ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
旧校舎の二階廊下をひとり歩く。
校舎の周囲は雑木林に覆われ、離れた本校舎の校庭で遊び回る子供たちの喧騒も、ここまでは聞こえてこない。風の音と葉の擦れる音。時おり鳥の鳴く声。そして、軋む木造廊下の音だけが響き渡り、それが逆に世界の静かさを強調しているようだ。
小学校の例えとしては適切ではないかもしれないが、古い文学で描かれるサナトリウムのようだなと、桃子はこの建物を歩きながら思う。
そして、目的の部屋の前で足をとめて、扉の上に書かれた古ぼけたプレートを確認する。
「……ここが図書室、でいいのかな?」
給食後の昼休み。桃子は旧校舎の二階にある古い図書室を訪れていた。
図書室と言っても、ここはさほど広いものではない。通常の教室の2倍程度の広さの部屋に、規則正しく本棚が並べられているだけだ。棚と棚の間は狭く、少々圧迫感がある。
入り口側の壁際には、閲覧用であろう長いテーブルと椅子が並んでいるけれど、これらもかなりの年代物に見えた。勢いよく座ったら椅子の足が折れてしまわないか心配だ。
この旧校舎の図書室には、過去の本がそのまま残されており、古い資料や本を探すには丁度良い場所である。
いまの所、桃子の周囲では件の不思議な現象が起きておらず、せっかく長崎の小学校までやってきたと言うのになにも進展がない。なので桃子は、旧校舎で起きている不思議な現象の手掛かりを求め過去の記録を閲覧しにきたのだ。
なお、クラスメイトである日葵は男子に混ざって本校舎の校庭でサッカー、茉莉子はその応援だ。なので、今の桃子はお一人様である。
教師たちは桃子が魔法協会から派遣された調査員ということは把握しているので、色々と調べまわる許可は貰っている。それならばと、桃子は思う存分旧校舎を探検することにした。
「さすがに埃っぽい……窓あけよ」
しかし、聞いていたとおりにこの図書室は殆ど手を付けられておらず、本も埃をかぶっている状態だ。恐らく換気なども滅多にしていないのだろう、室内が微妙にカビ臭い気もする。
窓の外が晴天なのを確認し、桃子は図書室の窓を開いて室内の空気を入れ替えることにした。
西向きの窓を開け放てば、屋外から春のそよ風が入り込み、室内のカビ臭い空気をふんわりと押し流してくれる。
「よしっ! じゃあ、七不思議について……って、どこ調べたらいいんだろ。奈々さんに詳しく聞いておけばよかったなあ」
本を探す前に、まず部屋のあかりのスイッチをカチカチと触ってみるが、つかない。
どうやら室内の照明器具もかなり長期間放置されているようで、蛍光灯が駄目になっているのかもしれない。
「つかないや。明るい時間じゃないと使えないね、この部屋」
まだ外が明るいので図書館を閲覧することは可能だが、やはり本棚が並んでいる空間はどうしても薄暗くなりがちだ。
これだと、日が暮れてきたら本格的に真っ暗な部屋になってしまうかもしれない。近いうちに用務員のお爺さんに声をかけて蛍光灯の交換をお願いしなければならないなと、桃子はひとりごちる。
「昭和の本ばっかりだけど、一応平成の本もあるんだね。本校舎が建ったのが平成なんだっけ……?」
本来ならば、室内のどこかには本棚のジャンル分け一覧のような表示があってしかるべきだろうが、残念ながらこの放置された図書室にはそこまで親切なものは残っていなかった。
桃子はとりあえず近場の棚から、順々にその棚にはまっている背表紙を読み進めていく。
さすがに小学校の図書室だけあって、子供向けの児童書が多い。それ以外にも、桃子でも知っているような有名な過去の文豪の本も並んでいるが、中には大人向けな作品も紛れている。果たして小学生が文豪の本をどれだけ読むのだろうか。
棚には百科事典などもあるが、数十年前の百科事典となると、記載されている情報がかなり古そうだ。今となっては逆に稀少な本と言えるかもしれない。
窓からは柔らかい風が吹き込み、鳥のさえずりと揺れる木の葉の音だけがBGMの静かな図書室。桃子はそこで一人、棚に並ぶ本の背表紙を順々にみていたのだが、ふいに。
ガラガラッと。実に勢いよく扉を開く音が、それまで静かだった室内へと響き渡った。
「あれ? 知らない子がいる、誰ぇ?」
急な音に桃子がぎょっとして振り返ると、開かれた扉越しに、きょとんとした顔の少女がひとり、室内を覗き込んでいた。
白いシャツに、膝丈の吊りスカート。髪の毛は肩のあたりで揃えられたすっきりとしたボブヘアー。あえて古風に言うならばおかっぱ頭に近い髪型で、まるで『トイレの花子さん』のような外見の少女だなと、桃子は第一印象を抱く。その手には、表紙に何も書かれていない無機質なノートが抱えられている。
外見的には、茉莉子や日葵よりも幼く見える。目線の高さ的には桃子と同じくらいの身長だろう。
桃子はこの少女のことを見るのは恐らく初めてだ。少なくとも、六年生の女子は自分の他には日葵と茉莉子のまりまりコンビしかいないので、必然的にこの少女は下級生ということになる。
「下級生の子かな? 私、転校生でこの学校に来たばっかりなんだ。六年一組の老芝桃子っていうの、あなたは?」
「そうだったんだ、六年生に転校生がいたんだね。私ね、久世紅子。四年二組だよ。べにこって呼んでいいよ」
「うん、よろしくね、紅子ちゃん」
桃子が自己紹介をすると、扉の前にいた少女――紅子も安心したように笑顔を浮かべて、後ろ手に図書室の扉をピシャリと勢いよく閉める。元気な子だ。
年代物の扉なので、もっと丁寧に扱わないと壊れてしまうんじゃないかと桃子は少しヒヤヒヤしたが、まだ四年生の紅子はそういうところまでは気にしていないようである。
「ん、よろしくね、紅子ちゃん。でも、こんな所まで何しに来たの? 昔の本とか調べに来たの?」
「うん。校長先生が、この時間ならここが開いてるからって教えてくれたんだー。桃子ちゃん、よろしくねえ」
「そっか、確かに普段は見られない部屋だもんね」
普段は施錠されている旧校舎の図書室など、通常ならば子供たちが閲覧しようがない場所である。
しかし今、六年生が一時的に旧校舎に間借りしている期間だけ、イレギュラー的にこの古い図書室も閲覧可能になっているというわけだ。
校長先生ならば当然そのことを把握しているので、古い本に興味があるのなら昼休みのうちに行ってみたらどうかと教えられたのだろう。
とはいえ、雑木林を越えてこの旧校舎の二階まで一人でやって来るなど、なかなかに好奇心旺盛な子供である。
いくら一階に六年生がいるとは言っても、逆に言えば六年生の教室以外は人気のない空間だ。大人としては、あまり四年生の子供がひとりでこんな場所に来ないで欲しいなと思うが、来てしまったものは仕方がない。
桃子は大人として、この図書室にいる間くらいは目の前の女児を優しく見守ることにした。
「紅子のクラス、今度の図工の時間にね、空想の生き物をつくらなきゃならないんだけどね。だから、何かクラスの皆が知らないような面白い空想の生き物の本とかあればいいなーって」
「そっかそっか。空想の生き物か。確かに、古い本なら珍しいのがあるかもしれないねえ。じゃあさ、一緒に探してみよっか」
「いいの? うん、ありがと!」
「でも、私もどこに何があるかはわからないから、一緒に端のほうから見ていこっか」
桃子は紅子を手招きすると、端の棚から一緒に本の背表紙を確認して回る。
ときおり面白そうなタイトルの本があれば手にしてみたり、ピーターパンや白雪姫のような有名な絵本があれば開いて挿し絵だけ覗いて、あーだこーだと感想を言い合ったり。
なかなか紅子の望むような本は無いにしろ、小学四年生と一緒に本棚を覗いていく作業は思いの外楽しかった。
「まさか、これが母性……?」
「え、桃子ちゃんなにか言った?」
「う、ううん。なんでもないなんでもない。空耳じゃないかな?」
「そう? ところでさ、さっきから気になってたんだけどね。桃子ちゃんってもしかして、不良なの? その服、なんか派手で不良みたい……」
「ええ?! ……ああ、これはスカジャンって言う服でね。まあ確かにちょっと派手かもしれないけど、不良っていうわけじゃないよ? 私、真面目な桃子だよ?」
「そう? まあ、桃子ちゃんはスケバンって感じはしないけど。でも、面白い服だねえ。背中に絵が描いてある」
「スケバンて」
これまた古い言葉を使われてしまったなと思う桃子である。しかし、薄々感づいてはいたことだが、いかにネット社会が進んだ現代といえども、この山間部の小学校で着用するには、それなりに目を引く色合いに、大きく刺繍の入ったスカジャンというのは少々悪目立ちしているようだ。
六年生の教室ではモチャゴン騒動で有耶無耶になってしまったが、もしかしたらクラスの皆は桃子のことを派手な服を着た不良だと思っていたのだろうか。
桃子はあくまで【天啓】に従ってこのスカジャンを着用しているだけなのだが、実は暗に不良のレッテルを貼られているのかもしれないと思うと、なんとも言えない居心地の悪さを感じる。
しかし、なるようになれ。
桃子は開き直って、己の背を隠す大きなゆったり三つ編みを横に流して、紅子から背中の絵が見やすいようにする。
「これね。背中に描いてあるのはモチャゴンっていうキャラクターだよ。六年生のなかでは有名なんだけど、四年生たちには知られてるのかな?」
「えっ、全く知らないけど。でも……それにする! 粘土で紅子、モチャゴンつくる!」
「え、そう? 空想っていうか、既存のキャラだけど……ああでも、既存の空想キャラだからいいのかな?」
紅子は桃子の背中を眺めてテンションをあげている。
確かに、そもそもが粘土で作る空想の生き物の案を見つけるのが目的だったわけだから、モチャゴンが気に入ったのならばそれを製作しても構わない。
モチャゴンの児童書は数十年前は有名だったらしいし、本校舎の図書室にも恐らくモチャゴンの本くらいは置いてあるだろう。なので、わざわざ旧校舎まで珍しい本を探しに来た意味は無かったと言える。だが、それはあくまで結果論だ。
テンションをあげて、ノートを広げ、鉛筆を取り出している紅子は可愛らしく、これはこれでいいかと、桃子は疑問を全て頭の中の川に流していく。
「桃子ちゃん、そこに座って、三つ編みどけて、こっちに背中見せてねー」
「え? 私がスカジャン着たままモデルになるの? まあ、いいか……」
紅子のスケッチブック……いや、小学生的には自由帳と呼ぶべきか。とにかく無地のノートのページには、小学生にしては上手なイラストが並んでいた。見れば、国民的な猫型ロボットの絵も描いてある。
紅子はその空いたページに、モチャゴンのイラストを追加するつもりのようだ。
その場に座り込む桃子の背中を眺めながら、紅子は鉛筆でノートにモチャゴンを描き殴っていく。
「ふーんふんふーん♪」
鼻唄混じりにノートに鉛筆を走らせる紅子。鼻唄は今でもテレビでよく流れるイギリスの伝説的な洋楽バンドの曲である。小学四年生にしてはなかなか渋いチョイスだ。
そして、桃子はその紅子に背中を向けるかたちで、本棚に向かって体育座りをしている。
桃子の耳には鳥の声と、風の音。伝説的バンドの鼻唄と、鉛筆の進む音。
そして、桃子の正面には埃を被った本の背表紙。ちょうど真正面には『人間失格』という超有名タイトルが存在感を醸し出している。
「なんかこの状況おかしくない?」
体育座りで『人間失格』とにらめっこしながら、桃子はいまの状況にしきりに首をかしげるのだった。
「紅子ちゃんは、七不思議って知ってる?」
どうやら紅子は、本格的なスケッチを開始してしまったようである。
モチャゴンの絵だけ描き写すものかと思っていたが、何故か体育座りをしている桃子の絵をスケッチしているようで、桃子が振り返ったら動かないように叱られてしまった。
しかたなしに、桃子は背中越しに紅子へと話しかけてみる。
「七不思議って、火の玉とか、ピアノとかでしょ? 知ってるけど、全部は知らないや」
「そっか、まあ全学年の子たちが七不思議を知ってるわけじゃないもんね」
「妖精のお話とか気になるけど、紅子、妖精って見たことないからわかんないんだよね。ピーターパンに出てくる子みたいな感じなのかな」
七不思議を四年生の紅子が知らなくとも、なにも不思議な話ではない。旧校舎で不思議な現象に襲われている六年生と違い、本校舎の子供たちにとってはあくまで遠くの噂話程度の認識なのかもしれない。もしかしたら、パニックにならぬよう下級生たちには情報を規制している可能性もある。
しかし、紅子が話題にあげた『妖精』という響きには、桃子も思うところがあったのでつい反応してしまう。
何を隠そう、体育座りで『人間失格』と見つめあっているこの三つ編み少女は、日本でトップクラスの妖精専門家なのだ。
「私が知ってる妖精さんは、みんなうっすら魔力で光ってて、白い布を纏ってる感じの子が多いかな。昔のギリシャとかローマみたいな感じなの。それで、一人一人好きなものも、個性も全然違うんだよ」
「え、桃子ちゃん妖精見たことあるの?!」
「やば」
口が緩んだ。
よく考えなくとも、妖精の情報は機密事項だ。守秘義務もあるのだ。相手が小学生だとしても、ペラペラと喋って良いものではない。
「やば?」
「あ、ええとね、前に知り合いの探索者さんにそういう話を聞いただけ……というか、多分、その人の作り話だったのかもなー、なんて」
桃子は慌てて、他人に聞いた作り話だったということにする。たまたま事実に近いだけの、作り話だ。真実とほぼほぼ変わりないとしても、あくまで偶然だから、これは守秘義務違反には当たらない。セーフだ。
そういう設定にして自分をごまかした。
「でもさ、日本はわからないけど、外国には妖精ってずっと昔から本当にいたんだよね? じゃあ、本当に妖精に会った人も沢山いたんじゃないかなって思うな。紅子も妖精に会いたいなー」
「紅子ちゃん、妖精さん好きなの? ええと、さっきみたいな私が人から聞いた噂話みたいなもので良ければ、妖精さんの話とか、いくつか聞かせてあげられるよ?」
「本当!? あ、でも、今日はモチャゴン描いたらそろそろ行かないと。もう休み時間終わっちゃう」
あくまで、噂話や作り話という体で良いのならば、桃子はいくらでも妖精に関わる物語を語ることができる。
風の妖精が大妖怪を討伐する作り話。妖精の魔女が人魚姫と契約する作り話。お酒の妖精がひとつの村を守る作り話。化け狸に煙草を作ってあげる妖精の作り話。コロポックルと氷の妖精の作り話。遺跡で謎なぞを出す妖精の作り話。大空を駆ける空の妖精の作り話。
もちろん、全てフィクションの作り話だが、桃子自身も驚くほどに様々なお話が浮かんでくる。
しかし残念ながら、紅子の言う通りそろそろ昼休みも終わりだろう。この部屋は時計がないから分からないが、紅子の場合はチャイムが鳴ってからここを出ても次の授業には間に合わなくなってしまう。
残念そうに紅子はノートを閉じて、名残惜しそうに桃子の背中のモチャゴンを眺めている。
「じゃあ、紅子ちゃん。次にまた会えたらその時はさ、私が知ってる妖精のお話聞かせてあげるよ」
「うん。じゃあその時には、いっぱい聞かせてね!」
紅子は帰り際も、パシャリと勢いよく木製扉を閉めていく。
次に会ったときは、そこら辺はきちんと注意しておかないとな、と。桃子は誰もいなくなった図書室の窓を閉め、戸締まりを確認しながら。
風のように去っていった下級生の少女について、考えるのだった。