ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ポンコとサカモト

「うぉぉお、これ全部うどん屋なんですか?! クヌギさん、香川ダンジョンってどうかしてるんですか? ここ、ダンジョンなんですよね?!」

 

「はは、サカモトくんは私の期待以上の反応を見せてくれますね。このダンジョンは、雨季になるとこういう風にマーケットが立ち並ぶんですよ」

 

 ここは香川県と徳島県の県境に程近い位置に存在している、香川ダンジョン。その第一層『石造りの街』に入ってすぐの、マーケット地区だ。

 今日ここに、深援隊メンバーであるサカモトとクヌギの二人が降り立っていた。

 

 今日のクヌギはいつもの着流し姿ではなく、オーソドックスなワイシャツにパンツを合わせた、ある種『とても普通の人間』の服装である。

 一見すると、丸眼鏡の細身のサラリーマンが武器も持たずにダンジョンを歩いているようにも見えるが、この香川ダンジョンならばうどんマーケット目当てのほぼ観光客じみた来訪者も少なくないため、クヌギの容姿に違和感を覚える人もいない。

 一方サカモトだが、こちらも同じく『とても普通の人間』の服装だ。抱えている大剣だけが異様に存在感を醸し出しているが、ここはダンジョンなのだから武器を所有しているサカモトこそが探索者の本来あるべき姿だ。

 しかし、サカモトを知る人間ならば、本日の彼の姿に対してとてつもない違和感を覚えることだろう。なぜなら、今の彼は『鎧マン』の代名詞たる全身鎧を装着していないのだから。

 

 そう、本日の目的は、サカモトの新たな鎧探しである。

 

 サカモトの鎧が寿命を迎えた週の終わり。クヌギとサカモトは正式に許可をとり、深援隊の活動の一環としてこの香川ダンジョンまで遥々やってきた。

 目的は第二層に住まう動く鎧ことリビングアーマー。クヌギが言うには、鎧にダメージを与えない形でその魔物を討伐することで、高確率でその鎧そのものが消滅せずに残るのだという。

 藁にも縋る思いでクヌギとともにここまでやって来たサカモトだが、しかし今は鎧よりもなによりも、立ち並ぶうどん店に度肝を抜かれていた。

 

「なになに? お代はクズ魔石や薬草、鉱石。つまりは現金以外の物々交換なのか……なるほどなあ」

 

 このダンジョンには雨季と呼ばれる時期になると水路に大量の清水が流れ、その水を利用してうどんに自信のある探索者たちが各々の手作りのうどんを販売する店を出すといった、かなり特殊な文化が根付いている。

 ここの下層に住まう化け狸の一族であるクヌギにとっては、このマーケットの様子もとりわけ珍しいものではない。だが、どうやらこのダンジョンを初めて訪れたサカモトにとっては、非常に衝撃的な光景だったようだ。

 

 一方、クヌギはマーケットの通りに入ってしばらくすると、何かに勘付いたように足を止める。

 

「これは……ポンコ……?」

 

「ん? クヌギさん、どうしました?」

 

「サカモトくん。少し、気になる場所があるのですが、付き合っていただいても構いませんか? うどんならば後からいくらでも食べられますし」

 

 このクヌギという男は、色々とワケアリであり、深援隊に加入することになってからも、己の要望を口にすることが極端に少ない人物だ。

 桃の窪地に来るまでにも色々とあったようで、今は周囲の人々のために滅私奉公することこそが自分の償いだとでも言うような、己を律し続ける男だった。

 そのクヌギが、朝食のうどんに関する程度の話題とは言え、サカモトに頼みごとをするというのが意外で、サカモトは一瞬驚いた。だがしかし、すぐに爽やかな笑顔を向ける。

 

「ええ、勿論いいですよ! クヌギさんが行きたい場所、行きましょう! 俺も、どこへでも付き合いますからね。俺たち、仲間なんですから」

 

「……ありがとう、サカモトくん」

 

 サカモトとて人間であり、決して裏表がないわけではない。社会で生きるためには、裏表というのはどうしても必要なものなのだ。

 けれど、今の言葉に裏はない。サカモトは、クヌギを仲間だと思っている。いや、もう仲間なのだ。

 クヌギはそんなサカモトの気持ちに触れ、少しだけ眩しいものを見るように、その優し気な目を細めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「え?! 父ちゃん?! ほ、本物っすか?!」

 

「ああ、ポンコ。数日ぶりだね、元気だったかい? 父さん、今日は深援隊のメンバーとして香川ダンジョンに来てるんだよ」

 

「うわあい! 父ちゃん! 父ちゃん! いま、ポンのおうどんがあるっすよ! 食べて! 食べてーっ!」

 

「ああ、もちろんさ。ポンコが迷惑じゃなければね」

 

 クヌギの誘導のままについていくと、行き先は活気のある中央通路から大きく外れた場所。

 少し踏み出せば、魔物がいつ突進してきてもおかしくないような荒野が広がる、ほぼマーケットの外と言えるような場所である。

 

 クヌギがそこを訪れると、少し先に隠れるように設置されたテントから、フードつきのコートを羽織った一人の少女が駆け寄り、クヌギに抱き着いてきた。

 肩より少し下まで伸びたこげ茶の髪はふんわりとしていて、とても柔らかそうな質感だ。やや垂れ目がちでパッチリとした瞳に、どことなく丸っこい輪郭。文字通り、タヌキ顔と呼ばれるタイプの美少女だ。

 年の頃は、12歳から13歳ほど。小学校六年生から中学校一年生あたりの、少女から大人の女性へと羽ばたく準備に入ろうとしている年齢だろうと、サカモトはその一瞬で分析する。

 

「……あ、あの。クヌギさん、こちらの可愛らしいお嬢さんは、もしかして……?」

 

「おっと、そうだった。ポンコ、彼は父さんが世話になっている深援隊のメンバー、サカモトくんだよ。きちんと挨拶を出来るかな?」

 

「ポンは、ポンコっす! 父ちゃんの娘っすよ! ええと……うどん職人の、見習いっす! えと、ええと、父ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

 思いがけない父親の来訪が嬉しかったのだろう、父に抱き着いてサカモトの存在に気付いていなかったポンコだが、当のサカモトが声をかけることでようやくその存在に気が付いたようだ。

 慌てて、父から離れ、照れ隠しのようににへらと笑って、ペコリと頭を下げ挨拶するポンコ。その可愛らしい仕草に、サカモトはハートがキュンとした。

 

「あっ、いえ、こちらこそクヌギさんには色々とお世話になっています。ポンコちゃんか、可愛いね」

 

「……サカモトくん、同じ深援隊メンバーであるキミにこんなことを言いたくはないのですが、私の娘をあまり妙な目で見ないでくださいね?」

 

「も、もちろんです! た、ただ純粋に、可憐で可愛いなと、淡い恋に落ちていただけですから!」

 

 いくら温厚なクヌギとて、父親である。過去には、妻と娘への想い故に道を踏み外しかけた、妻子大好き父ちゃんである。

 サカモトのことは信頼に値する人間だろうと評価はしているが、それとこれとは別だった。ポンコへの恋を語るそのサカモトの様子に、少しだけ、クヌギの口元がぴくつくが、残念ながらそれに気づく者はいない。

 

「えっへへ、ポン、可愛いっすか? この姿の変化がうまく出来てるってことっすよね。嬉しいっす」

 

 父親の複雑な親心にも気づかずに、容姿を褒められたポンコは頬を赤くしてにへらと笑顔を浮かべているのだった。

 

 

 

 

 そして、そんな彼らの様子をポンコのうどん店の奥から眺めている者たちがいた。

 

「ちょっと、ポンコちゃんのお父さんだけならまだしも、なんであの人が来てるんですか!」

 

「誰だ。あれ。どこかで声は。聞いたことある気もするけど。全く覚えがないな」

 

「うぅ……し、知らない人なんじゃ、ないですかねぇ……」

 

 この日、ポンコとともにカレーうどんを作っていたのは柚花。そして、それを応援していたのが、風の妖精ヘノと、水の妖精ニムの二人である。彼女たちは、本日このダンジョンへやってくる予定の桃子を迎えるために、早くから香川ダンジョンを訪れていたのだ。

 三人は、調理場にあたる奥側のスペースから、カーテン越しにサカモト達の様子を覗いていた。

 

「あれ、深援隊のサカモトさんですよ。前に妖精の国でずっと眠ってた全身鎧の人です。何故か今日は鎧を着てないみたいですけど」

 

「ああ。あれ。イビキ男なのか。なんだかずいぶん。見た目が変わっちゃったな。あいつ。服なんて。着るんだな」

 

「い、イビキ男さん……い、いつもの身体、どこかに落としちゃったんですかねぇ……?」

 

 妖精の二人にしてみれば、サカモトというのは全身鎧姿の大男であり、鎧を着ていないサカモトなど初めて見る人間と大差ない。

 一応はそれでも、柚花の説明でどうにかクヌギと共にいるのがイビキ男ことサカモトだと理解はしてくれたようだ。しかしやはり、なんだかしっくり来ていないらしく、二人して首を傾げて不思議がっている。

 やはり、妖精の目から見ても、鎧を着ていないサカモトなどサカモトでない、ということなのだろう。

 

「とりあえず、あっちはあっちで話し込んでますし。私たちはお手伝いに徹して、先輩が来るまでこっちで隠れていましょうね」

 

 注文をされてもいないが、どうせ彼らはここに来たからにはカレーうどんを食べるのだろうと判断し、柚花はさっさと二人前のカレーうどんを器に出しておく。

 それに気づいたポンコがそれをすぐにテーブルまで運び、サカモトとクヌギの前に特製のカレーうどんを差し出した。

 

「こ、これは……まごうごとなき少女が作ったうどん! 少女うどんじゃないですか!?」

 

 サカモトが何かおかしいことを言っているけれど、柚花は聞いていないことにした。

 

 柚花ははっきり言って、少女愛好傾向を持つ男性に対しては強い偏見を持っているし、過去のトラウマ染みた記憶もあり、苦手である。

 だがしかし、あんな風でもサカモトは自分の命の恩人であり、彼が間違いなく善人と呼ばれるべき人種であることも柚花は知っている。過去にサカモトに対する辛辣な態度を桃子に注意されてからは、あまり彼を悪くは言わないようにしているし、柚花本人もわざわざ恩人を悪しきように思いたいわけでもない。

 

「これは……このほのかな苦味は、少女から大人へと成ろうとする、悩みや不安が現れているんですね! ああ……そうか……これが、思春期を迎えようとする少女の味わい……か」

 

 柚花は何も聞いていない。今はひたすら瞑想することにした。湧き上がろうとする怒りを鎮め、宇宙の真理を見つめる。

 なお、ほのかな苦味は魚の内臓である。少女の悩みではない。

 

「へ、変なこと言ってますねぇ……ポンコさん、た、食べられちゃいませんかぁ? だ、大丈夫なんですかねぇ?」

 

「大丈夫だろ。横に座ってるタヌキ父が。ずっと警戒してるしな。あいつ。笑ってるのに。なんだか怖いな。また瘴気を纏ったりしないだろうな」

 

 妖精たちも呑気にカレーうどんを味見しながら、サカモトたちについてああだこうだと話し合っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――ってなわけで、この後は師匠が香川に遊びにくるから、ポンコがおうどんを出してサプライズに挑戦するんすよ!」

 

 カレーうどんは独特の風味と麺で、とても美味しかった。大量に作ってあるというので、サカモトはお代わりもしてしまった。

 サカモトが少女の手作りうどんに感動しつつ味わっている横では、ポンコがクヌギに様々な話を聞かせている。サカモトには分からないことだが、この後にポンコの師匠という人物が香川ダンジョンを訪れるので、この店はその師匠を驚かせるために準備していたということである。

 ポンコには五人の師匠と呼べる人物がいる。あくまでメインの師匠は地味なうどん職人だが、本日訪れるのは一人目の、カレーの師匠らしい。

 

「そうか、あの子が来るんだね。父さんも挨拶くらいしておきたかったけれど、闘技場にも行かないといけないから、挨拶は難しいかな」

 

「うん。じゃあポンが、父ちゃんが来たこともお話しておくっすね! でも父ちゃんたち、もう行っちゃうの?」

 

 そう言えば、ついうっかりカレーうどんをゆっくり味わってしまったが、この日はそこまで時間に余裕があるわけではないのだ。

 サカモトはそれを思い出し、最後のスープまで全て飲み干した器をテーブルに置いてから、大きく満足感の溢れる息をついて。そして口を開く。

 

「ごめんねポンコちゃん。俺たち、下層の闘技場に行くために飛行機で飛んできたんだよ。でも、こんなに可愛らしいうどん店があるなら、もっと時間に余裕を持っておけば良かったですね、クヌギさん」

 

「ああ、全くだね。とはいえ、それを今言ったところで仕方ない。ポンコ、父さんたちはそろそろ行くよ。カレーうどん、本当に美味しかったよ」

 

「キューン、父ちゃん……」

 

 娘の髪を愛おしげに撫でるクヌギ。

 サカモトは、たまにクヌギが小梅と話している最中に、ふと、クヌギが小梅ではない別な誰かを想っているように見えることがあった。

 その『誰か』は、この遠い香川に住んでいる愛娘、ポンコのことだったのだなと。いま、心の中で納得する。

 

「うー、寂しいっすけど……父ちゃん、ちゃんとご飯食べてね! 元気でね! サカモトさんも、なんか分からないけど、頑張ってくださいっす!」

 

「うん、ありがとう! 少女の声援があれば、俺はいくらでも頑張れるよ!」

 

 父親のついでとはいえ、闘技場へと向かう前に可憐な少女から応援して貰えたことで、鎧を失い減退していたサカモトの気力は全回復した。

 恋は人を強くするのだ。恋する相手が多すぎて少々節操のないところがあるとも言えるが、しかしそれでも。今のサカモトは、普段以上に頑張れるはずだ。

 

「私から見ても、キミは本当に誠実で真面目な好青年なのに、どうしてそうなってしまったのだろうね」

 

 苦笑気味に、同行者であるクヌギが小さく呟いたけれど、熱く、熱く燃えているサカモトには。

 その言葉の意味までは、よくわからないのだった。

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