ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子ちゃーん! こっちに登れる場所あるから、こっちこっちー! あ、足元は転ばないように気を付けてねっ」
「おっけー! よいしょ、よいしょっと」
令和の時代のランドセルはカラフルだ。
桃子が小学校に入学した14年前にも、すでに様々な色合いのランドセルが販売されてはいた。桃子が祖父母からプレゼントされたランドセルも、名前の通り桃色のものだった。
とはいえ、桃子の入学した年代ではまだまだ、男子は黒、女子は赤であるべしという常識が根強く残っていた。桃子の学年はまだしも、当時の6年生たちには黒か赤以外のランドセルを背負う子というのは殆どいなかっただろう。
それが、令和のいまの時代では色合いが多いのは当然ながら、そもそも複数色で構成されていたり、デザインに凝ったラインや装飾が入っていたりと、もはやランドセルというより普通にお洒落な鞄としか思えないデザインの物も多い。
桃子は、自分を先導するように裏山を昇っていくいくつかのランドセルを眺めながら、そんなことを考えていた。
「桃子ちゃん、運動靴で良かったね! 通学用の普通の靴とかだと、流石にこういう所は登れないからねっ」
「なあ夏野。老芝さんは東京から来たばっかりなんだから、普通の道から行ったほうがいいんじゃねえの?」
「老芝さん、無理しないでね?」
「えへへ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
桃子の前を行くのは六年一組の男子が二人で、名前は元木と吉木。実はどちらが元木でどちらが吉木だか桃子の中でごちゃまぜになって区別がついていない。
その二人の前、パーティの先頭に立って裏山を昇るのは、女子のムードメーカーである夏野日葵だ。
彼女はその溌剌とした言動そのままに、周囲を照らすお日さまのように明るい色合いのランドセルを背中で跳ねさせながら、獣道を駆けあがっていく。
今回、放課後の裏山登りを提案したのはこの明るい少女、日葵だった。
二週間しかいられない転校生である桃子に、この小学校を見下ろすとっておきの景色を見せてあげたい、と提案し、それに渋々といった風に男子二人も付き合ってくれることになった。
男子たちは、見た目としては大人しい少女然とした桃子を裏山に連れていくことに難色を示していた。なかなかの紳士揃いである。
とはいえ、実のところこの桃子は毎週のようにダンジョンに入り浸り、鍋で野性味あふれるカレーを作り続けてきたアウトドア探索者だ。当然、裏山探検の話を聞いたらすぐさま食いついた。
そして今は、放課後にランドセルを背負ったまま、直接裏山を駆けのぼっている所である。
今時の子供たちは室内で遊んでいるイメージを持っていた桃子だが、探索者を夢見る子供たちはトレーニングと称して裏山を駆け回っていることも多いのだという。子供たちにとって一番身近な長崎ダンジョンは険しい地形が多いため、裏山は長崎ダンジョンに挑むための格好の修行の場である。
なお、桃子が履いている運動靴とは、和歌に貰った昨年冬に出たばかりの最新の探索者用ブーツだったりする。裏山どころか、氷の島でも熱砂の砂漠でもどんとこいの、万能靴だ。
桃子はその万能靴で迷いなく険しい道を踏み進んでいき、心配げに見ていた男子たちを唖然とさせている。
「桃子ちゃんって体育の時間でもすごかったけど、見た目に反してなんか、アウトドアな感じだよね。もしかして、登山とかよく行ってるの?」
「いやー、登山じゃないけど……まあ、似たような運動はしてるかな」
ここはダンジョンではないので、ダンジョン内のように魔力による身体能力の向上というものはない。
とはいえ、それでも普段から様々な場所を駆け回っている桃子の身体機能は、小柄で可愛らしい見た目に反し並の小学生を軽く凌駕している。
グリップの利いた靴で岩をしっかりと踏みしめ、掴めそうな木の枝があれば迷いなく鷲掴みにし、身体に引っかかる藪も木の枝も気にもせず、多少の段差は身体全体を使って飛び越える。桃子は地元の小学生も驚くような野生児染みた動きで、あっさりと先頭を行く日葵に追いついた。
「俺、東京の子だからって甘く見ないことにするわ」
「僕も……」
これをきっかけに、女子を見た目で判断しない紳士二人がこの地に誕生するのだが、それは桃子の知るところではない別な話である。
「ねえ、あの木の実は食べられるの? 甘いかな?」
「あれは俺も食べたことあるけど、滅茶苦茶渋いからやめた方がいいぞ」
「桃子ちゃんて、意外に食いしん坊なの? 確かに赤くて美味しそうにも見えるけど、だからってあれこれ食べてたらあっという間にお腹壊しちゃうよ?」
木々の合間に見えた赤い実を指さして、桃子はその味をクラスメイトたちに質問する。
だが、残念ながら食用には向いていないらしい。食べたことがあるという少年が、その味を思い出したのか引きつった笑みを浮かべて首を振る。
見た目だけなら真っ赤で美味しそうなのだけれど、桃子は後ろ髪を引かれつつも赤い実とさよならをする。
「あっ! ねえ、そこのキノコは食べられるかな? そこの、木の根もとの大きいやつ!」
「うーん、肉厚だけど、やめた方がいいんじゃねえかなあ」
「僕、自然界のきのこの大半は毒キノコだって聞いたことあるよ」
木の根元に生えていたキノコを指さして、桃子はそれが食べられるかどうかクラスメイトたちに質問する。
だが、地元の子供たちと言えど、いきなりキノコを指さして食用かどうか聞かれても、困ったように顔を見合わせ曖昧な返答をするだけだ。彼らも、とっさには判別つきそうにない。
というより、地元の子供たちが咄嗟に判別つかない段階で、それは普段食されているキノコではないのだろう。
しかし、それでも。毒キノコだと確定したわけではないならば、一度持って帰ってみてもいいんじゃないかと桃子が足を止めて手を伸ばしかけた所で、隣を歩く日葵が桃子の腕を引っ張っていく。
「桃子ちゃん、なんでもかんでも食べようとするのやめたほうがいいよ?! 山って、そんなにあれこれ食べられるわけじゃないよ? お腹壊すだけじゃ済まなくなっちゃうってば!」
「え、そうなんだ」
六年生の女児に、普通に叱られてしまった。
東京の都心育ちの桃子は、自然の野山を歩いた経験というのがきわめて少ない。少なくとも、地上にある山野を歩いた経験というのは殆どないと言ってもいいくらいだ。
桃子のアウトドア経験はもっぱら房総ダンジョン内でのことであり、あの場所で食してきた木の実やキノコが桃子の基準だった。まだ新人探索者の頃はカレーの具材も地上で買ってきていたのだけれど、スキル【カレー製作】を得てからは頻繁にダンジョン内で採取したものを食べるようになったのだ。
もちろん房総ダンジョンのキノコにだって普通に毒性のものも多いのだが、スキル【カレー製作】で強引にカレーとして最適化され、残った毒は【頑強〇】によって力ずくで無効化しているので、桃子本人は毒キノコを食べたことに気づいていないのだ。なお、この事実に気づいているのは薬草の妖精ルイだけである。
そんな偏った経験を積んできた桃子なので、地上の野山に実る木の実やキノコへの認識が、地元の人間と比べると大幅にズレていた。
「あ、見て見て! すり傷出来ちゃった!」
「桃子ちゃん、それは喜ぶところじゃないよー! あとで洗って、絆創膏あるからちゃんと貼らなきゃだめだよ?! 怪我で喜ぶの、流石におかしいからねっ?」
「えへへ」
ダンジョンでは、魔力で身体が護られているので木の枝程度で怪我をすることは無い。
桃子はすり傷ひとつに新鮮味を感じていた。
「老芝さん、本当に東京から来たのか? なんか野性的すぎねーか?」
「あ、こら、元木! 気持ちはとってもわかるけど、女の子に野性的とか言うのは駄目なんだからね! ごめんね桃子ちゃん」
「あはは、いいよいいよ。私、ワイルドなのって嫌いじゃないから。森で食べられそうな食材をどんどん集めてさ、その場でワイルドなカレー作ったりするのって素敵じゃない?」
漫画やゲームじゃあるまいし、そんな人はいない。
それどころか恐らく、サバイバル生活が得意なダンジョン探索者にすらそんな人はいない。いたとしてもすぐに毒キノコにでもやられて倒れていることだろう。
地元の小学生たち三人が、東京からきた小柄な少女に対して宇宙人を見るような視線を向けてしまったのは、残念ながら仕方ないことだろう。
「桃子ちゃんって本当に東京の子なの……?」
「うん、東京だよ? 実家の近くの交差点からスカイツリー見えるからね!」
スカイツリー基準の説明をされても、長崎の子供たちには正直よく分からない。
わからないが、この二週間だけの転校生は、見た目に反してちょっとズレているのだなということは、三人ともが心の中で理解したのであった。
「ついたー! 桃子ちゃん、ここが神社! なんの神様かはわからないけど、昔っからここにあるの!」
「わあ、すごい景色じゃん。真っ正面に旧校舎が見下ろせるんだねえ」
裏山のけもの道を進むこと20分ほど。
探索の道のりとしては短すぎる気もした桃子だが、小学生たちの冒険としてはこのくらいがちょうど良いのだろうと思い直す。今の桃子は探索者ではなく小学生なのだから。そちらに合わせなければいけないのだ。
そしてけもの道を抜けて出て来たのは、綺麗にひらけた土地だった。
そこには、どうやら正規の参拝道と繋がっているであろう鳥居と、そして小さいながらも立派な社が建っていた。
桃子たちは、その社の脇腹を突くように、真横から境内に侵入したようである。
境内から見える景色に視線を向けると、そこには街並みが広がっていた。
山間部の決して栄えているわけではない住宅地だが、それでも上から見下ろせば、様々な人々の営みが見える。色々な畑の実りが見える。住宅地の中央を抜ける大きな道路を通り、様々な車が山を抜けて行き交っているのが見える。
そして、鳥居から正面を見れば、その方向には桃子たちの通う、七守小学校の旧校舎の姿が在った。
ここはまるで、旧校舎を見下ろすような、旧校舎を見守るような。そのようなお社だった。
子供たちは、お社にある賽銭箱の前で鐘をならし、順に手を合わせていく。鐘を鳴らすだけで、誰もお賽銭を入れていないのはご愛敬だろう。
桃子も日葵たちに続いてその社に向かい手を合わせる。どうか、今回の七不思議事件が無事に終息されますように、子供たちが安全に暮らせますように、と。
「とりあえず、一休みしたら普通の道から帰ろうぜ」
「うん、僕もそれがいいと思う」
子供たちは、社の石畳に無造作にランドセルを置いて、手ごろな岩に腰を下ろしている。
皆、ランドセルに水筒が入っており、きちんと水分補給を忘れていないようだ。最近の小学生はしっかりしている。
桃子も奈々から持たされた水筒を取り出して、麦茶でしっかりと喉を潤す。
「こんな裏山のお社なのに、ちゃんと管理されてるんだねえ」
「この神社は、今は学校の用務員のお爺さんが定期的にお掃除をしに来てるらしいよ。桃子ちゃん会ったことある? 毎日旧校舎の戸締まりとかもやってくれてる白髪のお爺ちゃん」
「あと校長先生とか、他の先生たちもたまに来てるらしいぞ」
「この神社、ずっと昔から七守小学校の先生たちが定期的にお参りにきてるんだって聞いたことあるよ」
桃子がぽろりとこぼした言葉に、次々と情報が集まってくる。
どうやらこのお社は、学校の先生方と共にずっと昔から子供たちのことを見守ってくれていたようだ。
ならば。このお社は、あの旧校舎の事件の真相を全て知っているのだろうか。様々な怪異から、子供たちを守ってくれているのだろうか。
そうだといいなと、桃子は思う。
「でも、そっか。学校の先生たちが、ずーっと管理してくれてたんだね」
「うん。七不思議もそうだけど、江戸時代とかの昔から不思議なことがよく起こる土地だったっていう言い伝えもあるからね」
「七守の卒業生が長崎ダンジョンの探索者になると、最初からスキルを持ってることが多いっていう噂もあるんだぜ」
「全員が探索者になるわけじゃないから、実際のところはわからないけどね」
「そうなんだねえ」
桃子のよく知るティタニアが守護するダンジョンたちは、彼女が日本に来た際に、その影響を受けて生まれたものが大半だ。
けれど、子供たちが語る長崎ダンジョンも含めて。昔から存在していたダンジョンというのは数多くあり、それがどうして生まれたのか、どのような力が働いた結果なのか、それは今の人間たちでは解明できていない。
だから、まだまだ世の中には。ダンジョンだけではなく、地上にだって。今の人間の知らない不思議なことが数多くあるのかもしれないなと。
桃子は、夕日に照らされる旧校舎を眺めながらも、漠然と想うのだった。
【とある妖精たちの会話】
「女王が持ってる本は。あの。チュパカブラの本しかないのか?」
「そ、そうかもしれませんねぇ。あ、あの本も、どこかの探索者の……お、落とし物らしいですし」
「ククク……ダンジョンでは、妖精たちに朗読できそうな本など、なかなか落ちてはいないからねぇ」
「確かに。本が落ちてるのなんか。見たことないぞ」
「で、でも……た、確かに、もっと多くの本があったら、う、嬉しいですねぇ」
「いっそのこと、桃子くんや柚花くんに頼んで持ってきて貰った方が、確実なんじゃないかねぇ……?」
「あ、あるいは、魔女さんなら……た、沢山の本を持っているんじゃ、ないでしょうか……?」
「やっぱり。ヘノたちが探すよりも。本を持ってそうな相手に。頼んだ方が。早いか」
「ああ、そういう相手なら、ちょうどそこにもいるねぇ……ククク」
「――うどんは、たっぷりのお湯で茹でましょう。麺をほぐしながらゆっくりと入れてください。しばらくして、麺が透き通ってきたら、茹で上がりです」
『たべたーい』
『カレーうどん』
『釜玉がいいの』
「なんだか。妖精たちが。うどんに詳しくなっちゃったな」
「で、でも、これって朗読する本としては……な、なんか違う気がしますねぇ」
「ククク……ポンコくんに本を頼んだのは、失敗だったかねぇ」