ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
夢のようなダンスパーティを終えて。
最後の七不思議『不思議な本棚』の舞台へと、桃子たちは火の玉に照らされた長い廊下を進む。
紅子が50年前の少女だと分かった今、桃子は最後の七不思議の場所も確信していた。
そしてそれと同時に、もう1つの謎が、桃子の中では答え合わせの段階まで進んでいた。
桃子は廊下を歩きながら、最後の答え合わせに挑む。
「ねえ……茉莉子ちゃん。茉莉子ちゃんのお婆ちゃんもさ、紅子さん、っていうお名前じゃない? 旧姓とか、わかる?」
「うん。そうだけど、どうして? 旧姓はちょっと、分からないけど……」
桃子のことをギルドの諜報員だと思っている茉莉子は、桃子が祖母の名を知っていることに疑問を抱かずに肯定する。
やはり、そういうことだった。
茉莉子の祖母の名は――名波紅子。
彼女は50年前に紅子という少女が七不思議に巻き込まれたことを知っていた。
そしてそれと同じく、孫である茉莉子が七不思議に巻き込まれ、それを桃子とヘノ――いや、彼女はペコと覚えていたようだが、その二人が助け出すのだと言うことを、既に見てきたことのように知っていた。
けれど。
――無事を知っているし、きっと帰ってくると信じている。
茉莉子の無事を知っていると言いながらも、帰ってくると確信を持てないのは、何故なのか。
もしかして彼女は、茉莉子が無事に元の世界に帰還した姿までは、実際には見ていないのではないだろうか。
そして、そこまで考えると、一つの可能性が色を帯びてくる。
彼女の、名波紅子の言葉が全て、未来予知でなくて。
帰る場所が違ったが故に、茉莉子の帰還までは見届けられなかった『50年前の紅子の記憶』だったとしたら、全ての辻褄が合うのだ。
「えー、茉莉子ちゃんのお婆ちゃんも紅子っていうの? 紅子と一緒なんだね」
「うん。実はそうなの」
「茉莉子ちゃんのお婆ちゃん、きれいなひと? 私、きれいな名前ってつけられたんだって」
「うん。きれいで、優しいお婆ちゃんだよ」
黙って話を聞いているモチャゴンの背の上から、紅子が茉莉子の祖母に興味を持つ。
桃子は知っている。名波紅子はとても孫想いの優しいお婆ちゃんなのだ。
きっと彼女は遥か昔から、それこそ50年前の昔から。茉莉子の無事な帰還を、ずっと祈り続けてくれていたのだから。
「最後は、ここ。図書室だね」
火の玉の誘導で辿り着いたその扉は、図書室だ。
最後の七不思議が『不思議な本棚』である以上、その舞台が図書室だと考えるのはなんらおかしいことではない。
だがしかし、桃子にはそれとは別に、不思議な本棚の真相についての確信があった。
「でも、桃子ちゃん……本当に、ここなの?」
「うん、間違いないと思う」
桃子に続いて、茉莉子と、モチャゴンの背から降りた紅子も室内へと入ってくる。
続いてヘノとモチャゴンが続く。人型の火の玉は廊下で見ているが、もしかしたら可燃物の多い部屋なので遠慮しているのかもしれない。
室内は、現実の図書室とは比べ物にならない程に奥行きが広くなり、延々と本棚が続いている。とはいえ、基本的な部屋の作り自体は過去に二度、紅子と邂逅した図書室と同じものだ。
桃子は最初に紅子と遭遇した日のように、くるりと紅子を振り返り、話しかける。
「ね、紅子ちゃんはさ。図書室で既に、違和感のある本棚をみてると思うけど、違う?」
「えーと……うん、気のせいかと思ってたけど、変な本棚があったよ」
「それは、どんな本棚だったの?」
紅子は、この図書室で出会ったときに、本棚の背表紙を眺めていた。
最初に会ったときには、桃子と二人で、不思議な生き物を探すため。そして、次に出会ったときには茉莉子が見守る前で、本棚に並ぶ背表紙をまじまじと眺めていたのを覚えている。
『不思議な本棚』 学校のどこかに何でも載っている不思議な本が存在する
何でも載っている不思議な本。桃子の記憶が確かならば、紅子は既に、その本をいくつか目にしていた筈だ。
「ええとね。なんか、日付に昭和じゃなくて『たいらなり』って書いてある本が、沢山並んでたの」
「え、それ……平成じゃ……」
「うん。昭和じゃなくて、へいせい、っていう知らない年号の本があったよね。それがきっと、七不思議で語られていた不思議な本棚」
図書室の本の幾つかには、背表紙にも発行年が、日本の年号とともに書かれているのは桃子も確認していることだ。
紅子はその平成の本を手に取りこそしなかったけれど、昭和に生きる彼女がそれを手に取っていれば、未来の知識を得られたのだろう。それが、何でも載っている本の真相だ。
そして、令和の時代に語られている『不思議な本棚』は、言い伝えのニュアンスが少しだけ、変わっている。
『不思議な本棚』 学校のどこかに何でも映し出す不思議な本が存在する
何でも映し出す不思議な本。そしてその本棚は、恐らく今から紅子が目にするものが由来になっているのだろう。
桃子は己の懐から、一つの小さな板状のものを、取り出した。
「それで、これから紅子ちゃんが見る更なる不思議な本は、私が持ってたんだよ。じゃじゃーん」
「え、それ……スマホじゃ……」
「なにそれ? 桃子ちゃんが不思議な本を持ってたの? その板が本なの?」
茉莉子が、先ほどから続く桃子と紅子のやり取りにずっと困惑しきりだが、桃子は茉莉子に申し訳なく思いつつも、それを懐から取り出す。
それは、桃子が昨年機種変更をしたばかりの、世界的な企業のロゴの入った最新スマートフォン。茉莉子と二人、この図書室で写真を撮ったときのスマートフォンだ。
紅子が50年前の少女だとするならば、スマートフォンなど、それこそ猫型ロボットの世界に出てくる秘密道具のようなものだろう。
「これが、更に不思議な本棚。紅子ちゃんのいた昭和の世界にはなくても、私たちの世界には電子書籍アプリっていう本棚があるんだよね、茉莉子ちゃん」
「え、昭和……ずっと昔じゃ……」
「え?! なにこれ、魔法の本? 秘密道具?」
桃子は、紅子からも見えやすいようスマートフォンを手に持ち、画面を幾度かタップして、登録してあった電子書籍アプリを開いて見せる。
そこに開かれたのは、様々な本のタイトル。『世界のカレーレシピ』『投石器の歴史』『ダンジョン武具辞典』『葬送のカレーミン』ほか、いくつかの資料本や漫画本が並んでいる。
桃子がその中から適当なコミックの書籍を選択すると、画面には丁寧にコマ割りされた漫画が表示される。桃子が指先で画面をスライドさせれば、紙を開くようなペラリという効果音と共に、画面の中の漫画のページも進んで行く。
唐突に未来の道具を見せつけられた紅子は、目を真ん丸にして、その画面を凝視していた。
「それにね、紅子ちゃん。この本で出来るのは、それだけじゃないんだよ。モチャゴンも、もっと近づいてね。撮影タイムだよ」
そして桃子は、画面を切り替える。お次は、以前にもこの場所で使用した、カメラアプリだ。
桃子は手をまっすぐに伸ばして自撮りモードを起動させる。茉莉子と紅子を画面に寄せて、ヘノは肩の上。背後にモチャゴンと、扉の向こうの火の玉が映り込む角度に調整すると、画面をクリック。
パシャリ、という小気味のいい音とともに、画面にはその景色が保存されていた。
「すごい、すごーい! 板に今度は写真が写ってる! 桃子ちゃん、やっぱり本当の魔法使いだったの? それともタイムマシンで来た私の子孫?」
「あー、えーと……あはは、そうかもしれないね。でも、紅子ちゃんもいつの日かは、同じ魔法が使える日が来るよ。ね、茉莉子ちゃん」
「え、あの、うん……」
「すごい、不思議な本棚。この板が、何でも映す本なんだね……すごいねっ、七不思議って」
これが、七不思議の真相だ。
不思議な本棚とは、別な時代に続いてしまう図書室そのもの。紅子が力強く開けていたあの扉こそが、まさに不思議な世界へ続く扉だったのだろう。
時間を超える扉など、ただの七不思議とするにはとんでもない代物だが、妖精が人間に転生することもあるのだ。図書室の時空が歪むことくらい、あり得なくはないかな、と桃子は気軽に納得する。
七不思議巡り。最後となった図書室にて、紅子がスマートフォンの画面を眺めはしゃいでいると、それは突然に始まった。
図書室の中が、ゆっくりとぼやけていく。まるで、濃霧に包まれたかのように、景色が白く溶けていく。
咄嗟に目の前にいる紅子の手を取り、緊急の事態に備えるが、しかし不思議と恐怖のようなものは感じない。
例えるなら、そう。布団のなかで、微睡みから目覚めるような、本来居るべき場所に還るような、実体を伴わない不思議な感覚が桃子たちを覆っていく。
そして、桃子たちは気づけば、全く別な場所に立ち尽くしていた。
紅子に茉莉子。手にスマートフォンを持った桃子と、その肩にはヘノ。周囲にはモチャゴンと、火の玉たち。更には、音楽室にいたはずの楽器たちも揃っている。
突然の場所移動に思考が追いつかず、唖然として周囲を見渡すが、そこはこの一週間でよく見知った場所だった。
桃子は、直感的に。ここがゴールなのだと思い出す。
言葉にすると奇妙なことだけれど。笹川桃子でもなく。老芝桃子でもなく。七守小学校に伝わる『トイレの花子さん』の知識として、桃子はここが終着地点なのだということを知っていた。
七不思議を全て巡った先が、この場所なのだ。
「おめでとうモチャ。全部の七不思議を巡り終わって、ゴールに辿り着いたみたいモチャねえ」
「なんだか。よく分からないけど。本当にヘノも。七不思議だったみたいだな」
どうやら桃子と同じく七不思議であるモチャゴンとヘノも、同じようにこの状況を理解したようである。
全ての七不思議を巡ると、ここに戻って来る。この場所は、七不思議巡りのスタート地点でもあり、ゴール地点でもあるのだ。
「え、ここ……昇降口?」
「わ、紅子たち、昇降口に戻って来られたの? 図書室は?」
巻き込まれた児童である紅子と茉莉子の二人は困惑しているが、しかし彼女たちもここがどこだかはすぐに分かったはずだ。
ここは、彼女らが毎日利用している校舎の入り口、昇降口。二人はこの場所で消えて、この場所に戻ってきただけなのだ。
「あ、お母さん! ねえモチャゴン、あっちにお母さんがいるよ!」
まだ、昇降口の先は薄い膜を貼ったかのように、不思議な光に包まれていて、桃子の目には外の景色は見えてこない。
けれど、紅子たちには見えていた。外で自分たちを探している、家族の姿が。先生たちの姿が。
それを見て、真っ先に喜んだのは紅子だった。当然だろう、訳も分からず七不思議に巻き込まれたのだ。モチャゴンや茉莉子がいてくれたとはいえ、まだ彼女は小学四年生の子供なのだ。親が恋しくないわけがない。
「行こうよ! モチャゴンのこと、みんなに紹介してあげる! 桃子ちゃんと茉莉子ちゃんも、早く行こうよっ」
「紅子ちゃん、それなんだけど……」
紅子は、モチャゴンの手を引いて昇降口の外へと向かおうとするが、しかしモチャゴンは動かない。
そして、桃子と茉莉子の二人もまた、気まずそうな表情で、紅子を見つめている。
紅子はようやく、この場で喜んでいるのが自分だけだということに気づいたようだ。不安そうに眉を下げて、モチャゴンを、桃子を、茉莉子を振り返る。
「紅子ちゃん。モチャゴンが一緒に手を繋いで歩けるのは、ここまでモチャよ」
「え……?」
まるで、時間が止まったかのような静けさが昇降口に広がる。
火の玉たちが発する、パチ、パチ、と炎を弾けさせる音だけが、決して広くはない昇降口に、反響する。
「な、なんで? だ、だってモチャゴンは紅子が作った粘土だよ? 一緒に帰るよね? 紅子のおうち広いから、ピアノも置けるし、火の玉さんだって……一緒に帰ったって……」
「うん、紅子ちゃん。モチャゴンは、ずっと紅子ちゃんと一緒にいるモチャ。それは、約束をしたモチャ」
モチャゴンは一歩前に出て、紅子へと恐竜のようなその手を差し出す。
紅子はその手を取り、モチャゴンと視線を合わせる。モチャゴンの、優しい眼差しが、紅子を見つめる。
「でも、大きくなってお喋り出来るこのモチャゴンは、お手々を繋いで紅子ちゃんと一緒に歩けるモチャゴンは、ここまでモチャ。モチャゴンは、小さな像に戻らないといけないモチャよ。この七不思議の夢は、ここでおしまいモチャ」
この七つの怪異の織り成す不思議な世界は、ただのひと時の夢物語。
この短い夢のなかで、紅子とモチャゴンがどれだけ仲良くなろうと。どれだけ絆を深め合おうと。その夢は、覚める時が来る。
紅子がいるべき場所は、帰るべき場所は。魔力も、怪異も、魔物もいない、平穏な町なのだ。
その場所には。大きな身体を揺らしてお喋りするモチャゴンは、紅子を背に乗せて歩くモチャゴンは、一緒にカレーを食べて、踊って、笑い合うモチャゴンは、居てはならない存在だ。
「そんな……モチャゴンも、ペコちゃんも、火の玉さんも、ピアノさんも……一緒に、帰れると思って……」
「ううん、紅子ちゃん。おしゃべりは出来なくなるけどね、ボクはずっと、君と一緒にいるモチャよ。キミが作ってくれた身体で、ずっと見守っていくモチャよ」
「でも、お話出来ない……じゃ……や、だよ……」
俯く紅子に、ハグをするように。大きな丸い身体で、頬ずりをするように。モチャゴンが紅子と触れ合う。
紅子も、モチャゴンを全身で抱きしめ返す。離したくないと、一緒にいて欲しいと、全身で訴える。
「それでも、一緒にいるモチャよ。紅子ちゃんが、小学校を卒業する日も、中学生になる日も、高校生になる日も」
静かな昇降口に、ピアノの音が響く。
それは、ゆっくりとしたメロディで。音楽室で、みんなで楽しく踊ったあの曲を、静かに奏でていく。
「キミが大人になる日も。きれいな花嫁さんになる日も。ママになる日も。お婆ちゃんになる日も。モチャゴンは、ずーっと一緒モチャよ。だから、哀しまないで、大好きな紅子ちゃん」
「……だって……そんなの……先のこと、なんて……」
「ボクはね、紅子ちゃんがお婆ちゃんになるまで、ずっと、ずーっと、一緒に居るモチャよ。絶対に、約束するモチャ」
モチャゴンは、紅子に誓う。
ずっと一緒にいる。動けない身体でも、喋れない石像でも、ずっと、紅子がお婆ちゃんになる、その日まで。
「う……うぅ……わたしの……もちゃごん……」
昇降口には、寂し気に響くピアノの音と。
モチャゴンに縋り付く紅子の泣き声だけが、響いていた。
そして、しばらくの時が過ぎて。
気づけば、ピアノの幽霊の奏でるBGMが変わり、蛍の光――いや、三拍子だから別れのワルツだろうか。さよならの時のメロディが奏でられている。
もう、別れの時が近い、ということだろう。ピアノの幽霊の気の利かせ方に、桃子は少しだけ、苦笑を浮かべる。
「あのね、紅子ちゃん。私たちも、紅子ちゃんとは別な場所に帰らなきゃいけないんだよ」
「うう……桃子ちゃんも、茉莉子ちゃんも、もう会えないの? だって、学校の六年生じゃないの……?」
「私たちは、紅子ちゃんとはちょっとだけ違う場所からきた六年生だったんだよ。でもさ、いつの日か、絶対再会できるよ。ね、茉莉子ちゃん」
「うん……うん……!」
モチャゴンから離れずに。全身でモチャゴンを抱きしめたままで、紅子が桃子たちを見上げている。
涙でぐしゃぐしゃの紅子に、これ以上のさよならを告げるのは心が痛むが、それでも伝えねばならない。
今ならわかる。恐らく紅子はこの世界から帰還した後、誰も存在を知らない二人の六年生について、調べまわるのだろう。周囲に聞いて回るのだろう。神隠しにあった少女が周囲に語った「存在を忘れられてしまった、消えた子供」とは、桃子と茉莉子のことなのだ。
そしてそれはきっと、変えようのない未来……いや、決定してしまった過去である。
だけど、せめて。いつか再会できる日が来ることだけは、伝えておきたい。紅子が、希望を持てるようにと。
「だからさ、そのときは。お互いに『お久しぶり』って挨拶して、再会しようね」
「わ……わかった……頑張って……探すから……」
話しているうちにも、うっすらと、モチャゴンと紅子の姿が、空間へと消えていく。
きっと、それぞれが帰るのだ。この不思議な世界から、それぞれの、いるべき時間に。
「モチャゴンも、元気でね。紅子ちゃんを、よろしくね。ほら、茉莉子ちゃんも」
「うん。私も、紅子ちゃんとモチャゴンたちに会えて、良かった……」
「花子ちゃん、茉莉子ちゃん。楽しか……モチャよ……また……いつの日……会お……モチャ」
モチャゴンは紅子を抱きしめたまま、笑顔で消えていった。
まるで、幻が消失したかのように。そこにはもう、何もいない。
そしてそれと同時に、桃子と茉莉子の感覚に、唐突に現実感が訪れる。
気づけば周囲からはピアノのメロディもなく、火の弾ける音もない。LEDで照らされた明るい昇降口には、桃子とヘノ、そして茉莉子だけが立っていた。
「どうやら。戻ってこれたみたいだな。良かったな。桃子。マリコ」
「……うん」
「ごめんね、茉莉子ちゃん。きちんと説明できなかったんだけど、紅子ちゃんは……」
「ううん、わかってるよ。ちょっと、複雑だけど」
最後、桃子は紅子に説明してばかりで、思えば茉莉子には何の説明もしていなかったなと思う。
もしかしたら、何がなんだかわからないまま、茉莉子は紅子やモチャゴンと別れることになってしまったかもしれない。そうだとしたら、悪いことをしたなと、桃子は引け目を感じる。
だけれど、茉莉子は敏い少女だった。与えられた情報だけで、彼女もまた、紅子がどこから来た存在だったのか。紅子が一体どこの誰なのか。全て理解しているようだ。
「うん、それなら……笑顔でさ、帰ろうっか。お久しぶりって、笑顔で伝えに行こう。それがモチャゴンとの、約束だからね」
今頃――いや、50年前の今頃。紅子はきっと、母親の胸に抱かれている頃だろう。泣きながら、消えた友について訴えながら。
それを思うと胸が痛むけれど、それはもう、50年も昔の出来事だ。
だから今は、この時代の人たちに。笑顔で、ただいまをしよう。
そして、50年間もの長い間、ずっと再会を願ってくれていた少女に「お久しぶり」を伝えるのだ。
桃子と茉莉子は手をつなぎ、夜の昇降口を後にする。
一瞬だけ。
夜の旧校舎の中から、とても暖かく照らしてくれる火の玉と。どことなく寂しくも愉快なピアノの音色が。二人を見送ってくれていた気がした。