ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子が女子トイレに隠れ、トイレの花子さんになりきるよりも時を遡り。
時計の針が、夕方の4時44分を指し示した、その時のこと。
「え……日葵ちゃん?」
日葵と会話を交わしながら、昇降口で上履きを脱ごうとしていた少女――名波茉莉子が顔をあげると、直前までそこにいた筈の友人である夏野日葵の姿が消えていた。
否。日葵の姿が消えたというのは、恐らく説明としては間違っている。
茉莉子が顔をあげると、そこはそもそも昇降口ではない、見知らぬ廊下だったのだ。
「うそ……」
幻でも見ているのではないか。夢でも見ているのではないか。現実感を伴わないその状況に、茉莉子は慌てて身の回りを確認する。
ランドセルは背負っている。脱ごうとした上履きも、履いたままだ。幻ではなく、重さも、感触も確かに存在している。
見える景色はどうか。いま自分が立っている廊下には、残念ながら見覚えはない。
木造の床も、壁も、天井も。そこが新学期から毎日通っている旧校舎の廊下だということは間違いないのだろう。けれど、旧校舎の廊下など、そこまで長いものではない。
少なくとも、今自分が見ているような、先が見えないほどに長い廊下など、旧校舎にはあるわけがない。
「嘘、だって……桃子ちゃんが解決してくれたはずじゃ……」
七不思議。
茉莉子の脳裏には、その言葉がすぐに浮かんでくる。
いま自分が昇降口を利用していたのは、何時何分だったのか。4時44分だったのではないか。本当に、七不思議の通りに、異世界に迷い込んでしまったのではないか。
その考えをどれだけ否定したくとも、この異次元のように続く廊下の景色が、否応なくこれが異世界なのだと思い知らされる。
廊下に並ぶ窓の外には、何もない。ぼんやりと青いような、水色のような、不思議な色合いが広がっていた。暗い闇というわけではないが、しかしそこには何もない空間が広がっている。
「リス太郎……いない……」
足が竦む。
いつもの見慣れた廊下ならば、視界のどこかにはリス太郎のケージがあり、そこには小さなリスが過ごしているはずなのだが、しかし目の前の廊下には何も置かれていない。
茉莉子は、ジワジワと増してくる恐怖に、その場から動くことも出来ず。足も震え。
込み上げてくる吐き気でその場に立っていられず、しゃがみ込む。涙が込み上げてくる。不安。恐怖。絶望感。
しかし、そんな折。
どこからか、その声が届いた。
「ねえ! 誰かー! ねえ、誰かーっ!」
どこからか響いてきたのは、子供の声だ。
自分以外に誰もいないと思っていたこの恐ろしい空間に、他にも誰かいる。それが希望となり、茉莉子の気力が湧き出てくる。
「……誰か、いるの?」
小さく、廊下に向かって声をあげる。だがしかし、茉莉子の小さな声はすぐに廊下の静寂に溶けて消えていく。
それでもなお、茉莉子の声に気付かないままに、少女の声は遠くから聞こえてくる。
「先生ー! 嫌だよう、誰かーっ!」
次は、声の聞こえてくる方向が分かった。廊下の先に見える、階段の上から聞こえて来た。
茉莉子は恐る恐る、異空間の廊下を進み、そこから上下に伸びる階段の上階を見上げる。ここは一階なのかと思っていたが、下にも階段が伸びているのをみると、そういう訳でもないようだ。
階段の上へ向けて、茉莉子は声をあげる。クラスメイトの日葵のように、桃子のように。大きく、声を張り上げる。
「こ……こっち! こっちに、いるよ!」
無人の廊下に自分の声が反響し、これが何か良からぬものを呼び寄せてしまうのではないかと茉莉子が不安を感じていると、しかしすぐに階段の上のほうから、どたどたという足音が聞こえてくる。
恐らく、先ほどの声の主だろう。もしこれが何か、お化けの類の足音だったら……と茉莉子は今更ながら悪い想像に身構えるが、しかし茉莉子が己の想像で身を竦めるよりも早く、上階の踊り場から真っ赤なランドセルを背負った一人の少女が駆け下りて来た。
「あ……茉莉子ちゃん! 茉莉子ちゃん! 良かった、誰もいなくて、学校がおかしくなっちゃって……!」
「紅子……ちゃん?」
ランドセルを背負って駆け下りてきたのは、先日図書室で顔を合わせたことのある四年生。久世紅子だった。
紅子は茉莉子の姿を見るや否や、勢いのままに茉莉子に抱き着いてくる。左右に果てなく伸びる無人の廊下で、茉莉子は尻餅をついてしまうが、紅子はそれも気にせずに茉莉子に抱き着き、顔を押し付けてくる。
紅子の声色は元気そうで、もしかしたらこのわけのわからない校舎の中でも平気な子だったのかなとも茉莉子は一瞬考えた。けれど、抱き着いてくる紅子の手が小さく震えているのに気づく。
この下級生だって、怖いんだ、と。それに気づき、茉莉子もまた紅子の背に手をまわし、ぎゅっと抱きしめる。
「あのね、紅子ね……紙粘土で作ったモチャゴン、取りに行ったらね。階段たくさん続いてて、廊下は終わらなくて、誰もいなくて、帰れなくなっちゃって」
「うん……」
「火の玉が、追いかけてきて……逃げてたら、迷子になっちゃって……」
「ひ、火の玉……?」
紅子の説明は支離滅裂なところもあったが、どうやら紅子もこの迷路のような校舎を彷徨っていたようだ。
彼女の手には、トートバッグというには質素な、布を合わせただけの袋がぶら下がっており、その中には恐らく紙粘土で制作したのであろう、モチャゴンらしき像が入っているのが見えた。
彼女はこのモチャゴン像とともにこの迷路を彷徨い、そしてどうやら、動く火の玉に追いかけられ、それから逃げてきたらしい。
「廊下から……あ、茉莉子ちゃん! ここにもきた! 火の玉が歩いてくる!」
「……こ、こっち! 逃げよう!」
廊下の真ん中で紅子と抱き合っている状況だったけれど、紅子に言われハッと気づく。
長く続く廊下の遥か先に、オレンジ色の光が舞っている。否、舞っているというよりも、紅子の言う通りに「歩いてくる」といった方が正しいかもしれない。
いくつかの火の玉が群がり、胴体と、それから伸びる四肢のように、まるで二足歩行の棒人間のような動きを見せているのだ。
茉莉子は紅子と共に立ち上がり、火の玉から逃げるように、何処へ続くのかも分からない階段を駆け下りた。
「茉莉子ちゃん、行き止まりだよぉ!」
「……わ、私が……お姉さんだから、守るから、大丈夫!」
火の玉は、どこへ逃げても廊下の先から追いかけて来た。
階段を下りても下りても、訳の分からない広がり方をする廊下を駆けても、横に分岐する廊下に逃げ込んでも。気づけば、視線の先から火の玉はゆるりと歩いてくるのだ。
そしてとうとう、茉莉子たちは袋小路に陥り、その場にあった一つの教室に逃げ込んだ。
「ここにいても、来ちゃうよ……」
照明のついていない教室内でも、不思議なことにぼんやりとした光が、薄暗いながらも周囲を照らしている。
教室の隅に二人隠れるようにして蹲るが、しかし残念ながら、木の扉の隙間からはオレンジ色をした火の玉の光が入り込む。
そして、その火の玉で形どられた人型が、教室の扉をガタガタと鳴らす。
うまく扉を開く手足がないのかもしれない。だが、扉が開かれるのなど、時間の問題だろう。
茉莉子は、紅子をぎゅっと、強く抱きしめる。
怖い。逃げたい。泣きたい。いつもならば、強い日葵が自分を庇ってくれたことだろう。優しい桃子が、自分を抱きしめてくれたことだろう。
だけれど、今ここには、自分より小さな女の子がいるのだ。今は自分が、日葵や桃子が自分にしてくれているように、紅子を守らなければならない。
「……お願い、来ないで! 紅子ちゃんに怖いことしないで……っ!!」
茉莉子が、強く言い放つ。
紅子を抱きしめたまま、強く、強く想いを込めて、声を上げる。
その時。
目の前の床に投げ出されていた紅子の質素な鞄。そこから転げ出した紙粘土の像が、白い光を放ち始めた。
茉莉子と紅子の二人が何事かとその紙粘土の像へと目を向けると、光に包まれた像――モチャゴンが、みるみると膨れ上がっていく。
紙粘土の像は、そのまま1メートルを超える巨大な物体に膨れ上がり、茉莉子と紅子の目の前で。コミカルな、珍妙な、そしてこの恐ろしい状況を打破してくれる、明るい声をあげる。
「モチャーっ! ……あ、女の子がいるモチャねえ。キミたちがボクを生み出してくれたモチャ? ここはどこモチャ? キミたちは誰モチャ? ボクは誰モチャ?」
光が止むと、そこには、巨大な饅頭に恐竜の手足と尻尾を生やしたような、謎生物。
モチャゴンが誕生していた。
「動く石像……?」
「モチャゴン……?」
奇しくも、紅子と茉莉子がつぶやいたその言葉は、この学校に長く語り継がれていた七不思議の名称である。
令和の時代には消え去ってしまった七不思議『動く石像』が。そしていつからか、七不思議として言い伝えられている『モチャゴン』が。
紅子と茉莉子、二人の目の前にいま。七不思議のひとつであろうその存在が、爆誕したのである。
「モチャゴンって、ボクのお名前モチャ? モチャゴン、モチャゴン……うふふー、ボク、モチャゴンだモチャ! キミたちのお名前も聞かせて?」
「あの……茉莉子、です」
「べ、紅子……です」
「うふふー、茉莉子ちゃんと紅子ちゃんが、ボクを生み出してくれたモチャね! うれしいなー、うれしいなー! ところで何をしていたモチャ? かくれんぼ?」
薄暗い、謎の光で照らされた教室で。果てしなく続く謎の廊下に、延々と終わらない階段。見知らぬ教室。そのような恐ろしい環境の中で。
目の前に現れたこのモチャゴンは、とても楽しそうに、無邪気に笑い、小躍りをして、はしゃいでいた。彼が小躍りをするたびに、教室の木の床がミシミシと音を立てる。
茉莉子と紅子、二人を取り巻いていた恐怖心が、モチャゴンの前ではふわりと霧散していくのを感じる。
「あっそうだ! 廊下にね、火の玉が!」
「う、うん。火の玉が、紅子ちゃんを追いかけてきてて……」
「火の玉? こらー、火の玉! ほら、紅子ちゃんと茉莉子ちゃんを驚かせちゃだめモチャよ? 下がって下がって!」
言うが早いか、モチャゴンは扉をガラリとあけて、そこに立っていた火の玉で形どられた謎の存在を追い払う。
どうやら、紅子を執拗に追いかけてきていた火の玉生物は、言葉で言えばすんなりと引き下がってくれたようである。いや、もしかしたら同じ七不思議のひとつであるモチャゴンの言葉だからこそ、大人しく聞いてくれたのかもしれないが。
「ほーら、紅子ちゃんを怖がらせてた火の玉は、反省して離れていったモチャよ。だから、安心モチャよー?」
「よかった……うぅ、怖かったの。火の玉が、ずっと追いかけてきて……」
なんにせよ、モチャゴンが廊下に陣取っていた火の玉をあっさりと追い払ってくれた。
それを見て、茉莉子にしがみついていた紅子が、再び茉莉子のお腹に顔を押し付けるようにして、嗚咽する。
やはり、この四年生の少女も、怖かったのだ。怖くて怖くて、元気にしていないと負けてしまいそうなくらい、怖かったのだろう。
茉莉子は、いつか自分がクラスメイトにしてもらったように、紅子を抱きしめ、優しく撫で続ける。
「だ、大丈夫……わ、私、がいるからね」
「茉莉子ちゃんがいてよかったよぉ、校舎の中、誰もいないし、怖くて……」
「うん。私、紅子ちゃんよりも……お姉さんだから……大丈夫だよ、紅子ちゃん」
茉莉子は、自分がお姉さんなのだと、自分に対して言い聞かせる。
日葵や桃子に頼ってばかりだったけれど、自分は最上級学年の六年生なのだ。
目の前で、泣いている下級生がいるのなら、自分がしっかりと守ってあげなくてはいけないのだ、と。
不安と恐怖で押しつぶされかけていた心は、紅子を守らねばという責任感と、そして目の前の巨大な謎生物の持つ明るい空気のお陰で、立ち直る。
「モチャゴンもいるモチャよ! 茉莉子ちゃんも、紅子ちゃんも、モチャゴンが守るモチャ!」
「うん……頼りに、してるね?」
「モチャゴンって、なんか思ったよりおっきいんだね。そんなに可愛くない」
「モチャ?!」
ふいに出て来た紅子の辛辣な言葉に、茉莉子は恐ろしさを忘れ、つい笑いをこぼすのだった。
そして、時間は進む。
「モチャゴン、すごーい! 力持ち! さすが私のモチャゴン!」
「紅子ちゃんはまだまだ軽いモチャよ。茉莉子ちゃんも一緒に乗るモチャ?」
「ううん、私は……大丈夫、だよ?」
紅子と茉莉子、そしてモチャゴンは袋小路の教室から出て、あてもなく廊下を歩いていた。
いや、歩いているのはモチャゴンと茉莉子だけ。紅子はモチャゴンの背に乗っかり、ゆっさゆっさと運ばれている。どうやら、モチャゴンは紅子専用の搭乗ゴーレムとなったようだ。
紅子と茉莉子の二人は、状況を全く理解していないモチャゴンに、七不思議に巻き込まれて妙な世界に連れてこられてしまったこと。どうしたらいいのか分からないこと。そして、モチャゴンも恐らく七不思議のひとつであったことを説明していく。
茉莉子と紅子の間でも認識に齟齬があり、また二人がそもそもこの状況を正しく理解は出来ていないので、説明自体は支離滅裂な部分も少なくない。
けれど、それを全て聞き届けたモチャゴンは、うんうんと、頷くように身体全体を揺らす。モチャゴンが頷くたびに紅子がその背から落ちそうになり、茉莉子が慌てる。
「なるほどー。二人とも、学校で迷子になっちゃったモチャね。こういうときは、他の七不思議を探すのが一番って決まってるモチャよ」
「う、うん……そうかも」
どうすれば良いか分からないなら、七不思議を探すべきだ。
モチャゴンの提案には何の根拠もないのだろうが、茉莉子にも何となくそれが正しいように思えた。
噂話で聞いたことのある世の中の七不思議や、あるいは漫画などでも、こういう場合は七不思議を全て調べるべきなのだ。そして何より、七不思議そのものであるモチャゴンがそうすべきだと言っているのだから、説得力がある。
「でもモチャゴン、学校が迷路みたいになってて、七不思議探しに行けないよ。どこに居るのかわからないもん。火の玉も、どっか行っちゃったし」
「歩いていればきっとたどり着くモチャよ! ……ほら、ちょうど目の前におトイレがあるモチャ! ええと、トイレにいるのは花子さんモチャ?」
「う、うん……でも……」
「なんか、怖い」
世の中に数多く語られている七不思議の中でも、代表的な存在。女子トイレの扉をノックすると現れるという、トイレの花子さん。
これに対し、茉莉子と紅子の二人は尻込みしていた。
相手側から勝手に出てくるタイプの不思議ならばともかく、花子さんの場合はまず自分から規定回数のノックをしなければいけないという、少々儀式じみた手順が必要である。
茉莉子たちは、この状況で自ら進んでその儀式を行えるほど、怖いものなしではない。いくらお姉さんとして頑張ろうと立ち上がった茉莉子でも、嫌なものは嫌だ。そして紅子も、この状況で薄暗い女子トイレに入っていくのは普通に怖い。
そんな二人の様子に、モチャゴンはうんうんと身体を揺らして頷いて見せる。揺られた紅子が背から落ちそうになるのも気づかないまま、モチャゴンはにっこりと笑顔を浮かべた。
「じゃあ、紅子ちゃんと茉莉子ちゃんはここで待つモチャ! 花子さんがいないかどうか、モチャゴンがちょっと見て来てあげるモチャ!」
「え……モチャゴン、大丈夫? 怖くないの?」
「うふふー、モチャゴンは強いから、いきなり女の子が出てきて大声をあげたりしない限り、怖くなんてないモチャ! だから、ちょっと行ってくるモチャよー!」
紅子を背から降ろすと、モチャゴンが女子トイレへと入っていく。
そして、意気揚々とトイレへと入っていったモチャゴンが、花子さんを名乗る少女を引き連れトイレから逃げ出てくるのは、このすぐ後のことである。