ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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八章 学校の七不思議
小学生のももこちゃん


 長崎県の山間部にある、とある小学校。

 平成初頭に建てられた鉄筋コンクリートの校舎にて、地域の子供たちは日々学び、多くの子供たちがこの学び舎を卒業していった。しかし、この小学校にはその校舎ともう一つ、大正時代からの長い歴史を持つ、古い木造校舎が存在する。

 それが、敷地内の雑木林を抜けた先に建っている、いわゆる『旧校舎』である。

 

 四月も後半に入ったこの日。その旧校舎の木造の廊下に、一人の少女が立っていた。

 少女の目の前には『6年1組』と書かれたプレートのついた扉。言うまでもなく、六年生の教室だ。

 扉の向こうからは、クラス担任の若い男性教諭が教室の児童たちと朝の挨拶を交わす声が響いている。

 

「ふう、緊張するなあ……」

 

 少女は、東京からやってきた転校生だった。

 担任の先生が朝の挨拶と簡単な連絡事項を伝えた後に、この少女が室内に呼ばれる手筈となっている。

 それなりに色々な経験をしてきたこの少女だが、小学校の転校というのは人生で初めての経験であり、その表情には緊張の色を隠し切れないでいる。名前を呼ばれるまでの時間が、妙に長く感じる。

 

 廊下には少女だけでなく、歴史ある校舎に少々不釣り合いの金属の小動物用のケージが設置されていた。

 ケージ内には、小動物用の餌や水飲み場、そのケージの主が駆け回るための車輪、そして児童手作りの小屋が設置されている。その小さな小屋からは、その小屋の主が顔だけを出し、ジッと興味深そうに少女へと目線を向けていた。

 その手作り小屋の主は、一匹のリスだった。しばらく少女を見つめていたそのリスは、どうやら警戒が緩んだのか小屋から姿を現すと、今度はしきりにケージの格子をガタガタ鳴らして己のアピールを始める。

 

「あー、ごめんねリスさん。私、リスさんのおやつとかは持ってないんだよ」

 

 少女はリスを覗き込むように屈み込む。

 その際に、ふわりとした緩く大きな三つ編みが大きく揺れ、その背中に背負っている桃色のランドセルの上を滑る。

 ランドセルの下は、同じく桃色をベースとしたスカジャンだ。ランドセルに隠されているが、その下には妙なキャラクターがポーズを決めている。饅頭に恐竜の尻尾や四肢が生えたようなコミカルなキャラクターだ。

 

「はい、では老芝くん。入ってください」

 

 そしてリスと見つめ合っていると、ようやく室内から担任の声がかかった。

 老芝。それがこの学校における、少女の苗字だった。

 

 ふう、と一息。大きく深呼吸してから、ガラリと木の扉を横に開く。教壇の前に立つ担任の男性と、そしてそれに向かい合う様に並んだ机には、このクラスの子供たち。児童数は少なく、少女をいれてようやく十人だ。

 その子供たちの視線が一斉に、少女へと向けられた。

 

「これから二週間の短い間ですが、このクラスにお世話になる老芝桃子と言います。皆さん、よろしくお願いします」

 

 少女は教師の横に立つと、やや緊張した面持ちでありながらもはっきりと自己紹介をして、最後にぺこりと頭を下げる。

 小学校でも、職場でも、最初の挨拶はしっかりと。丁寧に。第一印象というものはとても大切なのだ。

 

「はい、皆さん。さっきも話したけど、老芝さんはご家族の都合で二週間だけの転校生となりますが、短くとも六年一組の一員です。みんな、仲良くしてくださいね」

 

 すると、教室内に誰からともなく拍手の音が響く。自己紹介で拍手をされるとは思わなかったが、これは好意的な反応と考えて良いのだろうと納得する。

 少女は、はにかんだような笑顔を浮かべて、教師の言う通りに教室の後ろの席へと移動するのだった。

 

 

 

 ――というのが、桃子の小学校再デビューの朝である。

 

 

 

 無論、桃子は十九歳の成人女性であり、老芝という苗字も偽名である。

 訳あって。本当に、桃子としては不本意ながら、訳あって。春のこの日に、この長崎県の山間部に建つ七守小学校へと転校してきたのである。

 

 桃子本人も、自分の外観が子供っぽいことは流石に自覚しているし、その小柄な体躯も合わさって小学生扱いだったり、同僚から孫や娘扱いされるのも残念ながら慣れっこではある。

 だがしかし、まさか本当に成人してから改めてランドセルを背負って小学校に通うことになろうとは、夢にも思わぬ展開であった。とんだ羞恥刑だ。

 

 しかしなんにせよ、来てしまったものは仕方がない。

 小学生に紛れ込んでしまったのは。そして、すれ違った誰もが違和感を覚えることもなく、あっさり紛れ込めてしまったのは事実である。

 こうなったらもう開き直るしかないと、桃子は覚悟を決めた。

 

 しかし、そのように桃子が内心で、大人としてものすっごく葛藤していることなど、周囲の子供たちの知る由もないことである。

 今日から同じクラスの仲間となった女子児童二人が、さっそく桃子に話しかけて来た。この地域は令和の今では子供が少なく、クラスも桃子を抜けば九人しかいない。そのうち女子はこの二人だけだ。

 この歳になって小学生にどう話しかけたらいいのか分からなかったので、女子児童の方から話しかけてくれるのは桃子にとって非常にありがたいことだった。

 二週間の短い期間内にあれこれ情報を集めねばならないので、可能な限りクラスメイトとも円滑な関係を築く必要があったのである。

 

「おいしばさん? 珍しい苗字だね。私は夏野日葵、ひまりでいいよっ!」

 

「名波茉莉子、です」

 

「よろしくね、日葵ちゃん、茉莉子ちゃん。私のことは桃子でいいよ。名前のほうが呼ばれ慣れてるからね」

 

 見るからに元気そうな短めの髪をしたボーイッシュな女の子が、日葵。パンツルックで、遠目に見たらもしかしたら男子か女子か見分けがつかないかもしれない。

 そして、もう一人はボーイッシュな日葵とは真逆。見るからにお嬢様といった雰囲気を漂わせる、柔らかそうな長い髪に、可愛らしいワンピースを着ている少女が、茉莉子。いかにも大人しそうな女の子だ。やや俯きがちで、積極的に人と話すのは苦手なようだ。

 

「ねっ、ねっ、桃子ちゃんも東京から来たの? 茉莉子ちゃんも去年東京から来たばかりなんだよ。クラスに東京からの転校生が二人もいるなんて凄くない?」

 

「そうなんだ? じゃあ、私と茉莉子ちゃんは東京からの転校生仲間なんだね」

 

「うん」

 

「ひまりとまりこで、まりまりコンビだよっ! でも茉莉子ちゃんは大人しいから、いつも私がしゃべっちゃうんだけどね。東京出身が二人もいるんだから、たまには私が東京の話とかを聞く側になろうかなっ」

 

 日葵のほうがグイグイと来る。身を乗り出してくる。大人の視点から見れば元気で可愛らしい小学生の少女でしかないが、同じ小学生目線で見るとなかなかの押しの強さだ。圧すら感じる。

 一方、大人しいほうの茉莉子は「うん」だけである。完全に日葵の押しの強さに負けているけれど、大丈夫なのだろうか。桃子は大人のお姉さんとして、少々こちらの少女が心配になってしまう。

 

「あっ、ごめん! また私がしゃべり倒しちゃったね。私いつもこれなんだよねー。お母さんからも、あんたはもう少し口を閉じろって言われちゃうの」

 

「私は……日葵ちゃんのお喋り、好きだよ?」

 

「いやーん、照れちゃうじゃん! も、もうっ! ……ね、本当?」

 

「うん……」

 

 喋り倒していた日葵が、茉莉子の一言で照れている。よく見たら言った側の茉莉子も照れている。何を見せられてるんだろうかと、桃子は訝しむ。とりあえず、女子二人が仲良しなことは把握した。

 なんにせよ、初日から普通にクラスの子たちと交流が出来たのは桃子としても僥倖だ。情報収集の都合もあるし、そうでなくとも単純にクラスに話し相手がいるというのは嬉しいことだ。

 ダンジョン内では孤独な日々に慣れてしまった桃子だけれど、さすがに転校してきた小学校でまで孤独になるのは嫌だ。

 

「日葵ちゃん、元気だなあ。流石小学生って感じ」

 

「桃子ちゃんも六年生でしょー? 面白いなあ! さすが転校生! 都会っ子! ねっ、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

「あはは……そうだよね、うん」

 

 ノリについていけるかな。と、内心これからの二週間に不安を感じなくもない。

 しかし、いつまでもお喋りに興じているわけにもいかない。桃子はピンクのランドセルを己に割り当てられたロッカーに押し込んで、一時間目の授業で使う教科書を確認する。

 いま開いているのは、この二週間の為だけに用意された算数の教科書だ。桃子は十九歳になってまた六年生の算数を習う羽目になるとは思わなかった。

 

(とりあえず話せる子がいてよかったけど。これから二週間で、七不思議の調査、かあ……)

 

 机の上には、算数の教科書と、小学生用の学習ノート。

 パラパラと教科書を開き、中に並ぶ算数の問題を眺めながら、心の中で。ため息交じりに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、なぜ桃子が小学生になってしまったのか。

 それは桃子が小学生になった日から、幾日か日付を遡る。

 

 その日は、珍しくギルドからの依頼ということで呼び出しがあり、桃子はダンジョンからの帰りにギルド内のお馴染みの応接室へと足を運んでいた。

 呼び出されていたのは桃子だけなのだが、柚花も当然のようについて来ている。二人でソファに並んで、正面についたギルド職員、窓口杏の説明に耳を傾ける。

 

「桃子さん。実を言いますと、これはダンジョン庁ではなく、魔法協会の日本支部からの依頼なんですが……」

 

「魔法協会? え、私、魔法は使えませんよ?」

 

 杏は、ただのギルド職員ではなく、気づけば最近は桃子と柚花の保護者というか、マネージャー的なポジションとなっている。

 先日の魔法協会からの呼び出しの際には保護者としてついて来ていたし、今回もどうやら彼女が魔法協会とのやり取りの受付窓口となってくれているようだ。まさに窓口の窓口さん。名前通りだ。

 そして聞けば今回もまた、ダンジョンギルドではなく魔法協会からの案件だったようである。

 

「先輩、もしかしたら魔法絡みじゃなくて妖精絡みの依頼なんじゃないですか? 先輩はクリスティーナ会長にも目を付けられちゃってるわけですし」

 

「えー? でもさ、妖精絡みならクリスさんが直接ティタニア様に会いに行くんじゃないのかな?」

 

「あの方、あれでも世界レベルの偉い人ですしね。普段から世界中で仕事をしてるわけですし、そう簡単にティタニア様のところに遊びに行ったりは出来ないんじゃないですか?」

 

「そっかー」

 

 魔法協会といえば、つい先日その会長たるクリスティーナと知り合ったばかりだ。

 まさか世界に名だたる魔法協会の会長、不老の魔女クリスティーナから直々の指名というわけでもないだろうが、魔法の素質を持たない桃子を魔法協会が名指しする理由など、妖精絡みの案件以外に思い当たらないのも事実だった。

 しかし、桃子と柚花のやり取りがひと段落するのを待ってから口を開いた杏の言葉に、二人は更に首を傾げることになる。

 

「残念ながら、推理は外れです。今回は魔法絡みでも妖精絡みでもない依頼みたいですね。いわば……そうですね、オカルトとか、怪異、でしょうか」

 

「怪異……?」

 

「魔法協会ってそんなジャンルにまで手を広げてたんですか?」

 

「ええ、そうみたいですね。私はあくまでギルド側の立場なので、魔法協会については何とも言えませんけど」

 

 オカルト、あるいは怪異。

 ダンジョンそのものが見ようによっては普通に怪異でオカルトな世界だけれど、この場合は恐らくそういうことではないだろう。

 そして桃子は思い出す。つい先日、北海道で『怪異』という言葉を聞いたのだ。【天啓】という、謎に満ちた存在の言葉として。

 

 あれは、なんと言っていただろうか。

 怪異に会いたければ――。

 

 しかし、桃子の思考はそこで途切れる。

 

「失礼します。そこからは私が説明させて頂きます、はい!」

 

「うわ、先輩。なんだか元気な人が来ましたよ」

 

 扉をノックする音。そして直後に扉が開かれ、桃子の知らない女性が入室してきた。

 上下ともスーツ姿で、見た目的にもまだ若い。ハキハキとした口調で、喋り方も若々しい。なんとなく、スーツを着て精力的に就職活動をする女子大生のような印象を受けた。

 

「笹川桃子さん、橘柚花さん、どうぞ初めまして。私、世界魔法協会日本支部の、老芝奈々と申します! よしなに!」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 おいしば、なな。彼女は桃子たちに名刺を渡し深々と頭を下げると、桃子たちの向かいにあたる、杏の横へと腰を下ろす。

 世界魔法協会、日本支部。それより細かい所属が名刺に書かれていないのは、表だって名前を出せない特殊な部署ということなのだろうか。

 桃子は名刺を確認してから、目の前にすわる老芝奈々に視線を向ける。桃子と目が合うと、背筋をぴりっと伸ばした奈々が、これまたハキハキとした口調で。

 桃子に真っすぐに、言葉を叩きつける。

 

「単刀直入に言います。笹川桃子さん、小学校へと通っていただきたいです!」

 

「……はい?」

 

 はい?

 桃子のみならず、柚花も。杏も。頭の横にハテナを浮かべる。そして、沈黙が訪れる。

 老芝奈々の言葉ひとつで、この部屋の時間が止まってしまったような気がした。

 

 これが魔法だとしたら、時を止める魔法だ。彼女は物凄い魔法の素質を持っているに違いない。

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