ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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湖畔の朝

 夜のうちに薄く積もった雪が、ダンジョンの空からの日差しで溶けて消えていく。

 所々にまだ残った雪が、キラキラと反射していて、これもまた幻想的な風景となっていた。

 

「わー……朝の景色も素敵だねえ」

 

「先輩、もうお昼近くですよ。朝とは言わない時間です」

 

「えへへ」

 

 結局昨晩は、あの後もオウカやえあろを交えて、ダンジョンの話や妖精の話、化け狸父娘の話、更にはたぬすいの話で盛り上がっていた。

 なんだかんだで桃子の事情を知っている関係者ばかりなので、普段は守秘義務で話せないようなことが色々と話せて、夜中まで時間を忘れて楽しんでしまった。

 最終的に解散したのは時間にして深夜の1時は過ぎていただろう。オウカとえあろはそれぞれの部屋へと帰り、桃子と柚花は今回も同じベッドで就寝したのだが、次の日に桃子が起きたのはすでに昼に近い時間だった。

 桃子としては、深夜まで夜更かしをしたのに普通に朝に起きている柚花こそがしっかりしすぎなのだと思っている。

 

「朝のご飯を食べて、ようやく頭が冴えて来た気がする! いまの私は頭の冴えてる桃子だよ」

 

「頭の冴えてる桃子。今日は。どこに行くんだ?」

 

 目覚めた後は、ダイニングで雪村にトーストとサラダを出してもらい、ミルクたっぷりのカフェオレを飲んだあたりでようやく桃子の頭も冴えて来た。

 部屋に戻って服を着替え、表を探索できる防寒着を着こんだら準備完了だ。柚花と共に、さっそく「白い湖畔」の探索二日目の開始である。

 

「うーん、どうしようかな。特に具体的な予定は決めてないんだけど」

 

「ククク……いっそ、第二層でも行ってみるかい……?」

 

「だ、大丈夫ですかねぇ……? ど、どんな敵がいるかも分からないのに……」

 

「大丈夫よ♪ 妖精が四人もいるんだもの♪ 滅多なことがなければ、負けないわ♪」

 

「なら。大丈夫だな」

 

「いや、待って待って。今日は別にさ、本格的な探索をするつもりはないからね」

 

 柚花と共にあてもなく、外を歩く。

 すると、とりあえずまた今日も湖畔のあたりを散策してみようかと足を踏み出したところで、桃子のポケットに身を潜ませていた妖精たちが口々に意見を出し始めた。

 どうやら、妖精たちは第二層に興味があるらしい。摩周ダンジョンの瘴気が正しく循環しているいまならば、確かに桃子たちも第二層に行けないことはないだろう。

 しかし、桃子は桃子で都合がある。このままでは行き先が本当に第二層に確定してしまいそうだったので、桃子は慌てて妖精たちの会話にストップをかける。

 桃子とて未知の第二層というのは気になるし、どのような場所なのか興味はある。けれど、今日は残念ながらそういう訳にはいかないのだ。

 

「でも。ここにも。下の階層とか。あるんだろ。気にならないのか?」

 

「ヘノ先輩。桃子先輩は午後には帰らないといけないから、あまり時間をかけて探索してられないんですよ」

 

「そういえば。そうだったか。桃子もなかなか。忙しいな」

 

「まあ、これでも私、社会人だから。オトナだからね」

 

 そう。桃子は今回、招待客としてこのペンション『パイカラ』を訪れているのだが、実は桃子だけは一泊二日の日程だったのだ。

 土日を旅行にあてたとしても、月曜日は普通に仕事があるため、残念ながら北海道に二泊は出来ない。

 有給休暇などを頼めば休むことくらいは出来るだろうけれど、つい先日もギルドの依頼という体をとってはいたものの一週間まるまる仕事を休んで空を旅していたのだ。

 小市民たる桃子は、その直後にいきなり更なる有給休暇など申請しづらいのである。

 

 なので、今日の夕方には以前と同じくギルドのバスに乗り、空港から千葉へと帰る予定なのだ。

 

「うぅ……飛行機が、落ちなければいいですけどねぇ……めそめそ……」

 

「やめてやめて、なんか縁起悪いからやめてね」

 

 ニムはたまに、タチの悪い想像を広げてめそめそし始めることがあるので、とても縁起が悪い。

 やはり、水の妖精というのはそういうジメジメした言動をとりがちなのだろうか。いつか、ニム以外の水の妖精がいたら話を聞いてみたいなと桃子は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、本日の午後も湖畔の散策だ。ダンジョンは広く、昨日だけではとても見て回れなかったのだ。

 

 いまは柚花と二人で散策しているだけなので、桃子が【隠遁】状態でも問題はない。桃子に引っ付いている必要がなくなったヘノたち妖精チームは、今は思い思いに周囲に散って遊んでいる。

 昨日は湖そのものに注目していたけれど、今日の桃子たちの目的は湖ではない。氷の花とともにこのダンジョンに増え始めた植物、フキの観察だ。

 

「ほら、先輩。こっちにフキが生えてますよ」

 

「本当だ! まだちっちゃいけど」

 

「どうします? 食材として、幾つか貰っていっちゃいます?」

 

 フキというのは、八百屋で扱われるような食材でもある。

 しっかりアクを抜く必要こそあるけれど、一応は生でも食べられるし、炒めても煮ても美味しい野菜の一つだ。

 なので、本音を言えばこの場で収穫して持ち帰りたいところなのだけれど――。

 

「うーん……いや、まだやめておこうかな」

 

「そうですか? まあ、そうですね。コロポックルのお家ですし、もっと増えてからにしましょうか」

 

 このダンジョンにおいては、フキというのは大きな意味を持つ植物だ。

 30年前に消えてしまった魔法生物であるコロポックルは、別名「フキの小人」とも呼ばれており、フキの葉の下に住むと言われている。実際に、過去にこのダンジョンにいたコロポックルたちは、湖畔に茂る大きなフキの迷宮に住んでいたらしい。

 つまり、コロポックルの復活を望むならば。このフキは、必要なものなのだ。

 

 いつの日かこのフキがもっと大きく成長した暁には、そこにはコロポックルたちの姿があるかもしれない。その時に、彼らに分けて貰えばいい。

 今はまだその準備が整っていないけれど、桃子の【創造】を経て。多くの人々の祈りを得て。コロポックルたちがこの地に再び生まれるための条件は、すでに揃っているはずなのだ。

 

 だから、今はやめておく。

 

「いつかさ、フキが沢山生えて、私の身長よりもっと大きくなったら。その時はちょっとだけ、収穫させてもらおうかな。また来るよ」

 

 

『うん。またきて、ね』

 

 

「……え? 柚花、いま何か言った?」

 

「いえ、いまのは私じゃないです。ただ、姿も見えません」

 

「……そっか。そっか」

 

 空耳かと思った。

 しかし、柚花にも聞こえたようだ。二人して、顔を見合わせる。

 

 思えば、座敷童子の萌々子も、実際に生まれ出る以前は柚花にすら姿が見えない、声だけの存在だったのだ。

 それと同じならば。きっと、今の声も。

 この地に、生まれる日を待っているのかもしれない。

 

「先輩、嬉しそうですね」

 

「柚花こそ。なんか嬉しそうだね」

 

「そりゃ、私はあのコロポックル配信で謹慎まで食らったんですから。ちゃんと復活してもらわないと困りますよ」

 

「あはは、そりゃそうだ。うん、またいつか、だね」

 

 桃子たちは、まだ小さなフキを振り返る。

 そこにはまだ何の姿も見えないけれど。きっとまた、この地にはコロポックルたちが姿を現わす日が来ることだろうと思う。

 桃子はその日が、とても待ち遠しい。

 

 ゆらりと。フキの葉がひとりでに、小さく揺れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、雪村さん。楽しかったです、ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ。満足して頂けたようでなによりです」

 

「氷上さんも、お料理すごく美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

「いいのよ。これ、サンドイッチだけど帰りのバスで食べて頂戴ね。しっかり食べるのよ」

 

 そして夕刻。桃子は一足先に荷物をまとめて、雪村らペンションに集う関係者たちに挨拶をしていた。

 桃子は他の招待された探索者たちと違い、ダンジョン探索で生活しているわけではない。あくまで本職は工房の職人見習いであり、平日はお仕事だ。なので、残念ながら一足先にお別れとなる。

 リュックを背負い、ぺこりとお辞儀する姿はやはり子供にしか見えないが、雪村たちはしっかりと一人の探索者として接客してくれている。それどころか、さらには軽食まで持たせてくれた。実にありがたいことだ。

 

「姫様……ではなくて、笹川さん。機会があれば琵琶湖にも遊びに来てくださいね」

 

 相変わらず、人魚姫と桃子を混同しがちなイリアが、桃子の小さな手をとる。【鉄拳】などという武闘派スキルで魔物を撃退していくその手は、しかし意外なほどに柔らかく、優しかった。

 

「あの、ええと……昨晩は本当、ごめんなさい。香川は遠いけど、いつか機会があればうどんを食べに来てね」

 

 昨晩は妖精の酒に飲まれるという痴態を見せたえあろは、実に申し訳なさそうに声をかけてくる。えあろはどうやら、ヘノとのやり取りで何かしら風の魔力を操るコツをつかんだらしく、昨晩は実に上機嫌だった。

 男性陣は彼女らの後ろから、女子たちのお別れの様子を眺めている。マグマなどはまた何か変なことを言って騒ぎ出すかと思ったが、意外と静かに見送ってくれた。

 

 そして、最後の一人。深援隊のメンバーでもあるオウカ。

 なんだかんだでサカモトや風間以上に桃子と深い縁が出来つつある彼女は、今はお酒は入っていないようで、凛としたお嬢様然とした態度で桃子の前に立つ。

 

 そして、挨拶の言葉を述べるのだが。

 

「桃子さんはお誕生日は11月でしたかしら? 年末には、法律的にも一緒に……おさ……」

 

「オウカさん?」

 

「うわー先輩っ、これ【天啓】ですよ」

 

 オウカの言葉が、途中で途切れる。

 そして、桃子はきょとんとしているが、柚花は視た。オウカの魔力が濃くなっていくのを。

 これは柚花にだけ視えている、【天啓】の前兆だ。

 

 そして、オウカでありオウカでない「何か」が、彼女の声を使い桃子に語り掛けてきた。

 

 

 

 

『学び舎の童女よ』

 

『そなたが怪異を望むならば、背負うがよい』

 

『モチャゴンを』

 

 

 

 

「は……?」

 

 沈黙。

 短い詩のような【天啓】を読み上げて、オウカは沈黙する。

 同じく、その場でやり取りを見ていたはずの他の者たちも、誰も声をあげない。ただただ、なんとも言い難い沈黙が過ぎていく。

 それも、仕方がないことだ。相変わらず回りくどい言い回しをしてくるスキルだけれど、今回は回りくどいというより、意味が分からない。というか、意味不明すぎて、コメントに困る。

 

 長い沈黙を破ったのは、柚花だった。

 

「……あの、先輩。今のって、先輩に対する【天啓】ですよね? 明らかに、先輩を見てましたし」

 

「そ、そうかな? で、でもほら、私って別に、学び舎に通ってないし、そもそも『童女』じゃないよ?」

 

 いや、童女でしょ。

 その場にいた全員の心が一致したのだが、残念ながら桃子がそれを知る術はない。

 しかし、そこで再び沈黙が訪れる。『童女』はまだいいのだ。意味はわかる。

 だがしかし『モチャゴン』を背負えと言われても困る。

 

 なんだそれ。

 

 そんな場の空気を破ってくれたのは意外にも、ペンションのオーナーである雪村だった。

 

「は、ははは……その、難しいことは分かりませんが。モチャゴン、懐かしいですね」

 

「え?!」

 

 雪村の言葉に、桃子は驚きの声を上げる。

 

「オーナー、その……もちゃごん? 知ってるんですか?」

 

「ええ。私が子供の頃にあった児童書のシリーズです。当時はそれなりに人気があったんですけどね。お饅頭みたいな身体に、恐竜みたいな尻尾と手足が生えたようなキャラクターです」

 

「ええ……」

 

 雪村の横では、料理長の氷上も頷いている。彼らは年齢的には50歳から60歳程度なので、桃子が生まれるより遥か昔のことなのだろう。

 しかし、それが数十年前の児童書のキャラだったとして、恐竜みたいな手足のお饅頭と言われても、それはそれで意味が分からない。更に、それを背負えというのは無理がすぎる。

 桃子は【天啓】の持ち主であるオウカに視線を向けるが、オウカも知らないようで、軽く首を振る。【天啓】は決して、オウカの知識に由来しているわけではないのだ。

 

 しかし、そこで意外なことに、最年少の柚花が声をあげる。

 

「それってもしかして先輩! 前に先輩が着てた変なスカジャンのキャラクターじゃないですか?」

 

「えええ……」

 

 そのキャラクターに思い当たったようで、柚花が手をポンとうちながら指摘する。

 桃子は以前、古着屋で購入したスカジャンを長い期間愛用していた。その背中には確かに、桃子も由来を知らない変なキャラクターが描かれていた。言われてみれば、お饅頭と恐竜を合わせたようなデザインだったかもしれない。

 柚花にさらっと「変なスカジャン」と断言されたことに少々ショックを受けるが、桃子はとりあえず【天啓】の言いたいことを理解はした。

 怪異に会いたければ、あのスカジャンを着ればいいのだろう。

 桃子としてはそもそも怪異になど会いたくはないので、不要な助言としか言いようがないのだが。

 

「そのうち何かまた巻き込まれるんでしょうね。先輩も、結構忙しいですよね」

 

「ええええ……」

 

 助けを求めるように周囲に視線を向けるが、他の面々も、桃子が視線を向けると何とも言えない表情で曖昧な笑みを浮かべている。

 

「まあ、頑張ってください。先輩」

 

 最後の最後で、なんだか特大の爆弾を押し付けられてしまった気持ちの桃子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【その夜のペンションの一室で】

 

 

「えへへ、きちゃった」

 

「きちゃった、じゃないですよ先輩。千葉に帰ったんじゃないんですか?!」

 

「いや、飛行機で千葉に戻ってからね、そのまま妖精の国を経由して、こっそり【隠遁】で入ってきました」

 

「完全に不法侵入じゃないですか。じゃあ、ヘノ先輩も一緒なんですか?」

 

「うん。でも今は外でニムちゃんと一緒に氷妖精さんたちを引率してるみたい」

 

「はあ……私は嬉しいですし、ウェルカムなんですけど。先輩、明日は早起きしてくださいね? またお昼まで寝てたら工房に遅刻しちゃいますからね?」

 

「大丈夫、今日は早く寝るよ。それに、柚花が起こしてくれるかなって」

 

「……まあ、いいですけど」

 

「えへへ」

 

 

 

 

 

 氷の花の妖精たちの戯れる湖畔。

 

 それを臨むように建てられたペンションは、これからも。

 多くの探索者たちの、憩いの場となるのだった。

 

 

 

 

 

 

   幕間 春のペンション 了

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