ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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こどもライフ

 桃子は調査のために小学校へと潜入しているが、しかし小学生としての生活は当然ながら調査ばかりしているわけではない。

 学生の本分は勉強であり、学校には勉強をしに通っている。

 それは小学生でも変わりなく、桃子は19歳にして小学校の授業を普通に受ける羽目に陥っていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、次の走者は老芝さん。よーい、スタート!」

 

 体育の時間。

 

 体育館には、跳び箱や平均台を使ったコースが作られていた。

 担任の掛け声に合わせて、走者となった桃子がスタートダッシュでコースへと駆け出す。種目は跳び箱メインだが、普通にそれを飛ぶだけでなく、飛び石のようにしてその上をぴょんぴょん進んでいったり、バランス棒の上を渡ったりするちょっとした障害物競争だ。

 桃子は小柄な体躯で、おとなしそうな顔立ちだ。その見た目だけなら運動は苦手そうな印象を受けるが、その印象に反して桃子は実に身軽に駆けていく。器用に飛び、渡り、マットの上では見事に前転を決めていく。

 そしてタイムはクラスでも上位だった。どうしても歩幅の違いにより身体の育っている男子には劣ってしまうが、女子の平均は大きく超えた記録を叩き出す。

 

「うわー、桃子ちゃん小さいのに運動神経すごいんだね! 私もスポーツ得意なほうだけど、桃子ちゃんはなんかガチの動きって感じがする! ね、茉莉子ちゃん、桃子ちゃんすごいよね!」

 

「うん」

 

「えへへ。私これでも、意外と身体動かすこと多いからね。大きなものを振り回したり、大きくジャンプしたり、地面転がって受け身をとったりとかは得意なんだよ」

 

 ダンジョン内ではないため、今の桃子は魔力による身体強化もなく、当然ながら身体能力を底上げするスキルも発動していない。

 日頃から身体を動かしているので平均よりは引き締まってはいるだろうが、それでもあくまで今の桃子の身体能力は一般的な人間の範疇だ。

 だけれども、桃子が今までダンジョンで覚えた身体の動かし方は本物だ。跳んで、走って、戦って。地面を転げて、吹き飛ばされて。桃子が経験してきた数々の冒険は、伊達ではない。

 怪力や超パワーなどはなくとも、小学生レベルの障害物レースならば今までの経験値だけでも十二分に実力を発揮出来た。

 

「マジかよ。東京の小学校の体育ってそんな豪快な内容なのか、すごいな」

 

 女子三人の会話を横で聞いていた男子児童は、東京の小学校では何か大きなものを振り回しながら飛んで転げて大暴れするものだという誤った知識を得て戦慄していた。

 

 

 

 

 

「では、次の問題は老芝さん。わかりますか?」

 

「はい。タケシくんとお兄さんが同じ距離を進んだとすると、タケシくんは時速――」

 

 算数の時間も、きちんと高校を卒業までしている桃子にとっては簡単なものである。

 小学校の算数を卒業し、中学数学、高校数学と進んでいくに従い、数学という教科は複雑な公式が増えていく。それらの記憶も所々曖昧になってきている今では、桃子とて苦戦することもあるだろう。

 だが、いま出題されている小学生の算数レベルならば基礎知識のごり押しで大体は正解できる。

 むしろ、今の小学校でも家を時間差で出発する兄弟の問題はあるんだなと、算数とは無関係なところで懐かしさすら覚えていた。

 

「うわー、桃子ちゃん小さいのに勉強もすごいんだね! 算数とか、全問正解じゃん。私は算数全然だめだから、桃子ちゃんがいる間は桃子ちゃんに教えてもらっちゃおうかなあ。ね、茉莉子ちゃん、桃子ちゃんすごいよね!」

 

「うん」

 

「あはは……まあ、六年生の算数だったら大丈夫、かな。これでもちゃんと勉強はしてきたから、多分、おおよその部分は理解してると思うよ」

 

「すごいね! 桃子ちゃん、中学受験とかするの?」

 

「いやあ、そういうわけじゃないけど。こんなの普通だよお。えへへへ」

 

 桃子が六年生の算数を学んだのは年数にして既に8年前である。なので、授業の前は多少の不安もあったが、いざ教科書を開いてみれば特に問題はなさそうだ。

 桃子は確信した。今の自分ならば、小学生レベルの授業はどうということはない。無敵の転校生だ。

 小学生たちから尊敬の視線を集めて、桃子は満更でもないドヤ笑顔を浮かべていた。19歳の春のことである。

 

「マジかよ。東京の小学校の算数って普通に小学校レベル卒業してんのか、すごいな」

 

 女子三人の会話を横で聞いていた男子児童は、東京の小学校では小学レベルの算数をすでに卒業しているという誤った知識を得て戦慄していた。

 

 

 

 

 

「はい、時間になりましたので答え合わせをします。皆さん鉛筆をおいて、赤鉛筆を出してください」

 

 社会科の時間。

 

 桃子は恥じていた。

 19歳の成人として、耳を赤くして、己を恥じていた。

 

 算数の時間で調子に乗っていた桃子は、次なる社会科の時間では辛酸を舐める羽目になった。

 というのも、社会科というのは基本的に、知識、記憶の分野であることが多い。算数のように、基礎を知っていれば他の問題にも応用が利く、などというジャンルではない。

 更に、実際に下手に様々な経験を積んできてしまった為、それがノイズとなり正しい答えが出てこなくなることもあり得るわけで……。

 

「うわー、桃子ちゃん他は凄いのに社会は滅茶苦茶じゃん。特産品の問題で、木綿生地、豆、スライムにデーツとか、そんなの教科書にも書いてないよ? っていうかスライムってなに? 桃子ちゃんて意外に面白いところあるね、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

「いや、その……一応、都道府県の場所とかも最近はちゃんと把握できてるんだよ? ただ、色々と覚えて来た知識がごっちゃになっちゃって、わかんなくなってきちゃった……」

 

 桃子は、社会科が苦手であった。

 

 歴史では戦国武将がどの地位でどの派閥に属し、どこで合戦をしたのか、様々な情報が混ざってしまいどれがどれだか分からなくなってしまう。信長や秀吉、家康くらいはさすがに常識として把握しているものの、家康の時代から続く代々の徳川家などは誰が誰だかよくわかっていない。

 

 地理では、具体的に東京から離れた地方への知識はかなり不安がある。都道府県を全て言うことは出来ても、それを何も見ずに並べて配置しろと言われたならば、恐らく幾つか間違えるだろう。

 更には、地上の社会知識がほぼ通用しないダンジョン内で活動していると、たまに地上の常識が分からなくなることもあるのだ。

 唯一、香川=うどん、という知識だけは地上もダンジョンも共通だったようだが。

 

「マジかよ。東京の小学校だと地方のことなんて雑にしか教えてないんだな、ひどいな」

 

 女子三人の会話を横で聞いていた男子児童は相変わらず誤った知識を得ているが、いつの日か彼が東京へ行くことがあれば、これら全てが誤解だと分かってくれる日もあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

「なんとなく分かってきたけどさ、桃子ちゃんて全体的にすごい優等生だね。英語も出来るし、算数もできるし。社会は……まあ、苦手そうだけど。桃子ちゃんって、もしかして東京では有名な学校通ってたの?」

 

「ええと、まあ……一応、それなりには知られた学校だった、かな?」

 

 休み時間に、よく喋るほうの少女、日葵がさっそく桃子に話しかけてくる。

 日葵の目から見れば、東京から二週間という短い期間だけ転校してきた桃子という少女は、まさに優等生だった。運動もでき、勉強もほとんどの教科であっさりと正解を答えていく。たまにポンコツなのはご愛敬だ。

 そんなわけで通っていた学校への言及があったのだが、桃子が通っていた学校は聖ミュゲット女学園という、都内ではそれなりに有名なお嬢様学校だ。なので、有名な学校に通っていたというのは間違いではない。そもそも小学校でないのだが、それはそれ、これはこれ。

 そんな学校を卒業しておいて、さすがに小学六年生程度の授業で苦戦していては母校の恩師達に申し訳が立たない。社会科については実際に教えてくれた母校の教師陣に土下座ものであろう。

 

「じゃあさ! 図工とか音楽も凄かったりする? あのねえ、茉莉子ちゃんは東京にいた時からピアノを習ってて、音楽得意なんだよ。前に演奏してもらったけど、すっごく上手なの。ね、茉莉子ちゃん?」

 

「う、うん。でも……私の演奏は、そんな……」

 

「もう、謙遜しちゃってー! 茉莉子ちゃんがピアノ演奏してくれるから音楽の時間が助かるって、先生が言ってたくらいだよー? 自信持って良いんだよっ」

 

 桃子が訪れてまだ二日目。全ての授業を受けたわけではなく、図工や音楽の授業はまだ教わってはいない。

 どうやら大人しいほうの少女である茉莉子はピアノを習っているようである。まさに見た目の印象通り、深窓のお嬢様といった感じだ。

 茉莉子には大人になってもこのままで、間違ってもお酒を愛するお嬢様などにはならないでいて欲しいと、ずっと今の奥ゆかしい健全な少女でいて欲しいと、桃子は小さく祈りを込める。

 

「茉莉子ちゃん、ピアノ演奏するんだねえ。でもピアノって、音楽室? えと、七不思議の?」

 

「う、ううん……あ、あの……」

 

「あ、違う違う。音楽室って言っても、ここじゃなくて本校舎のね! ほら、ここにも使われてない音楽室はあるけど、ピアノなんて置いてないもん」

 

 音楽室。それは、旧校舎の七不思議のひとつ、ピアノの幽霊の舞台でもある。

 だがしかし、当然と言えば当然だが、茉莉子が演奏するというピアノは本校舎の音楽室のピアノだ。そもそも旧校舎の音楽室にはピアノが無いのだから、演奏もなにもない。

 移動教室のときは、六年生も雑木林を越えて本校舎の音楽室へと移動しなければいけないらしい。それは少々面倒くさそうだ。

 

「ちなみに桃子ちゃんはさ、音楽は得意? 何か楽器は演奏できたりする?」

 

「うーん、残念ながら楽器は演奏できないし、歌も多分人並みかなあ。でも図工なら、絵は自信ないけど、工作みたいなのは大好きだよ。自慢じゃないけど、タンスも作れるよ」

 

「タンス作れるの?! すごい、私、工作は小さい箱を作るのが限界だよ。やっぱり東京の小学校は違うなー」

 

「いや、まあそれに関しては東京あまり関係ないけどね」

 

 気のせいか、素直に桃子のことを話せば話すほど東京の小学校への誤解や偏見が増していく気がする。

 ここら辺の設定も、事前に奈々と話し合っておいた方が良かったのかなと、内心ちょっとだけ冷や汗をかく桃子だった。

 

 

 

 

 

「わーい、給食楽しみ」

 

 そして、午前中の授業がおわると次は桃子の楽しみの一つ、給食だ。

 小学生の頃の桃子は、給食のありがたみを考えもせずに毎日その恩恵を受けるだけの子供だった。

 しかし社会に出た今となっては、栄養を考えられ、バリエーションも豊かな食事が日々提供されるというのは、素晴らしいことだったのだなとひしひしと感じてしまう。

 外食で色々食べようと思うとお金がかかってしまうし、栄養も偏りがちになる。自作のお弁当にしても、流石に毎日考えて作るとなると厳しいものがある。

 そんなわけで潜入調査員である桃子は、現役の小学生以上に、小学校の給食を楽しみにしていた。

 

「でも、本校舎から旧校舎まで給食を運ぶのは大変そうだね……」

 

「先生たちが台車つきの車で運んでくれるけど、雨の日とかは私たちが本校舎の多目的室で食べたりもするんだよ。ちょっと面倒くさいよね」

 

「うん」

 

 本校舎の給食室から旧校舎までの道のりは、先生方が専用の台車を使って運び込んでくれる。

 子供たちに任せるのは危険、あるいは何かあったときの責任問題になってしまうからだろう。やはり本校舎と旧校舎が離れているとそういう部分が大変だ。

 そして運び込まれた給食の鍋を見て、桃子のみならず、クラスメイトたちは歓喜の声をあげる。

 

「この香りは……っ!」

 

「あ、今日はカレーだ! やったじゃん桃子ちゃん、カレー好きでしょ? あのねえ、ここの学校のカレーはね、特製なんだよ! ね、茉莉子ちゃん」

 

「うんうん」

 

 茉莉子も二回頷くほどの喜びようだ。

 

「うわー、本当に給食のカレーだよっ! こんなのもう一生食べられないと思ってたよ!」

 

「桃子ちゃん、それはさすがに大袈裟じゃない? えっとね、うちの学校のカレーは昔からね、最後にすごいの入れるんだよ! もしかしたら、ここで食べなきゃ一生食べる機会ないかもしれないよ」

 

「ほほう。私、カレーにはちょっと拘りがあるから、それは聞き捨てならないよ?」

 

 教室の前では係の子どもたちが皆の分のカレーをよそっている。人数が少ないクラスなので、係の子どもがさっさと人数分出してしまい、人数分のお盆に乗せていく。

 そして全員分の給食がお盆にのると、最後に担任教師が何かを取り出した。

 それはなんと、桃子もよく知っている、とある缶詰だった。

 

「はい、カレーに入れる桃はひとり1つまでなー」

 

「えっ?!」

 

 担任がプルタブを手に取りパカッと良い音を立てて開いたのは、どの地方でも普通にスーパーで売られているであろう、桃の缶詰だった。

 そう。この学校の特製カレーとはつまり、まさかの桃カレーだった。

 

「も、桃カレーじゃん……」

 

「桃子ちゃん、桃缶カレー知ってるの? なんだー、うちの学校だけの伝統だと思ってたのに、東京にもあるの? でも美味しいよね、桃缶カレー! ねっ、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

 桃カレーは、桃子が聖ミュゲット女学園在学中にお料理研究部にて制作したカレーレシピだ。

 レシピと言っても、究極的に言ってしまえば出来上がったカレーに桃缶の果肉を入れればそれだけでも完成である。

 一応は学生時代に作ったレシピはそれ以上に桃を引き立てるための工夫をちりばめたレシピではあったのだが、普通の缶詰の果肉をそのまま入れるだけでも十分美味しいものに仕上がると、桃子は知っている。

 しかしそれがまさか、長崎の小学校で出てくるとは思わなかった。

 

「わー……給食で桃カレーが出るなんて、幸せじゃん」

 

 給食のカレーは、やはり本格的なカレーと比べればどうしても劣る部分もあったけれど。

 それでも、みんなで食べた桃カレーは、非常に美味しいものだった。

 小学生の桃子も満足のカレー体験であった。

 

 

 

 

 

 

 

「っていう感じで奈々さん、給食でも桃カレーが出たんですよ! すごいですね、七守小学校」

 

「ということは桃子さんって、昨晩と、今日のお昼に桃カレーを連日食べてるんですよね? それで、いま作っているのは……?」

 

「あ、大丈夫です。昨日とは違って、今日は桃キーマカレーを予定してますから!」

 

「あっ、はい」

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