ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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名波家へ

「桃子ちゃん、こっちこっち! そこの坂の上が、茉莉子ちゃんのおうち! でっかいよねー」

 

「わ、お屋敷じゃん! 茉莉子ちゃんの家ってもしかして物凄いお金持ち?」

 

 

 

 日曜日の朝。

 

 昨日は奈々とともに香川ダンジョンまでジェット飛行していた桃子だけれど、この日は日葵と共に茉莉子の家へと遊びに来ていた。

 桃子はたった二週間だけの転校生だ。来週の日曜日には、この長崎にはきっともう居ないだろう。

 なので、せめて一度くらいは休日いっぱい遊んで思い出を作らないかと、日葵が提案してきたのである。そして、それなら是非うちでと、茉莉子が二人を家に招待してくれたのだ。

 

 日葵に案内されてやって来た茉莉子の住む家は、傍目に見ても大きな和風邸宅だった。

 茉莉子の両親はいまは東京で働いているので、この家に住んでいるのは茉莉子とその祖母の二人だけである。なんだか管理が大変そうだなと、桃子はそのお屋敷を見上げて呆気にとられていた。

 

「茉莉子ちゃんのお婆ちゃんも東京のほうに住んでたんだけどね、十年くらい前に引っ越してきたんだよ。その時に、前に住んでた人たちからこのお屋敷を譲ってもらったんだって。太っ腹だよねーっ」

 

 太っ腹の一言で済むような資産価値ではないと思う。ただ、流石にそこは日葵が知らないだけで、譲渡のために金銭的なあれこれがあったのだろう。或いは前の住民とは縁者の関係だったのかもしれない。

 だがしかし、自分の老後暮らしのために選んだ家がこの大きなお屋敷なのだとしたら、茉莉子の祖母はかなり大胆で、思い切った人に違いない。

 桃子と日葵がそのお屋敷を見上げて話をしていると、いつの間にかその門が開かれており、そこから顔を覗かせているのは二人のクラスメイトであり、このお屋敷の住民である茉莉子だった。

 

「あ……二人とも……」

 

「あ、茉莉子ちゃんおはよーっ! 桃子ちゃんもしっかり案内してきたよ、あとこれお土産の白菜と茄子ね! うちのお母さんから!」

 

「おはよう、茉莉子ちゃん。今日は招いてくれてありがとうね」

 

「うん。きてくれて、嬉しい……」

 

 友人たちの姿を確認すると、茉莉子は控えめな笑顔を見せた。この広いお屋敷に、深窓の令嬢染みた茉莉子の佇まいは実に絵になっている。傍らにじいやや侍女がついていないのが逆に不思議なくらいだ。

 桃子は今になって何の手土産も無しに訪れてしまったことに気が付くが、流石に今更だろう。

 今の桃子は小学生だ。小学生は、友達の家に遊びにいくのにわざわざ手土産など用意しない。日葵の野菜はあくまで日葵の母親からのお土産なので、ノーカウントである。

 

 

 

 桃子は茉莉子に案内されるままに、そのお屋敷へと足を踏み入れる。

 敷地も広く、実に静かな場所だった。住んでいるのが茉莉子とその祖母だけなのだから、物音がないのは当然と言えば当然かもしれないが。

 

「私、飲み物、持ってくるね」

 

 茉莉子は途中まで案内すると、あとは日葵に任せて自分は飲み物を取りに行ってしまった。日葵はここに遊びにくるのは慣れたものらしく、桃子をつれてずんずんと廊下を進んで行き、一つの広々とした部屋へと到着する。

 襖をあけて中を覗けば、そこは大きな畳張りの部屋だった。真ん中には座卓と、大きなテレビ。そして数々のゲーム機や、棚に入れられた様々な漫画本。卓の周囲には、座布団やクッションが無造作に並んでいる。

 どうやらここが客間――というか、茉莉子と日葵が遊ぶための部屋、なのだろう。

 学校では内気で、真面目で、あまりゲームなど遊ぶイメージではなかった茉莉子だけれど、実際にはゲームで遊び、所有ゲームソフトも充実しているようである。

 

 茉莉子が飲み物を準備しに部屋を離れている間、日葵がこの部屋についてあれこれと語ってくれる。

 ここは見ての通り茉莉子のゲーム部屋で、このような休みの日に日葵を誘ってゲーム等で遊ぶことも多いのだそうだ。

 意外なことに、茉莉子はゲームを趣味としており、その腕前もなかなかのものらしい。学校では内気で物静かな少女だけれど、コントローラーを持つとかなりアクティブでガンガンいくタイプに豹変するのだという。人は見かけによらない。

 

 そんな話をしていると、屋敷の廊下から人の足音が聞こえて来た。

 茉莉子の足音と、それともう一人は茉莉子の祖母だろう。襖の向こうから、茉莉子とその祖母の会話が聞こえてくる。

 

「あのね、お婆ちゃん……初めてうちにくる、お友達がいるの」

 

「あらあら、素敵じゃないの。じゃあ、お婆ちゃんも挨拶しちゃおうかしら。こんこん、入るわねー?」

 

 襖なのでノックをしても音が響かないため、自ら「こんこん」と口にして、やや白髪交じりの日葵の祖母がその姿を現わした。

 

 大きな和風邸宅なので、桃子はてっきり着物姿のお婆さんを想像していたのだが、茉莉子の祖母はすらりとしたカーゴパンツに、上は動きやすそうな春色のトップスという、なかなか活動的で元気なイメージのお婆さんだった。

 いや、祖母とはいっても孫はまだ小学生だ。歳の頃はまだ50代か60代だろうし、お婆さんというにはまだ若々しく、十分に元気な年齢だ。

 打ち解けやすそうなその笑顔は、初対面ながらも、どこかで見たような顔立ちである。やはり茉莉子と血のつながった祖母ということなのだろう。

 

「あ、茉莉子ちゃんのおばあちゃんお久しぶり! これ、うちのお母さんからのお土産のお野菜、食べてくださいって。白菜と茄子だよっ」

 

「あらあら、助かるわねー。ありがとう、日葵ちゃん。それで、そちらが……」

 

 日葵から、白菜と茄子の入ったビニールを受け取ると、中から茄子を一つ取り出して眺めるお婆さん。まるで友達に接するかのような口調から、日葵が日ごろからよく遊びに来ていることが伺える。

 茄子の艶に満足すると、それを袋に戻して。そして次に、その視線は室内にいるもう一人の少女である桃子へと注がれた。

 孫が連れて来たもう一人の友達の姿を見て、茉莉子の祖母は少しだけ驚いた様子を見せる。ギルドの女スパイという情報を聞いているなら、もしかしたら、こんな小柄な女子だとは思わなかったのかもしれない。

 

「お婆ちゃん。こっちの子がね、前に話した、転校生の……」

 

「……桃子ちゃん、よね?」

 

「はい、老芝桃子です!」

 

 どうやら、二週間だけの転校生という話は聞いていたのだろう。

 少しばかり、ジッと桃子を見つめて。何かを探るような、思案するような間が空くが、しかしすぐに柔らかい笑顔に戻る。

 二週間だけ滞在するギルドの女スパイという怪しい身の上だ。保護者の立場からは懐疑的にみてしまうのは仕方ない。笑顔を向けてくれるだけでも御の字だと、桃子も自覚はしている。

 なので、せめて第一印象はよくしておこうと、桃子は背筋を伸ばしてぺこりと頭を下げた。

 

「桃子ちゃんは二週間だけの転校生なんだったかしら。短い間だけれど、茉莉子ちゃんのことよろしくお願いね?」

 

「はい、一緒にいられる期間は短いですけど、こちらこそよろしくお願いしますっ」

 

「桃子ちゃんはカレーが好きだったわよね? 今日のお昼は桃の缶詰の入った桃カレーでいいかしら?」

 

「わーい、カレー大好きです!」

 

 一体、茉莉子は桃子の話をどれだけこの祖母に伝えているのだろうか。どうやら桃子が桃カレーを好んでいることもすでに初対面だというのに把握されていた。

 しかしなんにせよ、カレーは大好きだ。桃子は自分で作るカレーは当然好きだけれど、よその家のカレーを頂くのも大好きだ。家庭のカレーというものはその家ごとの様々な味わいや特色があるため、決して他では食べることのできない唯一無二のカレーなのだ。

 

「じゃあ、日葵ちゃんのお母様からいただいたお茄子もカレーにいれちゃおうかしら。じゃあ、茉莉子ちゃん。お婆ちゃん台所に失礼するわね?」

 

「うん」

 

 そうして、お婆ちゃんは日葵と桃子に小さく手を振り、静かに襖を閉じると、古い洋楽の鼻歌を歌いながら部屋から離れていく。

 服装にしろなんにしろ、静かな和風家屋とは真逆のイメージの、随分とお茶目な祖母だった。

 

「茉莉子ちゃん、せっかく桃子ちゃんもいることだしパーティゲームしようよっ。大乱闘ゲームとかどう? あれなら、桃子ちゃんがゲームに慣れてなくてもそれなりに遊べるんじゃない?」

 

「うんっ」

 

「ゲームなんて久しぶりだなあ、よし、頑張るぞー!」

 

 

 

 

 

「はーい、お嬢様たちー。お婆ちゃん特製の茄子と桃のカレーができたわよー?」

 

「やったね! お婆ちゃんありがとう! じゃあ、桃子ちゃん、茉莉子ちゃん、ゲームは一休みしてカレーにしようかっ!」

 

「うん」

 

「あ、なら私も運ぶのお手伝いします」

 

「あら、じゃあ桃子ちゃんにお願いしちゃおうかな。お台所まで、お婆ちゃんについてきてね、桃子ちゃん」

 

 気づけばゲームに熱中していた。最近のゲームはかなりよく出来ていて、初心者である桃子も楽しめるような設計が成されていた。

 もちろん勝率としては茉莉子や日葵のほうが高かったけれど、ハンマーをとにかく振り回すのは楽しかったし、協力プレイも白熱した。

 しかし、廊下の先から茉莉子の祖母の声が届くと、桃子も我に返る。

 

 日葵と茉莉子が卓上のゲームなどを片付け始めたので、ならば自分はお婆さんのお手伝いをしようと、桃子は率先して茉莉子の祖母の手伝いに立候補し、廊下をついていく。

 

「桃子ちゃん、その上着……懐かしいわ」

 

「え? お婆ちゃん、モチャゴン知ってるんですか?!」

 

「うん、もちろん知ってるわよ。モチャゴンはね、とっても大切な思い出なの。子供たち……ああ、茉莉子の父親のことだけど、あの子たちにも読み聞かせで沢山読んであげたのよねえ」

 

「ああ、そっか。児童書が出版された時期を考えると、お父さんたちの小さい頃には有名だったんですね」

 

「ええ。今からだと、40年前に出版された児童書よ」

 

 廊下を歩いていると、唐突に桃子のモチャゴンの絵のスカジャンについて触れられたので、桃子は内心どきっとする。このスカジャンに描かれているモチャゴンは、七不思議の一つだ。だから、ここで七不思議についての話が飛び出たのかと思ってしまったのだ。

 だがしかし、話を聞いてみれば七不思議ではなく、本当に児童書のモチャゴンのシリーズの話だったようだ。

 40年前の児童書だ。茉莉子の父親がいま何歳なのかは分からないけれど、年代的にはまさに茉莉子たちの親世代が、モチャゴンを読んでいた年代に当たるのだろう。

 そう考えると、モチャゴンは子供たちよりも、今の親世代にこそ有名なキャラクターなのかもしれない。七不思議になったのも、親世代で何かあったのかなと、頭の片隅で考える。

 

 桃子は最初の一週間で、リス太郎の魔石という、異変の原因を突き止めた。

 

 だがしかし、実は桃子にとって解明できていないままの謎というのは多いのだ。七不思議は何故内容が変わってしまったのか。どうしてモチャゴンが七不思議に数えられているのか。存在を忘れられてしまうというのはどういうことなのか。

 桃子がやるべきことは異変の原因の解明であって、七不思議の真相を調べることではない。なので、これ以上深く調べる義務などというのはないのだが、やはりどうにも心に引っかかっていた。

 

 広い台所には、鍋に煮込まれたカレーと、炊き立てのご飯、そして桃の缶詰が用意されていた。

 茉莉子の祖母は桃子とカレーの話に花を咲かせながら、子供たちの分をお皿によそって、お盆に乗せていく。

 

「桃子ちゃん。私が……お婆ちゃんがこういうことをお願いするのも変な気がするのだけれど、あと一週間の間、学校で、茉莉子ちゃんのことをお願いするわね」

 

「ええ、もちろんです。学校ではいつも一緒にいますからね」

 

「そうね。本当に……桃子ちゃんが本当にいてくれて……安心したわ」

 

 茉莉子の祖母は、何かを思い出しているのか、その声を微かに震わせる。

 桃子がいてくれて良かったと、声を震わせながらも、口にする。

 

 その様子を見て、桃子は先日の茉莉子の話を思い出した。

 ピアノの幽霊に関する秘密を茉莉子は人に打ち明けられずに、一人で抱えてしまった。そして、大切な家族である祖母にも心配をかけてしまった、と。

 きっと、この茉莉子の祖母は知っているのだろう。

 茉莉子が自分の弾いていたピアノの演奏について、ずっと人に言えないまま苦悩を抱えていたことを。桃子が茉莉子の悩みを聞き出したことを。そしてその桃子が、学校の異変の原因を突き止め、茉莉子の悩みを解決に導いてくれたことを。

 この祖母がいくら孫を大切に思い、帰る家を、孫の生活を守ることが出来るとしても。友人として、学友として茉莉子を守ることは、それは同じクラスメイトにしか出来ないのだ。

 それを想い、桃子は改めて口にする。

 

「茉莉子ちゃんは、私にとっても大切な友達ですから。短い間ですけど、最後まで一緒にいようと思います」

 

「……ええ。最後の日まで、どうか茉莉子をよろしくね。桃子ちゃん」

 

 少しだけ、カレーを運びながらしんみりしてしまったけれど。

 部屋に戻れば日葵が色々な話題を提供し、室内に明るい空気を作り出してくれた。

 日葵は名前の通りに常に太陽を向いているような、明るい少女だ。俯いて影を見つめてしまいがちな茉莉子には、彼女は掛け替えのない友達になれるのだろうな、と。二人の少女の姿を見て、桃子は彼女たちの将来を思い、安心する。

 

 茉莉子の祖母のカレーは不思議と懐かしい味で、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 午前中は子供たちと大乱闘ゲームやらレースゲームに熱中し、皆でカレーを食べてお昼ごはんを済ませてからは、ネット対戦というものにチャレンジしてみたり、或いは三人で動画配信者のチャンネルを見たりと楽しんでいたのだが、今は桃子ひとりで茉莉子の遊び部屋を離れていた。

 木造の廊下を歩く。お花摘み。つまりはトイレだ。

 

「こうも広いとトイレも大変だねえ、ヘノちゃん」

 

「桃子。さっきのゲーム。意外と上手だったな」

 

 人の目の無い廊下で、桃子は首からかけていた赤い巾着に話しかける。

 すると、中からはひょこっと緑色の光を放つ妖精、ヘノが顔を出して桃子を見上げる。

 実は、今日はずっとヘノは巾着の中に隠れており、そこから桃子たちを観察していたのだ。ずっと袋の中で嫌じゃないのかと桃子が確認すると、袋の中から人間の世界を観察するのは意外と楽しく、なんなら観察に熱中していたらしい。

 桃子の心配とは裏腹に、ヘノは今のところはこの過ごし方に満足している様子である。

 

「えへへ、私、ハンマーのテクニックは一家言あるからね。ええと、さっきの客間はどっちだったっけ?」

 

「……まて。桃子。あっちだ。あっちの部屋に行くぞ」

 

 広いお屋敷でお手洗いも立派だったが、先ほどのゲーム部屋から離れているのが難点だ。

 さほど入り組んだ屋敷というわけではないにしろ、少し気を抜いたら別な部屋へと入ってしまいそうで気を遣う。

 しかし、桃子がもとの部屋を探していると、ヘノが全く逆の方向を指さして、桃子にそちらへ向かう様に指示を出す。

 

「ええ? いや……ヘノちゃん、流石に人様のお家を探索しちゃうのはちょっと――」

 

 しかし、ヘノに言葉を返そうとしたところで、桃子の声は途中で途切れることになる。

 

 

 

『……に……モチャ』

 

 

 

「……え? いま、何か言った?」

 

 それは、確かに聞こえた。

 日葵でも茉莉子でもない、もちろんその祖母でもない、別な声。

 それは、耳から入っているのに、脳内に響くような。一部の魔法生物たち、特有の声。

 

 それが確かに、間違いなく。桃子の耳にも届いたのだった。

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