ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子さん、昨日伺ったことは日中に私が調べてみますので、ちゃんと起きて学校生活楽しんできてくださいねっ!」
「うう眠い……はい……奈々さんもお仕事頑張ってくださいね。じゃあ……行ってきます」
月曜日。
前日の茉莉子の家で起きたことについて、桃子は帰宅後に魔法協会職員である奈々にも全て報告していた。
それを受けた奈々は魔法協会の上の人間と話し合い、まだ長崎、七守小学校の案件は解決済ではなく、要観察という扱いになったらしい。
名波家については、日中に桃子や茉莉子が学校に行っている間に、奈々本人が名波家へと足を運んで茉莉子の祖母に話を聞きに行ってみるという。人員さえいればもっと効率よく調べられただろうが、国の公的機関ではない魔法協会の怪異担当部署は人員も捜査権限も持たないのだ。
そして当の桃子は、昨晩なかなか寝付けなかった。
行きずりの出会いとはいえ、一人の魔法生物の最期を看取ることになったのだ。更には、本来なら別な誰かが受けとるべきだった彼の願いを、桃子は託されてしまったのだ。
桃子は、今週で長崎からはいなくなってしまう。茉莉子をこれから先、見守ることは出来ない。だから、桃子はモチャゴン像に託された願いを破棄する形で、千葉へと帰ることになる。
結局、夜が更けてもずっとヘノと話し合い。これ以上気にしても仕方がない、という元も子もない結論に落ち着いてしまった。
実際問題として、どれだけ桃子が気にしたところで出来ることなどはなく、現実は変わらないのだ。出来たとしても、元気になるカレーのレシピを茉莉子たちに残すことくらいだ。
なので方針としては結局、先週と変わらずだ。小学校へと通い、異変がないかどうか調べ、子供たちを見守る。それが桃子の一番大切な役目である。
そのためにも、朝の光を浴びて、きちんと身体を動かして、早く頭を覚醒させねばならない。桃子はまだ半分ほど眠っている。
「じゃあ。行くぞ。そろそろちゃんと起きろ桃子。怪異担当も。頑張れよ」
「あの、ヘノさんは本当に、見つからないようにしてくださいね? ここで妖精の姿が目撃されたりしたら、私の首がどうかしちゃいますからね!」
ひとつ、先週と大きく違っている所がある。それは、桃子が首からかけた巾着袋の存在だ。
その巾着袋の中には、風の妖精であるヘノが入っている。バジリスクが落とした魔力の塊、紅珠も一緒に入っている為、ヘノが魔力切れを起こすこともない。
万全のヘノが共に居てくれるならば、桃子では気づけないような異変が起きたとしてもヘノがすぐに勘付いてくれるだろう。思えば、先週からこうしていたならばリス太郎の魔石もすぐにヘノが見つけてくれたのかもしれない。
「そうか。じゃあ怪異担当は。首を洗って待ってるといいぞ」
「ふわぁ……ヘノちゃん、その言い回しはちょっと意味が変わっちゃうんだよね……」
「そうなのか?」
ヘノの無慈悲な言い回しに顔を青くした奈々が少々可哀想だったけれど、桃子は本日も小学生である。
宿題もきちんと済ませたし、お茶の入った水筒も用意した。しっかりと中身を確認した桃色のランドセルを背負い、時折眠たげな欠伸を交えながら、既に慣れつつある小学校への道のりを進んで行った。
一時間目。二時間目。三時間目。四時間目。その日の授業は特に変わったこともなく過ぎていく。少しだけうたた寝している転校生がいる程度だ。
ただ、クラスとして変わった事として一つだけ。
朝の会で担任の口から語られたお知らせだが、どうやらリス太郎も桃子と同様に今週までということで、子供たちとのお別れが決定しているらしい。
まだ数週間とは言え、可愛がっていたリス太郎とのお別れは生徒たちには残念な話だろう。クラスメイト達は休み時間には交互にリス太郎と触れ合っていた。
桃子が廊下まで様子を見に行くと、リス太郎はきょとんとした顔でクズ魔石を砕き、中から魔力を吸引しているところだった。
そして、栄養バランスを考えられた給食を済ませた後の、昼休み。
この日も桃子は、旧校舎二階の図書室へと足を運んでいた。先週は結局中途半端にしか調べられなかったこの学校の七不思議について、改めて調べておこうと思い立ったのだ。
思い立ったのだが。
「七不思議について書いてる本って、これだけなのかな。本当に大した記述がないね、これ」
「うん」
「ごめんね、茉莉子ちゃん。一緒に調べてくれたのに収穫が微妙で」
「ううん、楽しかったから……」
奈々から聞いていた、七不思議について書かれている本は見つかった。
茉莉子と手分けをして、何十年も昔に幾つか作られていた校内報を見つけ出し、そこから七不思議についての記述を洗い出したのだ。
そして、それは見つかった。今から数えると60年近くは遡るだろうか。その時代の校内報の隙間ページを埋める程度の、扱いも小さなものである。
そして残念ながら、それは奈々の言っていた通りで本当にたいした記述ではなかった。
子供たちが読んで楽しめる程度の脚色はついているし、当時の子どもたちの生活感が読み取れて、ものとしては面白くはあったのだけれど、肝心の七不思議に関する記述は実にあっさり。
完全に、期待外れといったものだ。
あまりに暇な作業だったからか、巾着の中からは小さな寝息すら聞こえている。
茉莉子に気付かれないように、桃子は巾着を服の中にしまい込んだ。
しかし。こんなことならば、大昔の話でしかない旧七不思議よりも、モチャゴン像という魔法生物が存在していた現在の茉莉子の家について探った方がいくらかマシだったかなとすら思う。
あのモチャゴン部屋については奈々が直接赴いて茉莉子の祖母から話を聞くとは言っていたけれど、別に桃子が茉莉子から詳しい話を聞いてはいけない理由もないのだ。
ちょうどいい機会なので、茉莉子を怖がらせない程度に、あくまで雑談程度の話題として聞いてみようかと、桃子は口を開く。
「……ねえ、茉莉子ちゃんのお家ってさ――」
しかしその言葉は、豪快に扉が開く音でかき消される。
ガララッ、と勢いよく開かれる木の扉。桃子は先週も、同じ場所で、同じ音を聞いている。
「あー! 桃子ちゃんいた! 探しちゃったよー!」
そして勢いよく開かれた扉の向こうでは、先日出会った四年生の少女、久世紅子が小さい身体で仁王立ちしていた。
「紅子ちゃん、扉はもっと静かに扱おうね。壊れたら可哀想だし、中の人もびっくりしちゃうから、最初は合図としてこんこんってノックするといいよ」
「はーい。桃子ちゃん、なんだか先生と同じこと言うー。ねえ、それよりそっちの子は? 六年生なの? やっぱり見たことない子だけど」
「あ、うん。クラスメイトの名波茉莉子ちゃん。茉莉子ちゃんも冬に引っ越してきた転校生なんだよ」
「あ、あの……茉莉子です」
「紅子です、よろしくねっ、茉莉子ちゃん! 桃子ちゃんの友達なら、私とも友達っていうことでいいよね!」
「う、うん……」
相変わらず扉に優しくない四年生の少女である。
桃子が軽く扉の開け方について注意するが、どうやら先生にも同じことを注意されているようだ。それでも直っていないのを見るに、根気よくしっかりと注意していかないといけないだろう。子供の頃に矯正しないと、成長してからが大変だ。
そして桃子と茉莉子が座る隣に紅子はちょこんと座ると、もう一人の六年生である茉莉子の顔を覗き込む。
日葵とはまた違った意味でとても明るい少女だ。距離感を一足飛びで踏み越えてくる紅子に対し、茉莉子も言葉少なめだけれど、こくこくと頷くことで、どうにか挨拶を返している。
「紅子ちゃん、今日はまた図工の参考資料を探しにきたの?」
「違うよお。桃子ちゃんが次にまた会えたらお話を聞かせてくれるって言うから、紅子この前もここまで来たんだよー?」
「うぇ、ごめん! そう言えば私、そんなこと言ってたね」
「お話……?」
静かだった図書館は、紅子の来訪により賑やかな部屋へと変化する。
昔から、女三人寄れば姦しい、などという言葉もあるが、どうやらあれは本当のことだったようだ。三人のうち一人が殆ど喋らないにも拘らず、室内には少女たちの元気な声が響き渡る。
そして、本日の紅子の用件だけれど、どうやら桃子の話を聞きたいがために昼休みに図書室まで足を運んでくれていたらしい。
桃子も、二週間しかいない立場でありながら気軽に考え無しなことを言ってしまったなと反省するが、しかし自分に会うために紅子がここまで来てくれたというのは素直に嬉しかった。
話についてこられない茉莉子が、首を傾げて桃子の顔を見る。
「この前ここで紅子ちゃんに会ったときにね、次に会えたら妖精のお話をするって約束してたんだよ。そうだ、茉莉子ちゃんも良ければ、私の……作り話、だけど聞いていく?」
「うん、うん」
「じゃあ紅子ちゃん、ちょっと待っててね。出した本を全部片づけちゃうね」
「はーい」
桃子の語る、妖精の話。
どうやら紅子だけでなく、茉莉子もまたそれに興味を持ってくれたようで、二度も頷いている。
教室でも、普段からダンジョンの話で盛り上がっているのは主に日葵と、そして彼女と仲の良い男子である元木を中心としたグループだ。茉莉子にも会話は届いてはいるだろうが、ダンジョンの話題に積極的に乗っかってくることはない。
だがそれでもやはり、内心ではダンジョンの話や、魔法生物の話には興味があったのかもしれないなと、桃子は茉莉子の様子を見て判断する。
それならば。紅子も茉莉子も満足するような、実際にあったことのような作り話を聞かせてやろうではないか。
あくまで作り話だからセーフ、という言葉を合言葉に、出しっぱなしだった本を棚に戻しながら妖精の話を脳内で構築していくのだった。
七不思議を調べるために棚から引っ張り出していた本を、全て元の位置に片付けて行く。最後の本を棚へ押し込んでから桃子が席へと戻ると、紅子は座席から近い棚に近づいてそこに並ぶ背表紙を眺めていた。そして、茉莉子はその後ろに立ち、紅子を見守っている。
内気な茉莉子が、さりげなく下級生を見守っていることに桃子はほっこりするけれど、しかし今から妖精の話を聞かせるのだ。紅子と茉莉子には悪いが、声をかけさせてもらう。
「おまたせー。じゃあ、私の知ってる、妖精のお話はじめるよー? ぱちぱちぱちー」
「ぱちぱちぱちー」
「え……ぱ、ぱちぱち」
「じゃあね、茉莉子ちゃんは知ってるかもしれないけど、とある空のダンジョンに住む、空の妖精さんのお話をお披露目しようかな」
「うん」
紅子と茉莉子が横に並んで座り、桃子は二人に聞かせる側なので、閲覧席とは別に設置されていた教師用の少し大きめの椅子に座る。足が床につかずにぶらつくけど、それもまたご愛敬だ。
今回の話は、巷でも噂になっている空の妖精の話だ。これならばもしかしたら、紅子でもある程度の噂くらいは聞いたことはあるかもしれないし、より想像もしやすいだろう。
「まって、絵に描いていくから、どんな格好の妖精さんなのか教えてー」
「えー? え、えっと……そうだなあ、古代ローマの人たちみたいな白い布を巻いたような服で、ブラ……じゃなくて、白くて大きな羽衣が後ろに浮いててね。あとは……髪は長くて、スラリとしてて、出る所は出てる大人っぽいお姉さん、かなあ?」
少しばかり事実と異なる描写を入れているが、作り話なので仕方ないことだ。
「わかったー。それでそれで?」
「ええと、空の妖精がふわふわ浮いてたら、ある日ね。そのダンジョンに、人間の女の子が一人、足を滑らせて落ちて来ちゃったんだよね――」
多少の作り話を交えつつ。桃子は語り始める。
主人公は、広い空に住まう一人の妖精だ。
人間の女の子が空のどこかで迷子になってしまったので、島を一つずつ巡り、女の子を探しに出る話だ。
自然豊かな島や、岩しかない島を超えて、大きな豆の木の生えている島では、ずっと昔に迷い込んだというもじゃもじゃ姿の住民と出会い、一緒にご飯を食べた。
寒い冬の島では、足を滑らせたりと危ないところもあった。森の中に生えたカエデの木から、甘くて美味しいメイプルシロップを制作した。
次の島では、多くの悪い鳥に襲われていた迷子の女の子を見つけ出し、女の子と一緒に悪い鳥を退治する。そして最後には、女の子とともに空を飛んで、無事に女の子を家族の元へと送ってあげるのだ。
そのような、優しい作り話。
もしかしたら、カリンの話を知っているのならば、この話の元ネタはあのアイドル配信者の事件だと分かるかもしれないが、それならそれでも構わない。
少なくとも、目の前にいる四年生の紅子は、時にはにこにこと笑い、時には心配し、表情豊かに物語を聞いてくれていた。
このように喜んで聞いて貰えたならば、桃子も話を創作した甲斐があったというものだ。
「――そうして空の妖精は、また再び遥か彼方まで続く大空へと戻っていきました、とさ」
「おもしろーい! それって本当にあったお話?」
「ええと、どうかなあ。人から聞いた噂話だから、本当かどうかは怪しいけどね。でもさ、意外と全部本当なのかもしれないよ?」
話を最後まで聞き終えた紅子は、満足したように手を叩いた。
昼休みの時間も限られているため、物語としてはかなり駆け足だったし、言葉足らずだったり矛盾していたりする部分もあっただろうが、紅子は普通に喜んでくれている。
許されるなら、これは本当のことなんだよと教えてあげたい。なんなら、今現在自分の身に着けている巾着の中で妖精がお昼寝している姿を見せてあげたい。
だがしかし、流石にそれはNGだ。あくまで噂話、作り話という体を崩すわけにはいかない。
「ふーん。でも、桃子ちゃんってお話が上手なんだね、まるで見てきたことみたいにお話しするんだもん、将来は小説家になれるよ」
「うん」
「えへへ、でも私、小説家にはなれないかな。将来はアイテム職人になる予定なの」
「え、なにそれ」
どうやら、小学四年生には「アイテム職人」はまだ早かったようである。見れば、全然わかっていない顔をされてしまった。
桃子の将来設計としては、土日はダンジョンに潜りつつ、平日は親方の元で技術を磨き上げて、いつか自分もダンジョンアイテムを自作するのが目的だ。もちろん、親方の弟子となれば武器や防具も沢山扱うことになるだろうから、職業としては「武器職人」のほうが通りはいいのだろうか。
「世の中には色んな職業があるんだよ? ね? 茉莉子ちゃん」
「う、うーん……?」
茉莉子に同意を求めたら、しかし茉莉子もまた、良く分かっていない顔をしていた。
よくよく考えれば、四年生の紅子はもとより、茉莉子とて小学六年生のお子様だ。将来の職業と言っても、まだ経験が乏しく、知らないことも多いだろう。
きっとこの二人もいつの日か、アイテム職人や武器職人というものが何者なのかを理解できる日が来ることだろう。その時は、武器職人あるある話でも披露したいものである。
「っていう感じで、日葵ちゃんがサッカーしてる間に四年生の紅子ちゃんを交えて妖精のお話をしてたんだよ」
「わー、いいなあ。私も桃子ちゃんのお話聞きたかったなっ! なんで元木のサッカーチームなんか入っちゃったんだろう! ……でも、紅子ちゃん、だっけ? 四年生の?」
「うん。ボブカットで、私くらいの。苗字はなんだったかな……久世紅子ちゃん、だったかな?」
「四年生だよね? そんな子いたかなあ? それに久世さんて……どこかで聞いたことがあるような? もしかして、それって茉莉子ちゃんの家に前に――」
「はーい、五時間目始めるぞー。夏野も老芝さんも教科書出して席についてー」
「あっ! 大変だよ桃子ちゃん、次は社会の時間だよ? 今日の予習は大丈夫?!」
「う、うぅ……だ、大丈夫ですよぉ?」
「桃子ちゃん、それ誰かの物真似? 目が物凄く泳いでるよ?!」