ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「音楽室の場所、火の玉さんが知ってるみたいモチャよ」
「火の玉。お前。この学校の地図を。把握してるのか。数も多いし。なかなか使える奴だな」
悪い影たちが消え去った中庭には、再び静けさが訪れる。
だがしかし先ほどとは違い、今のこの場所は薄暗い中庭などではない。桃子たちの周囲には数多の火の玉が舞っているために、まるで夏祭り会場のように明るく照らし出されていた。
そして恐らくはその火の玉のリーダーであろうひときわ大きな火の玉が、他の火の玉と合わさって棒人間のような形状を作り出し、身振り手振りでモチャゴンたちとコンタクトを取っていた。
そこに、茉莉子と紅子の二人の小学生が、遠慮がちに声をかける。
「あ、あの……」
「火の玉さん、さっきは怖がっちゃってごめんなさい」
紅子たちは、初めに火の玉と出会ったときに、その姿を恐れて逃げ出してしまったらしい。しかしそれを聞いた桃子は、さもありなんと納得する。
普通に考えて、このような怪しげな空間で人型の火の玉に追いかけられたら、誰だって逃げる。桃子だって逃げる。
どうやら火の玉本人もそこのところは自覚しているようで、身振り手振りで子供たちを慰めるように動いており、横ではモチャゴンが通訳に回っている。身体が火の玉なので、子供たちを慰めようにも頭を撫でたり出来ないのは少しだけ不便そうである。
「モチャモチャ。火の玉さんは『気にするなお嬢ちゃん、俺が驚かせちまったのが悪ぃのさ』って言ってるモチャよ」
「ねえヘノちゃん、火の玉さんって結構ダンディなんだね」
「だんでぃは。わからないけど。七不思議って。ヘンテコなの。ばかりなんだな」
「あはは、そうだねえ」
モチャゴンたちのやり取りをみて、桃子とヘノがポツリと感想を漏らす。
ヘンテコな七不思議メンバーに自分たちも含まれていることに気づきもしないまま、その呟きは広大な中庭に吸い込まれていくのだった。
「ここが音楽室モチャね?」
火の玉の案内に従い、音楽室にたどり着くのは容易なことであった。
廊下に点々と火の玉が灯り、音楽室へのルートだけを照らしてくれるのだ。お陰で迷うこともなく、明るさも確保される。火の玉たちは旧校舎を探索するにあたり、実に心強い味方だった。
そして行きついた先の扉には、古ぼけた『音楽室』と書かれたプレートがかかっていた。
「失礼しまーす……ええと、誰もいない?」
「桃子ちゃん……ピアノが、あるよ?」
肩にヘノを乗せた桃子が恐る恐る扉を開ける。ここは他の部屋とは違い、扉は厚めの別素材のものがはめ込まれており、室内の壁も吸音のための有孔板が使われている。まさに、いかにも音楽室といった雰囲気だ。
そしてその視線の先には、黒く光る、グランドピアノが佇んでいた。
桃子に続いて茉莉子が室内へと入り、音楽室内の様子を眺めている。やはり、ピアノを嗜む茉莉子としても音楽室は気になっていたようだ。
続いて、モチャゴンと、その背に乗っている紅子。最後に火の玉たちが室内に入ると、薄暗かった室内は踊る炎たちにより明るく照らされ、温かい雰囲気になる。
「ねえねえ、このピアノが『ピアノの幽霊』なのかなあ。普通のピアノにも見えるんだけど、モチャゴンどう思うー?」
「うーん、よく分からないモチャねえ。でも火の玉さんが『一曲、奏でてくれねえか?』って言ってるモチャよ?」
「紅子、ピアノ弾けないやー」
音楽室に到着すると、紅子もスタッとモチャゴンの背中から降り、さっそく壁にかけられた音楽家の肖像画を覗いている。
桃子のイメージでは、音楽室に飾られた肖像画が動き出すという怪談も世の中ではよくあるパターンなのだが、どうやらこの室内の肖像画は動き出したりはしない様子である。ひと安心だ。
一方、茉莉子はグランドピアノに近づき、その鍵盤を眺めていた。
「茉莉子ちゃん、せっかくだからピアノ弾いてみたらどうかな?」
「え、桃子ちゃん……で、でも、そんな……勝手に、いいのかな」
「大丈夫じゃないかなあ。だってほら、ここ七不思議の音楽室だし、誰も怒らないと思うよ」
桃子にはピアノの良し悪しは分からないが、ピアノを見て茉莉子がそわそわしているのは理解できる。
放課後に、先生の許可をもらってまで音楽室のピアノを触っていた茉莉子だ。この目の前にあるグランドピアノにも、きっと触ってみたいのだろう。
「茉莉子ちゃんは、ピアノが弾けるモチャか?」
「うん。昔ね、お婆ちゃんが勧めてくれたの。『茉莉子ちゃんは絶対にピアノが上手になるよ』って……」
「そうなんだ。それなら尚更、私も茉莉子ちゃんにピアノ弾いて貰いたいな。七不思議は置いといて、せっかくの機会だしね」
「花子ちゃんの言う通りモチャ! モチャゴンも茉莉子ちゃんの演奏聴いてみたいモチャ! お願いするモチャ!」
そして茉莉子は、桃子とモチャゴンの二人の言葉に背中を押され、グランドピアノの前の椅子に腰を下ろす。
そして、ポロン……と、鍵盤に静かに指を当てると、室内に思いのほか美しい音色が響く。
初めは興味なさげだったヘノも、ピアノの音が響くと興味が出たのか、まじまじとその演奏姿を見つめていた。
茉莉子が選んだ曲は、体育のダンスで踊ったばかりの楽曲だ。
ピーマンの亜種みたいなタイトルの曲で、5年前くらいに子供たちを中心に大ブームになった曲だ。子供たちがはしゃぐ景色が浮かぶ。けれど、どことなく寂しく、懐かしい。そんなメロディが、音楽室に響く。
「あ……伴奏が、勝手に……」
「待って待って、ピアノが足でリズム取ってない?」
「どうやら、あのピアノさんは七不思議の一人だったみたいモチャねー」
音楽が進むと、自然と音が増えていく。
茉莉子が奏でるメロディに合わせ、更にいくつもの重なる音がピアノから響き、流れる旋律が重厚な楽曲となっていく。茉莉子の反応を見るに、これは彼女が出している音ではないのだろう。
そして更には、ピアノの足が。勝手に動き、リズムを奏でていた。というか、ピアノと椅子までもが、リズムに合わせて踊っている。
演奏中の茉莉子は勝手に動き出すピアノと椅子に驚きはしたものの、しかし不思議と演奏に支障はないようで、彼女は楽しそうに演奏を続けている。まるでそれは、茉莉子とピアノの幽霊が、鍵盤を通して語り合っているように見えた。
「この曲なら知ってるぞ。体育の時間に。桃子が変な踊りをしてたやつだろ」
「ペコちゃんもこの曲知ってるの? 紅子は初めて聞いた曲だけど、なんかいい曲だね」
音楽に耳を傾けていた紅子は、どうやらこの曲を初めて聞いたようである。
この曲は、5年くらい前には至る所で流れていた楽曲なので、桃子ですら知っていた曲だ。紅子は当時5歳程とはいえ、その後もお遊戯やダンスで扱われていたはずのこの楽曲をいま初めて聞いたということに、桃子は違和感を覚えた。
「紅子ちゃん、この曲本当に知らないの? テレビで聞いたりとか、ダンスの授業でやったりは……?」
「なあにそれ、ダンスの授業なんて聞いたことないよ? 六年生ってそういうことするの?」
「え……」
桃子はここで、紅子の纏う違和感に気付く。
ダンスの授業は、10年以上前から小学校でも必修科目になっているはずだ。少なくとも、七守小学校の授業ではダンスを取り入れていた筈なのだ。
それを、現役の四年生である紅子が知らないわけはない。
そして。一つの違和感に気づけば、他の違和感に気付くのはすぐだった。
思えば、この一週間の間、紅子まわりの話題には、所々引っかかるところがあったのだ。それらは、一つ一つはただの小さな違和感でしかなかったけれど。しかし。
――久世紅子。四年二組だよ。
六年生でも10人しかいないのに、四年生が2クラスもあるものだろうか。
――日本はわからないけど、外国には妖精ってずっと昔から本当にいたんだよね?
今の日本で、ダンジョンに関するニュースを見ていたのならば。妖精の園で眠り続けた鎧の人を、空のダンジョンで妖精に救われたアイドルを、知らないわけがない。
――四年生だよね? そんな子いたかなあ?
下級生とも混ざって遊んでいるような日葵が、同じ地域、同じ学校に通う四年生の女の子を知らないなどと言うことがあるのだろうか。
――その缶詰、缶切り使わないの?
今の時代に、缶切りを前提とする小学生がどこにいるというのか。
他にも、思い返せば様々な違和感があったのだ。
そしてそれは、全ての違和感は、まるで。
久世紅子という少女が、現代の、令和の七守小学校には存在しないと言っているように、桃子には思えて仕方がない。
そして、現代に存在しないならば――。
「桃子ちゃん? ボーッとしてどうしたの?」
「……あ、ええと。ううん、どうだったかな。それよりほら、紅子ちゃん。火の玉さんたちが踊ってるよ?」
「すごい、踊る火の玉だ!」
気づけば、茉莉子たちの演奏に合わせて、多数の火の玉による棒人間たちが思いのままに踊っている。
ダンスの授業で習った通りに踊っている火の玉もいれば、全く関係ない動きで楽しむ火の玉もいる。ブレイクダンスを披露している火の玉は床を焦がさないか心配だ。
「紅子ちゃんも一緒に踊ろうって言ってるモチャ! ほーら、自由に身体を動かして、ダンスダンスモチャよー♪」
そしてモチャゴンが手を差し伸べると、紅子もその手を取って一緒に踊り始めた。
全く知らない曲でも、リズムに合わせて体を動かしているだけでも楽しいものだ。多くの火の玉たちと、ずんぐりした謎生物と、そして正体不明の四年生が楽しく踊る姿を、桃子はぼんやりと。遥か遠くの出来事のように、見つめていた。
「ねえヘノちゃん」
「なんだ。なにかあったのか」
そして、桃子の肩に座って周囲の踊りを眺めていたヘノに、小さく話しかける。
「紅子ちゃんってさ。ちゃんと……生きてる人間?」
「そうだな。きちんと。生きてる人間だぞ。幽霊とか。魔法生物ではないと思うぞ」
「よかった。じゃあ……そういうこと、なのかな」
紅子は、生きた人間である。決して、他の七不思議と同じような魔法生物ではないし、雪ん子雪ちゃんのように過去に死んでしまった少女の幽霊でもない。
ならば、そういうことなのだ。
「なにか。気づいたのか?」
「50年前にもさ。七不思議で女の子が行方不明になったの。その子が、誰だったのかなって」
50年前に、七不思議に吞み込まれた少女がいたはずだ。
思えば、紅子が歌っていた洋楽も、スケバンなどという古い言葉も、彼女の古めかしい服装も。全てが、それくらいの年代のものだろう。
彼女がノートに描いていた今では国民的な猫型ロボットだって、その当時から連載は始まっていたのだろうと思う。
「ベニコが。50年前の。子供なのか」
「この空間はさ。私のいる時間と、50年前の時間が、混ざり合っちゃってるんじゃないかな」
「そうなのか。面白いな」
面白い。
ヘノの簡素な言葉に、桃子はつい笑みをこぼしてしまう。
確かに、この異常な空間の真実に気づくことが出来たからと言って、だからどうなるという訳ではない。ただただ、不思議な出来事が目の前に存在したというだけの話だ。
世の中には、面白くて不思議な出来事があるのだなと、桃子も思う。
「でも、そうだとしたらさ。私たち、一緒の場所には帰れないんだね……」
紅子は50年前の人間だ。彼女が帰るのは遥か過去の世界だ。
そして、紅子の紙粘土であるモチャゴンもまた、本来は遥か過去の存在なのだろう。
そして、それと同時に。
茉莉子の家で出会ったあのモチャゴン像が、どうして桃子たちを、いや、花子とペコを知っていたのか。茉莉子の身を案じていたのか。そして彼が、いったい誰だったのか。
その答えが浮かんでくる。
全ての辻褄が合ってしまう。
桃子の目の前では、愉快なダンスパーティが開催されていた。
茉莉子が演奏し、紅子とモチャゴンが、そして火の玉たちが楽しく踊るこの夢のような光景は。
様々な楽器が音楽室に踊る光景は。
とても楽しく、そしてどこか、寂しかった。
「……ところで、気づいたら楽器増えてるじゃん」
「こいつら。面白いな。ピアノの幽霊どころじゃないな」
桃子がしんみりしている間に、いつの間にか音楽室には楽器が増えていた。
桃子でも知っているような太鼓や木琴などの楽器に加えて、名前も知らぬような楽器たちが、自らを演奏しつつ踊りの輪に参加していた。
いま流れている楽曲は、50年前にも流行していたであろう、アメリカの人気音楽グループのダンスミュージックだ。メインボーカルの少年は、後のキング・オブ・ポップとなった人物である。
「桃子ちゃんも踊ろうよー! この曲ね、紅子のママが好きなやつ! 茉莉子ちゃんもピアノで演奏出来るんだって、すごくない?」
「うん、凄い。ねえ紅子ちゃん、今、楽しんでる?」
「うん、すっごく楽しいよ!」
「いつまでも……今日のこと、忘れないでね?」
「えー? 当たり前だよー。学校に戻ったら、みんなにも自慢してあげなきゃね! ほら、桃子ちゃんも一緒にきてー!」
無邪気に笑う紅子と、楽しそうにピアノを演奏する茉莉子を見て。桃子も笑顔になる。
今が夢でも。どんなにあり得ないことが起きているとしても。
なればこそ。今は目いっぱい、この時間を良い思い出にしよう。一緒にこの夢を、楽しもう。そうしよう。
「あはは、じゃあ私の華麗なステップ、見せてあげちゃうよ!」
「うわあ、なにその動き、すごい!」
今だけは。桃子も共に夢の世界を楽しむことにするのだった。
「おい。モチャゴン」
「モチャ? ペコちゃんは踊らないモチャ?」
火の玉たちに照らされた音楽室は、人型をとった火の玉たちが。様々な楽器たちが。少女たちが。茉莉子たちの演奏に合わせて踊る、夢のダンス会場だった。
そしてその風景を、モチャゴンとヘノの二人が、静かに見守っていた。
「お前。どうするんだ。ベニコとマリコ。どっちについて行くんだ。聞いたんだぞ。あの二人は帰る場所が違うんだって」
「うん……ボクは、茉莉子ちゃんに命を貰ったけど。でも、ボクはやっぱり、紅子ちゃんを守るために生まれてきたんだモチャ」
「そうか」
モチャゴンは、自分がどうして生まれたのかを知っていた。
そして紅子と茉莉子、二人の手で生まれた存在だからこそ、彼女らが帰る場所が違うことも知っていた。
最初から知っていたのか、或いは途中で気づいたのかもしれない。
彼は、茉莉子の力で生み出された存在だ。茉莉子が持つであろう類まれなるスキルによる産物だ。
しかし、モチャゴンの存在意義は紅子を守ることにある。紅子が作り出した紙粘土のモチャゴンは、紅子を守りたいという茉莉子の願いで生まれたモチャゴンは、紅子とともに在ることを望んだ。
それが意味するところを、モチャゴンが理解していない筈がない。
モチャゴンに命を吹き込む力を持つ茉莉子は、紅子の世界にはいないのだ。紅子の世界でモチャゴンが再び動き出すことは、ないのだ。
彼は、それでも。ただの石像としてでも、紅子と共に居る世界を選択した。
「紅子ちゃんのことは、ボクがしっかりと見届けるモチャ。だから……ペコちゃん。茉莉子ちゃんのことは、花子ちゃんとペコちゃんに見守っていて貰いたいモチャ。あの子が、お家に帰れるように」
「……わかってる。お前からそれを頼まれるの。二回目だぞ」
ヘノも、モチャゴンがどちらを選ぶかなど、最初から分かっていたのだ。
何故ならば、モチャゴンの最期を看取ったのは。石像として幾年月を過ごし、消え行くその結末に立ち会ったのは。
紛れもなく。人違いでもなんでもなく。彼の目の前に居る、ペコと花子の二人だったのだから。
「ねえペコちゃん。一緒に踊ろうモチャ。モチャゴンは今のうちに、楽しい想い出を、たーっくさん作りたいモチャ」
「しかたないな。妖精ダンス。見せてやるか」
ヘノが緑の軌跡を描き、ダンスパートナーとして、モチャゴンがどしどし音をたてながら踊る。
それは、とてもとても楽しい。いつまでも忘れたくない、夢のような時間だった。