ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃ちゃん、聞きましたよー。魔法協会からのご指名で、来週から小学校に通うんですよねー?」
「うぎゃああっ、なんで和歌さんそれ知ってるんですかああっ!?」
房総ダンジョンギルドにて、魔法協会からの話を聞いた次の日。
工房に出向いて初っ端からかけられた、同僚のふんわりお姉さんである和歌の一言目がそれであった。
魔法協会職員の老芝奈々の説得と泣き落とし、そして柚花の狡猾な思考誘導により長崎の小学校への潜入調査依頼を受けたのは、昨日の夕刻である。
桃子の職場でもある工房には、奈々と杏、魔法協会とダンジョンギルドの二人がしっかりと連絡をいれ、説明してくれるとは言っていた。
確かに、そこのところはあまり深く考えずに二人に任せたのだけれど、次の日の朝には和歌にまで依頼内容が伝わっているとは、桃子も想定していない情報伝達のスピード感である。
「なんでって、所長から業務連絡として、詳細内容が私のところにも届きましたからねー」
「しょ、所長ーっ! なんてことを!」
「まあ、小学校に潜入できそうな探索者なんてそうそういませんしね。桃ちゃんが推薦されるのも納得ですからー」
奥の方の机では、この会話が聞こえていたらしい所長が親指をたてている。サムズアップだ。
あの所長はサムズアップをすればだいたい許されると勘違いしているのかもしれない。桃子は耳を真っ赤にしながらも、情報漏洩の下手人に子供ジト目を向ける。
もちろん、規模の小さい工房とはいえ、職員同士の報連相は大事だろう。
けれども、小学校に通うだなんて内容は伏せておいてほしかった。それを和歌に知られているのはさすがに恥ずかしい。羞恥である。羞恥のももたんだ。
「しょ、小学校に通うことになったなんて、さすがに伏せててほしかったですよ……恥ずかしい」
「まあまあ。さすがにそこで具体的に何をするのかまでは伏せられておりましたが、長崎の小学生たちを危険から守るお仕事ということなのですよねー? 立派なことじゃないですかー」
「それはそうですけどお」
「はい、よしよし。桃ちゃんにしかできない、大切なお仕事です。胸をはっていいんですよー?」
「うー……」
和歌は、耳まで真っ赤にする桃子の頭を抱き寄せて、優しく撫でる。
それは、傍目に見ればそれこそ小学生の娘を慰める若い母親のようでもあった。
この同僚のお姉さん、柿沼和歌は見た目はまだまだ20代だけれど、年齢としては昭和ギリギリ生まれの、すでに小、中学校に通うような子供がいてもおかしくない年齢である。
過去に色々あり独り身を続けている和歌だが、それでも桃子に向けている母性はおふざけではなく、半ば本気の母性である。自分に娘がいたならば。将来を約束した相手が今も生きていたならば。
尤も、桃子は小学生どころか社会人の同僚なので、和歌に感じる印象は母ではなくあくまで姉のようなものだけれど。
「って、そうだ和歌さん。和歌さんがそれを知ってるっていうことは、親方も知ってるんですか?!」
親方は、業界では伝説とも呼ばれる武器職人で、漫画に出てきそうな頑固な職人肌である。弟子たちには、よく怒鳴り声をあげている。仕事上、弟子のような関係性である桃子にも、職人としてはやはり厳しい。
が、作業外のこととなると、なんだかんだで桃子に甘いのが親方だ。
作業中の桃子には厳しく叱咤する割に、いざ休憩時間になると過剰に桃子の身を案じたり、お菓子をくれたりする。もはやお爺ちゃんだ。
最近は、来客や取引先には桃子が親方の孫娘だという勘違いをしている人間も多く、親方も面倒臭いのかそれをいちいち否定しなくなってしまっている。
しかし、今まではただの勘違いで済んでいたのが、小学校に通う孫として紹介されたら、いよいよ桃子が本物の孫になってしまう危険があるのではないか。桃子は嫌な予感を覚えていた。
無論、何をどうしたところで桃子が本物の孫になることはないのだが、今の桃子はちょっと混乱していた。
「そうですよー? 親方さんなんか、特製のランドセルを作るとか張り切っていましたからねー」
「ぎゃああ! 親方ーっ?!」
たった二週間の潜入調査だ。必要なものなど魔法協会側で準備してくれるはずだ。
そんな調査のために、業界の伝説と呼ばれる親方がランドセルを製作するなど、親方の無駄遣いが過ぎる。
そして、万が一。親方の技術でダンジョン用の究極ランドセルなんか作られても、はっきり言って困る。
誰がランドセルを背負ってダンジョンに入ると言うのか。いくら桃子でもそれは遠慮したい。
親方の暴走を止めねばならぬと、桃子は慌てて親方の作業場へと駆け込んで行くのだった。
「っていう感じで、工房でも私が小学校に転入することバレちゃったんですよ」
サボテンの仄かな酸味と、妖精の畑でとれた果実の甘味をあわせ持ったカレーを食べながら、桃子は工房での出来事を語っている。
それを同じ卓上で聞いているのは、相棒たるヘノ。そしてその母であり、妖精たちの女王であるティタニアだ。
ここは妖精の国、女王ティタニアの間。
桃子とヘノは、ティタニアとともにカレーを食べていた。
「人間の学校というものは話でしか聞いたことはありませんが、小学校というのは子供が通う学校でしたか?」
「よく。分からないな。桃子は普通に。まだ子供だと。思うけどな」
「ヘノちゃん、私ね、身長は小さいけど、ちゃんとした大人なんだよ。身分証みる?」
ヘノは桃子と出会ってから、地上の人間のことを知るようになったので、桃子よりも小さい人間の子供というのを理解しているはずだ。
実際、桃子の母校の文化祭では柚花が保護した子供を間近からじっくり観察していたという話も知っている。
それでもなお、やはりヘノのなかでは、桃子が他のダンジョン探索者たちと同じ大人の人間だというのがしっくり来ていないらしい。
妖精は、人間のように生まれてからの年数で身分を区別することはしない。桃子より長く生きていても子供のように無邪気で天真爛漫な妖精もいるだろうし、生まれてすぐに賢く理知的な言動をとれる妖精もいるからだ。
だから、基本的には見た目とその言動で判断するし、人間の持つ、ただのカードでしかない身分証というものもいまひとつピンときていないようだった。
「よくわからないけど。わかったぞ。ヘノは。桃子が子供でも。大人でも。一緒にいるからな」
「うん、えへへ……」
桃子の肩にのって、桃子の耳たぶをたぷたぷいじるヘノ。これはヘノなりの愛情表現だ。
自分が大人であることを結局わかってくれていない気もしたが、嬉しいからどうでもいいや、と思考放棄する桃子だった。
「えと、そうだ。私が行くのって長崎っていう場所なんです。長崎にもダンジョンはあるんですけど、ティタニア様の力の及ぶダンジョンだったりしませんか?」
「ナガサキ……どのようなダンジョンなのですか?」
「ええとですね。第一層は山と入り江が混ざったような地形で、ここには昔の人たちが作った教会があります。第二層以降は……あった、こんな感じです」
そして、話は変わる。
香川や北海道のときも似たようなやり取りをした気がするが、ティタニアの力の及ぶ範囲の確認である。彼女の影響を受けている土地というのはかなりの広域なのだが、しかしさすがに日本全土とは行かない。
四国のダンジョンは、扉こそ開けるけれど化け狸の領域だったため、しばらく前まではティタニアの力の及ばぬ場所だった。
北海道に至っては、ティタニアの認識では海の向こうの外国というイメージだったようで、摩周ダンジョンの存在すら知らなかった。
どちらも今となっては、狸や氷妖精、コロポックルとの共同管理のような形でティタニアの領域となっているけれど、それは結果論である。
「これが長崎のダンジョンですか? なるほど、なるほど……」
そして、長崎ダンジョン。
このダンジョンも歴史が長く、ティタニアが日本に訪れるよりも遥か前から存在が認められているダンジョンだ。
山と森と入り江。まさに、長崎という土地を圧縮したようなダンジョンである。歩きやすい整った平地というのがほとんど存在しないため、その地で魔物と戦う探索者たちにはそれなりの技量が求められる。
その地に隠れるように建てられた教会は、ダンジョン由来のものではない。そこには長崎という土地の歴史が大きく関わってくるのだが、今はまた別な話だろう。
「なんだ桃子。次は。長崎のダンジョンに。入るのか? その小学校には。ダンジョンがあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどね。もし長崎のダンジョンも妖精の国と繋がってるんだったら、ヘノちゃんたちに会いに来れるかなって思って」
「なるほど。桃子の小学校が。ダンジョンなわけじゃ。ないのか」
「うん。魔法協会の人たちが調べても、ダンジョンの入り口が開いてるとかそういうことじゃないみたいだね」
七不思議という怪異が発生している小学校。
桃子でなくとも、真っ先に疑うのはダンジョンだ。もしその旧校舎のどこかにダンジョンの口が開き始めているというのならば、異常な現象が起きてもなにも不思議ではない。
だがしかし、児童を全員退避させ、まる二日かけて魔法協会とダンジョン庁の合同調査が実施されたが、そこには何の問題もないことが確認されてしまった。無論、子供たちは何の変哲もない一般的な子供たちなことも確認できている。
だからこそ、小学生に紛れ込む潜入捜査作戦が実施されるわけだが。
桃子とヘノがそんな話をしている間にも、ティタニアは端末を操作して長崎ダンジョンの情報を眺めていたけれど、どうやら結論が出たようだ。画面から目線をはずすと、ティタニアはゆるりと首を横に振った。
「残念ながら、この土地のダンジョンも私の力が及ぶ範囲外のようですね。海の向こうの土地というのは、力を及ぼすのが非常に難しいのです」
「海の向こう……まあ、海で分断されているという意味では、そうなのかな?」
ティタニアにとっては、九州もまた海の向こうという認識であった。
「学校と言えば桃子さん。その……お母さまが、柚花さんの学校に入学なさったと伺ったのですが」
長崎の話も一段落して、りりたんの配信アーカイブを眺めていたティタニアが、ふいに桃子の顔を見上げる。
そういえば、もう季節は四月も半ばだ。すでに桃子の母校の聖ミュゲット女学園の一学期も始まっており、そこには新入生たちの姿もあることだろう。
そして、今年の新入生には、天海梨々という少女がいるはずだ。
「あ、そうみたいですね。柚花から、本当に入学してきたってメッセージが来てました。学年が違うんで、そんなに顔を合わせることも無いみたいですけど」
「なんだ。魔女は。後輩の後輩になったのか? なんて呼べばいいんだ。後輩の後輩の魔女になるのか?」
「まあ、そこは『魔女』のままでいいんじゃないかな。りりたん、魔女って呼ばれるの気に入ってるみたいだし」
魔女ことりりたんは今年から高校一年生だ。
つい先日、柚花からメッセージが届いていた。それには母校の廊下を歩く新一年生たちの写真が添付されていたが、その中には他の少女たちに混ざり談笑するりりたんの姿があった。
魔女として。先代女王としてのりりたんを知っている桃子としては、彼女が普通の女子高生にまざって談笑している姿にはかなりの違和感を覚えてしまう。無論、現実なのだから受け入れるしかないだろうけれど。
柚花によれば、りりたんは学園では特に目立つこともなく、普通の女子高生生活を送っているらしい。上級生である柚花を見つけても、いきなり距離をつめて来ることもないようだ。廊下で目が合ったときは、意味深に笑顔を向けられるだけだという。
どうやら、りりたんは日常ではかなり猫を被っているようだ。
「せっかく近くにいらっしゃるのなら、お母さまも柚花さんと一緒にここに遊びに来てくださってもよろしいのに……」
「なんか、柚花もちょうど話せるタイミングがあって、それとなく聞いてみたらしいんです。そしたら、私や柚花は眺めるものであって、一緒にダンジョンに潜る間柄になるのは解釈違いだって断られたみたいです」
「そうですか。解釈違いでしたら、仕方ないですね」
「あ、そこは普通に理解を示すんですね」
女子高生になったりりたんにとっても、桃子と柚花は遠くから眺めて楽しむ相手だという認識は以前と変わっていないようである。
或いは、自分がダンジョンに潜ること、そのものに興味が無いのかもしれない。りりたんくらい万能になると、ダンジョンに潜っても新しい発見もなにもなくて、情熱を持てないのかな、と桃子は思う。
でも、今の桃子は友達と一緒に潜る楽しみを知っている。ヘノや柚花と潜るダンジョンは、新しい発見が無かったとしても、心が豊かになることを知っている。
りりたんとも、そのような楽しみ方を共有できたらいいのにな、と。
桃子は頭の片隅で思案するのだった。
【とある女学園の図書室にて】
「ゆかたんも読書ですか?」
「ちょ、学校でそのゆかたん呼びはやめてくださいよ。図書委員になったんですか?」
「ええ。好き放題、本に触れるこの役職は、りりたんにちょうどいいのですよ」
「じゃあ、天海さんに会いたかったら図書室に来ればいいわけですね」
「ふふふ。ゆかたんはりりたんのこと好きなのですね。なら、もっとフレンドリーに、りりたんって呼んでください」
「考えておきます。ところで、桃子先輩が長崎の小学校に潜入調査しに行く話は知ってます?」
「は? なんですかそれ、りりたんの知らない情報ですよ?」
「ああ、やっぱり。地上でのやり取りだと、あなたの情報網から外れるってわけですね」
「えー、ゆかたん一人で納得しないでください。ももたん情報を独り占めはよくありませんよ?」
「人目のある場所でゆかたん呼び禁止。あと、ティタニア様にたまには会いに行くこと。その二つを約束するなら教えてあげますよ、りりたん」
「えー、親離れした娘にすぐに会いに行くのって、なんだか安っぽくないですか? りりたん、もっとミステリアスなポジションを維持しておきたいのですが」
「もうミステリアスさは死んでる気がしますけどね。じゃあ、別な情報でもいいですよ。例えば……モチャゴンの児童書について、っていうのはどうですか?」
「ふふふ。面白いことを聞きますね。どうしましょうかね。悩んじゃいますね」