ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

242 / 624
おうどんサタデー

 プライベートジェットというものがある。

 桃子の認識で説明するのならば、いわゆるお金持ちの乗り物だ。大企業の重役や海外の石油王が、タクシーに乗るくらいの感覚で乗り回す、小さな飛行機だ。

 

 桃子と奈々は今、そのお金持ちの乗る飛行機に搭乗し、大空を飛んでいた。

 窓から外を見れば、九州の山々が見える。遥か先に見えてきたのが、四国の大地だろう。

 

「だ、大丈夫かな。奈々さん、これ落ちたりしませんよね?」

 

「ちょ、桃子さん、怖いこと言わないでください! 私もこんなの初めて乗るので、なんだか緊張してるんですからっ……!」

 

 この小型飛行機は、世界魔法協会所有のプライベートジェットである。

 何故こんなものに桃子と奈々が搭乗しているのか。

 それは、数日前に奈々との雑談中に、学校が休みの日にどこに行きたいか聞かれた桃子が「せっかくの西日本だから香川ダンジョンに行ってみたいです」と安易に答えた結果である。

 

 桃子はそこまで真面目に考えて答えたわけではなく、単にカレーうどんが食べたい気分だっただけなのだ。

 現実的に考えたなら、いくらどちらも西日本とは言え、長崎と香川は決して距離が近いわけでもなく、休日に気軽に移動するような位置関係ではない。それぞれダンジョン近くに空港もあるけれど、残念ながら長崎空港から高松空港への便というのは運行されていない。

 なので、本来ならば「さすがに無理ですねー」と笑って終わるところだったのだ。

 

 それが、何をどうしてか魔法協会のプライベートジェットを使うことになってしまった。

 

「でも、本当に私のためにこんな飛行機飛ばしちゃって大丈夫なんですか? これってもっとすごい、VIPが乗るものじゃないんですか?」

 

「さ、さあ? 桃子さんはほら、私はその事情まではよく知りませんが、魔法協会のクリスティーナ会長とお知り合いなんですよね? なら、VIPってことでいいんじゃないでしょうか。さしずめ私は、たまたまVIPの付き添いに選ばれた幸運な末端職員ですねっ!」

 

 そう。犯人はクリスティーナである。

 

 多忙さ故、自由に日本に訪れることが難しいクリスティーナであるが、ネットの世界では距離などは関係ない。今回の桃子の派遣も、もとはといえば彼女の思い付きなのだ。

 そんな魔法協会のトップであるクリスティーナが桃子の様子を日本支部の人間に問いかけた結果、桃子の些細な「香川にいきたい」との要望が彼女の耳に入ることとなった。

 そして。お金持ちの会長たるクリスティーナが「直通便がないならプライベートジェットを使えばいいじゃない」などと言ってのけたのである。まさに、ケーキがなければパンを食べればよい、みたいなノリだ。

 

 遥か昔は純朴な農村の少女だったクリスティーナも、今の時代ではプライベートジェットを足代わりに使うスーパー偉い人であり、ウルトラお金持ちだ。金銭感覚が既に庶民とはかけ離れていた。

 その結果、桃子と奈々が七不思議を調べている裏で、この土曜日は桃子のためにプライベートジェットを飛ばすことが決定していたのである。

 桃子も、そして奈々も初めは耳を疑ってしまったものだが、実際に用意されているのだからしょうがない。

 この日は朝から奈々の運転で長崎空港まで出向き、その滑走路からはプライベートジェットで香川の高松空港までひとっ飛びという、物凄い贅沢な一日となったのである。

 

 

 

 

 ジェットで到着した高松空港から香川ダンジョンまでは、直通バスが多く出ているので、移動はすぐだった。

 香川と徳島の県境近くの山中に存在する香川ダンジョンだが、ここもまた房総ダンジョン同様にダンジョンの周囲は開拓され、一つの観光地として成り立っている。

 探索者向けの施設が並んでいるのは当然として、探索者でなくとも利用できる、地上のうどん店、近隣で働く人たちのための公的機関、うどん店、住宅地、うどん店、その他施設類、といった具合である。空港から近いため、ここを訪れるために飛行機でやってくる観光客も少なくないらしい。

 正直、これだけ揃っていればダンジョンに入らなくとも一日楽しめるのではないかという気もするが、桃子の目的はあくまで香川ダンジョンだ。

 

「では、桃子さん。私はいったん協会支部に顔を出します。帰りは、遅くとも日が暮れてきたら地上に戻ってきてくださいね?」

 

「はーい、わかりました! 奈々さんもせっかくですから、今日はゆっくり楽しんでくださいね」

 

 奈々は奈々で、このダンジョン周りの観光地を楽しむつもりらしく、前日はパンフレットを眺めていた。うどん整体マッサージ特集というページに付箋がつけられているのを桃子は知っている。

 桃子は香川ダンジョンギルド前で奈々と別れると、意気揚々と、香川ダンジョンギルドへと入っていった。

 ギルド受付に探索者カードを見せて、ダンジョン入場の記録を取る。ギルド職員は桃子の姿を二度見していたが、れっきとした成人女性なので桃子は堂々としたものだった。

 

 

 

 

「やっぱり、慣れないダンジョンに入る時は緊張するなあ」

 

 香川ダンジョンは、房総ダンジョン以上に第一層が緩く、入り口から近い範囲はもはや観光地のような扱いとなっている。

 そのため、初見のお一人様探索者が手ぶらで入場していっても咎められないのはありがたい。これが他のダンジョンならば、桃子の外見年齢的なものもあり、流石にギルド職員やダンジョンの守衛に止められたことだろう。

 開け放たれた門を潜り、ぽっかりと口を開いた洞穴を進んで行く。

 

「ん? 今なにかピリッとしたような……」

 

 途中、何かがぴりっと、一瞬だけ痺れるような感覚があった。

 見れば壁や天井に緑の葉っぱがくっついているが、それだけだ。電子機器か何かがあるわけでもない。

 気のせいかと思い、桃子はその洞を進んでいくと、開けた場所に出るのはすぐだった。

 

「うわあ、やっぱりすごいなあ、ここ。相変わらずダンジョンっていうよりも観光地になってるじゃん」

 

 香川ダンジョン第一層『石造りの街』の相変わらずの賑わいぶりに、桃子は感嘆の声をあげる。

 

 入ってすぐ。多数の水路で区切られたその区画は、ダンジョン内だというのにちょっとしたマーケットのような状況だ。

 探索者たちが各々でテントをはり、テーブルを出し、元からある石壁の廃屋を再利用して、様々な店舗を営業しているのだ。

 その店を覗いて回る私服姿の客たちに、武装して巡回する探索者たちによる自警団グループ。

 このダンジョンは、以前ヘノと訪れたときと同様の活気を見せていた。

 

「さて、と。お店は楽しいけど、今は私【隠遁】状態だから、うどん屋さんには入れないんだよね。ヘノちゃんが私に気付いてくれたら助かるけど……」

 

 桃子は独り、ぷらぷらとマーケット内を練り歩く。

 

 ここはティタニアと化け狸の共同管理の土地なので、ヘノの加護をもつ桃子が入って来たならば、恐らくヘノが勘付いてくれるはずなのだ。

 房総ダンジョンと違い人が多いので、ヘノも桃子の元へ真っすぐに飛び込んでくることは無いだろうけれど、しばらく歩いていればどこかできっと合流できるだろうと思う。

 一応、この土曜日にこの香川ダンジョンに訪れることは柚花には知らせておいたので、柚花のタイミング次第では事前にヘノたちにも知らせが届いているかもしれない。

 何にしても、いまは人の多いマーケットなので妖精が姿を見せることはないだろう。もうしばらくは独りで歩くことにした。

 

「あ、あれえあろさんのお店だ! わ、じゃあその周囲はマグマさんとか、氷の人とか、土の人のお店なのかな? ポンコちゃんも手伝ってるのかな?」

 

 マーケットの中心部。明らかに他の店よりも客が多く、列が出来ている店が四つある。

 桃子も知り合いとなった風祭えあろの店もあり、本音を言えば一度くらいは食べてみたいと思うのだが、今は【隠遁】の身なので後ろ髪を引かれる思いで諦める。

 周囲にある、妙に赤い炎の装飾が並べられた店と、氷の装飾が並べられた店と、地味な普通の店を軽く覗きながら、桃子は『石造りの街』を進んで行った。

 町並みを抜ければ、ここはあくまでダンジョンだ。このマーケットの先には、魔物も出没する荒野が広がっている。

 

「下層に行けばヘノちゃんたちが迎えに来てくれるかな……?」

 

 人の多い場所では、仮にヘノが気づいてくれたとしても合流は難しいだろうが、下層ならばそこまで人間はいない。

 このダンジョンは狸の長の領域でもあるので、もしかしたら桃子の来訪がポンコにも伝えられているかもしれない。ポンコは先ほどの店のどれかで修行中だろうか、それとも今日は里で遊んでいるのだろうか。

 そんな風なことを考えながら、マーケットの中心部を抜けていく。

 

 

 

 

 マーケットの中央部を離れ、香川ダンジョン第一層の大半を占める荒野の入り口へと差し掛かった辺りだ。

 既にこの場所にはうどん店などはなく、周囲にもほぼ瓦礫のような石壁が並んでいるだけの地点である。

 

「そこの方……」

 

 桃子がそこを独り、景色を眺めながら歩いていると、ふと、声をかけられた。

 もちろん桃子は現在【隠遁】を纏っているので、通常の探索者たちからは桃子の姿は見えない。妖精がそばについているわけでもないので、今の【隠遁】は完璧な状態だ。

 柚花のように特殊なスキルを持つ人間か、或いは魔力をみて取れる特殊な存在でなければ、桃子の姿を認識するのは難しい。

 

 しかし。

 

「そこの三つ編みの、ちっちゃいアナタ……」

 

「え?」

 

 再び、声をかけられる。

 今度は桃子もはっきりとその声に気が付いて、足を止める。

 桃子はぽかんとした顔で、その声の主を振り返った。それは、子供の声。まだ幼さの残る、最近よく聞いていた日葵や茉莉子と同年代くらいの少女の声である。

 

「そこの、えと……最近、小学校に通っているアナタ。美味しいおうどんを一杯、いかがっすか?」

 

 マーケットの中央から外れた、荒野の入り口ともいえる場所で。

 まるで人々から隠れるかのように、小さなテントのうどん店が存在していた。

 そしてその店の前では、大きなフードで顔を隠した怪しげな風貌の人物が、桃子が訪れるのを待っていたかのように、声をかけて来た。

 

 桃子は目をまん丸くして。そして次に、込み上げてくる笑いを我慢できずに、頬を震わせてしまう。

 だがしかし、どうにか笑いを抑えて、いま自分が言うべき言葉を発する。

 

「んっと……私のこと、見えてるんですか?」

 

「はい、もちろん。小学生が来るのは初めてっすけど、ポンのおうどんは小学生でも食べられるっすよ。いかがっすか?」

 

「っぷ……あはっ、じゃあ、お願いします。不審人物さん」

 

 怪しげなフードの人物は、そう言うと桃子に手を差し伸べる。それは決して半獣の手ではない。きちんとした、人間の少女の手だ。

 桃子はその手をとると、込み上げてくる笑みを隠そうともせず、にまにま笑顔でその不審人物のあとをついていく。

 

「……自分でやっといてなんですけど、この遊びはいつまで続けた方がいいっすかね?」

 

「んー、とりあえずお店に入るまでかな。他の人が見てるかもしれないしね」

 

 桃子は、懐かしさで胸がいっぱいになる。

 これは、昨年の冬。桃子とヘノがこの土地を初めて訪れた日の、再現だ。

 わざわざ今日、桃子がこの地を訪れると知ったうえで、こんなサプライズを仕込んでくれたのだろう。気づけば、目の前のテントからはカレーの香りも漂ってくるではないか。

 

「この間ぶりだね、ポンコちゃん」

 

「はいっす。師匠も、小学校入学おめでとうっす!」

 

「いや、入学したわけじゃないけどね……?」

 

 不審人物の正体は、あの時は半獣人までしか変化できなかった、化け狸の少女。

 桃子の弟子一号である化け狸のポンコが、桃子にうどんをご馳走するために、うどん店を開店していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【香川ダンジョン専用 雑談スレ】

 

:雨季にうきうき

 

:乾季に歓喜

 

:乾季にゃ全然歓喜しないんだわ。

 

:ここまでテンプレ

 

:この前の上高地ダンジョンの事件あったじゃん、あれに絡んで新情報があるんだ、まゆつばだけど

 

:眉唾かよ まあ聞くけど

 

:とある筋からの情報なんだけどな、スカイフィッシュっているだろ

 

:あの変な……なんだ? 空飛んでる白いやつだよね?

 

:上高地には本物が飛んでるんだっけ。それで?

 

:あれ、エビらしいぞ

 

:ふぁ?

 

:エビって・・・うどんの具じゃん!!

 

:よし、上高地ダンジョンに行ってくるか!

 

:ダンジョン産の海老だと!? しかも第一層で楽にとれるだと!?

 

:そこまで言ってないなあ

 

:長野からだとさすがに距離があるから鮮度がどうなるかなだ。現地で揚げて冷凍するか?

 

:冷凍して郵送してこっちで揚げた方がいいだろ、揚げたてでうどんに乗せるのよ! スカイフィッシュ天うどん、いける!

 

:エビフィッシュの話の最中にすまん! ギルドにももポンちゃんがいた! 顔はあまり覚えてなかったんだけど、あんな小さな子供がいたら流石に目立つ!

 

:ももポンちゃんて誰?

 

:去年のうどん大会フェス祭りでカレーうどん出してた謎の女の子やね

 

:フードで顔隠してたからあまり覚えてないんだけど、ダンジョンにいるはずがないような子供だった気はする。

 

:名前からして、正体はたぬ(略)きだったんじゃないの?

 

:略になっとらんな

 

:でも地上のギルドにいたんだよ。すぐに見失っちゃったけど。

 

:幻覚でも見たんだろ、うどんでも食べて落ち着けよ

 

:うどん食べてるんだけどなあ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。