ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
月曜日の放課後。
アパートへと戻り、ランドセルを自室に置いた桃子が隣の奈々の部屋を訪れると、そこにはどんよりと憔悴した様子の奈々の姿があった。
「桃子さん、お帰りなさい。大丈夫でしたか? 時間は……もう夕方5時を過ぎてますか、よかった」
「いや、私は大丈夫ですけど、奈々さんこそ大丈夫ですか?!」
目の前に立つ奈々は、それはもう大丈夫ではない様子だった。
朝に顔を合わせたときとは打って変わって、分かりやすく憔悴していた。桃子を見た時の目の色も、何かを恐れるような、いつもと違うものだった。
「すみません。今回調べてわかったことがあったのですが、事情により……その、個人情報の観点などにより、桃子さんに伝えられない情報となっております。ああ、桃子さん、お帰りなさい」
「え、と、モチャゴン像のお話ですよね? 個人情報とかは仕方ないと思いますけど……そっか、聞けないのか……って、奈々さん?」
「桃子。こいつ。かなり弱ってるぞ。休ませた方が。いいぞ」
この日、奈々はモチャゴン像について。そして茉莉子の住んでいる家の前の所有者について、その足で調べに行ったはずである。
そして結果として、なんだか魔物に呪いでもかけられたような顔色の奈々が誕生していた。
これには桃子のみならず、巾着から顔を出していたヘノもびっくりである。
桃子も、モチャゴン像についての情報は知りたくはあったものの、さすがに今は奈々を休ませるほうが優先だ。
慌てて部屋へとあがり、とにかく奈々を椅子に座らせる。自分の出迎えで立ち上がるだけでも大変そうだった。
「い、いえ。怪異担当になってからは、いつかはこういう『知ってはならないこと』に遭遇するかもしれないとは覚悟していたんですけど、まさかこんな形で出くわすとは思わなくて……」
「え……知ってはならないこと、ですか?」
「ぎゃああ! 今のも無しで、何も聞いてないことにしてください!」
「は、はい……」
あの家の前の所有者について、個人情報が関わるから桃子には伝えられないというのは理解出来る。いつかは説明して欲しいとは思うが、流石に魔法協会の若手職員でしかない奈々の権限では話せないこともあるのだろう。
だが、聞こえてしまった『知ってはならないこと』と言う言葉には、空恐ろしいものを感じる。
ホラー展開でよくあるやつだ。特に、日本のおどろおどろしいホラーでは、それを知るだけで影響が出てしまう呪いなども定番だ。桃子は、奈々が何を知ってしまったのか、聞くに聞けなくなってしまった。
しばらくの互いを探るような沈黙のあと。
「あ、あの……今日はカレーのつもりでしたけど、おかゆとかのほうがいいですか? カレーだと、胃腸に刺激が強すぎると思うので」
「す、すみません。おかゆだと助かります……夜には魔法協会の偉い方とネット会議の予定が入りまして、今からもう、胃が……ごめんなさい、少しだけ、横になりますね」
「うわあ、お疲れさまです……」
結局何も話は聞けないまま、桃子は御粥を作りおきしておく。
奈々はベッドで横になりながらも、やはり顔色は悪い。
ただ、安心出来る点として、ヘノの目で見る限りは魔物や怨霊による呪いの類ではないとのことだった。ならば、奈々がこの1日で急激に憔悴してしまったのは単に、何かしらの過剰なストレスということなのだろう。
奈々の言う『知ってはならないこと』が気にならないわけではなかったが、しかしその好奇心を振り払うように。全てを忘れるように。桃子は一心不乱にカレーを作って、この日はヘノと二人で自室にて長崎シーフードカレーを食べたのだった。
翌朝。
「結局あいつ。今朝は。起きてこなかったな」
「仕方ないよ。夜中まで会議してたみたいだしね。よっぽど危険な情報を知っちゃったみたいだし……」
結局、次の日に合鍵を使って様子を見に行ったときは、奈々は相変わらずの顔色でダウンしていた。
おかゆは無くなっていた。昨晩の食事として作っていたものは、きちんと食べてくれたようだ。しっかりとお粥を食べられる元気があるというのが、救いである。
「桃子は。こいつが調べたこととか。秘密にされて。気にならないのか?」
「そりゃもちろん、滅茶苦茶気になるけどさ。でも、奈々さんの顔色見たでしょ? あんな状態の奈々さんを見て、更に追及は出来ないかなあ」
「そうだな。あいつ。昨日は。びっくりするくらい。弱ってたからな」
「今日は帰りに、桃の缶詰でも買っていってあげようね。カレーに入れるんじゃなくて、普通にお見舞い品っていうことで」
通学路を歩きながら、桃子はヘノとともに奈々について話し合う。
学校へ行ったらヘノにはずっと隠れていて貰わないといけないので、ヘノと話し合えるのは今の内なのだ。
魔法協会日本支部、怪異担当部署。初対面の日から奈々は自分の所属はブラックな職場だと愚痴を吐いていたが、今となっては本当に過酷な職場なのだなと、事情を知らぬ桃子ですら同情的に思う。
今度、魔法協会トップであるクリスティーナに、末端職員の労働環境について意見しても良いものだろうかと。桃子は本気で考えながら通学路を歩いていた。
奈々の様子があまりにインパクトが強すぎて、そもそものモチャゴン像についての疑問が薄れていたのは、幸運なのか不幸なのか。それは誰にもわからない。
「じゃあ、今日はダンスをします。この曲なら皆、大丈夫かな?」
体育の時間。
この日は体育館に集まり、教師が持ち込んだ音楽プレイヤーを利用して、ダンスをするという授業内容だった。
そして教師が流した曲は、およそ5年前に子供たちを中心に大ブームになっていた、ピーマンみたいなタイトルの曲だ。桃子も曲そのものは至る所で耳にしたので、よく知っていた。
ただし、当時の桃子はダンジョンで投石器作りにハマっていた中学生だ。世間の流行からはかなり離れていたし、そもそもその楽曲で踊るような年齢ではなかったので、今からダンスと言われても踊れる気はしない。
「え、この曲ってみんな踊れるの? 茉莉子ちゃんも?」
「うん。私も一応、踊れるよ?」
「え、桃子ちゃんこれ踊れないの? てっきり、私たちの世代はみんな踊れるものだと思ってたよ。じゃあ、私が教えてあげる! 今の部分はこうで、次はこんな感じで手を大きく回してね――」
とはいえ、そもそもが子供向けの振り付けだ。
幼稚園児たちでも踊れるようなものなので、日葵と茉莉子から教えられたら桃子もその曲の振り付けはなんとか覚えることが出来た。
出来た、が。
桃子にダンスをレクチャーした日葵は語る。
「私、理解したよ。桃子ちゃんって、苦手なものは社会科だけじゃなかったんだね。うん、他が優等生だから、逆にバランス取れてていいんじゃないかな……?」
「うん……」
茉莉子も遠慮がちに頷いて見せる。
「え、うそ? そんなに私のダンスって変かな? ほら、なんかこう……ステップとれてない?」
「うーん、ごめん桃子ちゃん。なんか、その……不安になる」
「うん……」
「ええ……どういうこと?」
桃子としては、振り付けはきちんと覚えてステップも踏めるし、手の動きもきちんと出来ていると思うのだが、どうも日葵たちの反応は芳しくない。
桃子がひょこひょこ踊ると、不思議と日葵と茉莉子は魔力でも吸い取られたかのようなしょぼくれた顔になる。
実に不思議である。
「ヘノは。桃子の変な踊り。そんなおかしくないと思うぞ。不思議で。嫌いじゃないぞ」
「ヘノちゃん……」
後ほど、その様子を見ていたヘノが慰めてくれたのだが、変な踊りと断言されてしまったので、桃子もちょっとしょぼくれた。
「では、皆さん。調理実習の材料はきちんと揃ってますか?」
家庭科の時間。
今日の家庭科は、本校舎の家庭科室にて調理実習の日だった。桃子も準備してきたエプロンを着用し、調理の準備は完璧だ。
今回作るものはオムライス。時間のかかるお米は既に大きな炊飯器で全員分が炊かれており、卵やケチャップ、そしてケチャップライスに混ぜ込むいくつかの具材が作業台の上に並んでいる。
「先生、質問いいでしょうか?」
「はい老芝さん。どうしましたか? 何か不明なこととかありましたか?」
「いえ。オムライスの中身、ケチャップライスじゃなくてドライカレーにしてもいいですか?」
「駄目です」
桃子の質問は一言で切り捨てられてしまった。
しょぼくれ顔の桃子に対し、桃子と同じくエプロン姿の日葵と茉莉子が苦笑する。
調理実習の班分けは、男子のグループが二つ、女子三人組で一つの計3グループだ。
男子は料理経験をした子が少ないのか、隣のテーブルでは包丁の持ち方がどうこうというレベルで侃々諤々と話し合っている。不安だが、そこは先生がしっかり見ていてくれるのだろう。
女子グループに関しては、日葵は少々ぎこちないところがあるものの、それでも包丁の持ち方は問題なさそうだ。隣の男子グループと比べれば、問題ない点数と言えよう。
桃子に至っては、在学中はお料理研究部に入るほどだったし、カレーに限っては別なことをしながらも無意識で材料の下拵えを進められるレベルなので、全く問題はないだろう。
むしろ、子供の授業である以上は、実は成人している桃子は今回あまり手を出さず、子供たちのサポートに回ったほうが良さそうだ。
「それにしても桃子ちゃん、そんなにカレー食べたかったの? 桃子ちゃんがカレー大好きなのはもうみんなも知ってることだけど、ケチャップライスも美味しいよ? ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「あ、違うの違うの。ケチャップライスはもちろん美味しいと思うよ。ただ、それはそれとして、カレーをねじ込むチャンスかなって」
「なんでねじ込もうとするの」
登山家に対し「何故山を登るのか」と聞いたところ、「そこに山があるから」という返事が返ってきたという有名なエピソードがある。桃子としては、まさにそれと同じだった。
料理の機会があるなら、そこにカレーをねじ込みたい。皆にもカレーを食べさせたい。自分もカレーを食べたい。そこには純粋な、カレー愛しかない。
しかしどうやら桃子の純粋すぎるカレー愛は、残念ながらまだまだ周囲の賛同を得るのは難しいようである。
「隙があれば。カレーを作ろうとするのは。さすが桃子って感じがしたぞ。桃子の前世。カレーだったんじゃないか」
「ヘノちゃん……」
後ほど、その様子を見ていたヘノが慰めてくれたのだが、ほめ言葉として受け止めていいのかどうなのか微妙過ぎて、なんだか変な空気になってしまうのだった。
【とある女学園の図書室にて】
「先輩にはあの巾着は渡しておきましたから、ヘノ先輩も今頃は長崎だと思いますよ」
「ふふふ。それなら、一安心なのですよ」
「でも、一応確認していいですか? 長崎の事件は魔石が見つかって解決したことは話しましたよね? なんで今になって、ヘノ先輩が必要だと思ったんです?」
「ヘノさんは、くいしんぼ、ですからね」
「……くいしんぼ妖精。先輩が調べてる七不思議のひとつですよね」
「りりたんも気になって、魔法協会の伝手でももたんの案件を調べてみたのですけれど、クリスティーナは馬鹿なことをしましたね。長く語り継がれていた怪異の調査に、ももたんを向かわせるなんて。一番問題がこじれる人選ですよ」
「あー……やっぱり、そういうことですか」
「ふふふ。とっても長い歴史のある小学校です。これまでに何百、何千もの子供たちが七不思議を信じてきたことでしょう。土地に定着した想いの力はどれほどでしょうか。ももたんはそこで、どれだけの『ソウゾウ』で力を与えてしまったのでしょうね」
「少なくとも、くいしんぼ妖精という名前を聞いてヘノ先輩を想像したのは間違いないでしょうね」
「その通りですよ。なので、ももたんの元に足りていなかった七不思議のパーツを送り込んだ、といった所です。ももたんの【創造】に関してはりりたんも責任の一端がありますから、せめてもの協力ですよ」
「でも。七不思議のパーツが揃ったら、どうなっちゃうんですか?」
「ふふふ。どうなっちゃうんでしょうかね。ももたんの小学生生活がどうなってしまうのか、楽しみになってきましたよ」
「私は不安なんですけど……」