ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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七不思議

 秘密の話をするときは、身を寄せあって、顔を近づけて。今も昔も、東京でも長崎でも、この文化は変わらない。

 人の旧校舎の廊下では、リス太郎のケージ前で。女児二人が成人女児一人を挟み込む形で、互いに身を寄せあっていた。

 

 小屋の中からチラチラ見えるリス太郎の尻尾を余所目に、日葵は声を潜めて。本題となる怪談話を語り始める。

 

「あのね桃子ちゃん。私たちが見たのは『踊る火の玉』っていうやつなんだよ。廊下で話してたら突然火の玉が目の前に出てきたの! まさにこの廊下でね、ポンって、数秒くらいはあったかな。その火に驚いて、私も尻餅ついちゃって。驚いたリス太郎も小屋から飛び出てパニックになってたんだよね、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

 実は、桃子も事前情報として渡されていた資料で、この学校に伝わる七不思議というものを知ってはいる。

 その中にも確かに、『火の玉』に関わるタイトルが記述されていたはずだ。それが日葵の話のものと同じ怪異なのかはわからないが、旧校舎に現れる火の玉という部分は完全に一致している。

 

 日葵は『踊る火の玉』と語っていたが、火の玉はどのようなものだったのだろうか。その名の通り、軽快に踊ったりするのだろうか。

 桃子は数秒間だけ出没したという火の玉がリズムに載って軽やかに、ダンサーのごとくアクロバティックに踊る姿を想像し、ごくりと生唾を飲み込む。

 無論、日葵たちが目撃した火の玉は踊ってなどいない。

 イメージの伝達というのは難しい。

 

「あと、吉木くんもこの廊下で、ピアノの演奏を聞いたんだって。でもね、この旧校舎の音楽室って昔はピアノがあったんだけど、今はもうピアノは置いてないんだよ。だから、ピアノの音なんて聞こえるはずないの! ね、茉莉子ちゃん」

 

「あ、あの……うん……」

 

「これが『ピアノの幽霊』っていうやつ! これは他の皆には聞こえなかったし、吉木くんしか聞いてないからさ、空耳なんじゃないかなんて言う人もいるんだよ。でも、私は信じるよっ。吉木くんって真面目だし、そんな嘘つく人じゃないからさっ!」

 

 日葵はこまめに茉莉子にも声をかけている。おそらく、日葵の方から声をかけないと、茉莉子はずっと聞き役に徹してしまい一言も言葉を発さないのだろう。だから日葵が小まめに茉莉子の返事を求める。これがきっと、この二人のコミュニケーションだ。

 尤も、茉莉子の返答の大半は「うん」の一言だけなのだが、それでも日葵は安心したように会話を続けていく。

 

 そして二つ目に語られた『ピアノの幽霊』も桃子が目を通した資料にあった通りだ。

 桃子はてっきり、幽霊がピアノを弾くという話、あるいは無人の音楽室で誰かが弾くピアノの音が聞こえるという類いの話をイメージしていたのだが、日葵の話だとそれとはまた違い、どうやらそもそもピアノ自体が幽霊というお話だった。

 付喪神というものもあるけれど、ピアノの付喪神とかそのようなものなのかもしれない。

 

 桃子は日葵の話を聞きながら、幽霊ピアノが軽快なリズムの曲を奏でて、それに合わせて先ほどの話に出て来た火の玉が踊り出す光景を想像する。

 ピアノそのものが幽霊だというのなら、ピアノ自身も動き出して、一緒に踊ったりするのかもしれない。なんという大胆な七不思議だろうか。桃子はごくりと生唾を飲み込む。

 無論、日葵の話のなかにそのようなシーンは皆無である。

 実際には、吉木くんという男子がピアノの音を聴いたというだけの話だ。まさかそれを語っていた日葵も、目の前の転校生がピアノと火の玉が踊り狂う光景を想像しているとは思うまい。

 言葉だけで正しい情報を伝えるというのは、非常に難しいものである。

 

 桃子の脳内イメージが正しいかどうかはさておき。

 なんにせよ、目の前の少女たちは七不思議を知っている。

 

 やはり、資料だけでは分からないことも多いものである。七不思議を直に目撃している子供たちに直接話を聞けるチャンスが思いのほか早々と訪れたので、これ幸いにと桃子は他の七不思議についても聞いてみることにした。

 第三者から見れば、女児三人が廊下でぎゅうぎゅうにくっついて、リスを眺めながら怪談話をしているという不可思議な光景に映るかもしれないが、幸いにもこの旧校舎は人が少ない。不思議な女児三人衆の都市伝説が広まることはなさそうだ。

 

「踊る火の玉に、ピアノの幽霊か。ねえ日葵ちゃん、他の七不思議についても、せっかくだから色々と聞いてもいい?」

 

「そうそう、そっちが本題なんだよっ! それを桃子ちゃんに話しておかなきゃって思ったの! だって、モチャゴンの服なんて着てるんだもん。七不思議のこと知った上で狙ってるのかと思っちゃったよね、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

「待って待って、モチャゴンて七不思議に関係あるの? このスカジャンに描かれてる、モチャゴンが?」

 

「あー、ええと……七不思議のひとつに『モチャゴン』があるんだよねー」

 

「うん」

 

「え……?」

 

 桃子は、自分の耳を疑った。

 

 知らない。聞いていない。

 モチャゴンが七不思議だなんて、桃子は知らない。

 

 確かに、モチャゴンの名前を出した時の教室の雰囲気はただならぬものがあった。それは間違いない。

 だけれど、桃子が事前に魔法協会から受け取った資料にはそのような七不思議は存在していないのだ。モチャゴンだなんて名称が、資料にあったら気づかないわけがないのだ。

 魔法協会の、老芝奈々が調べてくれた七不思議には、正式な参考資料があったはずである。過去のこの小学校の歴史を辿って調べられた、確かな資料であったはずだ。

 ならば何故、目の前の六年生たちの語る七不思議が、別物なのか。

 

 しかし桃子が呆気にとられているのを知ってか知らずか、日葵は話をどんどん続けていく。

 

「『踊る火の玉』『ピアノの幽霊』の他にはね。『モチャゴン』『トイレの花子さん』『4時44分の昇降口』……ええと、あと2つはなんだったっけかな。茉莉子ちゃん覚えてる?」

 

「うん。『くいしんぼ妖精』と『不思議な本棚』……だと思う」

 

「あ、それだそれ! 茉莉子ちゃん、よく覚えてたね! ええとね、その七つがここの旧校舎に伝わる七不思議なんだけどね。特に怖いのが『4時44分の昇降口』でね、その時間に昇降口を通った子は消えちゃうんだって……! 異世界に消えちゃって、存在を忘れられちゃうんだって! 怖くない? 怖いよね!」

 

「うん」

 

 そして、日葵と茉莉子の二人から語られる七不思議はやはり、桃子が把握していたものと比べると差異がある。

 それぞれの話の詳細までは実際に情報収集をしてからでないと判別できないにしても、あくまで名称だけで言うならば、奈々からもらった資料に書かれていたものとは微妙に違いがある。とはいえ、あくまで噂話なので、細部の違い程度はあってもおかしくはないだろう。

 けれど『モチャゴン』は違う。明らかに違う。そこにあるのはもっと、普通の七不思議だったはずだ。細かい違いとかそういうレベルではない。

 

 そして、違いは名称だけではない。最後に日葵が付け加えた、児童が消えてしまうなどという話は、桃子は知らない。

 資料に書いてあった昇降口の不思議は「不思議な世界を覗き見る」程度の話であり、そのような物騒なものではない。そもそもそんな危険な怪異があるのならば、子供の安全のために早々にこの旧校舎は取り壊されているだろう。

 異世界に連れていかれ、存在を忘れられるなど。小学生がその対象に選ばれてしまうなど。そんな呪いなど。

 絶対に放置されるわけがないのだ。その話を、ギルドや魔法協会が認識していたならば。把握出来ているならば。

 

 そこまで考えて、桃子はふと気づく。

 

「でも、よく考えると4時44分て、普通に放課後のまだ明るい時間だよね。この校舎が使われてた時代に、そのタイミングで昇降口を使った子なんて幾らでもいるんじゃないのかな?」

 

「……あー! 言われてみればそうかも。私ももしかしたら、夕方に時間見ないで昇降口入ったことあるかもしれない。私のこと忘れてない? 忘れてないよね? 私のこと見えてる?」

 

「うん」

 

 慌てて日葵が自分の顔を触り、自分が消えていないことを確認する。

 もちろん日葵は消えていないし、桃子や茉莉子からもその姿が認識出てきている。尤も、今は密着して肌が触れ合っている状態だ。桃子がよく知るそれと似たような現象だったならば、密着していることで忘却の効果が打ち消されているのだろうけれど。

 

「よかったー! 人から見えなくなったら、私寂しくて生きていけないよー。茉莉子ちゃん、私のことずっと覚えててね」

 

「うん」

 

「あはは……お友達から忘れられちゃうのは、うん、嫌だよね」

 

 人から忘れ去られたら、寂しくて生きていけない。

 それはそうだ。桃子とて、地上に戻れば守衛のおじさんたちが出迎えてくれて、ギルドでは杏が待っていてくれて、家に帰れば家族が出迎えてくれたからこそ、呪いのようなスキルとも共存出来たのだ。しかし、もし【隠遁】が地上でも永遠に効果を継続してしまうスキルだったなら、桃子の心はとっくに壊れていただろう。

 だからこそ。桃子の【隠遁】のような状態を子供に強制するような七不思議があるのだとしたら。

 それは、駄目だ。良くないことだ。

 

 奈々と、魔法協会と。情報のすり合わせをしなければいけない。これは無視できないことだ。

 桃子はこの旧校舎に蔓延る七不思議の言い伝えが、想像以上に危険なものである可能性を今、ようやく視野にいれた。

 

 

 

 しかし、どうやら七不思議の話はそこまで。遠くの本校舎から、休み時間終了のベルの音が響き渡る。

 廊下をやってきた担任教師が、何故だか廊下で密着していた女子児童グループを不思議そうな目でみて、声をかけてくる。

 

「おーい、まりまりコンビ、そろそろ授業だぞ」

 

「はーい、行きまーす。って、先生ったら桃子ちゃんのこと忘れちゃってない? 転校初日だからって、酷いなあ」

 

「ん……? ああっ、すまん! ごめん! はい、まりまりコンビも老芝さんも教室に入ってください! 次は英語の授業だぞー」

 

 転校生は、存在を忘れられがち。

 桃子は今日、新しい豆知識を手に入れた。

 存在が消える話をした直後なので、笑い話にするには少々たちが悪い豆知識である。

 

 いつの間にか小屋から出て来たリス太郎が相変わらず桃子に向かってケージを揺らしてアピールしているが、残念ながら桃子は動物の言葉はわからないし、リス太郎が喜ぶおやつも持っていない。

 桃子を見つめるリス太郎に小さく手を振ってから、子供たちに紛れて授業を受けるため、桃子は教室へと戻っていくのだった。

 なお、英語の時間の自由スピーチにて、桃子は高校レベルの英語力でカレーライスについて熱く語り出したため、転校初日から『東京からきた凄いカレー女子』という認識がしっかりとクラス全員に広まった。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。七守小学校からある程度歩いた先にある、とあるアパート。

 

 人の少ない山間部とはいえ、別に周囲の集落が社会から切り離されているわけではない。車を少し走らせれば、栄えている市街地に出られるし、スマホで注文すれば食事を自宅まで届けるサービスも受けられる。

 アパートに光回線は通っているし、ウォシュレットもエアコンも完備されている。キッチン家電も全てが最新の高性能品で、最初から設置されていたテレビは最新の有機ELテレビだ。

 そんな一人暮らしをする上でもなんら問題のない部屋が、この二週間の間の桃子の生活拠点である。問題ないどころか、千葉の桃子の住む部屋より生活レベルが高い。

 そして桃子の隣部屋には、桃子の姉という設定で同じく長崎までやってきた魔法協会職員、老芝奈々が入居している。

 桃子はアパートへ帰宅すると、ランドセルを自室に置いてすぐに隣室の奈々のもとへと訪れた。

 

「お帰りなさい、桃子さん! 初めての学校はどうでした? お友達は作れましたか?」

 

 奈々は魔法協会職員なので、桃子が学校へ通っている間はこの部屋で仕事をしている。

 てっきり日中は長崎ダンジョンギルドに隣接している魔法協会の支部にでも行くのかと思ったが、今の時代は、ネット回線さえあれば自宅にいても大抵の仕事は可能だという。

 桃子の場合は工房で直接道具に触れないといけない仕事なのでピンと来ないのだが、それでもなんとなく凄い時代だなと桃子は感心する。しかし本題はそれではない。

 

「老芝さん、子供たちはみんな良い子でしたよ。ただ、学校で情報を集めてきたんですけど、なんかおかしいんですよ」

 

「おかしい、というと?」

 

「それがですね、七不思議について詳しい子たちがいたので、聞いてみたんですけど――」

 

 奈々は、デスクでの作業を一旦取りやめて、ぐるりと椅子をまわして桃子へと向き直る。

 初めて房総ダンジョンギルドで顔を合わせた際は上下スーツの就活生じみた姿だったけれど、流石に自宅での仕事となるとそこまで畏まった服装ではなく、ある程度カジュアルな服装でリラックスしている。もちろん、桃子が訪れることは分かっていたので人に見られても恥ずかしくない服装ではあるが。

 桃子は奈々の部屋に設置されていたソファに座って、今日聞いてきた話を奈々に説明していく。

 

 子供たちの語る七不思議と、資料に書かれていた七不思議とで違いがあったこと。

 放課後に日葵を通じて他のクラスメイトたちにも話を聞けたのだが、その内容には、やはり資料との差異があったのだ。そしてなにより、子供が消える呪いなどという危険な内容が噂に追加されていることは、見逃せない。

 その話を聞いていた奈々も、その新たな七不思議の不穏な内容には眉を顰めて考え込んでいる。

 

 まだ、桃子の潜入調査は始まったばかりである。

 

 だがしかし。初日からさっそく、不可解な謎があの旧校舎に根を張っているのを。

 桃子の第六感は、ひしひしと感じ取っていた。

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