ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ごめんモチャー!! 許してモチャー!!」
「ま、待ってー!!」
女子トイレから逃げ出すやけに大きいモチャゴンを追いかけて、桃子も慌ててトイレの個室から出ていく。
どうやらりりたんに伝授された作戦は成功だったようで、トイレの扉を開いたそこから先は、先ほどまでいた旧校舎とは明らかに違う場所だった。
その女子トイレは薄暗く、ダンジョンで見慣れた魔法光で照らされている。当然、さきほどまで桃子を照らしていたLED照明などというものはない。
そして、なんだかトイレそのものがかなり広くなっていた。
「え、ここどこ?! そもそもなんでモチャゴンが女子トイレに来たの?!」
トイレの外まで逃げていくモチャゴンを追いかけながら、桃子は周囲の状況を確認する。
ここがダンジョンではないにしても、現実の学校とも違う、いわば異空間のようなものだということは理解できた。
一般人がいきなり巻き込まれたならばこの段階で理解の範疇から外れ、混乱に陥ってしまうこと必至だが、幸運にも桃子はこのような景色は見慣れており、ある程度は冷静に状況を分析できていた。
それこそ、木造建築の迷宮ならばマヨイガにて嫌という程見て来たのだ。河童や井戸のお化けがいない分、旧校舎の方がいくらかマシである。
無論、マヨイガにはモチャゴンなど出現することはなかったのだが。
そして桃子がモチャゴンを追いかけて廊下へと出ると、そこには探し求めていた人物と、更にもう一人の意外な人物がいた。
「桃子ちゃん……?」
「あっ! 桃子ちゃんも校舎で迷ってたの?!」
「ごめんモチャー、男の子なのに女子トイレ入ってごめんモチャー!」
大きな丸い身体を豪快に揺らして泣き出すモチャゴンを撫でて慰めているのは、昇降口にて姿を消したクラスメイトである名波茉莉子。
そして茉莉子にしがみつくようにして桃子を見ていたのは、図書室で邂逅した四年生、久世紅子。
この二人が、トイレから出てくる姿を見て口々に桃子の名を呼ぶ。
どうやら、既に【隠遁】は切れているのか、いつかの花子さん事件と違って今は二人とも桃子の姿が見えているようだ。
「茉莉子ちゃんに、紅子ちゃん?! えと、もしかして紅子ちゃんも校舎内に居たの……?」
「うん……そう、みたい」
「良かったよー、桃子ちゃん、トイレに隠れてたんだねえ」
一度この状況を確認せねばならないが、とにかく今は無事に茉莉子に会えたことと、同じく巻き込まれていたという紅子に会えたことを喜ぶことにした。
二人に近づき、両手を広げてまとめてハグすると、それぞれも桃子を抱きしめてくれる。暖かい、人の体温を感じる。
「モチャ? 茉莉子ちゃんと紅子ちゃんは、トイレの花子さんとお知り合いだったモチャ?」
状況は不明ながらも、どうやらこのモチャゴンは茉莉子、紅子の二人と一緒に行動していたようだ。
声や喋り方は、先日茉莉子の家で言葉を交わしたモチャゴン像と同じものだけれど、しかしこの目の前に居るモチャゴンは体が大きく、自由に動き回っている。そして、桃子とは初めて会うような言動を見せている。
つまりは、この前のモチャゴン像とは別な存在、ということになるのだろうか。そこのところは桃子にもよく分からないのだが、なんにせよ彼が悪しき存在でないことは確かだろう。
ただ、桃子がトイレの花子さんムーブをしていたのが原因なので仕方ないのだけれど、モチャゴンは桃子のことを「花子」だと思っている。
桃子はそれを訂正しようと思い、自分の「桃子」という本名を名乗ろうとするが、その瞬間。
「モチャゴン、この二人と一緒に居てくれたんだね、ありがとう! ……あ、あと実は私、もも――」
世界がブレた。
目の前の、茉莉子や紅子が存在する異空間の廊下と、LEDライトが照らす現実の旧校舎の景色が、桃子の視界に二重に映る。
そして、桃子は直感的に判断する。
ここでは、花子さんでなくてはいけない。
そういうルールで、この場所に訪れているのだから。
「もも……桃の入ったカレーが好きな、は、花子さんだよっ!」
「うふふー、花子ちゃんは面白い女の子モチャねえ。でも、トイレでカレーのお話はしちゃ駄目モチャよ、花子ちゃん」
危ないところで桃子は自分の名を偽装し、花子と名乗る。
本当にいまの桃子は「花子さんを名乗る不審な少女」になってしまったが、しかしどうやら花子さんを名乗っている限りはこの異空間に存在することを許されているようだ。
先ほどまでブレていた世界が一つに戻り、再び魔法光に照らされた迷宮のような旧校舎へと舞い戻る。本当に、ギリギリ危ないところだったと、桃子の背に冷たい汗が流れる。
「も、桃子ちゃん……?」
「桃子ちゃんって、花子ちゃんだったの?」
「あー、なんて説明したものかな。今の私はトイレの花子さんとしてここに来てるから、花子さんを名乗らないと駄目みたいなの。だから二人も、そういうことにしてね?」
「う、うん……?」
「よく分からないけど、桃子ちゃんは花子ちゃんなのね。わかった!」
「なんだか、難しいお話をしてるモチャねえ」
桃子の言葉を理解したうえで疑問に思っている茉莉子。
よく分からないままとりあえず桃子が花子であることを理解している紅子。
本当によくわかっていないモチャゴン。
三者三様ではあるものの、とりあえず現段階では自分がトイレの花子さんであることは三人とも把握してくれたようで、桃子は安心した。
旧校舎の迷宮のような廊下を、モチャゴンは紅子を背に乗せ、その横を桃子と茉莉子が付き添うように歩きつつ。桃子は改めて、二人の少女と、一人のなんだかわからないものからこれまでの話を聞いていた。
出る方法が分からないから、七不思議を全て探してみる。なるほど確かに、このダンジョンの如き謎空間が七不思議によるものならば、ここを探索して七不思議を探すのは悪くないかもしれない。
いまの所は『モチャゴン』『トイレの花子さん』が揃っているのだ。残りはあと5つ。
確実に場所が絞れるのは『ピアノの幽霊』の音楽室だが、それとは別に桃子にはほぼ確実に出会える存在に心当たりがあった。
「そういうことなら、給食室を探そう。私の予想通りだったら、給食室にはお腹を空かせた腹ペコ妖精さんがいるはずなんだよ」
「ペコ妖精さん……ええと、ペコちゃんモチャね? でも、どうやって探せばいいモチャ?」
「いや、ペコ妖精さんじゃなくて、腹ペコ……の……」
腹ペコ妖精のペコちゃん。お腹がペコペコのペコちゃん。名前としては可愛らしいけど、残念ながら今から会いに行く妖精にはヘノという名前が既にあるので、桃子はモチャゴンに訂正を入れようと思った。
しかし、そこでふと、数日前の記憶が過る。あの日、目の前で消えていった魔法生物の声が蘇る。
――ペコちゃん……花子ちゃん……ありがと……モチャ。
桃子が花子ちゃんで。ヘノがペコちゃん。それは、どういうことか。これは、何を意味しているのか。
「花子ちゃん? どうしたモチャー?」
「……ああ、ごめんモチャゴン、ちょっと考え事してたの。ねえ、モチャゴンって鼻はきく? 多分だけど……何か良い匂いがするほうを辿っていけば、給食室なんじゃないかなって思うんだ」
「なるほどモチャ! 試してみるモチャ! くんくん、くんくん……」
桃子は首を振って、雑念を振り払う。
色々と気になることはあるけれど、今は何より茉莉子と紅子の二人を無事に外の世界に戻すことが先決だ。
推理や謎解きならば、外に出てから考えれば良いのだから。
桃子の前で、モチャゴンが犬の様に匂いを嗅いで回る。
とはいえ、饅頭のような身体では犬の様に地面に顔を近づけることも出来ず、そもそもデフォルメされたデザインで鼻の穴があるのかないのかもよく分からないのだが、とにかく匂いを嗅いでいるような素振りを見せている。
モチャゴンがくんくんと身体を揺らすたびにその背に乗る紅子が揺さぶられるが、紅子はこの短時間で謎の騎乗テクニックを習得したらしく、揺れるモチャゴンの上で不思議と安定している。桃子はそれを見て、乗馬タイプのトレーニング器具みたいだなと思った。
「ねえねえ。モチャゴンって、犬なの? お饅頭なの? 怪獣なの?」
「う、うん……少なくとも、犬でも、食べ物でも、無いと思うな」
「じゃあ、怪獣なのかな? 紅子ね、粘土つくってる間もね、モチャゴンが何なのか分からなかったんだよ」
「う、うん……怪獣、なのかな」
モチャゴンが匂いを辿っている間、女児二人がモチャゴンについて話し合っていた。
犬なのか。饅頭なのか。怪獣なのか。少なくともこの奇妙な存在が犬でも食べ物でもないのは確かだろうと、桃子も心のなかで茉莉子に同意する。
そしてちょうどいいタイミングなので、このモチャゴンについて茉莉子たちに聞いてみることにした。
「ねえ、あのさ。このモチャゴンって、紙粘土の像が大きくなったんだっけ?」
「そーだよー。桃子ちゃんの背中に描いてあったモチャゴンを真似て、紅子が図工の時間に作ったんだよ」
「うん。それが、さっき……どうしてか、光って……大きくなったの」
「そう、なんだ……」
どうやら、以前紅子が話していた通りに、図工の時間で作ったばかりのモチャゴン像が、ついさっき命を持ち動き出したのだという。
ここで桃子はふと思う。
すでに名称が語られなくなった過去の七不思議に『動く石像』というものがある。そして目の前にいるこのモチャゴンは石像でこそないが、『動く紙粘土像』である。
七不思議のひとつである『動く石像』が今、より具体的な『モチャゴン』へと変化した。
語り継がれてきた七不思議の名称が変わった理由が、桃子の中で、感覚的に、ストンと。腑に落ちた。
だけれど。
しかし、それはおかしいのだ。桃子の理性が己の納得を否定する。
七不思議の『動く石像』が『モチャゴン』へと置き換わったのは、もっと昔の話だ。決して今のことではない。
これは、あくまで偶然の出来事に過ぎない。
桃子の心に、なんとも言えないモヤモヤが湧き上がってくる。つじつまが合っているはずなのに、根本的なところが全く噛み合っていない、そんなモヤモヤが。
「こっちから、いい匂いが漂ってくるモチャよ! ついてくるモチャー!」
しかし、桃子のモヤモヤはやはり先ほどと同様に、モチャゴンの元気な声に押し流されていくのだった。
桃子の心の奥底には、モヤモヤと、疑問ばかりが積み重なっていく。
「ここから良い匂いがするモチャ!」
「えー? ねえねえ、良い匂いっていうか、これってご飯の炊けた香りだよねー?」
「うん」
モチャゴンは、廊下を進み、階段を下り、無人の教室の中を素通りしてからまた階段を上り。
巨大迷路のような校舎を探検した後、ようやくひとつの扉の前にたどり着いた。
扉の上につけられた古ぼけた木製プレートには『給食室』と書いてある。
紅子と茉莉子が言う通り、良い香りは良い香りなのだが、これはご飯の香りだ。
桃子はてっきりカレーの匂いでもするんじゃないかと思い込んでいたが、スパイスの香りは微塵も感じられない。拍子抜けもいいところだ。
「まあ、さ。紅子ちゃんも茉莉子ちゃんも、とりあえず入ってみようよ。モチャゴン、お願いしていい?」
「じゃあ、紅子はモチャゴンから降りておくねー?」
「ドキドキするけど、開けてみるモチャよ……!」
紅子をその背から降ろし、モチャゴンは扉を見上げる。扉に手をかけて、数秒の間をおいてから、ガラリと元気よく扉を開く。
すると、中から急な突風がモチャゴンへと吹き付けて、モチャゴンはゴロゴロと転がるように廊下へと吹き飛ばされた。
「モモモチャ~ッ?!」
そして、モチャゴンを追撃するように。扉の中から突風と共に飛び出て来たのは、緑の光を纏ったひとりの妖精だ。
「なんだお前。さては。ご飯を奪いに来たんだな。いいぞ。勝負だぞ。戦いだぞ」
ビュンビュンと小さな爪楊枝のような神槍を振り回し、素振りをしてみせるそれは。
闘争心を隠そうともしない、空腹状態の荒くれ妖精だった。
【遠野ダンジョン専用 雑談スレ】
:誰だ、マヨイガの炊事場にモチャゴンシリーズ揃えた奴。
:聞かれる前に説明するが、モチャゴンシリーズは最近話題になってる40年前の児童書な。一応中古本としてならまだ入手可能だぞ(URL)
:なんでダンジョンに児童書揃えてるんだよw
:なんでも萌々子ちゃんが夢枕に立ったらしいぞ。「朗読向きの本が欲しいです」って。
:夢てw
:俺マヨイガ探索者。炊事場で見張りの交代待ちで手持ち無沙汰だったときに読み進めたけど、意外と面白い。ダンジョン内ってどうしても精神が張り詰めるから、優しい児童書っていうのはいいかもしれない。
:マヨイガ探索者たちの中でモチャゴンが有名になってきてるのか
:続刊がないのが残念だ。出版社があったのが今は新宿ダンジョンがある地区らしくて、ダンジョン出現のあれこれでビルごとなくなっちゃったらしい
:なにそれ悲惨
:作者が「Darjeeling」だから外国の児童書だと思ってた。日本の本だったのか?
:子供の頃に好きで、家にぬいぐるみもあったよ。マヨイガで懐かしくてセンチな気分になってたら、萌々子ちゃんが撫でてくれた(気がする)よ
:お話し中にすみません。マヨイガ探索者の上級者のみなさん、第二層の鬼婆の対処法教えてください。心臓がいくつあっても足りない。
:あの鬼婆、いきなり奇声あげて突進してくるから滅茶苦茶心臓に悪いんだよな……。包丁もやたら研がれてるし。
:リーチが短いし本人が非力だから、刺される前に体当たりでもなんでもいいから吹き飛ばせ
:鬼婆倒せるようになって、早く萌々子ちゃんのところにたどり着いて頭撫でて欲しい。
:がんばれ
:がんばれっ