ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「せーんぱい、お待たせしましたっ!」
「うん、おはよう、タチバナさん」
美少女配信者タチバナこと橘柚花は、桃子の母校でもある聖ミュゲット女学園の二年生であり、それなりに知られている凄腕探索者の一人だ。とはいえ、もっぱら探索はソロでの配信メインではあるが。
そんな彼女に懐かれてしまった桃子は、なんやかんやあって一緒にダンジョンに潜ることになってしまった。
そしてその約束の土曜日。桃子は時間より先に房総ダンジョン前に来て、いつものカレーの材料を購入してからギルドで柚花の到着を待っていた。
受付窓口にいる窓口さん――紛らわしいことにそういう名前である――に事情を話した際には驚いていたが、この二人が同じお嬢様学校の先輩後輩であることは先日のやり取りで知っていたし、何より二人のスキルを把握していたため、驚きつつも納得がいったようだった。
少し早めに受付を済ませ、あとは受付前のベンチに座り端末でダンジョン関係のニュースサイトを覗いて過ごしていると、ギルド入り口のほうから、朝から元気な少女の声が響いてきた。
「ほら先輩、名前で呼んでくださいよ。ミュゲットの後輩なんですから、呼び捨てでお願いします」
「私、下級生にもさん付けだったんだけど……。じゃあ、柚花ね。ほら、受付しちゃおう?」
「はーい」
桃子はすでに受付にギルドカードを差し出して入場受付を済ませているので、あとは柚花の受付待ちだ。
以前はこのときにギルドに預けていた巨大ハンマーも出してもらっていたが、拡縮の魔法を付与されてからは入場受付だけで済むようになり、入場が楽になった。桃子本人よりも、無駄に重たいハンマーを倉庫から運んでくる必要がなくなった窓口さんのほうがニッコニコだ。
柚花が受付に預けていた武器や防具を受け取って、それを装着し終わるのに合わせて、桃子も立ち上がり横に畳んでいたスカジャンに袖を通す。
変なキャラクターが目印の、ダンジョンに入るときには毎回着ている、古着屋で購入した一張羅だ。
「では先輩、いきましょうか……って、うわあ」
じゃあ行こうかと歩き出そうとするが、何故だか柚花が立ち止まり、桃子の衣装をまじまじと眺めている。上から下まで。それはもう、ガン見だ。
何か変なところあったかな? 裏返しだったかな? と桃子も自分の服装をチェックするけれど、いつもと変わらない。
動きやすいショートパンツにハイソックス、ヘノのための大きなポケット付きトレーナー。そしてスカジャン。大体はこんなものだ。
「何か変なところあるかな?」
「いや、変というか、可愛らしくはあるんですけど。先輩、失礼ながら伺いますけど、服装のこだわりポイントは?」
「動きやすさ、かな?」
「な、なるほど。えと、それって多分子供服だと思うんですけど……」
「えー、そうなのかな? サイズぴったしなんだけど」
桃子はファッションには比較的無頓着である。
というより、友人と遊びに行くときなどはきちんと服装も考えるが、ダンジョンに入るときはどうせ人に見られないのだからと、早々に服装を考えることをやめていた。
スカジャンも今でこそ愛用の一着ではあるが、古着屋でたまたま目立つ場所にあって、生地が丈夫そうな上にお値段が手ごろだったというだけである。見た目とかそういうのはさほど考えていなかった。
一方柚花は、軽装鎧の下はいつぞや動画でみたスカートルックと違い、今日はハーフパンツに緑色のパーカー。桃子的には、山に登りそうな女の子の服装、いわゆる山ガールといった印象だ。
「先輩。今度一緒にお洋服買いに行きましょうね」
「えー、そんなに変かなあ。ポケットも多くて便利なのに。まあ、機会があったらね?」
「ミュゲットの後輩が見たらショック受けますよ……」
橘柚花は知っている。
柚花が通っている、そして桃子の母校である聖ミュゲット女学園は、基本的には良いとこのお嬢様が集う学校だ。
過去にブームになったというお嬢様学園アニメのように、お姉さま、とまでは呼ばないものの、それに近しい雰囲気があるのは事実である。
下級生から見れば、桃子もまた尊敬すべき上級生の一人であり、ましてや劇の役名とはいえ学園の妖精とまで言われていた存在なのだ。決して、ポケットが多くて便利だとか言って子供用スカジャンで出歩く存在ではないのだ。
後輩が見たら、ショックを受ける子もいるだろう。
というか、柚花が現にここで、ショックを受けていた。
「まあ、服はいいとして。先輩、ちょっと済みませんけど、入ってしばらくは配信用のドローンカメラだけ飛ばしておいていいですか? 今日は、配信するわけじゃないんですけど……」
「わっ凄い。魔石ドローンカメラなんて、すごい高級品じゃない。でも、配信しないのにドローン飛ばすの?」
ダンジョンの入り口の門で守衛さんに挨拶をしてから、中に踏み込む前に柚花がドローンを飛ばす。これは魔石技術の一つで、ドローンの動力に魔石を組み込んだ高級品だ。
複数パーティならばまだしも、ソロの配信者となると、自分の顔を映すにはこのような道具が必要になるのだが、桃子は実際に間近でそれを見るのは初めてだった。
「桃子先輩の場合は特殊なので、あまり当てはまらないかもしれないですけど。女の子だけのパーティって、敵はモンスターだけではないんですよ。配信カメラって、そういう危険から私たちのこと守ってくれるんです」
「そうなんだ? なんか、配信って色々あるんだねえ」
なんだか苦笑を浮かべながら小声で説明するタチバナだったが、そもそも【隠遁】のお陰でモンスターすら気にしなくなってしまった桃子には、敵と言われても今ひとつピンと来ない。
とりあえず、配信には色々とあるんだろうな、という感想しかなかった。
「ええと……まあ、桃子先輩はそのまま純粋でいてくださいね! そういうところ大好きです! では、視聴者の皆さんこんにちは! 美少女探索者タチバナです♪ 今日も房総ダンジョンに潜りますよー。ほら、先輩も!」
「えと、こんにちはー? もぐりまーす」
起動させていない配信カメラに向かって元気に挨拶をする柚花。
桃子も柚花をまねて、手に持った大きなクーラーボックスをカメラに映るように見せる。無論、カメラは何も撮影はしていないが。
周囲にいた男性探索者グループが、配信に入り込むのを嫌っているのか二人から距離を取り始めたが、ただそれだけ。
なんだかよく分からないままの桃子も一緒にカメラに話しかけるが、頭にはハテナが浮かぶだけだった。
そして、ざっくざっくと房総ダンジョン第一層を歩きだして。
いつもなら、そろそろ他の探索者も桃子のことを認識しなくなっているあたりで立ち止まり、意味もなく柚花へ振り返って手を振ってみる。
「どう? 本当に私のこと見えてる? もうそろそろ忘れちゃってたりしない? パタパタパター」
「うわ可愛い……っじゃなくて、見えてますから、効果音を自分で口にしてまで手を振らないでも大丈夫ですよ、先輩」
桃子が、柚花の前に出てきたり、横を歩いたり、周囲をぐるぐる回ってみたりしているが、柚花は桃子を見失ったりしない。
柚花のスキル【看破】は、他の人間には認識できないものを認識できるようになる。
なんなら桃子には見えない様々なものすら色々と感じ取れているのだが、今は少なくとも桃子の姿をはっきりと捉えている。
「へえー、なんか新鮮だなあ」
最近の桃子にはヘノという相棒はいるものの、それでも長年誰にも気づかれない探索を続けていたので、こういうのはとても新鮮だ。
ダンジョンに潜り始めて五年目。ダンジョン内で人と目を合わせるのが今日初めてのことだったので、ちょっとテンションが上がっている。
「あのお、先輩?」
「ん? なにかな?」
木々の間を、楽しそうにはしゃぐ桃子に、柚花は遠慮がちに声をかける。
「もう一応ダンジョンですし、武器くらいは用意しておいたほうがいいと思うんですけど」
「あっ、そうだね! 一応は魔物がいるもんね!」
柚花から見て、この年上のはずの少女はどうにも警戒心が希薄である。見てて心配になるくらいに。
ダンジョンに入っても武器を出すわけでもなく、手には大きなクーラーボックスだけ。いくら房総ダンジョンが緩いと言われていても、さすがにこんな呑気な人はそうはいないものだ。
柚花に言われてから慌てて小さなハンマーを取り出す桃子を見て、この可愛い人は、今まで本当に魔物に襲われることすらなく過ごしてきたんだなと、ようやく実感できてきた。襲われないのなら、警戒心もないのだろう。
とはいえ、共にいる柚花は魔物たちから丸見えだ。桃子がどれだけ気配を消していようが、ともにいる柚花が消えているわけではないので油断は即命取りだ。両の腰にセットしてある双剣はいつでも引き抜けるようになっている。
「桃子先輩のそのハンマーって、見たところ拡縮の魔法が付与されてるんですよね。どこでそんなもの入手したんですか?」
「うーん、それは……うーん、ちょっと待ってね、今考える」
「あ、いや、いいです! 気にしてませんから進みましょう!」
興味本位で聞いてみたものの、実は柚花は以前桃子とギルドで出会った際に、こっそりとクズ魔石を使って【看破】を発動させて桃子を覗いたことがある。
その際に、桃子の懐から顔を出していた木槌に魔法が付与されていることも知っていたので、今さら驚きはしない。
どちらかというと、「今考える」という雑な返答のほうが驚きであった。
「ところで、桃子先輩。スタスタ進んでいきますけど、どこか目的地があるんですか? そのクーラーボックスも、何に使うんですか?」
「んー、今日は柚花と一緒に釣りでもしようかなと思ってたんだけど、どうしたものかな……」
「釣り? いいですね! やったことないですけど!」
桃子の今一つはっきりしない台詞にやや疑問を感じつつも、柚花は納得して桃子の後に続く。ではあのクーラーボックスはそのためのものなのだろう。
桃子の小さな体躯には大きくて邪魔そうだが、中身が空っぽだから大丈夫とのことだった。あそこに魚を詰めて帰るのだろうと考えた。
そのまま暫くの間、当たり障りのない会話をしながらも、迷いなく木々の間を進んでいく楽しそうな桃子と、それを後ろから不思議そうに、そして心配げに観察する柚花。
柚花は桃子が不思議な魔力を纏っているのが見えるので、おそらくあれが【隠遁】というものなのだと予想はつく。が、頭でそれを理解はしているものの、どうしても目の前で無警戒な子供が危険な森を進んでいっているように見えて、見ていてハラハラしっぱなしだった。
それに加えて、柚花の予想だにしない展開が訪れるのはすぐだった。
桃子が森のけもの道を抜けていく。向かう先はルートから外れた小高い丘の上。柚花は知る由もないが、桃子がつい先日も、ヘノと語り合っていた場所である。
ところで、実は桃子がけもの道をかき分けている最中から、柚花の目は捉えていた。桃子の真上を飛ぶ、ふわふわと漂う薄い緑色の光と、そして同じく薄い蒼の光を。
「うーん、ここら辺だと思うんだけど、もうちょっと先かなあ?」
桃子は気づいていない様子で、そのまま上り坂になっている獣道を進んでいく。
が、これは間違いなく妖精だ。よく見たら、大きさにして6cm程度の小さい女の子たちが光を放っている。
長い緑色の髪の無表情な少女と、蒼いミディアムヘアの俯き加減の女の子が、桃子のことを眺めて何か話している。ときたま、柚花のほうも見て何か言葉を交わしているが、何を言っているかまでは聞こえなかった。
「あ、あの、先輩」
「うん? 何かあった? ちょっと待ってね、もう少ししたら景色が良い所に出れるんだよ」
「あ、はい、わかりました」
柚花は葛藤する。
すぐ近くに妖精が降りてきていることに気づいていない桃子に、そのことを知らせるべきか。
それとも、自分にしか見えない存在ならば、このまま気づかないフリをしたほうがいいかもしれない。
柚花の【看破】は、他者が己に向ける感情すらも見通してしまう。
人は必ずしも善意で出来ているわけではないし、自分にしかわからないことを吹聴してもいいことなど何もないのだと知っていた。
それでも。
「すごい、桃子先輩。本当に妖精に好かれてたんだなあ……」
どうやら、ドワーフが妖精に好かれているという噂は本当だったのだなと、それだけは確信できた。
【とある妖精たちの会話】
「あのぉ……ヘノ、なんで私が巻き込まれるんですかぁ……?」
「仕方ないだろ。お前が一番。魚とかに詳しいんだからな」
「でもでもぉ、人間は怖いんですよぅ……めそめそ」
「ニムは。相変わらず。湿っぽいやつだな」
「うぅ……ヘノは、ドライすぎます」
「ニム。見ろ。桃子が後輩を連れて入ってきたぞ。本当にあいつ。桃子が見えているみたいだぞ」
「わぁ……あの後輩さん……ほかにも色々と見えてそうですねぇ……」
「ちらちらと。あれもこれも。見てるな」
「で、でも、桃子さんの話では……そんなこと、聞いてないんですよねぇ?」
「よし。少し。興味が出てきたな。ヘノたちも。もっと近づいてみるか」
「うぅ……後輩さんに、じっくり見られてます……こ、こわい」
「近づいたからな。でも。桃子は。まだ気づいていないぞ」
「桃子さん……警戒心が、薄いんじゃないでしょうか……」
「桃子は。そこが桃子だからな。それにしても。後輩は。何もしてこないぞ」
「うぅ……虫取り網で追いかけられたり、しなくてよかったですけど……」
「しかしなんだか。言われてみると。後輩と比べて。桃子は警戒心が。薄いな。大丈夫か?」
「えぇ……それたった今、私が言いましたよねぇ?」