ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
長崎の山間部。大正時代に建てられた、七守小学校の木造旧校舎。
春先に訪れた台風の影響で、平成に建てられたコンクリート校舎の六年生の教室が一時的に使用できなくなってしまった。その影響で一時的にこの旧校舎が開放され、新六年生たちは本校舎の改修の間はこの旧校舎で授業を受けることとなる。
その六年一組の教室では、二週間だけの転校生である桃子の机に、クラスに二人きりの女子児童である夏野日葵と名波茉莉子の二名が集っていた。
日葵はとにかくおしゃべりで行動的な少女。茉莉子は内気で言葉少ない少女。見事に正反対のコンビである。
なお、転校生たる桃子は老芝桃子という偽名を名乗っている。これはこの地に転校するにあたり設定された『親族の仕事の都合で一時的に転校してきた少女』というバックストーリーに由来する。
もちろん、小学生の桃子の保護者として長崎まで赴任しているのは、魔法協会日本支部職員、老芝奈々その人だ。彼女がこれから二週間、桃子の姉という設定だ。
桃子と奈々は、この二週間は魔法協会が用意したアパートの隣同士の部屋に住むことになっている。同室でないのは、桃子のプライバシーに対する配慮だろう。
「桃子ちゃん、その服すごいねっ! こっちの服屋でそんなの見たことないや。うちのお母さん、地元の服屋さんが潰れちゃうからって通販で服を買わせてくれないから、東京っぽい服とか買えないんだー」
「えーと、この服は、東京っていうよりは神奈川の、横須賀の服かな。スカジャンって言って、横須賀のジャンパーなんだよ」
授業の合間の休み時間ごとに、日葵と茉莉子は集まって桃子にあれこれ聞いてくる。
とは言っても、喋るのはほぼ日葵であり、桃子はそれに答え、茉莉子はたまに相槌を打つ程度である。桃子がいないとき、この二人はどのような会話をしているのだろうか。謎である。
そしてそんな元気っ子である日葵が目をつけたのは、桃子の着用しているスカジャンだ。
スカジャンは、神奈川県は横須賀のジャンパーとして知られている。ヨコスカジャンパーだからスカジャン、という由来もあるが真偽はわからない。
また、はじめは横須賀米軍基地のアメリカ人兵士がオーダーして作られたジャンパーが人気を博し、それが広く横須賀を中心に広まっていった、という逸話が有名だ。これまた真偽は不明ではあるが。
光沢のある化学繊維を使用しているものが主であり、その特徴は背中に大きく描かれた様々な刺繍の絵であろう。
本場のスカジャンは、竜や鷲のような存在を描くことが多いようであるが、桃子が着ているスカジャンは、ある意味ではもっと凄いものが描かれていた。
「あ、横須賀ならテレビで見たことあるよ。港のなんとか横浜横須賀だよね! あ、三つ編みで見えなかったけど、背中にもなにか刺繍があるんだねっ。すごい、何が描いてあるの?」
「背中? ああ、これね。知ってるかは分からないけど、昔の児童書の、モチャゴンっていうキャラなんだって」
「モチャゴン!?」
桃子は、つい先日北海道の摩周ダンジョンにてオウカの【天啓】を聞いている。
――学び舎の童女よ。
――そなたが怪異を望むならば、背負うがよい。
――モチャゴンを。
あれは、その時は意味がわからなかったが、今となってはわかりやすいヒントである。
小学生に成り済まして七不思議を調べるならば、モチャゴンのスカジャンを着用しろ、という話だ。
このスカジャンがどう関係するのかは不明だけれど、【天啓】のことだから、なにかしらの運命的なあれこれで、このスカジャンが解決の糸口になるかもしれない。
そう思い、桃子はこのモチャゴンのスカジャンを早速初日から着用していた。
そして何の気なしに、背中の絵が見えるように三つ編みを横に流し、モチャゴンの名前を出したのだけれど。
クラスメイトたちが見せた反応は、異様なものだった。
幽霊でも見たような顔で、日葵が桃子の背中を見る。
そして、周囲で騒がしくしていた男子児童たちまでが、シン、と静まり返り、桃子と日葵に視線を向ける。
壁にかけた時計の針が秒を刻む音と、廊下のリスが木片をカリカリかじる音だけが、室内に響く。
「え、あの……」
しかし、その異様に長く感じられた沈黙も、時間にしてたった数秒のことだ。
戸惑う桃子に気づくと、日葵はすぐに大きな声で、強引に明るい声を出す。
「あー、あーっと! なんでもないの! ちょっとね、知ってるキャラだったからびっくりしちゃったんだー。東京の服ってすごいなーって。ねー、茉莉子ちゃん」
「う、うん……」
「ええと。二人ともモチャゴン知ってるの? そんなにこれって有名なキャラかな?」
「あ、違うの。有名って言えば有名なんだけど、たぶん桃子ちゃんが思ってるのと違うんだよ。ええと、そうだなあ……ってヤバ、次の時間はじまっちゃう! また次の休み時間ね!」
「あ、うん。じゃあまたあとで」
話をしているうちに、雑木林の向こうにある本校舎から聞こえる授業開始のベルが窓の外から響いてくる。
結局、この休み時間に桃子は何も聞けずに終わってしまったのだけれど、それでも一つだけ分かったことがある。
このスカジャンに描かれたモチャゴンというキャラクターは、ただの児童書のキャラクターではない。それは、子供たちの反応を見ればわかる。
少なくとも、この学校においてはモチャゴンには別な意味があるのだと、桃子は確信していた。
算数の授業は、さすがに高校を出ている桃子にとっては簡単なものである。答える順番が来たときも、桃子はすらりと正しい答えを述べることができた。
とはいえ、万が一でも19歳にもなって小学生の問題を間違えたら一生の恥だ。そういう意味では、妙なプレッシャーがあった。
算数の授業が終わると、次の休み時間に再び日葵と茉莉子が桃子の机に集まる。
「さっきはごめんねー、桃子ちゃん。いきなりモチャゴンが出てきて、ちょっとビックリしちゃったんだよ。あ、でも桃子ちゃんはいきなりこんなこと言われても困るか」
「あの、日葵ちゃん。ここだと……」
日葵が一方的にマシンガントークを繰り広げるが、どうやらこの教室ではモチャゴンの名前にはなにかあるらしく、日葵が喋り出すと周囲の男子児童たちもチラチラとこちらを見てくる。
それに気づいた茉莉子が、日葵の腕をとって、クイクイと引っ張っている。場所を移動しよう、という意思表示のようだ。
「あ、そうだね。茉莉子ちゃんの言うとおり、教室だと男子が沢山いるから、桃子ちゃん、廊下でお話ししようよ! リス太郎もいるよっ」
「あのリスさん、リス太郎っていうんだ?」
「うん、春休みにうちで怪我してたリスを保護してね。その子をリス太郎って名付けて、クラスのリスにしたんだよっ。あ、そうそう、うちの兄ちゃんが長崎ダンジョンの探索者でねっ」
「日葵ちゃん、廊下に……」
廊下に出ようといった矢先に今度はリスや家族について話し出す日葵。これには桃子も苦笑を浮かべるしかない。元気で明るい少女だけれど、落ち着きのなさが少々心配になる。
そして、横から困ったように日葵の腕をクイクイ引っ張る茉莉子が可愛らしく、桃子もついついほっこりしてしまう。
日葵はまだ思春期を迎える前の、男子と女子との境目にいるような女の子だ。もうすぐ訪れる思春期を迎えれば、女の子としての自覚が増すのだろうか。
茉莉子は、日葵に懐いてまわる小動物的なところがある。奥ゆかしいとも言えるけれど、こうも気弱そうだとこれから先、色々と大変なことが多いだろう。
なお、桃子はそのように、クラスメイトたちを年上のお姉さん視点で見ているが、体格的には桃子が一番小さいのだった。
「あっ、ごめん茉莉子ちゃん。桃子ちゃんも廊下いこ、廊下! リス太郎って賢いから、人間噛んだりしないんだよ。今のところはね! ほーら、リス太郎元気かー?」
言うがはやいか、日葵はリス太郎に声をかけながら廊下へと小走りで駆け出していってしまった。
桃子も呆気にとられながら立ち上がると、日葵においていかれた形の茉莉子と顔を見合わせる。
「先にいっちゃった。日葵ちゃんって、めちゃくちゃ元気で明るい子だね」
「うん」
口数少ない少女だが、日葵のことを褒められたのが嬉しいのか、茉莉子も嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「桃子ちゃんが来たらリス太郎がものすごく元気になったんだけど! 桃子ちゃん、リス太郎が好む匂いでも出してるの? 東京の香り?」
「いや、私はそんな匂い出してるつもりはないんだけど……」
桃子と茉莉子が廊下に出ると、リス用ケージの前にしゃがみこんだ日葵が、柵越しにリス太郎とにらめっこをしていた。
桃子と茉莉子もその横にしゃがみこみ、リス太郎の顔を覗き込む。決してそこまで大きなケージではないので、桃子を挟む形でぎゅうぎゅうに足や腕が触れあうが、女子児童同士なので気にしていないのだろう。
桃子は左右から挟まれて、妖精の押しくらまんじゅうを思い出した。
そしてリス太郎は桃子の姿を認めると、日葵そっちのけで桃子の方へと寄っていこうとする。ケージから鼻先をだし、新参者の桃子の匂いを必死で嗅ぎわけているようにも見える。
「リス太郎、怪我が治ってからもしばらく元気がなくてさー。リスが走り回る車輪を先生が買ってくれて、自然の木とか石とかをケージにいれて、小屋もつくって、ようやく元気になったんだー」
「そうなんだね。じゃあ、私の服に外の自然の香りでもついてるのかもしれないね」
「あの、日葵ちゃん。お話……」
「あ、そうだったね。リス太郎の話してる場合じゃなかった! 桃子ちゃんもごめんね! すぐに別な話ばかりしちゃって!」
そして、リスの話が長引きそうな気配を感じた茉莉子が日葵に遠慮がちに声をかける。
先ほどまでは内気な茉莉子が元気な日葵について回っているのだなと思っていたけれど、もしかしたら茉莉子のほうが日葵をうまく誘導しているのかもしれないなと、桃子は考えなおした。
なんにせよ、うまくバランスのとれたコンビである。
「えーと、何から話そうか。あのね桃子ちゃん、もしかしたら聞いてるかもしれないけどね。ここの旧校舎って、七不思議が伝わってるんだよ」
「あ、うん。ここに転校する前に、一応噂程度には聞いてるんだけど、やっぱりそれって本当なの?」
「そう、本当なの。っていうか……私と茉莉子ちゃんもね、見てるんだよ。火の玉。まさにここで」
「え、日葵ちゃんが目撃してたの? 茉莉子ちゃんも?」
「うん」
どうやら、初日から情報収集としては幸先が良さそうだ。
七不思議について詳しいクラスメイトを探そうと思っていたところだったが、クラスに二人しかいない女子がその当事者ならば話は早い。
桃子とて、いくら相手が小学生の子供たちとはいえ、転校初日から男子にあれこれ話を聞いてまわるのは気が引けていたのだ。相手が話しやすい女子で本当に助かった。
日葵は桃子がなにも聞かずとも、知っていることをどんどん聞かせてくれる。
桃子は、この情報を聞き逃すまいとリス太郎に差し伸べていた手を下ろし、日葵に注目する。その横では、茉莉子も日葵の顔をジッと見つめていた。
女児たちに相手をして貰えなくなったリス太郎はすねてしまったのか、プイと反転して、クルミや木の枝を引き込み、小屋のなかに潜り込んでしまう。
六年生しかいない、静かな旧校舎。
日葵が七不思議について語り始めると、不思議と、木造廊下の空気が変わったかのような気がする。まるで、別空間に来てしまったような錯覚に陥る。
静かな廊下に、リス太郎のたてるカリカリ音だけが妙に大きく響いていた。
【とある妖精たちの会話】
「桃子は。今頃。小学校で。勉強でもしてるのかもな」
「うぅ……も、桃子さん、実は大人なのに、子供に混ざって勉強だなんて……どうしてそんなことに……」
「毎日。勉強しないといけないなんて。人間の子供たちは。大変だな」
「ククク……しかしだねぇ、妖精の我々も、勉強して知識をつけるに越したことは、ないのだけれどねぇ」
「そう言われてもな。ヘノは。勉強なんて。したことないぞ」
「で、でも……じょ、女王様の、読み聞かせは、勉強になるんじゃないでしょうか……?」
「そういえば。人間が落とした。本を拾って。読み聞かせ。してるんだったか」
「ククク……最近は、小さな妖精たちに本を読み聞かせているようだからねぇ? ヘノも、行ってみたらどうだい……?」
「なるほどな。ちょっと。女王の部屋に。行ってみるか」
「わ、私も行きますよぉ……」
「――そうして恐ろしいチュパカブラは、考えることをやめて、長い眠りについたのでした」
『良かったー』
『スパイシー』
『怖かったの』
「なるほどな。なかなか。面白い話だったな」
「と、とても怖くて、面白いですよねぇ。……わ、私、このお話、10回くらい聞いちゃいましたからねぇ。チュパカブラには、く、詳しいですよぉ……?」
「ニム。お前。チュパカブラ博士にでも。なるつもりか?」