ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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さようなら、モチャゴン

「桃子。今の声。あっちの部屋だぞ」

 

「嘘でしょ……? だってここ、茉莉子ちゃんの家だよ?」

 

「そうは言ってもな。実際にあっちに。随分と弱ってるけど。魔力で動いてる。何かがいるぞ」

 

「うー……まあ、仕方ないか。何かあったら、迷ったっていうことにしよう」

 

 桃子とて、人様の家を勝手に探索する趣味はないし、そんなことをするべきではないという常識も持ち合わせている。

 だがしかし、ヘノが言うように魔力で動く何かが関わっているとなると、話が変わってくる。

 魔力で動く何か。しかしここは魔力のない地上であり、魔法生物がいるとは思えない。ならば、いるとしたらそれはすなわち、地上で発生する不可思議現象である『怪異』の可能性が高い。

 

 桃子が調べていた七守小学校の怪異と関係あるのかどうかは分からないが、茉莉子の家に怪異が発生しているとしたら、流石に無視はできない。

 

「人間に見つかったら。ヘノが一緒に謝ってやるからな」

 

「ヘノちゃんが見つかったら、余計に大騒ぎになっちゃうんだけど……」

 

 桃子は小声になり、足音を消して、ゆっくりと廊下を進んで行く。

 魔法協会から渡されている、地上でも桃子の手で砕けるよう加工された魔石が、ポケットにしっかり入っていることを確認する。

 ヘノでも正体が分からないような『何者か』がいるのは間違いないのだ。茉莉子の家とはいえ、もしもの事態を桃子は想定する。

 

 そして、ヘノの言うとおりに廊下を進んで行くと、突き当りに一つの扉があった。

 廊下に並んでいた襖の部屋ではなく、ドアノブがついており、しっかりと鍵のかかる扉だ。

 

「桃子。この部屋だぞ。入れるか?」

 

「うん。あれ、鍵……あいてる」

 

 ガチャリと、桃子はドアノブをまわして扉を開ける。

 そこは薄暗く、小さな部屋である。小さな窓があり、そこから差し込む光が室内を薄暗いながらも照らしていた。

 中には机と椅子。本の並んだ本棚と、そして薄暗くて見えないが、どうやらぬいぐるみや置物の並んだ棚が一つ。壁には服もかかっているようだ。

 

「なんだ。色々な本とか。ぬいぐるみもあるな」

 

「え……? これって……」

 

 室内に入り、ヘノが巾着から外に出ると、ヘノの魔力光で室内がぼんやりと照らされる。

 ヘノの光で照らされると、薄暗かった室内の詳細が漸く見て取れた。

 本棚には、児童書が並んでいる。そこに書かれていたタイトルは、40年前に出版されたという、とあるキャラクターが活躍する児童書だった。棚に置かれているぬいぐるみも、その特徴的な造形といい、そのキャラクターが立体になったものだろう。

 そして、壁にかけられている服にも、桃子には見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。その色や生地を、着心地を、桃子はよく知っている。

 

「なんだこれ。いま桃子が着てる服と。全く同じ服だな。すかじゃんって言うんだろ。覚えたぞ」

 

「う、うん。これ、間違いなくスカジャンだよ、私がいま着てるのと同じもの。それに、これ、児童書に、ぬいぐるみ……これって全部――」

 

 桃子は、そのキャラクターを知っている。北海道で名前を知り、長崎に来てからは何度も話題にあがった存在。饅頭のような丸い身体に、恐竜のような手足と尻尾のついた、アンバランスなキャラクター。

 しかし、桃子がその名を口にする前に、先ほどの不思議な声が脳裏に響く。

 

 

 

『そうモチャ……この部屋は、モチャゴンの部屋モチャ』

 

 

 

「モチャゴンなの?! ねえ、どこ? どこにいるの?」

 

 その声の主は、モチャゴン。この部屋に並ぶ児童書に、ぬいぐるみに、スカジャンに描かれた、饅頭に恐竜の手足が生えたようなコミカルなキャラクターだ。

 桃子が唖然として部屋を見回すと、先ほどの声が今度ははっきりと、桃子の脳裏へと届く。

 それは、どことなく子供のような、そしてなんとも癖のつよい、まるでアニメキャラクターのような独特の声質で桃子へと語り掛けてくる。

 

『良かった……声が届いたモチャね。ああ、良かった……モチャゴンはキミたちに、ずっと、会いたかったんだモチャ』

 

「こいつだ。この石の像が。本体だ」

 

 ヘノがツヨマージを構えて、棚に置かれた一つの像を指し示す。それは、モチャゴンを象ったであろう、30cm程の石像だった。

 

 どことなく手作り感のあるそれは、パッと見では粘土か何かで作った造形にも見える。しかし、近づいて見れば材質は何かしらの石のようだ。特徴的な造形以外は、桃子もどこかで見たことのあるような、石の像だった。

 そしてその特徴的な造形。丸みを帯びたお饅頭のような胴体に、恐竜のような手足に尻尾。それはまさしく、モチャゴンそのものだ。

 

 そのモチャゴン像は、動かないままに、しかしはっきりとした意思を持ち、桃子たちへと語り掛ける。

 ヘノはまじまじとその正面に浮かんでモチャゴン像を凝視しているが、もうツヨマージは構えていない。つまり、このモチャゴン像は敵ではない、危険な存在ではない、とヘノが判断したということだ。

 

『モチャゴンは、もう消えちゃうけど。その前に、キミたちと話せる日が来るのを待っていたモチャよ……』

 

「モチャゴン、なの? なんで、えと、どういうこと?」

 

『うふふー、ずーっと、ずーっと前からね。モチャゴンはキミたちのこと知ってたモチャよ? とっても食いしん坊で爪楊枝を離さない妖精さんと、優しくて、カレーがとっても大好きな女の子の、仲良し二人組モチャ』

 

 初めて会話をするはずのモチャゴン像が語るそれは、でも。

 どう聞いても、ツヨマージを所有した風の妖精ヘノと、カレー好きな女の子である桃子を指しているとしか思えなかった。

 

 

 

 

 その小さなモチャゴン像は、動かない。

 

 しかし、この声は確かにその石像から聞こえている気がする。この石像はつまり、意思を持ったモチャゴン像ということなのだろう。

 だが、桃子には状況が飲み込めない。仮にこの石像が意志を持っていたとしても、何故、モチャゴンが桃子たちと話す日を待っていたというのか。何故、ヘノと桃子のことを知っていると言うのか。

 桃子がこの家を訪れたのは日葵と茉莉子の発案だし、当然この石像と顔を合わせるのも初めてだ。

 

「えと、なんだかもう、分からないことばかりで、逆に何を聞いたらいいのかわかんないや」

 

「お前。なんなんだ。なんで色々。知ってるんだ。それにお前……」

 

『うふふー、キミたちは覚えてなくても……知らなくても……モチャゴンはキミたちを知ってたモチャ。だからね、キミたちとも最期に、お話しをしたかっただけモチャよ』

 

「最期って……えと、もしかしてだけど、あなたは私のスカジャンのモチャゴン、てこと?」

 

 桃子は、少ないヒントからどうにか推理をする。

 

 モチャゴン像は、自分たちを知っていた。しかし、今まで桃子やヘノが関わってきたモチャゴンに関するものなど、いま羽織っているスカジャンしかないはずだ。ならば、このモチャゴン像はこの桃子が背負うスカジャンに関係があるのではないか、と。

 魔法生物や怪異のことはよく分からない。もしかしたら、このスカジャンに宿ったモチャゴンの意思が、何かしらの力によりこの石像という身体を借りて喋っているのではないか。桃子はそう考えた。

 

『それは、ボクにもよく分からないモチャねえ。モチャゴンはもう動くための魔力も失くなっちゃって、部屋の鍵を開けるのにも、こうして声を出すのにも、キミの持っている黒い魔石の力を少しだけ借りたモチャ。ごめんモチャ』

 

「黒い魔石って、これ? 魔法協会の? ……待って、モチャゴン、魔力がなくなってるの?」

 

「お前。魔力がもう尽きてるぞ。こんな場所にいても。もう。消滅するだけだぞ。喋るだけでも。駄目だろ。魔法生物なら。すぐにダンジョンに行かないと。駄目だ」

 

『うふふー、いいんだモチャ。モチャは、動けなくても。最期まで、このお家がいいモチャ』

 

「そんな……」

 

 桃子には、モチャゴン像の事情は分からない。なんで自分のことを知っているのかも分からないし、結局彼が何なのかも分からない。

 ただ、ヘノたちの会話から分かることがある。

 この目の前にいるモチャゴン像は、すでに魔力が尽き、消える直前の魔法生物だということだ。

 

 茉莉子の家の中に、どうして意思を持つモチャゴン像がいて。どうして消えかかっているのか。

 桃子の理解はこの事態に全く追いつかないけれど、消えゆく魔法生物をどうにかしないといけないということだけは判断がつく。だから、桃子は魔法協会から支給されていた黒い魔石をモチャゴン像に差し出した。

 魔法生物は、魔力が無ければ消滅してしまう。逆に言えば、魔石さえあれば、消滅は免れるはずなのだ。

 

「ね、ねえ。この魔石、モチャゴンが使っていいよ? ほら、それなら、消えたりしないでしょ? だから……」

 

『キミは相変わらず、とっても優しいモチャね。でも、モチャゴンにはもう、不要モチャよ。その石はきっと、キミに必要になるモチャ』

 

 動くことのできないモチャゴン像だけれど、その意思が伝わってくる。

 モチャゴン像は魔石を受け取る意思はない。このまま、この部屋で。この家で。最期の時を迎えたいという彼の感情が、桃子にも伝わってきた。

 

 桃子はそれでもどうにか魔石を使って欲しいと、強引に押し付けてでもと思い手を伸ばすが、それはヘノに止められた。

 ヘノはモチャゴン像の魔力から、彼の状態を読み取れる。今にも消えそうなその僅かに残るだけの魔力の残滓から、モチャゴン像の感情を読み取れる。

 消えかけつつある彼の心は、でも、満足しているのだ。もう、延命のような魔力を欲してはいないのだ。だからヘノは桃子の手を制して、そのモチャゴン像に語り掛ける。

 

「モチャゴン。最後の魔力を使いきってでも。何か伝えたい。言葉があるんだろ。聞いてやるから。言ってみろ」

 

『くいしんぼ妖精さんは、話が早いモチャね。じゃあね……一つだけ。最期にどうか……お願いを聞いて欲しいモチャ。キミたちにしか……頼めないこと……モチャ』

 

「う、うん……何か、せめて私に出来ることがあるなら、聞かせて……!」

 

 モチャゴンの言葉には、だんだん息をつくような間が増えてきた。

 

 行きずりの出会いと言ってはそれまでだけれど。相手の事情だって少しも知らないけれど。

 今にも消えようとしている魔法生物の願いを。それを桃子は、拒むことなどあり得なかった。それが自分に叶えられる頼みならば、何をおいてもそれを聞き届けたいと思う。

 桃子は、祈るように両手を強く握り、動くことのないモチャゴン像を見つめる。

 

『このお家の女の子。茉莉子ちゃんのことを、どうか……お願いするモチャ。茉莉子ちゃんが……ちゃあんと、笑顔で、無事にお家に帰れる……ように……どうか……お願……モチャ……』

 

「わかった、分かったよ! 茉莉子ちゃんのことは任せて! ……モチャゴン? モチャゴン?」

 

 その願いは奇しくも。お昼に茉莉子の祖母から託されたものと同じものだった。茉莉子の身を案じる願いだった。

 どうしてモチャゴンが茉莉子の身を案じているのかは分からない。この家の守り神の様になっているのかは知らない。

 

 けれど、桃子はその願いを聞き届けると、強く頷いて見せる。

 今にも消えようとしている、モチャゴン像の為にも。

 

 

 

『カレー……沢山食べたね……探検、楽しかったね……本当に……楽しかったモチャねえ……』

 

 

 

 彼は最後の力を振り絞り、桃子たちをこの部屋に招いたのだろう。

 最期の言葉とともに。石像から、白い光の残滓が立ち上る。

 

 

 

『ペコちゃん……花子ちゃん……ありがと……モチャ』

 

 

 

 モチャゴン像から、小さな光がふわりと浮き上がり、そして、大気中に溶け込むように、静かに消えていく。

 

 モチャゴン像は。この部屋に桃子たちを招いた、謎の魔法生物は。

 今ここで、天命を迎えた。

 

 

 最後に、別人の名前を呼んで。

 

 

 

「……あの、待って? 人違いじゃない? モチャゴン? ねえ、モチャゴンっ?」

 

「桃子。もう。今のモチャゴンは。消えたんだ。きっと。桃子をここに呼ぶので。限界だったんだろ」

 

 困惑と共にモチャゴン像へと呼びかける桃子を、ヘノが静かに止める。

 もう、この石像はただの無機物だ。魔法生物としての命は失われているのだ。

 

「そ、そんな……だって、最後、人違いのまま消えちゃったの? モチャゴンが話したかったのって、別な子たちだったんじゃないの?」

 

 まさかの事態だった。

 モチャゴン像が話していた食いしん坊の妖精は。カレーが大好きな女の子は。

 ヘノと桃子のことではなく、ペコと花子という、別な二人組だったのだ。

 

 モチャゴン像は。モチャゴンは。最後に、思い出を共有した相手を違えたままで。それに気づかないまま、目の前の無関係な別人に願いを託して消えてしまったのだ。

 桃子はその事実に気が付くと、唖然として、言葉が出ない。ヘノも思う所があるのか、ジッと、すでに物言わぬモチャゴン像を見つめている。

 

「嘘でしょ……? そんな、そんなのって……」

 

「……とりあえず。桃子。戻ろう。人違いでも。あいつは満足してたんだ」

 

「う、うん……」

 

 どういう気持ちで受け止めたらいいのか分からない。

 ただ、ヘノに手を引かれるままに、桃子はその部屋から離れていく。

 

 不思議な部屋に残されたモチャゴンは、もう。話しかけてくることは、無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「あ、桃子ちゃんどこ行ってたの? そろそろ帰る時間なのにトイレから戻らないから、お腹でも痛くなっちゃったのかと思って心配しちゃったよ!」

 

「大丈夫……?」

 

「あ、うん。ごめんね、ちょっと迷って廊下を逆に行っちゃって、迷っちゃった」

 

 桃子の帰りが遅いのに気づいたのだろう、廊下の先から日葵と茉莉子が連れ立ってやってくる。

 子供たちに心配させるわけにもいかず、桃子はどうにか笑顔を作り、一歩間違えれば泣きたくなる気持ちを誤魔化した。

 

 自分を心配げに見つめてくる茉莉子と目が合う。どういう事情があったのかは分からないけれど、モチャゴン像はこの少女を大切に思っていたようである。

 人違いとは言え、約束は、違えるわけにはいかない。だから、桃子は茉莉子を悲しませないよう、笑顔を見せる。

 

「向こうの突き当たりの部屋まで行っちゃったんだよね。えへへ……」

 

「あっちの突き当たりって、何の部屋だっけ? 確か、前に住んでた人の部屋がそのまま残ってるんだっけ? 鍵がかかってるから、茉莉子ちゃんもあっちの部屋は見たことないんだよねーっ」

 

「うん」

 

「何の部屋かな? 意外と、開かずの間みたいな感じで、すごいお宝があったりするのかな? こんどお婆ちゃんに聞いて、中を見せてもらおうかー。昔の面白い漫画とかがあったらみんなで読もうねっ」

 

 こんなときも、明るく笑顔を振りまいてくれる日葵の存在は救いである。場の空気が明るくなり、どうにか、桃子の作り笑顔に違和感を持たれずに済む。

 外を見ればもう夕刻の空だ。流石に、今日はもう帰らなければならないだろう。

 

 この日は、みんなで遊べて楽しかった。けれど、それ以上に分からないことが増えてしまった。

 あのモチャゴン像は、何だったのだろうか。七不思議のモチャゴンと関係があるのだろうか。この家の前の住民は、何者だったのだろうか。

 

 そして、魔法生物としてのモチャゴンの存在を確認してしまったこの状況で。旧校舎の七不思議の騒動を、終わったことにして良かったのだろうか。

 

 

 桃子は心の中で自問自答するが、答えは出ないままだった。

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