ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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泥仕合とヘノ袋

「ねえ柚花。サカモトさんて、もしかしてプロレスラーだったりする?」

 

「いえ、私も聞いたことないですよ、そんな話は」

 

 先ほどポンコの店で聞いた情報。深援隊のサカモトと、ポンコの父であるクヌギの二人が、香川ダンジョン第二層である『闘技場』で何かをしようとしている。

 桃子たち一行は、それが何なのかを確かめるために、第一層の荒野を抜けて第二層へと続く階段を降り、階下に広がる闘技場へと降りて行った。

 聞いた限りでは、その日は別にうどん大会フェス祭りのように何かしらのイベントごとがあるわけではない。しかし、何故だかこの日の闘技場の観客席には幾人かの探索者たちが座っており、うどんをすすりつつその眼下に広がる武舞台を眺めている。

 

 そして、その闘技場では。

 素手のサカモトが。同じく素手状態の動く鎧と、実に地味な肉弾戦を繰り広げていた。動く鎧の武器は、どうやら早々に奪われ、クヌギに封じられてしまったようである。

 互いに素手で組み合う二人の横では、まさにプロレスのレフェリーの如きポジションで、クヌギがサカモトと動く鎧の戦いを見守っている。

 

「ねえ柚花。あれって、プロレスだよね?」

 

「プロレス……かどうかは分かりませんけど、やってることはレスリングか、あるいは柔道ですよね」

 

 桃子と柚花も、とりあえずは空いている二階観客席へと腰を下ろして、武舞台の中央でレスリングを繰り広げるサカモト達を眺めてみることにする。

 恐らくは、観客席でサカモトのレスリングを眺めている他の探索者たちも、偶然居合わせた人たちなのだろう。

 みんな、訳が分からないけれど、とりあえず観ているようだった。

 

 しばらく見ていると、どうやらサカモトは締め技を狙っているらしいことがわかってきた。極力殴ったり、地面に叩きつけたりという行為はしていない。

 プロレスと聞いて桃子でも思い浮かぶような、ドロップキックやバックドロップ、なんとかバスターのような技は使わず、ただひたすらに身を屈めて鎧に突進し、その腕や胴体を掴みに行っている。確かにこれは柚花の言う通りプロレスではなく、レスリングか柔道なのかもしれない。

 柚花や妖精たちの目ならば、絞め技により少しずつ動く鎧が身体に纏っている瘴気の流れが悪くなっていき、弱っていっているのがみて取れる。だが、それを見られない桃子にとっては延々と絞め技を狙うサカモトの地味な奮闘劇にしか見えないことだろう。

 

 一方の動く鎧は動く鎧で、武器を奪われてなお、サカモトに優位な体勢を取られまいと足掻いている。こちらは時折サカモトに対しパンチやキックを出しているが、なにぶん動く鎧には格闘技能などはない。桃子からみても妙にぎこちない、腰の入らないパンチである。

 

「何であんなことしてるのか。意味はわからないけど。意外と。楽しいな」

 

「は、白熱してますねぇ……」

 

 桃子から見ればどうしようもない泥仕合で、いつまでも見ていたいと思わせる程のものでもなかったのだが、しかしヘノやニムにとっては素手の格闘というのが新鮮だったようで、意外にも熱中して見入っている。

 桃子と柚花は顔を見合わせて、妖精たちが楽しんでいるならもう少し見て行こうか、と。互いの目で伝え合う。

 

「私もさすがに、締め技とか関節技が動く鎧に効くとは知りませんでしたけど……あ、休憩入りましたよ、先輩」

 

「効いてるんだ、あれ。間に休憩が入るってことは、やっぱりプロレスじゃなさそうだね。なんなんだろうね」

 

 そして、見ればサカモトと動く鎧は一旦休憩に入ったようだ。格闘技で言えば、ラウンド終了時のインターバルだろうか。

 サカモトは動く鎧から距離を置き、持ち込んだ水筒から水分を補給している。

 動く鎧は自主的に休んでいるわけではなく、クヌギが術によって動きを止めているので、強制的に一時休憩となっている。

 

 ラウンド制ということはプロレスではないのだろうが、結局これが何なのかは桃子には分からないままだった。

 

 

 

「そうだ、先輩。ちょうどいいタイミングですから、りりたんからの預かりものがあるんです」

 

「預かりもの? りりたんからの?」

 

「『地上で起きている事件についてはあまり力になれないので、その代わりに』ってことらしいですよ。はい、こちらです」

 

 眼下では再びサカモトと動く鎧の泥仕合が再開しているけれど、観客席ではサカモトの奮闘を観るのを早々にやめてしまった柚花が小型のリュックから何かを取り出そうとする。

 桃子も正直なところ、下で行われている試合には興味を失いつつあったので、柚花のリュックを覗き見る。

 そして、柚花のリュックから出てきたのは、赤い巾着袋だった。

 

「巾着袋? 中身を覗いてもいいの?」

 

「どうぞ。私も覗きましたけど、ガチめにヤバイ物なんで、出来れば人目には晒さないでくださいね」

 

「なにそれ、怖いんだけど……」

 

 なんだか柚花が恐ろしいことを言う。

 しかし、相手が相手だ。りりたんからの預かり物なのだから、カレールーのような一般的なものではないだろう。

 恐る恐る桃子は巾着の口を開き、その中身を覗き見ると。そこに入っていたのは、赤い石だった。

 

「これって、赤い魔石? ……え? 本当にヤバイやつじゃない?! こわっ!」

 

 そう、赤い魔石。紅珠だ。

 まさに、桃子のハンマーにはめ込まれている鵺の魔石と同様のものである。つまり、鵺に匹敵するような、強大な特殊個体の魔力を凝縮した魔石だ。

 これ一つあれば神器の如く強力な武器を制作できるし、魔力のバッテリーとして使えば途方もないエネルギー量となるだろう。日本円で価値を示すとなると、6桁や7桁では済まない代物だ。

 桃子はいきなりそんなものを渡されて驚愕しているのだが、ハンマーにそれを嵌め込んで暴れまわっている先輩が今更そこで驚愕するのかと、柚花は言葉にしないだけで内心思っている。

 

「とりあえず続けますね。この石は先輩が倒したバジリスクのものなので、先輩が欲しいっていうなら差し上げるそうです。それで、その用途なんですけど」

 

「あ、用途は決まってるんだね」

 

「ええ。この中にヘノ先輩をいれて、長崎にいる間は肌身離さず持ち歩くことをおすすめします、だそうです」

 

「ヘノちゃんを入れるの? 巾着に? 紅珠と一緒に?」

 

「ほら、クリスティーナ会長の護衛の方々、魔法生物だけど紅珠を所有して地上で活動可能になってたじゃないですか。多分、そんな感じだと思います」

 

「そ、そっかー」

 

 そして、柚花から伝えられたこの珠の用途をきいて、桃子は再び目を丸くする。

 

 この巾着は、まさかのヘノ入れだった。そして、途方もない価値を持つこの紅珠は、ヘノが魔力を補給するためのバッテリー扱いである。

 世界魔法協会の会長を守るSPならばそれだけの価値を注ぎ込む理由も理解できるが、桃子がヘノを連れ歩くためだけにそこまでしても良いのだろうか。

 

 やはり、いきなりプライベートジェットを飛ばしてしまうクリスティーナも、気軽に紅珠を差し出してしまうりりたんも、一般人たる桃子とは常識の基準が違うようである。

 桃子は思う。正直なところ、目の前にいる後輩も、常識的かと言えばかなりおかしいところがあるのだ。桃子の周囲は変なひとが多い。

 だからせめて、自分だけはいつまでも常識的で在ろうと。桃子は決意を新たにするのであった。

 

「……って、一応これ受け取っちゃったけどさ。いいのかな? 勝手にヘノちゃん入れて、長崎まで連れて行っちゃって」

 

「なんだ。ヘノをどこかに。連れて行ってくれるのか。ヘノは。桃子のいるとこなら。どこでもついていくぞ」

 

 自分の名前が聞こえたヘノが、サカモトの激戦から視線を外して桃子と柚花の間へとやってくる。

 闘技場ではサカモトが動く鎧にチョークスリーパーを決め、動く鎧が藻掻いているところだった。果たしてあの魔物にチョークスリーパーが効果あるのだろうか。桃子には分からない。

 

「ほら、ヘノ先輩もこう言ってますし、いいんじゃないですか? りりたんの提案なら、クリスティーナ会長だって文句言わないでしょうし」

 

「いいのかなあ……」

 

 柚花の言う通り、クリスティーナは人間としては途方もなく偉い立場であるけれど、彼女はりりたんには逆らえないだろう。なんせ、クリスティーナが少女だった頃の、女王だ。格が違う。

 しかしそれはそれとして、長崎の小学校にヘノを連れて行った場合、それが新たなトラブルに繋がりやしないかと桃子は懸念を抱く。

 

 とは言っても、実の所はりりたんの巾着を桃子が受け取ってしまった時点で、結果は見えていた。

 ヘノは桃子と一緒に行きたい。りりたんはヘノを連れていけという。クリスティーナは口出しできない。そして桃子も、本音を言えばヘノと一緒にいたい。

 ならば後は、ヘノが子供たちの前でいきなり正体を現さないように気を付けるだけだ。バレなきゃセーフ。この世の真理である。

 

 なお。

 結局最後まで、サカモトとクヌギが何をしていたのかは、桃子にはさっぱりわからないままであった。機会があればなんだったのか聞いてみたい。

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎて、ダンジョンの入り口近く。

 

 さすがに人前で妖精たちが姿を現わすわけにはいかないので、うどんマーケットから外れた人の来ない場所へと桃子たちは集まり、そこで桃子とヘノは皆から見送りを受けていた。

 桃子の首からは赤い巾着が垂れ下がっており、そこからちょっこりとヘノが顔を覗かせている。

 

「じゃあ。よくわからないけど。ヘノは。桃子と一緒に。長崎にいくぞ」

 

「うぅ……ヘノぉ、モチャカブラに、た、食べられないように、気をつけてくださいねぇ……?」

 

「モチャゴン、モチャゴンだよ、ニムちゃん」

 

 何故だかわからないが、最近のニムはチュパカブラに御執心である。ハマっていると言っても良いだろう。そしてとうとうモチャカブラなる新生物まで生み出してしまった。

 とりあえずニムにツッコミをいれるだけ入れてから、桃子はその横に立つ柚花と、そしてポンコに顔を向ける。

 

「じゃあ二人とも、今日はありがとうね! また会おうね!」

 

「先輩。また来週……っていうか、普通に毎日電話でも、メッセージでも、送ってくれて構いませんからね?」

 

「師匠、今度は長崎のおうどんのお話も聞かせてくださいっす!」

 

 別に、ずっといなくなるわけでもなく、なんなら来週には普通に千葉へと帰ってくるのだが、行き先が九州というだけで妙に大袈裟なお別れになってしまう。

 桃子は柚花とポンコ、そしてニムに大きく手を振って別れを告げ、ヘノ巾着を首からかけて、香川ダンジョンの入り口から地上へと帰還する。

 

 さよならは言わない。来週会えるから。

 

 

 

 

 

「あれー? またパチってなった。なんだろ」

 

 第一層『石造りの街』を後にして、ギルドへ続く洞窟を歩いていると、やはり入ってきたときと同じ個所で静電気のように何かが弾ける感覚がある。

 立ち止まって振り返ると、周囲には緑の葉っぱが岩壁についているのに気が付くが、それだけだ。

 周囲を歩く他の探索者やうどんを食べに来た客たちは何も気にしていないことから、おそらくこの弾ける感覚があるのは桃子だけのようだ。

 そこで桃子が不思議そうにしていると、ヘノが巾着から顔だけ覗かせて、桃子に語り掛ける。

 

「桃子。ここ。狸の術がかかってるぞ。出入りするとき。化け狸について。記憶が少し。曖昧になるように。なってるみたいだな」

 

「へえー、そうなのかー。化け狸の長も、色々工夫してたんだねえ」

 

「ポンコとか。あいつ。堂々と人前に。姿出してるからな。こうでもしないと。危険なんだろ」

 

「まあ、ポンコちゃんて見た目からしても小学生くらいだし、ひとりでダンジョンなんて歩いてたら危険だよね」

 

 どうやら、狸の情報を地上になんでもかんでも持ち帰らないためのひと工夫だったようだ。

 言われてみれば、なるほどである。化け狸たちは、妖精と比べてもかなり堂々と人間たちの前に姿を現わしているのだ。以前のうどん大会フェス祭りのときなどは、人間たちと協力して魔物討伐を行っている。

 あれでは確かに秘匿もなにもないのだが、しかしこの術によってある程度の秘密は保持しているらしい。桃子の場合は、ヘノの加護が記憶操作と反発して、静電気の様になっていたようである。

 

 そこで桃子は思いつく。妖精の加護でこのような反応になるのならば、恐らく以前に柚花がこのダンジョンを訪れたときにも、同じようなパチッとした反応があったのではないだろうか。

 突然の静電気にびっくりして驚く柚花を想像して、桃子はつい笑ってしまった。普段クールな後輩が、静電気でびっくりする姿は実に可愛らしいと思う。

 なお。実際の柚花は【看破】で術に初めから気付いていたので、何も驚きはしなかったのだが、桃子がその事実を知ることはないのだった。

 

 

 

 

 

「ヘノだぞ。風の妖精だぞ。お前のことは。なんて呼べばいいんだ」

 

「は、はい! わ、私は世界魔法協会日本支部、怪異担当部署所属の老芝奈々です、は、はじめましてっ!」

 

「なんだか長いな。呼び方は。怪異担当でいいか」

 

「よ、妖精さん本人から呼んで貰えるとは、怪異担当を頑張ってきた甲斐があったと言うもの……!」

 

「ねえヘノちゃん、いくら相手が私の知り合いでも、いきなり顔出さないでさ。もう少し正体を隠す努力しよう?」

 

「わかったぞ。ところで桃子。本当にこの変な形の車が。空を飛ぶのか?」

 

「うわー、絶対わかってない反応じゃん」

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