ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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トイレの花子さんと、魔女の助言

 照明のついた旧校舎の昇降口には、誰もいない。

 

 ここは古い校舎だけれど、昇降口と廊下、そして六年一組の教室に関しては最新のLED照明が取り付けられている。古い怪談映画のように、先の見えない真っ暗な廊下が続いているなどということはない。

 だがしかし、すでに日の落ちた無人の学校というものは、いかにLEDで明るく照らされていたとしても。それはそれで、シンとした恐ろし気な雰囲気があるものだ。

 

 桃子とヘノの二人は、奈々と、そして茉莉子の祖母から話を聞いた後、手荷物もそのままに昇降口へと乗り込んだ。けれど、先ほど奈々の話にあった通りで、パッと見では特に異変という異変は感じられない。

 少なくとも、桃子には何の変哲もない昇降口と、その先には無人の廊下が伸びているだけにしか見えない。

 念のため六年一組の靴箱を確認してみるが、茉莉子のローファーだけが残っている。茉莉子が上履きのまま外へ出たので無い限り、彼女は未だこの校舎内のどこかにいるということだ。

 

「ところで桃子。あの女。50年前にもどうのこうのって。言ってたけど。なんの話だったんだ?」

 

「ええ?! ヘノちゃん聞いてなかったの? ええと、この旧校舎って、50年前にも同じように子供がいなくなっちゃったんだよ」

 

「そうなのか。それは。残念だったな」

 

「いやいや……50年前の女の子は、数時間後には昇降口からひょこり帰ってきたんだよ。茉莉子ちゃんのお婆ちゃんがね、実はその時代にここに通ってて、その子のことも知ってたみたい」

 

 先ほど、校舎に乗り込む前に聞かされた話は、まさに青天の霹靂であった。

 茉莉子の祖母は、結婚をしてから東京へと移り住んでいたのだが、しかし出身はこの土地であり、まさに50年前の七不思議事件についても知っているのだという。

 奈々にそこまで関係者全員を調査する時間がなかったのか、茉莉子の祖母が自分の情報をそれだけ巧妙に伏せていたのかは分からないが、とにかく土壇場で前回の七不思議事件についての情報を得ることが出来た。

 

 前回の七不思議事件で行方不明になったのは、一人の女の子。

 だがしかし、その少女は姿を晦ませてから数時間後には、無傷で戻ってきたというのである。

 

「なんだ。自分で帰ってきたのか。じゃあ。そんなに慌てる話じゃないのかもな」

 

「まあ、そうとも言えるんだけど……」

 

 過去がそうだとしても、現在もそうだとは限らない。

 そして何より、50年前の少女の時代と違い、今の七不思議には「異世界に迷い込み、その存在を忘れられてしまう」などという言い伝えが加わっているのだ。

 その少女が七不思議に巻き込まれて、何を見て来たのか。その時代の人々が誰を忘れ去ってしまったのか。

 それを考えると、桃子はとてもではないが、安心できる話とは思えないのだった。

 

 

 

 

「ところで。桃子。どうやって。あの気弱なのを。連れて帰るんだ? どこにもいないんだろ?」

 

「うん、問題はそれなんだよね。ヘノちゃんにも見つけられないとなると、実はどうしようもなくてさ。とりあえず昇降口には何もなさそうだし、校舎の奥に行ってみようか」

 

 ヘノと話しながら昇降口周りを見て回っていたが、しかし何の収穫もなし。

 茉莉子を助ける、と意気込んだはいいものの、そもそも七不思議によって異空間に連れていかれた存在を、どうすれば助けられるのかもさっぱり思いつかない。

 茉莉子の祖母の言う「未来で起こること」が確かならば、どうにかして桃子はその異空間へと足を運べるのだろうが、未来が変わったら困るという理由で情報を一切伝えられないというのだからどうしようもない。

 未来予知とは難儀なものだと桃子は思う。

 

 なんにせよ、昇降口を調べて何もない以上は、奥へ進むしかないだろう。

 しかし、何の変化もなかったわけではない。律儀に桃子は六年一組に割り当てられた靴箱で外履きから上履きに履き替えるが、ヘノがツヨマージを構え、何もない虚空を睨みつけたのはその矢先だ。

 

「……変だな。気をつけろ。桃子」

 

「え、気を付ける……けど、ヘノちゃんは何かわかる? 見た所、何もないけど」

 

 ヘノは、目の前の虚空を睨みつけているように見えるが、桃子には何も見えないし、聞こえもしない。

 ならば、ただの人間には感じ取れないような、魔力のような何かが関連しているのだろう。

 桃子はヘノの横に並び、ゆっくりと足を進める。手には魔法協会から支給された魔石を握る。それを握力で砕けば、周囲に桃子でも使用可能な魔力が拡散されるはずだ。いざという時は、桃子もその魔力をつかって身を守らねばならない。

 

「なんだか。ここから先の空間が。変な感じになってるんだ。でも。いい匂いもするな」

 

「そういえばヘノちゃんさっきから、美味しいものがどうとか言ってたね。それも七不思議なのかな……?」

 

 桃子は、ヘノが先ほどから呟いていた言葉を思い出す。敵の気配などの不穏なものではなく、ヘノは先ほどから「美味しいもの」と言っていた。

 美味しそうなものに関わりそうな七不思議といえば、まさに「くいしんぼ妖精」の七不思議だけれど、同じ妖精同士、ヘノには何かしら通じるものがあるのかもしれない。

 

 ならば。その良い匂いを辿って進んでみてはどうかと思いつき、桃子はすぐ横を飛んでいるヘノに視線を向ける――が。

 

 

 

「え? あれ? ヘノちゃん? ……ヘノちゃん?」

 

 

 いない。

 

 そこに、たった今まで。いい匂いがすると言っていた、ヘノの姿が忽然と消えている。

 後ろを見ても、無人の昇降口だ。そこから外に出れば恐らくまだ奈々たちが待機しているのだろうが、しかしヘノが発する薄緑色の魔力光は見当たらない。

 

「……ヘノちゃん! ヘノちゃん! いたら返事して! いなくても返事して!」

 

 桃子は、血の気が引いていくのがわかった。

 何があっても、ヘノと一緒ならば大丈夫と。暗示のように自分に言い聞かせてきたのだ。大妖怪を前にしたときも、水の底に潜るときも、呪いの蛇に挑むときも、ヘノは心の支えだった。

 そのヘノが消えてしまったら、桃子には何も支えがなくなってしまう。

 

「嘘……ど、どうしよう……ヘノちゃんまで昇降口で消えちゃった……」

 

 唐突に訪れた孤独感に、心臓がバクバクと鼓動を早める。

 外に出れば、奈々や茉莉子の祖母がいるだろう。桃子も孤独ではなくなるだろう。だけれど、それは多分、駄目だという確信がある。

 ヘノは、昇降口で消えた。つまり、茉莉子と同じ世界へと入ったのだ。ヘノが居なくなったのではなく、自分だけが七不思議に呼ばれなかったのだ。

 

 静かな廊下、無人の校舎が桃子の恐怖心を増加させる。横に並ぶ木の扉の向こうから。廊下の先の薄影から。得体の知れない怖いものが、人を襲う悪しき影が、今にも飛び出てくるのではないかと、ついつい考えてしまう。

 しかし、茉莉子やヘノを助けるためには、自分もあちらの世界へと行かなくてはいけない。怖がっている場合ではないのだ。

 

 桃子は考える。

 考えて。

 考えて。

 

 自分がどれだけ考えても、何も思いつかないという現実を、受け入れた。

 

 

 

 

 

『はい、もしもし。本来なら着信は受け付けないスタンスなのですが、今日だけですよ? ももたん』

 

 無人の廊下に、スマートフォンの向こうから聞こえる少女の声が響く。

 桃子が出した結論。それは、他者に頼る、ということだ。

 

「りりたん……ごめん。私だけじゃ、どうしようもなくなっちゃったの。お願い、りりたん、助けてほしい」

 

『ふふふ。いいですよ。他ならぬ、ももたんのためですからね。力になりますよ』

 

 半ば賭けのようなものだった。

 

 りりたんは気まぐれで、桃子からの通話にはほぼ出てくれない。というか、他者からの着信を全て拒否している節がある。

 だから、今回も無理かと思っていたけれど、電話口からはいつもの余裕のある少女の声が響く。

 無人の、無音の廊下で。桃子は電話口から聞こえるりりたんの優しい声に、涙が零れそうになる。

 

「うん。実は、クラスメイトの女の子が七不思議に巻き込まれて――」

 

 

 

 

 りりたんは、ある程度は事情を把握しているはずである。

 柚花が定期的に桃子の状況を話しているはずだし、そもそもヘノが長崎へと訪れるための紅珠も、りりたんが提供してくれたものなのだ。

 なので、桃子は今日の夕方以降に起きたことだけを、一つ一つ、りりたんに説明していく。

 クラスメイトの茉莉子という少女が消えたこと。そして、ヘノまでもが消えてしまったこと。

 

 自分だけが、七不思議の世界に入れないこと。

 

『恐らくですけれど、その茉莉子さんは、七不思議に近づきすぎたのでしょうね。きっかけが魔石によるまやかしだったとしても、怪異を信じる想いそのものが鍵になることもありますからね』

 

「近づきすぎたって……そういうものなの?」

 

 茉莉子は、日葵とともに火の玉を目撃している。ピアノの音を演奏していたのは茉莉子だった。桃子の【隠遁】が花子さん騒ぎになりかけたが、茉莉子はその時の目撃者だ。

 モチャゴンは彼女の家にいた。くいしんぼ妖精は、もしかしたらヘノが近づきすぎたとか、そういうことなのだろうか。不思議な本棚は、残念ながら何がきっかけとなり得たのか桃子には分からない。

 そして最後に、4時44分に昇降口を利用した。

 

 あまりにも漠然としすぎていて、そんなことで巻き込まれるなんて、と。桃子は頭のなかで否定したくなるが、しかし事実巻き込まれている以上、否定しても仕方がない。

 

『なので、対処法も実に簡単なものなのですが。その前にももたん、今回の七不思議が唐突に息を吹き返したカラクリ、知りたいですか?』

 

「カラクリ……? えと、何か理由があるの?」

 

『ええ。シンプルな話なのですが、ももたん。あなたは七不思議の話を聞いて、色々とソウゾウしてましたよね? リスの前で、魔石の魔力を浴びている状態で』

 

 りりたんの言葉に、桃子は冷水を浴びせられたような気持ちになる。一気に肝が冷え、先ほどとは別種の緊張が臓腑から湧き上がってくる。

 

 想像――いや、【創造】したのだ。他ならぬ、自分が。

 

 日葵から七不思議の話を聞いたのは、リス太郎のケージの前だった。他にも、連日のように七不思議について考えていた。

 その時にもし桃子の【創造】が発動しており、旧校舎で長年積み重なってきた七不思議への想いに力を与えてしまったとしたら……。

 

 七不思議に、現実に影響するほどの力を与えたのは、桃子自身ということになる。

 

「そんな……そんな……それじゃあ、茉莉子ちゃんが巻き込まれたのは……全部、私が……」

 

『ふふふ。安心してください。ももたんはナイスアシストだったのですよ。むしろ、それで事態は好転しましたから』

 

 血の気が引く思いで桃子はりりたんの言葉を聞き、それを脳内でどうにか吟味する。

 事態は好転した。りりたんはそのように言っているが、意味がわからなかった。

 恐ろしい七不思議に力を与えてしまったのは桃子本人なのだ。桃子のせいで茉莉子が巻き込まれたのであって、茉莉子の安全に繋がる要素など、今の話にはなかったはずだ。

 

『だって、ももたん。他ならぬあなたが、子供たちを危険に陥れる七不思議なんて、想像するわけないでしょう?』

 

「え……」

 

『おおかた、火の玉がダンスしている姿やら、ヘノさんがカレーをたらふく食べている姿やら、それはもう安全で、愉快で、くだらない姿を想像したのではないですか?』

 

「ぎくっ」

 

 りりたんはどうやらエスパーの素質もあるようだ。

 桃子は図星をつかれ、それまでのシリアスな脳みそが一気に融解し、脳内のミニ桃子たちが正しいテンションを維持できずにパニックに陥る。

 確かに桃子は、火の玉がリズムにのってアクロバティックにダンスする姿を想像していたし、なんならピアノも一緒にダンスしていた気がする。

 

『ふふふ。七不思議以外の邪念が混ざっていない保証もありませんが、こと七不思議に関しては。ももたんの【創造】を通して力を得た以上、それは安全なのですよ。まあ、結果としてヘノさんも七不思議の一部として呼ばれてしまったようですが』

 

「私が、食いしん坊のヘノちゃんを七不思議としてソウゾウしてたから……っていうこと、だよね?」

 

『そういうことです。今ごろ、給食室で美味しいものでも食べているのではありませんか?』

 

 美味しいものに呼ばれているとヘノは言っていた。先ほどはいつにも増して、空腹感を強く訴えていた。

 今思えば、もしかしたらヘノは必要なメンバーとして学校に呼ばれていたのかもしれない。そして今ごろ、給食室で美味しいものに舌鼓をうっているのかもしれない。

 何故ならば、桃子はヘノのその姿を、七不思議のひとつ『くいしんぼ妖精』としてソウゾウしていたのだから。

 

「うわ、いや、でも……とりあえず、私もそこに行きたいんだけど、りりたん、やり方を知ってるなら教えて……!」

 

『ふふふ。簡単なことですよ。ももたん自身が、七不思議になることです。どの七不思議になるかなんて、説明不要ですよね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は花子さん、私は花子さん! お願い、私を【隠遁】状態にしてね……!」

 

 桃子は女子トイレの一番奥の個室に入り、手に持っていた魔石を握りしめて、砕く。

 トイレの小さな個室内に大量の魔力が溢れだし、それは桃子の【隠遁】を。【創造】を。そして他の様々なスキルを発動させる。

 その状態で、桃子は必死に祈る。ソウゾウする。

 自分は花子さんだ、自分は花子さんだ、と己に言い聞かせる。

 

「誰か、きた……?」

 

 すると、個室の外。女子トイレの床を、誰かが踏みしめる音が聞こえてくる。

 誰もいなかったはずの静かな校舎で、扉の向こうを誰かが歩いている。近づいてきている。これは、想像以上に怖い。

 けれど、桃子の予想が正しければ、これは茉莉子の足音に違いない。七不思議の空間に飲まれてしまった茉莉子が、事情は分からないが七不思議を求めて女子トイレまで足を運んだのだろう。

 

 ノックの音が、三回響く。

 桃子は意を決して、扉をガチャリと開け放ち、先手必勝で言ってのける。暗い雰囲気を吹き飛ばすべく、大きな声で、元気よく叫ぶ。

 

 

 

「こんにちはっ! 私、花子さんだよっ!」

 

 

 

「ぎゃあ! お化けモチャー!! 本当にトイレの花子さんが出てきたモチャー!!!」

 

 

 

 茉莉子じゃなかった。

 

 なんか、変なのがいた。

 

 

 

 桃子の目の前には、体長が1メートルを超えているであろう白くて巨大な真ん丸の何か。

 いや、丸いだけではない。饅頭のような丸い胴体からは、よく見れば恐竜のような手足と尻尾が生えていた。

 その謎の生き物が、突然扉から現れた桃子の姿に尻餅をつき、慌てふためいている。

 

 

 それは、そう。モチャゴンだ。

 

 

 なんか、やたらにでかいモチャゴンだ。

 

 

「え?! ちょ、えっ?! な、なんでモチャゴンが女子トイレにいるの?! あとでっかくない?!」

 

「ごめんモチャー!! 許してモチャ―!!」

 

「ま、待ってー!!」

 

 泡を食ったように、脱兎のような勢いで女子トイレから逃げ出すモチャゴンを、訳も分からないままに追いかけることになった桃子――いや、花子さんを名乗る謎の少女なのだった。

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