ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『学校の七不思議』エピローグ

「孫の名前が『茉莉子』だって聞いたときに、確信したのよ。あの日出会った二人は、私の孫たちだったんだって」

 

「そうか」

 

「ちょうどその頃は、鵺とか牛鬼とかでダンジョンの悲惨なニュースが続いて世間が暗くなっていた頃だったでしょう? 茉莉子ちゃんが生まれてきてくれたのは、私のなかでも久しぶりに明るいニュースだったわ」

 

「そうか」

 

「あの、ヘノちゃん? さっきから相づちが雑すぎない?」

 

 後日。

 

 桃子は、茉莉子の祖母――名波紅子とともに、カレーの下拵えをしていた。

 この日は、桃子が帰ってしまう前のせめてもの思い出にと、お泊り会として茉莉子の家へと招待されており、いま二人が立っているのはその名波家の台所である。

 桃子は、茉莉子と日葵にも一度くらい自作のカレーを食べて貰いたいと考え、夕食の調理に立候補したのだ。

 

 茉莉子と日葵は、桃子たちが作るカレーを楽しみに待ちながら、今頃はゲーム部屋でネット対戦に興じている頃だろう。

 

「六年生になった茉莉子ちゃんが七守小学校に通うことは予想できたからね。茉莉子ちゃんがいつでも七守小学校に通えるようにと思って、この屋敷を使っていた親戚と入れ違いにこの実家に戻ってきたのよ」

 

「じゃあ、あのモチャゴン部屋は、前に住んでた人の部屋じゃなくて、元々は紅子さんの?」

 

「ええ。とは言っても、沢山置いてあるモチャゴングッズの半分くらいは私じゃなくて、この家に住んでた親戚の子が集めてくれたものだけれどね。でもお陰で、モチャゴン新作の執筆作業もすんなり始められそう」

 

 玉ねぎを炒めながら、例のモチャゴン部屋についての話を聞く。

 あの部屋は、若かりし紅子――いや、七不思議から帰還してから成長した紅子が、モチャゴンの物語を執筆するのに使用していた部屋なのだそうだ。

 そう、やはりというかなんというか、児童書『モチャゴンシリーズ』の著者は、紅子だった。作家名Darjeeling。ダージリンティー、つまりは紅茶である。

 

 茉莉子と桃子を探しても見つけられないまま年月が流れていく中で、彼女は考えたのだ。桃子たちにだけ意図が伝わる物語を書いて世間に広め、向こうから見つけて貰おう、と。

 それで紅子が物語にしたのが、モチャゴンという主人公であり、桃子から聞かされた空の妖精のストーリーだった。作者名も、紅子を連想出来るものにした。

 結果的に『モチャゴンシリーズ』は当時としてはヒットして、様々なグッズも出されたらしく、桃子が古着屋で入手したスカジャンもその一つだったようである。

 

「紅子さん、モチャゴンの新作書くんですか?」

 

「ええ、ほら……上高地ダンジョンの件で、注目されちゃってるじゃない。それで、昔の知人伝いにオファーが来たのよ。タイトルはまだ決めてないけれど……うん。ストレートに『モチャゴンと七不思議』でいいかな? 花子ちゃんとペコちゃんも出していいかしらね」

 

「ヘノは。ペコじゃないけどな。好きにすればいいぞ」

 

「ありがと。私ももうお婆ちゃんになったけど、まだまだ印税稼いで、茉莉子ちゃんに財産を残さないといけないものね! このお家、広すぎてお手伝いさんを雇えるくらい稼がないと大変なのよ!」

 

「あはは、紅子さん……行動的なところは、紅子ちゃんのまんまですね」

 

 あの後、桃子と紅子は50年ぶりの「お久しぶり」で再会した。

 彼女にとって、50年間待ち望んでいたその挨拶は、とても、とても重い意味を持っていたのだろう。彼女の頬をつたう光の筋に、桃子はしっかりと気づいていた。

 とはいえ、既に60歳の紅子にとってはもう茉莉子は可愛い孫であり、桃子は孫のお友達という意識の方が強い。流石に子供の頃の様に抱き着いて泣きじゃくるようなことは無く、桃子たちに接する態度もまた、お婆ちゃんとしてのそれだった。

 

 余談ながら、七不思議の世界にてお姉さんぶって接していた対象が自分の祖母だと知った茉莉子は、しばらくの間、非常にぎこちない態度で祖母に接していたという。

 

「あ、財産と言えばね。桃子ちゃんにはお礼をしないといけないわ。子供の頃に見せてもらったスマホがあるじゃない?」

 

「え? あ、はい。これですよね?」

 

 鍋を火にかけ、アクが浮いていないか覗いていた桃子だが、紅子に言われてポケットからスマートフォンを差し出す。

 そこには、桃子、茉莉子、子供の頃の紅子、そして七不思議たちが揃った写真のデータがしっかりと入っていた。すでに茉莉子と紅子にはこの写真は送ってあるが、ものがものだけに他の人には決して見せられない、秘蔵の写真だ。

 

「このスマホについてた企業ロゴはしっかり覚えててね。40年前に出したモチャゴンシリーズの印税で、ここの企業の株をたっぷり買っておいたのよ。お陰で老後は安泰だわ、ありがとうね、桃子ちゃん」

 

「うわ、ちゃっかりしてるなあ……」

 

 このスマートフォンの有名企業は、40年前にはまだ今ほど成長してはいなかったのではなかろうか。

 その頃に大量に株を買っていたとしたら、令和の今では下手したら10倍や100倍どころではない、とんでもない価格になっていることだろう。

 思えば、モチャゴンの物語もそうだけれど、紅子はあれから未来の知識でボロ儲けしているわけだ。実にちゃっかりしたものだなと、桃子は苦笑を浮かべながら、カレーの鍋をかき混ぜた。

 

 

 60歳になった紅子は。その日、ヘノの口から、モチャゴン像にはもう魔力が宿っていないと聞かされたときには、泣き崩れていた。

 けれど、残滓から、モチャゴンがとても幸せだったことが読み取れる、と。モチャゴンが満足して消えていったのがわかる、と。そうヘノが語って聞かせたときは、泣きながらも、それでも笑顔を見せていた。

 きっと彼女は、大丈夫だろう。

 モチャゴンという支えは先に眠ってしまったけれど、彼女はいま、孫の為にも立ち止まってはいられないのだ。

 孫を支えるために、きっとこれからも、パワフルな人生を送ることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「えー?! 茉莉子ちゃんのお婆ちゃんが、モチャゴンシリーズの作者さんだったのーっ!?」

 

「うん、そうみたい」

 

 桃子と紅子の特製カレーを食べながら、日葵が驚いている。

 というのも、夕食の場の雑談で、初めて日葵はモチャゴンシリーズの作者の正体を聞かされたのだ。今まで七不思議として有名だった作品が、まさか親友の祖母が書いた話だとは思いもしなかったことだろう。

 

 なお、日葵はあの日。茉莉子が無事に帰還した後に目が覚めたのだが、昇降口での記憶は曖昧になっており、あまり覚えていなかった。

 なので、サッカー後の貧血により意識を失ってしまったのだということにして、茉莉子の神隠し事件については知らせずにおくことにした。結果的には解決したとはいえ、日葵にとってはトラウマになり得る事件だったのだ。

 忘れているならば、それがいい。

 

 記憶を曖昧にしたのは老芝奈々の持つ魔法スキルだ。

 彼女の持つ魔法スキルは、ダンジョン内では使いどころが少ないが、地上で怪異に巻き込まれた人々を落ち着かせ、時に怪異の恐ろしい記憶を無かったことにするには最適なものだった。

 適材適所、というには少々過酷な職場であるが、まだ若い奈々が怪異担当部署にいるのはそのような理由があったらしい。

 

「あはは、日葵ちゃんもそりゃ驚くよねえ。私も聞いたときはビックリしちゃったもん」

 

「私のモチャゴンが、小学校では七不思議になっちゃったでしょう? だから、なかなか言い出せなかったのよ。あの突き当りの部屋は、私が若いころにモチャゴンの小説を書いてた作業部屋なのよ? グッズが沢山あるから、あとで見せてあげるわね」

 

「っていうことはさ、桃子ちゃんが着てたスカジャンも、元はそのモチャゴンのグッズだったんだよね? すごーいっ、世間って意外と狭いんだね! ……あそうだ、お婆ちゃんにサイン貰おうかな! モチャゴン、最近また注目されてるから、きっと価値が出るよ!」

 

「うん」

 

「待って待って、日葵ちゃん、ミーハーが漏れ出てるよ、とりあえずカレー食べて落ち着いて落ち着いてっ」

 

 目の前に有名な作家がいたのだから、ついついテンションが上がってしまう気持ちも分からなくもないが、流石に親友の祖母から夕食時にサインをねだるのは少々ミーハーがすぎる。

 サッカー少女の日葵だけれど、意外と恋愛的な話に興味を持っていたり、有名作家に興奮したりと、共に過ごしているうちに別な一面が色々と見えて来た。

 桃子はより一層、日葵のことを知れた気がして嬉しくなってしまう。それと同時に、今日がお別れでなければもっと色々知れたのかな、と。心の中で、少しだけ寂しさが影を落とす。

 

 しかし今は、心に影を落とすような時間ではないのだ。カレーを食べて、心の中にもピカピカのLED照明を照らすことにする。

 

「今度新作を書くから、日葵ちゃんにはそれのサイン本をプレゼントするわね」

 

「やったー! このまま人気が出てきてモチャゴンが映画化したときはみんなに自慢しちゃおうっと! アニメとか実写ドラマのほうが先かな?」

 

「うん」

 

「え、気が早すぎない?」

 

 目の前では、日葵がモチャゴンの映画化や、実写ドラマ化について捕らぬ狸の皮算用中だった。

 アニメはまだしも、流石に実写はどうなのかとも思ったけれど。しかし、ゲーム部屋の入り口に飾られ、魔力を失った今でもなおこの家の守り神として愛されているモチャゴンの石像に視線を向けると、立体も愛らしかったなと思い直す。

 コミカルで、愛嬌もあって。少々ボリュームが大きすぎる気もするけれど、あれはあれで可愛らしいものだった。

 

 

 

 

 沢山ゲームで遊び。皆でカレーを食べて。一緒にお風呂ではしゃいで。お婆ちゃんの作業部屋を一緒に覗きに入って。そして布団を並べて。夜中までお喋りをして。

 桃子がいなくなってしまう前に。さよならの前に。

 少女たちは、最後の思い出を作っている真っ最中だった。

 

「桃子ちゃん、桃子ちゃん。東京に戻ってもさ、私たちのこと忘れないでね?」

 

「……また、いつか会える……?」

 

「もちろんだよ。二人のことも、これから何度でも思い出すし、きっとまた再会できる日が来るよ」

 

 三つ並んだ布団に寝転がり。見慣れない和風建築の天井を眺めながら、三人は言葉を交わす。

 身体は眠くなっても、寝たいとは思わなかった。ずっと、話をしていたかった。

 そして、桃子は今更になってだが、二人に伝えていない、大きな、とても大きな秘密があったことを思い出す。

 

「そうだ。あとね、ええと……最後に、二人にずっと内緒にしてたこと、白状していい?」

 

「え? 桃子ちゃん、まだ何か内緒にしてたの?! ……って、そうだよね、桃子ちゃんはギルドの女スパイだから、そう易々と素性をひとに伝えられない立場なんだもんね」

 

「うん……」

 

「あはは、まあ、そうなんだけどさ。私、七守小学校に通うにあたって、ちょっとばかし身分を捏造してたんだよね」

 

 そう。桃子は身分を捏造して小学校へと通っていた。

 というか、そもそも桃子は小学生ではないのだ。名前ももちろん偽名を使っていたのだが、年齢を8歳も偽っていたことのほうが重大である。普通にあり得ない。

 

「身分を捏造するとか、本当に女スパイじゃん、潜入捜査官じゃん! え、じゃあもしかして、桃子ちゃんっていう名前も違うものなの? まさか今ここで、私たちに真実を暴露しちゃうの?」

 

「私たち、消されちゃうの……?」

 

「あはは、ないない、単に奈々さんの妹っていう立場で潜入してたから、奈々さんの苗字を借りてたの。本当の苗字は、笹川っていうんだよ。それでね、名前はともかくとして、私の実年齢のことなんだけどね――」

 

 

 

 

 

 

 

 千葉へと帰る、プライベートジェットの座席にて。

 

 桃子は窓の下で流れていく地上の景色を眺めながら、茉莉子たちとの最後のパジャマパーティの出来事を奈々に語っていた。

 

「えっ?! それで、桃子さん。日葵ちゃんと茉莉子ちゃんは、実際の年齢を聞いてどういう反応だったんですか?」

 

「それが……全然、信じて貰えませんでした」

 

「見てたけど。信じて貰うどころか。無理して背伸びしなくていいとか。心配されてたぞ」

 

 そう、あの後。桃子はしっかりと、自分が19歳の成人女性であることを、茉莉子と日葵の二人には白状したのだ。

 正直に、サバも読まずに。

 だというのに、女児二人は全く信じてくれなかった。むしろ、女スパイだからと背伸びをするなと、流石に設定に無理がありすぎるだろうと、呆れられるやら心配されるやらで散々だった。

 まさかの最後の最後に、桃子としては解せぬオチがついてしまった形だ。

 

「……そ、そうですか……ふふ……それは、また……残念ですね……ぷっ」

 

「え?! 奈々さん、今笑ってませんか!? うわ、酷い! 奈々さんひどーい!」

 

「いえいえ! この老芝奈々、桃子さんがいくら……小学生扱い……ふふっ……されようと……ぷっ……!」

 

「こいつ。顔を伏せてるけど。滅茶苦茶。笑ってるな」

 

「うわ、やぱり笑ってるじゃないですかーもー!」

 

 飛行機の中で、苦しそうに笑いをこらえる奈々と、ぷんすかと頬を膨らませる桃子。

 きっと、事情を知らない人がこの景色を見たならば、仲の良い姉妹に見えたかもしれない。

 

 

 

「そう言えば桃子さん、あの学校の裏にあるお社は知っていますか?」

 

「ええ、日葵ちゃんたちと裏山登りついでに。あのお社が何かありました?」

 

 話は弾む。飛行機はまだ関西上空辺りだろうか。流石にスピードは速いけれど、千葉に帰るまではまだ時間がありそうだ。

 そんな中でふと、奈々が何かを思い出して、話を始めた。

 

「あのお社って、少なくとも江戸時代には既にあそこで祀られていたらしいですよ。桃子さんたちを待っている間に、校長先生から伺ったんですが」

 

 桃子と茉莉子の生還を待つ間。

 校長先生と、そして用務員のお爺さんが語ってくれたのは、遥か昔にあの場所に七つの御神体を奉納し、地域の子供たちの身の安全を願うための神社を建てたという言い伝えだった。

 だからきっと、子供たちは神様に守られているから大丈夫だよ、と。校長先生たちは弱気になってしまった奈々を慰めてくれていたのだそうだ。

 

「ああ、だから七守小学校なのかな……?」

 

「それでですね。夏には、あのお社にかがり火を投げ込む小さなお祭りがあるらしいですよ。江戸時代から続いてるんだそうです。凄いですよね」

 

「なんだそれ。火事に。なっちゃうだろ。意味が。わからないな」

 

「よく燃えませんね、お社」

 

 桃子は、あの小さなお社を思い出す。普通に木造のお社で、火なんて投げ込もうものなら炎上してしまいそうなものだが、昔からの風習とはいえ奇妙なものである。

 とはいえ、実際に江戸時代から続いていたというのなら。あのお社では、子供たちを守るため、今までも百を超える炎が奉納されてきたのだろう。

 百を超える炎たちは、今でも、子供たちを守り続けてくれているのだろう。

 桃子の脳裏には、優し気に揺らめく、数多の炎の姿が浮かんでいた。

 

「きっと、あの地域には私たちにはわからない何か、不思議な力があったのかもしれませんね」

 

「そっか。そういう地域にきっと、怪異が発生するんでしょうね。奈々さん、お仕事のし甲斐がありますね!」

 

「うああ、戻ったらまた別な仕事がぁ……」

 

「お前。もう仕事。変えた方が。いいんじゃないか」

 

 

 

 帰りの飛行機では、奈々と桃子とヘノと。三人で、楽しく会話を弾ませていた。

 

 たった二週間の設定上の姉妹だったけれど、一緒に食事をとって。一緒の事件を追いかけて。ついでに言えば、実年齢も比較的近い二人は、それなりに気の置けない仲になっていた。桃子を慕っている某後輩が見たならば、嫉妬すること間違いなしの仲の良さである。

 けれど、それでもやはり、今日でお別れなのだ。

 

「では桃子さん。改めて……この度は、魔法協会にご協力ありがとうございました!」

 

「ううん、奈々さんも、二週間の間、ありがとうございました。奈々さんとの生活、結構楽しかったです」

 

「ええ、私も。連日カレーが出てくる長崎の生活は忘れません。そうだ、これから先にまた何か小学校の怪異事件がありましたら、妹役でお願いしますね!」

 

「あはは、考えておきます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ヘノちゃん」

 

「なんだ。桃子。お腹でも空いたのか? カレールー舐めるか?」

 

「さすがにカレールーのストレートはワイルド過ぎるかな。じゃなくて、モチャゴンだけどさ……」

 

 ヘノと二人。二週間ぶりの、関東の空の下を歩く。

 周囲に人がいないタイミングを見て、桃子は巾着から顔を出すヘノに話しかけた。

 

「モチャゴンか。あいつ。最後まで。ヘノのことをペコって呼んでたな。あいつがどうしたんだ」

 

「うん……本当に幸せだったのかな、って。私たちさ、モチャゴンの最期に居合わせたのに、驚いてばかりで、何も言ってあげられなかったなって……」

 

 茉莉子も、そして50年前の紅子も、無事に家へと帰ることは出来た。

 そして、七不思議がもう揃わない以上は、不用意に新たな七不思議の門を開いてしまう児童も今後はいなくなるのだろう。結果を見るならば、大団円だ。

 ただ一つ、桃子の心にしこりとして残っているのは、モチャゴンとの別れである。

 

 茉莉子の家でモチャゴンの最期の瞬間に立ち会ったあの日。

 あの時の桃子は、何も出来なかったのだ。あのモチャゴン像は、七不思議の世界で出会った掛け替えのない大切な仲間だったにもかかわらず。

 あれは、あの七不思議のモチャゴンが紅子との約束を守り、彼女の人生を、ずっと、ずっと。50年もの長い間、見守ってきた姿だったのだ。

 

 人違いでもなんでもなく、彼の記憶のままの姿で訪れた花子とペコは、でも。彼に何か言葉をかけるわけでもなく、ただただ困惑のままに見送ることしか出来なかった。

 全てを知った今の桃子は。モチャゴンに、もっと伝えられることはあったのではないかと、今でもあの時のことを後悔しているのだ。

 

「仕方ないだろ。あの時は。本当に。何も知らなかったしな。でも。あいつは満足そうだったし。幸せだったろ。これは本当だぞ」

 

「うん……そう、なのかな」

 

「それに。あの時は分からなかったけど。あいつを生み出したのが。マリコなら。いつか……」

 

「え?」

 

「……いや。なんでもないぞ。それより桃子。カステラはもうないのか」

 

「ヘノちゃん、飛行機でおやつ分を全部食べちゃったじゃん。本当にもう、くいしんぼだなあ」

 

 そう。長崎空港から成田空港へと飛ぶ魔法協会のプライベートジェットの中で、幾つかおやつ用に買っておいた長崎のカステラを、ヘノは食べつくしてしまったのだ。

 爪楊枝――いや、ツヨマージで、それはもうひょいぱく、ひょいぱく、という勢いで。

 あれには桃子と奈々も、唖然とするやら、笑うしかないやら、という光景であった。

 

「ヘノは。くいしんぼ妖精のペコだからな。カレーも食べるし。カステラも沢山食べるぞ」

 

 モチャゴンの中では、ヘノは最後までペコだった。

 お腹がペコペコのペコちゃん。それはそれで、ヘノのもう一つの名前としては、意外とマッチしているなと、桃子は感心している。

 

「そうだねえ。花子とペコのコンビも、なかなか悪くなかったかも。ね、ペコちゃん」

 

「ん。そうだな。花子」

 

 桃子は、空を見上げる。

 この空は、遥か遠く長崎の空にも続いている。

 

 きっと、だから。この広い空のどこかでは。

 真ん丸な身体の優しい怪獣が、そうモチャよ、などと言いながら。

 

 まあるい身体を揺らしながら、笑って見てくれていることだろう。

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