ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ううぅ……ぐす……ひっく……」
受付窓口に少女の泣き声が響くなか、房総ダンジョンギルド職員である窓口は非常に戸惑っていた。
別に窓口本人が泣いているわけではない。泣きじゃくっているのは、目の前のまだ幼さが垣間見える少女である。
少女の年齢は14歳。年齢にしては小柄に見えるものの、他の探索者の付き添いがあればダンジョンの1層までは潜れる年齢だ。
この少女は本日初めての探索で、わずか数十分前に友人たちと、そして引率の探索者と共にダンジョンへと入っていったはずだ。初めてのダンジョン探索グループの、希望に満ちた笑顔を見送ったのを覚えている。
が、この少女の希望は初日にして潰えることになった。
【固有スキル:隠遁】ダンジョン内で、他者からの認識を阻害する
一人で泣きながら帰ってきた少女のスキルを窓口が測定したところ、判明した特殊スキルである。
この少女は友人と共にダンジョン内に入り、そしてダンジョン内で友人たちに忘れられてしまったのだ。友人にも、引率の探索者にも無視され、一人置き去りにされてしまったのだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっと困ったスキルがあっただけですから、お姉さんがついてますからね」
呪いのようなスキルを所有した少女が泣き止むまで、ただただ抱きしめるだけだった。
「――というわけで、笹川さんの【隠遁】の影響で、ダンジョン内では他の方にも、おそらくダンジョン内モンスターにも、認識されなくなってしまったんです」
「はい……ぐす……」
奥の別室に誘導されて、温かいココアを入れてあげて、ようやく少女は落ち着いてきたようだ。
何が起きたのかわからず、友人に無視されたと泣きじゃくる少女に、スキルについての説明をする。
少女にとっては過酷なスキルだろうが、ギルド職員である窓口には、これが恐ろしく強大なスキル効果であることはすぐに理解できた。
少女には悪いが、これは室長にも報告し、今後の情報共有を考えていかなければいけない。
「お友達には、笹川さんの端末をお借りして、私のほうからメッセージを送っておきました。少し具合が悪くなったから、ギルドで休憩していると伝えておきましたから、大丈夫でしょう」
「あの……桃子です。桃子って、呼んでください。学校でも名前で呼ばれてるんです」
「はい、桃子さん。では、私のことも気軽に『窓口』と呼んでくださいね?」
「……お仕事、熱心なんですね」
最後のはよく分からないが、どうやら幼い見た目に反して、きちんと冷静に自分の状況を受け入れられる聡明な少女のようだった。
少女が落ち着いたならば、今後のこともお話しするべきだろう。
「桃子さん、これは大切な話です。本来はあなたの年齢ならばダンジョンに入る際は引率が必要になりますが、あなたの場合はダンジョン内に入ってしまえば引率探索者すらあなたのことを見失ってしまうでしょう」
「私、もうダンジョンに入れないんですか……?」
「いいえ、そこはひとつ……この房総ダンジョンだから出来るような、ちょっとした裏技になるのですが――」
桃子のスキルは非常に強力なものである。
探索者ギルドとしては、みすみすこの強力なスキル所有者の少女を追い返す判断を良しとはしないだろう。現状ではスキルを把握している窓口の独断であるが、室長のヤマガタも恐らく同様の判断をするだろう。彼はルールよりも、探索者たちを優先する人だ。
なので、裏技。入り口まで他の人に紛れて入り、他の探索者の居る場所について回ること。たとえ認識されていないとしても、それならばルール違反にはならないし、彼女の安全もある程度は保障される。
これは第一層の危険がさほどないとされる房総ダンジョンだから出来ることで、他のダンジョンは危険すぎるので立ち入らないこと。
もちろん、自由に探索をして問題ない年齢に達すれば、堂々と一人でダンジョンに入っていけばいい。
そうすることで、この少女は人知れず、ソロ探索者として続けていける。
「誰かほかの人から離れないようにする、というのは絶対条件です。それをこちらが確認する手段がありませんから、桃子さんの自己申告となりますが……」
「そっか。私、友達と一緒には潜れないんですね」
「そう……ですね。今後続けていくとしても、ソロ探索者として、人知れず活動していくことになります」
「少し、考えてみます。一人きりなんて、考えたこともなかったので……」
少女の瞳に、また新たに涙が湧き出してくる。
この小さい少女が探索者を夢見るならば、このスキルは孤独を強いる呪いである。
願わくはこの少女が、探索者という夢を見失わず、希望を見つけられますように。
窓口は、少女が望む限りは、己が支えになることを誓うのだった。
「窓口さん、私、色々考えたんですけど……やっぱりダンジョンは潜ってみたいんです。ソロ探索者でも、頑張ります。この房総ダンジョンだったら、ソロでも危険はそんなにないって、情報サイトでも調べました」
「桃子さん、決めたんですね。でも、その大荷物はいったい?」
「ええと、魔物と戦うためのバットと、石を飛ばすパチンコと。あっ、包丁は魔物じゃなくて、カレーの材料を切るために持ってきました」
「カレー……」
「窓口さん、私、ゴブリン倒したんですよ! 中で色々頑張ったんです! 初めて魔石拾いましたっ」
「あらすごい! でも、大丈夫でしたか? 怪我とかはしていませんか?」
「大丈夫です。ダンジョン内の木を切って、色々改造して、投石器を作ったんです。そしたらうまく遠くからゴブリンに当たったんですよ」
「投石器……」
「窓口さん、なんか投石器のバージョンアップしてたら、なんだか不思議な感覚がして……ええと、スキル鑑定してもらえますか?」
「はい、ではこちらに手を出してくださいね。……あら、凄いじゃないですか桃子さん。【加工】スキルが増えてますよ。あと、なんか【怪力】と【頑強】も」
「わっ、すごい! ひたすら投石器の岩を運んでるうちに楽になってきたんですけど、怪力だって、やった!」
「怪力……」
「窓口さん、このハンマー……っとと、ダンジョンの外は【怪力】が効かないから重たっ。これ、武器の預りお願いしていいですか?」
「え、ええっ?! 桃子さん、こんなでっかい木槌どうしたんですか? うわ、おっも!!」
「投石くん8号でモンスターを倒したら、なんかモンスターが持ってたハンマーが消えずに落っこちてたんですよ。それが、手にしたらなんか、もの凄いフィット感なんです」
「ハンマー……」
「窓口さん、なんかカレー作りすぎちゃったんです。タッパーに入れてあるんですけど、窓口さんのお夜食にどうですか?」
「あら。カレーの分量ミスですか? 桃子さんにしては珍しいですね」
「それがですね、なんかカレールーをいれたとたんにお鍋がピカって光って、気づいたらカレーが出来上がってたんですよ! これってもしかしたら、噂に聞く料理制作系統のスキルじゃないかと思うんですけど、【カレー製作】が身についたんですかね!」
「カレー製作……」
「窓口さん、今日も私、ダンジョンで一泊していきますけど、大丈夫ですよね?」
「ええ、まあ。年齢的には成人しておりますし、大丈夫と言えば大丈夫ですけど。ただその、桃子さんは本当に安全なんですよね? 女の子ですし、その……例の妖精さんと一緒に眠れる場所、というのは……」
「はいっ。ヘノちゃん……えと、その妖精さんが案内してくれた場所で、絶対安全で、ものすっごい快適なベッドがあるんです。マシュマロと、綿あめと、お餅を足したような感触で、あれは完全に人を駄目にするベッドですよ」
「人を駄目にするベッド……」
あの日、ここで泣きじゃくっていた少女は大人になった。
見た目はほとんど成長しておらず、大人というには少々信じ難い部分はあるけれど、今は新しくできたお友達と一緒にダンジョンに潜っているらしい。そのお友達がちょっと特殊で、ギルド員としては隠蔽とか、情報操作とか、色々と悩みは尽きないが。
それでも、あの日の少女が笑顔になる未来が訪れたのは、喜ばしいことだろう。
「窓口さーん、一人でニヤニヤしてないでくださいよーっ」
「ああ、ごめんなさいタチバナさん。今日も武器の引出しね?」
「はいっ♪ ところで……今日って桃子先輩ってもう来ちゃいました?」
「他の探索者さんの個人情報はダメですよ。でも、同じ学校の先輩だったんですよね? なら自分で連絡して聞いてみたらどうですか?」
「もちろんメッセージも送ってますけど、ダンジョンの話すると毎回はぐらかされちゃって」
「ああ、成程」
桃子のスキルを考えれば、それはそうだろう。
ただ、目の前の少女、タチバナの【看破】というスキルなら、あるいは……。
しかし、それ以上は窓口が踏み込むことではないし、職員としては成り行きを見守るしかない。
「タチバナさんも、似た境遇ですからね」
「はい?」
「いいえ、なんでもないですよ。では、装備品の引出し準備してきますね」
多感な若者にとっては手に余るスキルに振り回され、ソロ探索者の道を選ぶしかなかったもう一人の少女。
願わくは、こちらの少女にも、希望につながる出会いがありますように。
まあ、もう出会っているのかもしれませんけどね。
一章 ドワーフと座敷童子 了