オウカはさほど気にしておらず、えあろの質問にも適当に答えているのだが、えあろはそれを鵜呑みにしているらしく、耳を赤くしてごくりと生唾を飲み込む。
えあろは年齢としては二十代の半ば過ぎで、それなりに人生経験もあるし、恋愛経験もある。だがしかし、目の前で年若い少女たちの絡みを見せつけられたのは人生初である。
「えあろも、ああいうのが好きなのかしら♪」
「え、いや、そういうのは私じゃなくて仲間の同人作家が……じゃなくて! なんか、最近の子はすごいなあって。もう私も若い子たちにはついていけなくなっちゃったのね」
「えあろもまだまだ若いわよ♪ さ、そういうときはお酒を飲むのよ♪」
「素晴らしい提案ですわね。賛成ですわ。ああいうものは、シラフで眺めるものではありませんわよ」
そして、オウカとクルラの誘いに乗って、えあろまでがお酒を口にしてしまう。えあろとしては未成年の部屋で飲酒などするつもりはなかったのだが、妖精本人から勧められたお酒を断ることなどできやしない。
桃子たちは妖精という存在に慣れきってしまっているが、普通の探索者からみれば妖精という存在はちょっとした神聖な存在なのだ。そんな妖精の言葉に拒否など出来るわけもない。
そして結局。大人たちは少女たちの絡む姿を肴に、クルラの作った果実酒をちびちびと味わうのだった。
後にえあろは「あの妖精のお酒は非常に甘く感じた」と語っているのだが、甘さの原因が何だったのかは定かではない。
「ククク……何なんだろうねぇ、この部屋は」
「クルラがいるから。こうなる気は。してたぞ」
「み、みんな、楽しそうですねぇ……」
そして、桃子と柚花がいちゃいちゃするベッドでは。タッパーを空にした妖精たちがようやく室内の状況に気付いた様子を見せる。
自分たちの相棒は二人でキャッキャとくすぐりあっているし、向かいのベッドではクルラと人間二人が酒盛りをしている。
「こうなったら、私たちもクルラのお酒のご相伴に預かるとするかねぇ……」
「甘いお酒なら。ヘノも飲んでもいいぞ」
「え、えぇ……?」
そして、妖精たち三人も向かいのベッドで、飲酒組に参加することになる。
「ひぃ、ふぅ……さ、叫びたいですわ……!」
「駄目よ♪ 子供の前で叫ぶなんて、良いお酒の飲み方ではないわよ♪」
「なるほど、つむじ風の早さは制御しないほうがいいんですね。あら、こっちのお酒もいいわね」
「お前。なかなか。スジがいいな。さすがは。キノコ女だ」
「ククク……」
「うぅ……」
「うわ、何なんですかこの部屋」
「いつのまにか、みんなでお酒飲んじゃってるね」
二人でくすぐりあったり、背中や肩をマッサージしあったりとしていた桃子と柚花が部屋の状況に気付いたのは、それからしばらくしてからである。
気づけばベッドにあった妖精たちのタッパーは空になっており、向かいのベッドでは妖精四人と大人二人、全員がお酒を飲んでいた。
一応えあろとヘノは予定通りつむじ風の魔法についての講義をしているようだが、片手にお酒を持ったまま魔法談義をしている姿は流石にどうかと思う。残念ながら、唯一の常識人だったえあろまでがクルラのお酒に陥落してしまったようだ。
妖精のお酒、恐るべしである。
「もう。案の定、みんな酒盛りしちゃってるじゃないですか。ヘノ先輩とニムさんまで飲んじゃってますよ」
「なんか、親戚の集まりを思い出すなあ。親戚のお家に集まると、子供は子供で遊んでる横で、大人はみんなお酒飲んで楽しそうにしてたんだよ」
「あー、なんか分かります。言われてみればそれに似た感じはしますね」
桃子はベッドに腰かけて、小さいころの親戚の集まりを思い出していた。
従妹と二人で遊んでいる横では、大人たちがお酒を飲んで楽しそうに話していた。まだ子供だった桃子は、意外とその空気が嫌いではなかった。
とはいえ、それはそれ、これはこれだ。
流石にこの狭い部屋でこのまま宴会のようなテンションになられても困る。
「よし。ちょっと窓でも開けようか。寒くなるけど、空気を入れ替えようね」
苦笑気味に、桃子はベッドから立ち上がって窓際へと移動する。
このペンションの窓は断熱効果のために二重窓になっているが、固定されているわけではなく、宿泊客が自由に窓が開けられるようになっている。
時刻は既に夜。外にはちらほらと白い雪が降り始めており、窓を開ければ室内に寒気が吹き込むのは間違いないが、皆の酔い醒ましには丁度良いだろう。
そして、桃子は窓際に立ち、ちらりと窓の外を覗き込むが――。
「わあ! 柚花、みてみて!」
「おー、これはすごいですね。ちょっと皆さん、お酒飲んでないで窓の外を見てください、凄いですよ!」
柚花に声を掛けられ、妖精たちはふわりと浮かんで、えあろとオウカも柚花の後ろから窓の外を覗き込む。
そこには、いつぞやの瘴気の吹雪が吹き荒れていた景色とはまるで違う。
幻想的な風景が広がっていた。
窓からは、白い粉雪が降り注ぐ湖畔が見える。
そしてそこには、白い光たちが、自由気ままに舞い踊っていた。湖畔を飛び回る光。氷の花畑で花々を渡り歩く光。追いかけっこのように飛び回っている複数の光もある。
中には、二つの黄色の光、新緑のような緑の光、炎の如き赤い光も混ざっていたのだが、それに気づいたものはどれだけいるだろうか。
「綺麗だね」
「ええ、先輩。私たちが、守った景色です」
今頃、他の部屋に宿泊している仲間たちも、同じ光景を見ているかもしれない。
これは、桃子たちが。いまここに宿泊している者たちが勝ち取った風景だ。
お酒談義も、魔法談義も忘れて。しばらく皆、その景色を眺めているのだった。
なお、その後容赦なく窓を開けて換気したのだが、ハチャメチャに寒かった。