ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「モチャ~っ?! 妖精さんに食べられちゃうモチャ~!!」
「おいお前。でかくて丸い奴。さっさと立て。ご飯をかけて。勝負だぞ」
廊下に突風で吹き飛ばされたモチャゴンを、精霊樹から造られし神槍であるツヨマージを携えた手のひらサイズの妖精少女が、廊下の天井近くから見下ろしている。
彼女こそは、七守小学校七不思議の一人、くいしんぼ妖精だ。
このくいしんぼ妖精は、モチャゴンが食べ物を奪いにきたものと勘違いしているらしく、出会い頭にモチャゴンに勝負を挑んできた。実に好戦的な妖精だ。
と、いうか。
言うまでもなく、このやたらと好戦的なくいしんぼ妖精は、ヘノである。桃子の相棒の、風の妖精である。
「うわーっ!? 待って待って、ヘノちゃんストップ! モチャゴンは敵じゃないから、ご飯を狙ってるわけじゃないからっ! ストップだよっ!」
「ん? なんだ。桃子。ようやく来たのか。遅いぞ。お腹ペコペコだぞ」
桃子が横から慌てて割って入り、モチャゴンを庇う形でヘノを止める。
モチャゴンがいざ戦ったとしてどのくらい強いのかは分からないが、彼はそもそも桃子たちを案内してくれただけなのだ。勘違いでいきなり襲われるのはいくらなんでも可哀想だ。
「モ、モチャー? よ、よく分からないけど、助かったモチャ?」
「おい。でかくて丸いやつ。転ばせちゃって。なんか。悪かったな」
「うふふー、誰にでも勘違いはあるモチャよー。よろしくモチャね?」
ヘノは桃子の姿を認めるとあっさりと矛を収めて、給食室の中へと入っていく。
それに続き桃子が中へと入り、突然戦いを挑んできた妖精の出現に言葉を失っていた茉莉子と紅子、そして廊下を転がっていたモチャゴンも続いて給食室へと入る。
広いその室内は、異空間と化しているとはいえ一応は小学校の給食室らしく、およそ一般家庭には存在しないであろう巨大な鍋が並ぶ不思議な空間だった。ただし、燃料は薪である。
いくら旧校舎が古いとはいえガスや電気による調理はしていただろうが、どうやらこの異空間にはそのような便利な燃料は存在しないようだ。
「ヘノちゃんたら、ずっとここにいたの? 探しちゃったよー」
「桃子。この建物な。全体的に桃子の魔力が漂ってるから。桃子本人の場所が。よく分からなかったんだ」
「私の魔力が? あ、そういえば、りりたんが言ってたけど、今回の七不思議って私の【創造】が影響してるみたいなんだよね。この空間も、もしかして【創造】が一枚噛んでるのかな……?」
「あの魔女がそう言ってたなら。そうなのかもな。難しいことは。わからないから。考えるのは桃子に任せるぞ」
ヘノとともに給食室の中を覗いていく。お米が炊けていることは見るまでもなく漂う香りでわかる。湯気が出ている一番奥の釜だろう。
しかし他に何かあるとも限らないので、一つ一つ、蓋で閉じられている大鍋を覗いていく。しかし残念ながら、今の所は全て空っぽだ。
「あ、そういえばヘノちゃん。私いまはトイレの花子さんとして来てるから、桃子じゃなくて花子なんだよ。紛らわしくてごめんね」
「そうか。わかったぞ。桃子」
わかっているのか、かなり怪しかった。
「あの、桃子ちゃん……? この妖精さんはお友達……なの?」
「すごい……すごいすごい! 本物の妖精だ! 本当に白い布着て、光ってる!」
「人間の子どもだな。妖精だぞ。すごいんだぞ。お腹はペコペコだぞ」
そしてようやく、ずっと黙って二人のやり取りを離れて見ていた少女たちが口を開く。
いきなりモチャゴンに襲いかかるという衝撃的な出会いだったため、もしかしたらヘノは二人に恐れられているかとも思ったけれど、見れば茉莉子も紅子も目を輝かせてヘノを見つめている。
桃子にとっては既に見慣れた存在ではあるけれど、茉莉子たちの気持ちはとてもよく分かる。物語に出てくるような小さく可憐な妖精の少女というものは、いつの時代でも女児たちの憧れの的なのだ。
「ペコちゃんと花子ちゃんはお友達同士だったモチャねえ」
「ペコちゃんじゃないけど……ま、まあ、私のお友達。ごめんね、さっきは怖い思いさせちゃって」
ヘノが「ペコペコだぞ」を繰り返すものだから、モチャゴンにはやはり完全に名前を間違えられている。
桃子はそれに訂正を入れつつ、頭の片隅ではとんでもなく重要な情報が噛み合ってしまったことを実感しているが、しかしご飯を前にしては推理力など働かない。実は桃子もそれなりに、お腹がペコペコなのだ。
「桃子。それよりも一大事だぞ。この部屋。調理部屋みたいなところなのに。ご飯しかないんだ」
「ええ?! お米しかないモチャ? それはとっても物足りないモチャねえ……」
「というわけで桃子。【カレー製作】で。カレーだ。ちょうど材料も。持ってたろ」
「いやヘノちゃん、ここはダンジョンみたいなことになってるけど、実は地上だからスキル使って調理するのは無理なんだよ。【隠遁】も発動してないみたいだしね」
一通り鍋を覗いた桃子も理解していたことだけれど、この給食室には、一番奥のお釜でご飯が炊かれているものの、おかずにあたるものが何も無いようだ。
お腹を空かせたヘノならば白飯だけでも美味しく食べてしまいそうなものだけれど、どうやらヘノは桃子のカレーをあてにしていたらしい。確かに、白飯をそのまま食べるよりも、カレーをかけてカレーライスにして食べた方が美味しくて幸せになれる。世界の真理だろう。
しかし、ヘノは【カレー製作】をあてにしているが、ここはダンジョンのようでいてダンジョンではない、七不思議の異空間だ。
現に茉莉子たちに対しては【隠遁】も働いておらず、魔法協会から支給されている魔石も女子トイレで消費してしまった。材料だけならば夕方にスーパーで買ったものがあるけれど、【カレー製作】は使えないので、時間をかけて最初からしっかりカレーを作る必要がある。
「違うぞ桃子。ここは。桃子の魔力が漂ってるって言ったろ」
「え? あ、うん。そう言ってたね」
「そこの子供たちは。桃子の魔力の中にいて。直接触れ合ってるから【隠遁】の効果を受けてないだけで。スキルは発動してるし。【カレー製作】も使えると思うぞ」
「え? ……ええ? ……えええ?!」
ヘノの言葉は、桃子にとっては驚きのものであり、意味の分からないものだった。
まさか、ダンジョンみたいだと思っていたこれだけ広い場所に、比喩ではなく本当に自分の魔力が浸透しているなどと誰が想像するだろうか。桃子とて、そんなバケモノじみた魔力を自分が持っているとは思っていない。りりたんじゃあるまいし。
それに、直接触れていなくとも、自分の魔力にさえ直接触れていれば【隠遁】が効かないというのも初めて知ったことだ。とはいえ、今回が特殊なだけで、これから先に桃子の魔力が空間を覆うなどという状況に陥ることはまず無いだろうが。
だがしかし、どれだけあり得なさげな状況だろうが、ここは七不思議の異空間だ。
ここでは地上の常識も、ダンジョンの常識も、通用しない。
実際に、ダメもとで信じて混ぜたら鍋が光を放ち、ヘノの言う通りにあっというまにカレーが完成してしまった。
「も、桃子ちゃんすごーい! 魔法使いみたい!!」
「うんっ、うんっ」
「えへへ、照れちゃうなあ。まあ、カレーについては私、大好きすぎて、ちょっとした魔法使いみたいなところもあるからね」
桃子の十八番たる【カレー製作】は、まだ魔法やスキルに触れたことのない小学生たちには、それはもう喜ばれた。
それはそうだろう。鍋に少しだけ下拵えをした材料とカレールーを入れたと思ったら、いきなり光り出して完成するのだ。桃子とて、これが己のスキルと知った上でなお、魔法みたいな料理だなと感じているのだから。
「花子ちゃんはカレーが大好きなんだモチャねえ。モチャゴン、カレーライスは生まれて初めて食べるモチャ。じゃあ、みんなのお皿にご飯をよそっていくモチャね!」
「モチャゴン、ついさっき生まれたばかりだもんね! その手でご飯よそえる?」
「ごめんモチャ、紅子ちゃん。モチャゴンの手、ご飯をよそうの難しいモチャ」
「あの、二人とも。私が……やるから、代わるね?」
そして、なんだか当然のように紅子と茉莉子もカレーを食べる雰囲気で、給食室にあったお皿にご飯をよそい始めている。
見知らぬ異世界にあるご飯など、普通は食べるべきではないし、子供たちも口にしたがらないだろうなと桃子は思っていた。しかし、どうやらヘノやモチャゴンに当てられたのか、茉莉子たちも普通にカレーを食べる雰囲気になっている。
ヘノが何も言わない以上、このご飯は人間が食べても大丈夫なものなのだろうけれど、桃子は少女たちの食への警戒心が少々心配になる。
なお、カレーを作った張本人は、ヘノが食べるなら自分も大丈夫の精神で、最初からもりもり食べる気満々である。
「じゃあ、最後に桃缶いれるよー。桃カレーだよー。買ってて良かった、桃の缶詰!」
魔力光で照らされただけの薄暗い給食室だけれど、人数が揃えば何となく雰囲気は明るくなる。
特に、モチャゴンは何をするにもポジティブに喜ぶし、ヘノはそこにいるだけで女児たちに大人気だ。しかもそこに大量のカレーがあるのだから、皆のテンションが上がってしまうのは当然だと、桃子も納得せざるを得ない。
「桃子ちゃんって、カレーに桃の缶詰いれるの? しかもなあにその缶詰、缶切り使わないの?」
「紅子ちゃんはプルタブつきの桃缶知らないの? まあ、お家によるのかな。今度さ、お家でもカレーに桃缶入れてみなよ、桃カレー、美味しいから」
輸入品の安価なものなどは缶切りが必要な場合もあるけれど、今の時代の桃缶は大体がプルタブで簡単に蓋を開くことが出来るのだ。
まだ四年生だと、台所に立つことそのものがなく、缶詰などもあまり身近でないのかもしれない。プルタブの缶を珍しそうに眺める紅子を横目に、それぞれのカレーにサイズを切り分けた桃をどんどん入れていく。
「茉莉子ちゃん、カレーには桃の缶詰を入れるものモチャ? モチャゴン、生まれたてだからカレーのことあまり知らないモチャ」
「うん。クラスのみんなも……桃缶カレー、大好きだよ」
「六年生ってすごいね! 紅子もクラスのみんなに教えてあげようかな」
「むぐむぐ。むぐむぐ。やっぱり。ご飯は。カレーで食べるに。限るな」
「ペコちゃんも、小さい身体なのに沢山食べるモチャねえ。モチャゴンも、初めてのカレーライス食べてみるモチャよ!」
「いくらでもあるから、好きなだけお代わりしていいからね?」
給食室にあった大きな机に、皆で横に並び、出来立てのカレーを皿にたっぷりとよそって。
業務用サイズの大鍋で作ったカレーを、これでもかというくらいもりもり食べまくる少女たちの姿が、そこにあった。
校舎の外で今にも心労で倒れそうになっている奈々あたりがこの状況を知ったら、ショックで地面にひっくり返り、子供のように手足をジタバタして暴れ出したかもしれない。
「うー、幾ら私でも、流石に今日は食べすぎたかもしれない……茉莉子ちゃん、紅子ちゃん、大丈夫?」
「うん。私はそんなに食べてないから……」
「あのね、桃カレー食べすぎてお腹苦しいかも」
食べすぎた。
さすがに、給食室の鍋は大きかった。1クラスで食べるならばともかく、女児二人と成人女児一人、それに魔法生物二人で食べるには、少々多すぎた。
比率としてはモチャゴンが8割ほどは食べていたかもしれないが、それでも桃子はお腹がいっぱいだ。食べすぎて、成人女児としては恥ずべきぽっこりお腹になっている。
「うふふー、花子ちゃんのカレーでモチャゴンもお腹いっぱいモチャー。魔力たっぷりだったモチャねえ、今日のカレーは一生忘れないモチャよ」
「あはは、一生かあ……うん、忘れないでね。ずっと、ね」
モチャゴンの一生。魔法生物の一生。
それは、桃子にとっては、茉莉子の家で出会ったモチャゴン像の最期の姿を思い起こさせる言葉だった。
あのモチャゴン像の人生は、どのような一生だったのだろうか。どれだけの年月、あの家で家族を見守ってきたのだろうか。そして、彼の思い出に存在していたはずの「花子ちゃん」と「ペコちゃん」の二人は、どのような存在だったのだろうか。
そしていま、目の前にはお腹をパンパンに膨らませた紙粘土のモチャゴンがいる。
彼はこの食事中も、桃子のことを「花子」と。ヘノのことを「ペコ」と呼んでいた。彼の中ではもう、桃子たちは花子とペコなのだ。
桃子は、思ってしまうのだ。いくらなんでもあり得ないことだと感じつつも、桃子はどうしてもその考えが頭を過ってしまうのだ。
もしかしたら。
今、目の前にいるモチャゴンが、終わりを迎える日に。永い、永い時の涯の、最期の瞬間に。
自分は既に、立ち会っていたのかもしれない、と。
「でも、いつまでもここで寛いでるわけにはいかないモチャねえ」
「桃子。次はどこか。いくのか?」
「あ……うーん。茉莉子ちゃん、他の七不思議で探しやすそうなのって……やっぱり、音楽室かな?」
「うん、そうだと思う」
「ピアノ、ピアノの幽霊でしょ! 紅子、ピアノの音楽聴きたーい!」
「モチャ! じゃあ次は、音楽室を目指して出発するモチャね!!」
「おい。でかモチャゴン。音楽室には。どうやって行くんだ」
「勘モチャね!!」
「そうか」