ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
とある日の深援隊
仮称、山形ダンジョン。
一部の者たちには『桃の窪地』と呼ばれるこの山間の集落に出現したダンジョンは、現段階ではまだ一般探索者への門戸は開かれていない。
昨年の秋にダンジョンが発見されてから、この集落は急速な変化を遂げている。ダンジョン周りの施設を建てるために、まず道路が鋪装された。そして次に、業者や関係者が駐留するための簡易的な建物が増築されていき、小さな村だったそこは、多くの人間が行き来する土地になりつつあった。
しかし、ダンジョン周りの改築は現在難航している。
その理由の一つとしては、窪地にある洞がダンジョンの入り口として認定されているにも拘らず、窪地そのものにも魔力が存在しているという特殊過ぎる地形がある。ギルドを建てるにも、囲いや門を立てるにしても、どちらにせよ大規模な計画的工事が必要となっており、半年ではまだまだ整備が整わないという状況である。
更にはその上で、世界魔法協会がこの土地に旗を立てたのも混乱を加速させている。というのも、世界魔法協会会長であるクリスティーナが直々にこの土地を訪れ、この地に魔法協会日本支部の重要拠点を作ることを決定した為、ダンジョン庁もてんやわんやの状態であった。
そんな混乱のさなかにあるこのダンジョンには、先遣隊として選ばれた探索者パーティ『深援隊』メンバーだけが現在、入ることを許されていた。
これは、遠く長崎の地で、一人の少女が小学生として活動している間に紡がれていた、とある深援隊メンバーのエピソードである。
ダンジョン第一層。仮称『雪の果樹園』にて、一人の深援隊メンバーが今、人生の中でも5本の指に入るかもしれない危機に陥っていた。
この階層には深々と雪が降り続き、その雪の中でダンジョン特有の果樹が多く実っているのが特徴だ。
そこに出没する魔物は、小型の魔獣タイプのものがメインである。個々の魔獣そのものは大した強さではないのだが、しかし動きが速く、そして群をなしている場合が多い。
個々の動きにばかり気を取られていると、視界の外から不意打ちが飛んでくる。一度魔獣のペースに陥ってしまえば場合によっては怪我では済まないため、難易度としては房総ダンジョンや香川ダンジョンの比ではない。
だがしかし、その魔獣とは全く関係のないところで。むしろ、魔物など周囲に現れていないにも拘らず。
その第一層に、一人の男の絶叫がこの日、響き渡った。
「う、あああぁぁ!!? 俺の、俺の身体がぁああっ!!!」
「サカモト! おいサカモト! ……お、お前……どうした、その身体、腹が割けて……!!」
苦しみの絶叫を挙げているのは、深援隊でも下手をすればリーダーである風間以上に知名度の高い男、サカモトだ。
彼は昨年、遠野ダンジョンで一時行方不明となり、半年ほど妖精の花園で眠り続けたという経歴がある。更には、遠野ダンジョンに住まう座敷童子の童女に救われたという逸話つきだ。
しかし、彼が有名なのはその逸話だけではなく、その在り様にこそある。
敵味方の魔法に耐性を持つ固有スキル【魔法耐性】を持ち、怪我をすれば治療の魔法も防いでしまう。そのため彼は、怪我をしないようにと防御力に特化した装備を追求していき、最終的には全身鎧姿と化した。
ダンジョンで防具を着込むのはおかしいことではない。けれど、あたかも中世の騎士の如き全身鎧を着こむ探索者など、さすがにいない。そんなもの、現代では彼、サカモトくらいのものであろう。
その特異な容姿から、彼は『鎧マン』の愛称とともに、ダンジョン界隈ではかなり高い知名度を誇っていた。
だがしかし、その鎧マンにいま、とんでもない危機が訪れたのだった。
「ああ、俺の身体が……腹が、割けて……中身が……そ、そんな……」
「く、くそ! すぐに脱出するぞ! おい、しっかりしろ! 鎧が砕けただけで、お前は無傷だ! 正気に戻れ!」
仲間とともに第一層の巡回中。たまたま、木に実っていた美味しそうな果実を採取しようとして、身体を大きく捻ったそのとき。
ベキィッ!! と、物凄い音を立てて。
無残にも、彼の腹が――否、鎧の胴体が、見事に裂けてしまったのである。
己の身体が突然砕け散る音にサカモトは悲鳴をあげて、砕けた鎧の破片を抱きしめ、絶望の涙声を上げていた。
「これはまた、見事にぱっくり割れてますわね、鎧が」
「姐さん、治癒魔法で俺の鎧治してくださいよぉ……うぅ、俺の身体が割れてしまったぁ……」
「落ち着けサカモト。この鎧はお前の身体じゃないし、人体じゃないから治癒は効かない。わかるな?」
ダンジョンの入り口を出てすぐ。
窪地にある、神を祀るための小さな社の前で、サカモトは砕けた鎧を前にがっくしと項垂れていた。
そしてそれを呆れたように見つめているのが、深援隊の副リーダーであるオウカと、深援隊のリーダーである風間の二人だ。
防御の要であるサカモトのメイン武装の破損は、パーティとしても重大な問題ではある。あるのだが、鎧が砕けたのをまるで自分の身体が砕け散ったかのように泣きわめくサカモトには、二人とも非常に冷めきった視線を送っていた。
「そ、そんなあ……!! 鎌倉の土産物屋で一目惚れしてから、毎日丁寧に丁寧に磨いてきた俺の身体なんですよぉ、リーダー」
「どこで買ったのかと疑問には思ってはいましたけれど、土産物屋で購入したものですの?! 呆れましたわ。次はせめてきちんとした鍛冶職人に注文なさい」
「まあしかし、新しく注文するとしても、だ。こんな全身鎧なんてものを扱う職人が、果たしてこの時代に見つかるかどうかだな……」
驚愕の事実。サカモトの鎧はまさかの土産屋の一点ものであった。
というのも、これはサカモト本人も知らないし、ましてやメンバーたちが今後知る由もないことだけれど、この鎧はもともと土産屋の店主が、ただの趣味で購入しただけの骨董鎧であった。
そう。ダンジョンの防具ではなく、店先に立たせて客寄せに使っていただけの西洋甲冑でしかないのだ。まさかそれを実用品として購入し、ダンジョンで愛用する探索者が現れるとは当時の店主も思いもしなかったことだろう。
後から魔物寄せや錆止めの処理は施しているが、もとはただの鉄の塊。ダンジョン鉱石などの特殊素材も使っていなければ、魔法的な加護があったわけでもない、本当にただの骨董品である。
リーダーたる風間は考える。
メンバーの防具として、土産物レベルのものを再び購入させるわけにもいかない。だからと言って、令和の今の時代にきちんとした職人が制作する西洋鎧など存在するかどうかと考えると、それはそれで怪しい。
土産物屋の店主がどのようなルートでこの鎧を入手したのかは分からないが、こんなものを1から職人に発注するとなると、金銭的にも、手間的にも、かなりのものを覚悟したほうが良いだろう。
それこそ、千葉の伝説の鍛冶職人ならばこれ以上ないという鎧を作ってくれるかもしれないが、それにかかる費用や手間を想像するだけで風間は頭が痛くなってくる。
何にせよ、風間は鎧の購入について考えるのは後回しにすることにした。今は目の前にやらねばならぬことがある。
「おーいおいおい、おーいおいおい」
「はぁ、見苦しいですわね。サカモト、その姿を小梅に見せないでくださいまし。一応あの子も、深援隊の人間には憬れというものを持っているんですからね」
治療担当のオウカがサカモトの身体を上から下まで確認したが、砕けたのは本当にこの鎧だけ。サカモト自身には怪我一つない。さすがのタフネスだ。
ただ、身体は健康そのものではあるが、しかし精神的には重傷なようである。
その情けない醜態を、自分の弟子でもある小学生の少女の前では晒さぬように忠告だけは忘れない。
「はっ、そうだ! 少女の前で俺が情けない姿を見せるわけにはいかない! ……あぁ、でも鎧がない俺なんて、ただの俺じゃないですか」
「本当に面倒臭いな、こいつ。まあいい、天候も荒れそうだし、一旦監視小屋にこいつ運んどいてくれ。俺は砕けたという鎧の破片の回収に向かう」
サカモトの少女全般に対する想いに関しては、風間も、オウカも、他メンバーたちも思う所がないわけではない。
だがしかし、彼の場合は少女に対して性的な関心を持っているわけではなく、ただただ純粋に少女たちに恋をしており、神聖であり不可侵なものとして扱っていることを、仲間たちは承知している。だから、間違っても警察に世話になるようなことだけはないと、一応は信頼している。一応は。
もちろん、少女に信仰心を持つレベルなのはそれはそれでどうなのかと思うが、いまの所は少々アレなだけの無害な紳士としてメンバーたちの信頼を勝ち取っているサカモトであった。
「あれ? サカモトさん、鎧はどうしちゃったのー?」
「小梅、言葉遣いがなっておりませんわよ?」
「わ、師匠いたんですか! ええと、サカモトさん、鎧はどうしちゃったんですか? 怪我とか大丈夫ですか?」
窪地の入り口に建てられた、小さな監視小屋。
そこでサカモトを出迎えたのは、オウカの弟子である少女、小学五年生になった小梅である。
彼女はまだダンジョンに入れる年齢ではないものの、ダンジョン外の窪地でもスキルが使えるという特殊な土地故、すでに治癒の魔法の素質が開花している将来有望な少女だ。
とはいえ、彼女はまだこの春に五年生になったばかり。治癒をはじめとした魔力操作も、魔法に頼らない治療行為に対する知識も、オウカから見ればまだまだひよっこレベルにすら届いていない。
今は、治癒のエキスパートたるオウカの弟子として、治癒について、医療について、ついでに言うとお酒について日々学んでいるところであった。
お酒さえ飲まなければオウカは立派な師匠であり、先生だ。最近では目上の人間にも友達のように話しかけてしまう小梅に、きちんとした言葉遣いから学ばせている最中であった。
「はは、小梅ちゃん、今日も可愛いね。俺も怪我があればキミに治療してもらいたかったんだけど、残念ながら無傷なんだ」
「サカモト……何度も言っておりますけど、私の弟子に変な色目を使ったら海に沈めますわよ?」
「だっ、大丈夫ですよ。俺、少女を守り通す紳士ですからね!」
「サカモトさんって相変わらず変で面白いですねーっ」
案の定、この村に住む、そしてこの窪地に入り浸る小梅には、サカモトはただならぬ感情を見せつけていた。
そこに、少女がいる。それだけで彼にとってはここは神聖な場所と化すのだ。先ほどまで鎧を抱いていて泣きじゃくっていた大男は、少女の前では背筋を伸ばした気さくで素敵なタフガイと化す。
そして、このダンジョンの監視小屋にいるのは、小梅だけではない。
というより、小梅もこの小屋に入り浸っているだけで、小屋の主は当然ながら他にもいるのである。
「見た所、ダメージが蓄積したことによる金属の劣化ですか? 魔物にやられたわけではなくて何よりですね、サカモトくん」
「ええ、クヌギさん。どうです? クヌギさんのほら……術で、鎧を治せたりってできませんかね」
「申し訳ない。流石にそのような術に心当たりはないですね」
「そりゃそうですわよ。どこの世界に砕けた甲冑を治す魔法などありますの」
着流し風の衣装に、アンティーク風味の漂う丸眼鏡。無造作に後ろで髪を一つに絞った細身な男は、明治時代の小説に登場する気の優し気な書生のような佇まい。
彼の名はクヌギ。治療のためにこの桃の窪地に駐留しており、今では正式に深援隊のメンバーとしてカウントされているワケアリ男だ。
その正体は、香川ダンジョンに住まう魔法生物、化け狸の一人である。
その事実を知るものはこの土地でも一握りだけれど、サカモトは彼の正体を知っている側の人間だ。
とはいえ、彼が操る化け狸の様々な術も、今回の鎧の破損に関しては力にはなってくれないようである。サカモトはしょげた。
「はぁ……どうしよう。俺、鎧を着ないでダンジョンに入らなきゃならないんですかねえ」
「ありゃりゃ、サカモトさんと言えば鎧、鎧といえばサカモトさんっていう感じだったから、鎧がないのはなんだか可哀想ですね」
「小梅ちゃん、優しいね。いい奥さんになるよ。師匠みたいになっちゃ駄目だよ?」
「サカモト? あとでゆっくりお話を致しましょうか? お酒でも飲みながら」
「姐さん、俺への説教を酒を飲む理由に使おうとしてません?」
サカモトは、小学生の少女である小梅がいる前で、鎧に縋り付いて泣いたりすることはない。
なぜなら彼は、少女の前では常に紳士なのだ。
そんな彼らの、半ばコントのようなやり取りを微笑みながら眺めていたクヌギだけれど、しかし。
監視小屋の床に無造作に置かれた、経年劣化で砕けた鎧を眺めて、ふむ、と一つ。思案顔を浮かべる。
「サカモトくん。生憎、この鎧を治す術は持ち合わせておりませんが、魔力を持った鎧そのものについてならば、私にひとつ心当たりがありますよ?」
「え、クヌギさん、マジですか?!」
クヌギの術は、今回ばかりは力になれない。
だがしかし、化け狸という出自の彼の知識は、どうやら今回、何かしらの力になれるようである。
サカモトは、縋るような瞳で。純粋な少年のような瞳で、クヌギをジッと見つめる。その姿はまるで、おやつの時間に飼い主を見つめる犬のようであったと言う。
「私の故郷、香川ダンジョンの第二層。そこに、動く鎧……皆さん的には、リビングアーマーですか? が出没するんです。もしあの鎧を、素材としてそのまま入手出来れば、或いは」
「リビングアーマー素材……?! おお、うぉぉお!! かっけえ、なんですかそれ! 可能なんですか?! 行きましょう! すぐに香川に行きますよ俺!」
「サカモト。今日はもう夕方ですわよ、一旦リーダーに伝えて、予定を立ててからになさいまし」
「その際は、私もご一緒しますよ。たまには飛行機で故郷に帰るというのも悪くない」
こうして。
愛用の鎧を失い、鎧マンでなくなったサカモトは。
遥か遠い、四国は香川ダンジョンに、己のアイデンティティを求めて旅立つことを決意するのだった。