ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子は。今日は。どんなカレーをつくるんだ?」
「お、ヘノちゃんも興味ある? 今日は奈々さんが体調悪そうだったから、キーマカレー雑炊にしようかと思ってるよ」
放課後のサッカー観戦を途中で抜けたあと、桃子はアパートにランドセルを置いてから、地域のスーパーへと買い物にやって来ていた。
手に持つトートバッグには、つい先ほど購入したばかりのカレールーの買い足しに加えて、桃の缶詰、それにジャガイモと挽き肉が入っている。
いつものカレーの材料にも見えるが、この日は昨日憔悴しきっていた老芝奈々のために、食べやすい雑炊にする予定である。
「ぞうすいか。わかんないけど。美味しいのか?」
「うん。くたくたにお米を煮込んで、消化に良くて、胃に優しくしたもの、かな? あとはこっちの桃缶は食後のデザートね」
「缶詰。カレーにはいれないのか? もったいないな」
「実はね、桃缶ってそのまま食べても美味しいんだよ」
スーパーからアパートへの帰り道。人通りもまばらな道を、ヘノと話をしながら歩いていく。
時刻は夕方5時少し前といった頃だろうか。まだ日没までは1時間半はあるけれど、日は傾き始め、空も暖かな橙色へと染まり始めている。
所々ひび割れ、隙間から雑草が伸びるアスファルトには、夕方の日差しを浴びた桃子の影が伸びていた。
そんな道を歩いていると、ヘノが突然に巾着の中から飛び出して、桃子の頭上を舞う。
「ちょ、ヘノちゃん?! 突然、どうしたの?」
「……桃子。今から。学校に行くぞ」
ヘノは、何かを探すように高所から一点を見つめている。それは、アパートとは逆方向。七守小学校のある方向だ。
そして唐突に、学校へ向かうと言い出した。
「ふぇ? もう夕方だよ? いきなりどうしたのヘノちゃん」
「なんだか。美味しいものに。呼ばれてる気がするぞ。桃子が通ってる。旧校舎っていう建物だ」
「へっ、美味しいもの!?」
そして、ヘノは言うが早いか桃子を先導するように学校の方向へと飛んでいく。
周囲に人目こそないが、それでもまだ日の出ている時間の街並みを妖精が飛んでいて騒ぎにならないわけがない。
「ヘノちゃん? わ、待ってヘノちゃん、私も行くから、行くからっ! とりあえず、巾着に入ろう!」
桃子は慌ててヘノを追いかける。巾着に戻るように声をかける。
しかし、今度は桃子が懐に入れていたスマートホンが鳴り出した。設定していた着信音からして、これは奈々からの着信だ。
それに気づくとヘノも止まってくれたようなので、桃子も足をとめて着信に応答することにした。
「はい、もしもし桃子です」
『なっ、奈々ですっ。桃子さん、今どちらにいらっしゃいますかっ』
電話口の相手は、設定された着信音の通りで、奈々である。
昨日は憔悴しきっており、今朝は起きてくる元気もなかった奈々だけれど、電話口の奈々は疲れているというよりも、何だか追い詰められているような、焦ったような声に思える。
「えーと、今ちょっと、旧校舎に向かってます。ヘノちゃんが、何か気になるみたいで。もしかして急いで帰った方が良かったですか?」
『ふぐ……やっぱり、そうなんですね……いえ、単刀直入に言います! 旧校舎にて、茉莉子さんが……名波茉莉子さんが、姿を、消しました』
「……え?」
そして、電話口から聞こえた言葉の意味が、桃子には一瞬分からなかった。
茉莉子が姿を消した。その言葉に、桃子の頭の中ではいくつかの言葉が駆け巡る。事故。事件。誘拐。遭難。
あの少女は気弱で、暴漢に襲われたら声を上げられないかもしれない。運動が苦手なはずだから、車を避けられないかもしれない。山で迷子になったのかもしれない。
しかし「旧校舎にて」という情報が、そのどれもが違うだろうということを指している。桃子も、それは頭の片隅で分かっている。
『桃子さん、すぐに……すぐに旧校舎へ来てください! 今、桃子さんの力が必要なんです!』
「……わかりました、すぐ向かいます!」
時刻は、夕方の五時。
何故。まさか。どうして。
それらの言葉が口をついて出そうになるが、桃子の頭のなかの冷静な部分が自分に言い聞かせる。まずは、旧校舎だ。
桃子のなかのスイッチがカチリと切り替わる。
「聞こえてたぞ。あの。気弱なのが。いなくなったのか」
「ヘノちゃん、ごめん。力を貸して欲しい。いったい何があったのかは、私にもよくわからないけど……」
「もちろん。そいつを助けにいくぞ。お腹がペコペコだから。早く行って。すぐに助けて。夜ご飯食べるぞ」
4時44分の昇降口。
それは「その時間に昇降口を通ると異世界に迷い込み、その存在を忘れられてしまう」という内容で、現在伝わっている七不思議の中では一番危険度の高い内容の七不思議だ。
しかし、今は桃子だけではない。神秘の存在、魔力を本体とする魔法生物であるヘノがそばにいてくれる。
人間だけでは対抗手立てのない怪異が相手だとしても、ヘノが力を貸してくれるならば手立てはあるはずだ。
桃子はヘノと共に、オレンジ色の陽に照らされた旧校舎へと向かい、全速力で駆けて行く。
「なんだか。確かに。建物の様子が。おかしいな」
「はぁ、はぁ……奈々さん……!?」
走ること数分ほど。息を切らせて桃子が旧校舎前へとやってくると、その昇降口の前には幾人かの人影があった。
太陽も傾き、雑木林に囲まれた旧校舎の周囲はすでに薄暗く、近づいてみないとそれが誰だか分からない。
桃子が近づいて確認してみると、それは全員が見知った顔であった。桃子のクラスの担任教師と、この学校の用務員のお爺さん、学校の校長先生の男性が三人。
そして、それとは別に、二人。地面にへたり込むように泣き崩れる老芝奈々と、それを抱きしめるようにして慰めている年配の女性の姿があったが、その顔には見覚えがある。先日会ったばかりの茉莉子の祖母だ。
「あの、奈々さん……?」
桃子が近づいてそちらへ声をかける。奈々より先に校長先生が気付き、奈々の肩を軽く揺すって桃子の訪れを彼女に知らせてくれた。
「あ、ああ……桃子さん、ヘノさん、ごめんなさい、私が担当で……七不思議、知ってたのに……なんの力にもなれず、茉莉子さんを、みすみす……うぅ…」
「奈々さん、大丈夫、大丈夫よ。茉莉子ちゃんは無事よ、そこまで怖い思いはしていないし、きっと無事に帰ってくるから、あなたまで泣かないで」
泣きじゃくる奈々と、それを抱きしめて慰める茉莉子の祖母。
息を切らせて走ってきたものの、桃子は状況が読み取れずに困惑していた。
担任教師たちのほうに視線を向けるも、彼らは奈々よりも、やはり行方不明になってしまった茉莉子のほうに意識が向いているのだろう。担任教師は、誰もいない昇降口に向かって何度も、何度も、茉莉子の名を呼んでいる。よく見れば彼の足元には回収されたリス太郎のケージも置かれていた。
彼らが校舎中に入らないのは、怪異による二次被害を防ぐためだろう。この現場はいま、ギルド及び魔法協会の指揮下だ。一般人は行動を制限される。
「奈々さん。桃子ちゃんには、私のほうから説明させてもらうわね?」
「で、でも……べ……名波さんが、桃子ちゃんにそれを話すわけには……!」
「大丈夫よ。私、これでも物書きだもの。きちんと説明できるところだけを説明するわ」
茉莉子の祖母と、奈々の間では桃子にはわからないやり取りが交わされている。
奈々が立ち上がれないほどに泣きじゃくり、行方不明になった少女の身内である祖母のほうが気丈に振る舞っていて、桃子は心のなかで、流石年の功だな……と、自分でも不思議なくらい冷静にその状況を観察していた。
しかし、桃子としては説明が欲しい。茉莉子の祖母でも、奈々でもいい。とにかく現状を知りたかった。
桃子の肩に乗るヘノも、すでにこの状況で姿を隠すつもりは無いようだ。堂々と姿を現わし、チラチラと昇降口のほうを覗き見ている。
茉莉子の祖母は、ヘノの姿に一瞬だけ目を丸くして、驚いたように動きを止めるが。しかしすぐに、ふっと優しく笑顔を浮かべる。
「ごめんなさいね、桃子ちゃん」
「いえ、ええと……茉莉子ちゃんが、昇降口で消えてしまったと、伺いました」
「ええ。そうなのだけれど……さて、困ったわ。何から話せばいいかしら。まず結論から言うと、茉莉子ちゃんを連れ戻すために、桃子ちゃんと、その妖精さん……ペコちゃんの、力を借りたいの」
「ペコじゃないぞ。ヘノだぞ。お腹はペコペコだけどな」
「え? ……あ、あら、そうなの? ああ、いえ、ごめんなさい、私ったらもう歳かしら、聞き間違えちゃったのねえ。と、とにかく、あなたの力が必要なのよ。順を追って話すわね――」
説明によれば、茉莉子の消失に気付いたのは日葵だった。そして直後に旧校舎の戸締りにやってきた用務員と担任教師の二人も協力して旧校舎の中を探し回ったというが、残念ながら旧校舎内に茉莉子の姿は見当たらない。
茉莉子が消えたという時刻が4時44分ということもあり、担任教師が七不思議事件の担当である奈々へと連絡し、奈々と共にいた茉莉子の祖母も一緒に、旧校舎へとつい先ほどやってきたという。
いま、この周囲にいるのは事情を知る用務員と担当教師、そして責任者たる校長だけだ。魔法協会やダンジョンギルドからもそのうち人員が到着するはずだが、もうしばらくはかかるらしい。
最初に事件に遭遇した日葵はパニック状態に陥っていたため、魔石を使用した奈々の精神魔法スキルにて強制的に眠らせ、今は本校舎の保健室で保険教諭が見ているとのことである。
奈々の魔法は人の精神に作用する魔法。ダンジョンで魔物相手にはほとんど使えない魔法が、地上で人間相手に使う分にはとても有用なため、魔法協会に勧誘されたのだそうだ。
「でも……だって、なんで茉莉子ちゃんが……? 魔石はもう、無い筈なのに……」
「桃子さん、ごめんなさい……まず、謝らせてちょうだい」
「お婆さん……? それに、奈々さんまで」
しかし、狼狽する桃子に対し、茉莉子の祖母が頭を下げた。
そして同じく、泣きじゃくっていた奈々もどうにか立ち上がり、桃子へと深く頭をさげる。彼女もどうやら立ち直り、魔法協会の担当職員としての役目を思い出したようである。
「私はね、この先に起こる出来事を知っていたのよ。茉莉子ちゃんが事件に巻き込まれることも分かったうえで、未来を変えないために、それを防ぐことをしなかったの」
「ふぇ……?」
桃子は、茉莉子の祖母の話が唐突すぎて、つい、呆けてしまう。
しかし桃子の理解を待たずに、奈々が説明を重ねる。
「桃子さん……詳しく説明は出来ませんが、とある事情によりこの名波さんは、この出来事を予見しておりました。桃子さんとヘノさんが、茉莉子さんを救出しに行く未来も知っています」
そして、奈々は数秒ほどいい淀み。そして、続ける。
「……そして、その茉莉子さんが救出される未来が変わらないように、桃子さんには情報を……秘匿してました。申し訳ありませんっ!」
「え? 未来……予見……って」
未来を知る力。
桃子はそれに近しいものに心当たりがある。
深援隊のメンバーであるオウカの持つ【天啓】はまさに、これから起こりうる出来事を予知し、それを伝えてくれる未来予知のスキルである。ならば、それとは別種の未来予知の力があったとて、不思議ではない。
日曜日にこの目の前の女性に伝えられた「茉莉子をお願い」という頼みも。あの時からすでに茉莉子が危機に陥ることを知っていたというのならば、説明がつく。
そして同時に思い出す。桃子は名波家で出会ったモチャゴン像にも茉莉子のことを託されているのだ。彼女が笑顔でお家に帰れるように、と。今思えばそれはまさに、茉莉子が行方不明になることを知った上での言葉のようにも思える。
けれど。あのモチャゴンと交わした幾つかの言葉は、未来予知とは致命的に何かが違っていたように思える。どうしても、そこに違和感を覚えずにはいられない。
しかし、桃子はそれ以上、思考に割く余裕などないことを思い出す。
どのような力であろうと、予知であろうと、なかろうと。茉莉子の祖母が、愛する孫を助けるために判断したことならば、桃子はそれを信じるしかないのだから。
「だからお願い、桃子ちゃん。何も聞かずに、いまは力を貸してくれないかしら。私は茉莉子ちゃんの無事を知っているし、きっと帰ってくると信じている。でもそのためには、貴女の力が必要なの」
「私の独断ですが……魔法協会からも、笹川桃子さんに正式に依頼いたします! どうか……どうか、名波茉莉子さんの救出に力を貸してください……! 必要な情報を伝えず、都合のいいことばかり言っていることは承知していますが……」
「……わかりました。あの、奈々さん、私こそごめんなさい」
「え……」
桃子は、何度も桃子に頭を下げ続ける奈々に向かって、自分もぺこりと頭を下げて謝罪する。
昨日の夜。桃子は、奈々が顔を真っ青にして、倒れそうなほどに憔悴している現場を目撃しているのだ。今の話を聞いた後ならば、その原因など簡単に想像がつくではないか。
「奈々さんが昨日からあんなに憔悴してたのって、茉莉子ちゃんが巻き込まれることを知っちゃったからなんですよね。でも、事前に私がそれを知ったら未来を変えちゃうから、事件が起きたこの時まで内緒にせざるを得なかった」
恐らく、奈々の言っていた「知ってはならないこと」とはこのことだったのだろう。
それなのに。奈々が苦しんでいるその真っ只中に、今日の桃子は呑気にダンスを踊り、調理実習を楽しみ、サッカーを観戦し、あとはカレーのことばかりを考えていたのだ。桃子こそ、奈々に申し訳なく思う。
桃子は、そっと奈々の手に触れる。
「奈々さんは、茉莉子ちゃんの未来を変えるわけにいかないから。そのために茉莉子ちゃんを一度は見捨てないといけなくて、それが辛くて、あんなに苦しんでたのかな……って、ようやく合点がいきました」
「も、桃子さん……うぅ……わ、私は……ぐす……」
桃子と奈々は、互いに謝罪をし。相手を思いやり。互いに相手の身体に手をまわして涙ながらの抱擁を――することもなく。二人のやり取りを断ち切るように、横からヘノがインしてきた。
「おい。怪異担当。泣いてないで。話を進めろ。とりあえず。ヘノたちが中に入って。解決すればいいんだな?」
「は、はい! そ、そうですっ、そういうことですっ」
役割のために生まれた疑似の姉妹が、今ようやく互いの気持ちを涙ながらに理解し合う感動シーンではあったのだけれど、ヘノにとってはどうでもいいことだったようである。
ツヨマージを構えて、さっさとしろ、と言わんばかりに奈々を急かしている。怪異を前に説明が長かったので、気が立っているのかもしれない。
桃子はそんなヘノに苦笑を浮かべるが、すぐに真面目になり、旧校舎を見据える。
雑木林の中にぽっかりと口を開くその昇降口は、まるで、一つのダンジョンのように思えた。
【いっぽうその頃】
「だ、大丈夫……わ、私、がいるからね」
「茉莉子ちゃんがいてよかったよぉ、校舎の中、誰もいないし、怖くて……」
「うん。私、紅子ちゃんよりも……お姉さんだから……大丈夫だよ、紅子ちゃん」
「モチャゴンもいるモチャよ! 茉莉子ちゃんも、紅子ちゃんも、モチャゴンが守るモチャ!」
「うん……頼りに、してるね?」
「モチャゴンって、なんか思ったよりおっきいんだね。そんなに可愛くない」
「モチャ?!」