ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
六年一組の教室では、桃子にクラスメイトたちの視線が集まっていた。
リス太郎の小屋から魔石が発見されてから色々あって、午後の授業はまるまる潰れてしまった。今はすでに放課後の時間に突入している。
教室の外では、長崎ダンジョンから複数の職員たちがリス太郎のケージを囲んでおり、未だにあれこれと今後のことを話し合っている。
「ええと、ごめんなさい。秘密にしてたっていうわけじゃないんだけど、私のお姉ちゃんはギルドの関係の人で、私もそのお手伝いで七不思議のこと調べてました」
知ってた。
と、クラスの仲間たちは口には出さないけれど、皆の前で頭を下げる桃子の言葉を大人しく聞いていた。
既にクラスの生徒たちには説明されていたが、一連の怪奇現象の犯人はリス太郎だった。
いや、厳密にはリス太郎の齧っていた魔石が原因だった。
先ほど桃子が日葵から確認した通りで、リス太郎は探索者でもある日葵の兄の鞄にいつの間にか入り込んでいたリスだったらしく、怪我をしていたのを家族が保護したものである。
しかしその正体は、ダンジョン内で魔力を糧に生きる、ダンジョンの原生生物だったのだ。おそらく、ダンジョン内で怪我をしたリスが、身を隠す場所として日葵の兄の鞄を選んだのだろう。そうしたらうっかり鞄ごと地上に持ち帰られてしまった、というわけだ。
その後、魔力欠乏により元気を失ったタイミングで、偶然にもケージ内に魔石が投入された。
それを削り取って魔力を補給することでリス太郎は元気になり、それと引き換えに周囲に大量の魔力を発生させてしまい、七守小学校における怪異のトリガーを引いてしまった、という流れだ。
事件のきっかけを作ってしまった日葵の兄であるが、探索者の兄本人も怪我をしたリスが己の荷物に入り込んでいたなど知らなかったようで寝耳に水らしく、人為的な意図は絡んでいないことは判明している。
なので、日葵の兄が何かしらの罪状に問われることはないだろう、というのが奈々の見解である。ただ、元々は彼の探索用具の管理のズボラさが原因なのは間違いなく、ことがことなのでギルドからの厳重注意や何かしらのペナルティを受けるのは仕方がないそうだ。
その妹である日葵の行為に関して。こちらは魔石も原生生物もわからない小学生が善意でやったことが裏目に出ただけなので、当然ながらお咎めなしである。
当の日葵はその自分がやってしまったことの事実を知り、クラスには彼女を責める声などないのだけれど、それでも本人はこれでもかと言うほどに意気消沈していた。
しかしその後、ギルド職員が七不思議の目撃者たる日葵のスキル判定を特例で実施したところ、日葵は火の魔法の素質を持っていることが判明し、彼女のテンションは爆上げとなった。
ムードメーカーである日葵が意気消沈してどんよりしているとクラスが暗くなってしまうので、元気になってくれて良かったと桃子は安堵した。
また、ピアノの音を聴いた吉木こえる少年も同様にスキル判定を実施し、やはり聴覚に関わるスキルが認められたという。
ここではじめて茉莉子があのとき本校舎でピアノを奏でていたことを知り、吉木少年は騒ぎを大きくしてしまったことを謝罪しつつ、茉莉子の演奏をべた褒めしていた。
茉莉子は泣きながら照れていた。桃子も、茉莉子の悩みがひとつ解消されたことで、肩の荷が降りた気分だ。
児童たちのテンションの乱高下はさておき、それが今回の七不思議事件の全貌である。
その全貌が、ギルドの関係者たる桃子の口によって、改めてクラスメイトたちへと説明されたのだった。
「すまない。実は先生たちも知ってたんだ。老芝さんはみんなの安全のために転校してきてくれたんだよ」
「せんせー、老芝さんが七不思議調べてたのなんて俺たちも最初から知ってたし、助けてくれた側なんだから、別に謝る必要ないと思いまーす」
「ねえねえっ! つまりさ、桃子ちゃんは組織の女スパイ、潜入捜査官だった……っていうこと? すごいじゃん、小学生捜査官だったんだよね? 桃子ちゃんすごいっ! 桃子ちゃんって名探偵みたいだね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「いや、あの、私は別にそこまで大層なものじゃないからね?」
魔法協会という名前は出せないので、あくまでダンジョンギルドの関係者ということにはなっているが、桃子の正体を知った生徒たちの反応は思いのほか好意的だった。
そもそも、桃子が七不思議を調べていたのは初日から皆の知るところだったし、ギルドの関係者だったからと言ってそれに反発する理由もないのだ。むしろ、日葵の言う通り、なんだか凄い奴、という尊敬の視線の方が多かった。
隠していたことに厳しいクレームの一つや二つを覚悟していた桃子であるが、賞賛される覚悟などはしていなかったので、なんだか調子が狂ってしまう。
「あ……でも、桃子ちゃんは原因わかったらもう東京に戻っちゃうの? まだ二週間は経ってないんだから、一緒に居てくれるよね? いきなりさよならとか嫌だよね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「あ、うん。一応まだなにがあるかわからないし、私も来週まではここに通おうと思うから、あと一週間は一緒だよ。よろしくね」
実を言えば、桃子は今日で千葉に帰ろうと思えば帰ることもできる。
今回の桃子はあくまで魔法協会の協力者であり、見習いとはいえ工房の職人という本業があるので、いつまでも魔法協会のために小学生を続けるわけにはいかない。
なので、怪異の原因を特定できなかったとしても、二週間で帰るというのは魔法協会との間で交わした契約だった。
しかしその原因が一週間で特定できてしまったので、あとの身の振り方は桃子の自由である。
尤も、姉という設定の奈々は事後処理などもありまだ当分は長崎に残るというし、桃子としても工房の皆には悪いがこの小学生生活に楽しみを見いだしている。
なので、せっかくの機会だしと、あと一週間はこの長崎の小学生でいることにしたのだ。初日は羞恥だなんだと考えていた割に、慣れとは恐ろしいものだ。
それをある程度ぼかして伝えると、日葵は喜び。茉莉子は控えめに笑顔を浮かべ。クラスの男子や担任の教師までもが、ホッとしたような表情を浮かべる。
「やった! じゃあ、まだ一緒に居られるね! 一週間だけじゃあんまりにも短すぎるもん、良かったーっ! ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「私も。あと一週間だけど、よろしくね、日葵ちゃん、茉莉子ちゃん」
あと一週間は、小学生。この二人と、同じクラスだ。
初めは子供たちと合わせられるか心配もあったけれど、今となっては桃子も、日葵や茉莉子と過ごす時間を楽しく感じている。
会話に年齢のギャップこそあるけれど、友達になるのに実年齢の差なんて関係ないのだなと桃子は考えを改める。とはいえ、桃子が彼女たちをみる目はどちらかというと可愛い妹たちを見守る視点なのだが、なんにせよ悪くない関係性には違いない。
あと一週間は、怪異に悩まされることも無く。
この二人と、楽しい小学校ライフを送れればいいなと。この時の桃子はそう考えていた。
「はい! 桃子さん、原因解明のお祝いです。全部魔法協会の奢りですから、好きに食べちゃってくださいね!」
「やったー! お寿司だ! 高級お寿司!」
この日の夕食は、珍しく外食である。しかも、結構良いところのお寿司屋さんである。
実のところ、七不思議に関する不明な点が解明されたわけではない。が、少なくとも今回派遣された理由である『四月から連続して発生していた異変』の原因と思われる魔石を発見出来た祝いとして、奈々が市街地方向まで車を出し、地元でも評判の寿司店へと連れて来てくれたのだ。
もともとの予定では今日もアパートに戻ってカレーを作るつもりだったのだが、桃子は別にカレー以外が嫌いなわけではない。むしろ寿司だって大好きだ。
それが魔法協会の奢りだというのなら、遠慮することは無い。桃子はさっそくメニューを見て、寿司ネタを選び始めた。
「あの、奈々さん。うにとかイクラとか、高いのも食べていいですか?」
「どうぞどうぞ。魔法協会の経費で落ちるので、いっそのこと高いのをじゃんじゃん食べることをお勧めしますよ!」
なお、学校から直で来たのでランドセル持参の小学生姿だが、しっかり脂ものにはわさびも共に口に放り込み、口内に広がる風味に舌鼓を打っている。
桃子は見た目がどうであれ、味覚としてはしっかりと大人の舌なのだ。わさびも食べられて、とても偉いのだ。
奈々の言葉もあり、桃子は滅多に食べることもないような値段の高い寿司を注文する。高い寿司は美味しい。食の世界の真理だろう。
「美味しい! 口の中でなんか、溶けますね! 今日はカレーを作ろうかと思ってたんですけど、お寿司もいいですね」
「そうでしょう! あ、いや、カレーもいいんですけどね? 美味しいんですけどね? 一週間全部カレーっていうのは、まあ……ほら、ね?」
桃子の言葉に、奈々がやや遠い目になる。
目の前の桃子は意味がわからずにきょとんとしているが、残念ながらカレーに関して桃子はネジが大量に外れているので、言っても無駄だろうなと、この数日の暮らしで奈々も理解していた。
「あ、ところで奈々さん。リス太郎って結局どうなっちゃうんですか?」
「あのリスさんですね! ええと……そうですね、残念ですけど、近いうちにダンジョンに戻されると思います。原生動物の扱いはきちんとルールが定められておりますし、このまま飼育は難しいでしょう。それに、魔力のない地上はリス太郎にとっても決して住みよい環境ではありませんしね」
「そっか、子供たちは可哀想ですけど、仕方ないですかね……」
リス太郎は、一学期が始まったその日から生徒たちと共にあの六年一組で過ごしていたのだ。
魔力については、今は桃子が奈々に準備してもらったクズ魔石をケージ内にばらまいておいたので、魔力不足で弱ってしまうことはしばらくの間は無いだろう。
だが。彼は今後、子供たちと共には暮らせない。
可愛らしい容姿で、子供たちにとっては愛すべき仲間だったようだが、しかし飼育が禁止されている原生動物だというのだから仕方がない。
彼らはもう六年生なのでそれくらいの分別は理解できるだろうが、理解と感情はやはり別なのだ。お別れというのは、辛いものだ。
「リスが原生生物だというのは盲点でした。あのリス、休日はケージごと担任の方が連れて帰っていたようで、ギルドによる調査の日も完全に存在を見逃してたみたいですね。せめて、担任の方がケージから放出される魔力に気づいてくれれば良かったんですけど……」
「あの先生、昔は探索者に憧れてたけど、素質があまりに無いものだから断念したって恥ずかしそうに話してました。だからきっと、魔力に気付けなかったんじゃないですかね」
「大人の前では異変が起きなかったんじゃなくて、魔力に対する素質を持たない大人しか関わっていなかったんですね。前提条件からして完全に誤ってましたか……」
奇しくも今日は金曜日。放課後には、また若い担任の男性教師がケージごと家に連れ帰るところだったらしい。
もしあの担任教師に何かしらのスキルの素養があったならば、魔力による身体の変化に気付けたならば、その場合は魔石にすぐに気付けたのかもしれない。
だが、残念ながらそれらの素質に恵まれていないのは本人の責任ではない。それに気づくべきは、調査を進めていたギルドや魔法協会側だったのだ。
桃子はもちろん、奈々も、そして多くのギルド職員も、皆それなりにダンジョンに関わる素養を持っている。もし自分たちがリスのケージを持ち帰り、自宅の室内に魔力が充満していたならば、いくらなんでもさすがに違和感に気づく。
だからこそ、魔力に対して何の素養を持たない、魔力の存在に気づけない人間の視点というものを見逃してしまった。今後の反省点として、奈々には大きな学びになったことだろう。
桃子にとっては非常に美味しい高級寿司だったけれど、奈々にとっては少々しょっぱい寿司になってしまったかもしれない。
「あの、ところで奈々さんは、今後はどうするんですか? 異変って、もう解決したっていう扱いでいいんですよね?」
「そうですね。書類仕事やあちこちとの会議がありますので、私はまだしばらく長崎に滞在予定ですけど、ある程度したらすぐに次の現場に呼ばれると思いますよ。個人的にはそれまでに、過去の七不思議についてもう少し調べて、長崎支部に引き継げるだけの資料を残したいんですけど……」
奈々の業務は、あくまで四月から連続していた異変の原因究明だ。過去の七不思議についての謎は残り、奈々も気にはしているけれど、それはもはや地域の民俗学の領分であり、そこにまで人員を割いてはいられない。なにせ怪異担当部署は規模の小さな部署で、人手不足なのだ。
しかし、怪異担当部署があるからこそ、今回は小学校に隠された魔石を発見できた。それはもしかしたら、これから先、多くの小学生が事故に巻き込まれる未来を防いでくれたのかもしれないのだ。そう考えれば、規模が小さくとも存在意義の薄い部署などではない。
とはいえ、現実はそう簡単には変わらない。やはり魔法協会全体で言えば、かなり不遇な扱いのようだ。
「あの……なんか、お疲れさまです」
「ねえ桃子さん、怪異担当部署に入りませんか? 桃子さんなら、全国各地の小学校に潜入できますから、こういう事例では大活躍できると思いますよっ!」
「あはは、ええと、私には工房があるので……」
「うーん、残念です。桃子さんなら、部署の癒しになれるかと思ったんですけどね」
癒し、という表現にはやや首を傾げつつ。
桃子は工房を離れる気持ちは全くなかったので、謹んでお断りを伝えるのだった。
「あ、そうそう。明日は予定通り、ジェットですよ!」
「わあ、本当ですか!じゃあ、今日は早く寝ないとですね!」
「空港までは私が運転しますよ。私も実は初めての経験ですので、今から緊張しています!」
「あはは。明日は美味しいうどんを食べまくるといいですよ」