ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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グキッ 寝技だらけの鎧対決

 香川ダンジョン第二層『闘技場』は、中央に陣取るコロシアム然とした武舞台をもつ闘技場と、その周囲に広範囲に広がる石壁迷宮で構成されている。

 このダンジョンのつくりは非常に特殊であり、第一層から降りてすぐ闘技場を挟んだ正面に、第三層へと降りる階段が口を開けている。なので、更なる下層を目指す目的ならばこの石壁迷宮を探索する必要は皆無ともいえる。

 だがしかし、クヌギとサカモトの二人の目的はこの石壁迷宮にある。彼らは、闘技場や下層への階段には目もくれず、ただただ石壁迷宮を彷徨い歩いていた。

 

「クヌギさん、あいつはどうですかね?」

 

「見たところ、サカモトくんの体格と比べると小さすぎますね。倒してしまっていいですよ」

 

「了解!」

 

 動く鎧。最近ではリビングアーマーとも呼ばれるそれが、今回のターゲットである。

 サカモトの新たな鎧の素材であるリビングアーマーを探して、二人は石壁迷宮を練り歩いては、サイズを確認する行為を繰り返している。

 とはいえ、サカモトは日本人としてはかなり体格が大きく、彼が着用できる鎧となると、それなりのサイズのものが必要となる。

 サイズの小さいリビングアーマーには用がなく、合わないとみるやサカモトが大剣で両断して煤に還すという作業を、しばらくの間繰り返していた。

 サカモトの持つ大剣には、斬撃を強化するための大きな魔石がついている。もちろん所有者のパワーや豊富な魔力、適切な魔力運用が前提にはなるものの、この大剣ならばリビングアーマーを一刀に伏すことも難しくはない。

 それこそ、遠野の深淵渓谷を根城としていた大妖怪「鵺」に本当の意味での止めを刺したのもこの大剣なのだ。

 

「おお、あれはどうですか? 明らかにでかい鎧がいますよ!」

 

「ふむ……確かに、大きい鎧ですね。では、あれを捕らえて武舞台まで運びましょうか。動きを止めるので、抱えて運ぶのはお任せしますね」

 

 通路の先、他の鎧たちよりも一回り大きいサイズの動く鎧が闊歩しているのが見える。

 あれならばサカモトの体格でも問題ないだろうと判断し、クヌギはさっそく行動へと移した。

 

 化け狸、クヌギ。彼は人間の姿を模しているときは線の細い優男であり、実際に化け狸の里でも昔から身体が弱く、他の化け狸たちのように戦いに赴く体力にも恵まれてこなかった。

 だがしかし、それでも元が人間を凌駕する身体機能を持つ化け狸だ。まるで俊足の暗殺者の如き初速で動く鎧へと肉薄すると、そのまま軽くその体にタッチするように緑色の木の葉を貼り付ける。

 それで簡単に、大型の動く鎧は動きを停止する。動かない動く鎧の完成だ。

 

「うぉっ!? ……と、止まってる?! す、すごいですね。さすがはクヌギさんの術だ」

 

「私は身体が弱くて、術の研究ばかりしていましたからね。では、行きましょうか」

 

 クヌギはふぅ、と一息つき、今の一瞬で乱れてしまったワイシャツを整える。やはり普段と違う服装なためか、少々動きづらそうだ。

 サカモトがクヌギに追いついたときには既に動く鎧は完全に停止しており、クヌギの術の完成度が伺えた。

 

 いま捕らえた鎧と戦うのは、この狭い通路ではない。ここでは通路が狭すぎる上、他の魔物たちが乱入してきて計画が台無しにされてしまう恐れがある。

 なのでサカモトは、左手に大剣を。そして空いている右腕で強引に大型鎧魔物を抱え上げ、クヌギの案内に従い進んでいく。

 行き先は、他の魔物の邪魔が入らず、壁などの障害物もない場所。

 この第二層の中央部たる、闘技場だ。

 

 

 

 

 

「ではサカモトくん。打ち合わせ通り、人間の格闘技で言うところの、絞め技や関節技で瘴気の経路を壊していってください。停止の術をかけた状態で破壊すると煤に戻ってしまうので、サカモトくんの準備が出来次第、術は解きましょう」

 

 闘技場の中央。

 周囲の観客席から見下ろせるそこにはいま、武器を奪われた動く鎧と、同じく武器をクヌギに預けた素手のサカモトが向き合っていた。

 今回のミッションは、鎧を傷つけずに動く鎧を討伐すること。言葉にすると如実に分かるが、普通に考えれば無茶なミッションである。

 

 闘技場の主である巨大なゴーレムは、サカモトたちを見守るかのように、動かない。

 クヌギの説明によれば、あの巨大ゴーレムは探索者が下層への階段を求めて挑むことで、ようやく動き出すらしい。

 現に今も、サカモトと動く鎧の試合を見守るように、相変わらず微動だにせず第三層への階段を守護し続けている。

 己の持ち場でジッと、ただ佇んでいるだけだった。

 

「うっし! 俺、実家が道場やってて、小さい頃から年の離れた姉たちにゲロ吐くほど鍛えられてるんです。寝技も死ぬほど叩き込まれてますから、行けると思います」

 

「ああ、だからそういう風に……」

 

「ん? なにか変なこといいましたっけ?」

 

「いえ、では始めてください。武器はこちらで預かりますが、無理はしないように」

 

 今のやり取りのなかで、クヌギは一つの疑問に対する答えを得た。

 サカモトは、歳の離れた姉たちに肉体言語で育てられた様子である。つまり彼の中では、年上の女性――いや、一定の年齢を迎えた女性というものが、一種の恐怖の対象なのだろう。

 それが転じて年若き少女たちに恋慕の念を抱いてしまうようになったのは聊か一足飛びが過ぎる気もするが、しかしまた一つ、サカモトへの理解が深まったのは間違いない。クヌギは自己の分析に満足するのだった。

 

 そしてクヌギは何もなかったかのように、サカモトと動く鎧の試合開始の合図を示す。

 

 

 

 

 泥仕合。

 

 この試合の表面上だけを見れば、この勝負はまさにそう揶揄されても仕方がないような、地味な戦いだった。

 人間相手ならば既に再起不能だろうというくらい数々の関節を痛めつけているのだが、動く鎧に痛覚はないのか、全く苦しんでいる様子が見られない。傍から見れば、実に無意味な戦いに見えることだろう。

 

「クヌギさん……こ、これっ、本当にこのリビングアーマーにダメージ、入ってるんですかね?!」

 

「ええ、確実に。瘴気の経路が少しずつダメージを受けています。そろそろこの鎧、腕の末端は動かせなくなりますよ」

 

「マジですか?!」

 

 サカモトの目には動く鎧の身体を覆う魔力や瘴気というものは映らない。

 なので、鎧相手に締め技をかけては逃げられるの繰り返しの中で、本当に敵にダメージが入っている実感が全くなかったのだ。しかし、クヌギの言葉通りならば、この泥仕合は着実に相手の力を削り取っているらしい。

 とはいえ、これ程やってまだ、鎧の握力が弱まってきた程度である。それほどまでに、地味な成果だ。

 

「こいつ、握力が強くて、掴まれると滅茶苦茶痛かったんですけど……! 指が動かなくなると、大分楽になりますね……っと!」

 

 サカモトは、己を鼓舞するためにも脳内で先ほどのポンコの声援を思い出す。

 そして、ポンコだけではない。サカモト一推しのアニメ、ピュアキュアシリーズのヒロインたちが自分を応援してくれる姿を妄想する。そうすると、力が湧いてくる。

 そういえばポンコちゃんは今年のヒロインに雰囲気が似てたかもな、などと思いながら、サカモトは鎧との死闘を続けていくのだった。

 

 

 

 

 幾度かの攻防を経て、サカモトの体力が尽きる前に、クヌギは再び動く鎧に緑の葉を貼り付け、その動きを停止させる。

 

「そろそろ一旦休憩しましょう。あなたの体力を回復しないと危険です」

 

「はぁ、はぁ……な、なんつーか、武器で斬れば一瞬なのに、こりゃ骨が折れますね」

 

 関節を決められたままの変なポーズで固まった鎧から離れ、サカモトは大きく息を切らす。

 愛用の大剣さえあれば、この程度の動く鎧ならば一振りで切り裂けた筈だ。決して苦戦するような敵ではない。

 だがしかし、鎧を得るためとはいえ、今は敵を傷つけないという縛りを結んだ戦い方をしなくてはいけない。これは確かに、普通の探索者は絶対にやらないような、非効率的で、酔狂な戦い方だ。

 

「でも、筋はいいですよ。世の中には一反木綿を傷つけずに乱獲する探索者もいるようですから、サカモトくんもリビングアーマー狩りの道を目指してみますか?」

 

「な、なんですかそのヤバい人は……どうやったらあの布切れを傷つけずに乱獲出来るんです? 異常すぎるでしょ……」

 

 水を補給し、息を整えるサカモトは知らない。

 まさにその、一反木綿とスライムを絶滅に追い込もうとする恐怖の存在がいま、観客席にて。ぼんやりと、サカモトの泥仕合を眺めていたことを。

 

 

 

 休憩を経て、サカモトの泥仕合が再び幕をあける。

 やることは先ほどと変わりない。延々と締め技や関節技を繰り出し、着実に、少しずつ、動く鎧の身体を巡る魔力や瘴気の流れを堰き止めていくだけである。

 しかし、サカモトの気力も、流石にそろそろ底を突きかけていた。効いているのかもわからない寝技を鎧相手に延々と繰り広げるのは、なかなかにしんどい。

 

「サカモトくん、頑張ってください。ほら、観客の方々も応援してますよ」

 

「いやあ、俺は見世物じゃねえんですけど……って……嘘だろっ……?!」

 

「どうしました? サカモトくん?」

 

 鎧の両腕の力が弱まってきたのを確認したサカモトは、今は鎧の首を己の太い腕で締め付けていた。いわゆるチョークスリーパーという奴だ。

 気力が萎えても、戦いは続けていた。しかし、そんなサカモトにいま、電流が走る。

 

 視線の先の観客席。

 そこには見覚えのある少女が座っていた。あれは、探索者のタチバナ。過去に幾度か顔を合わせたことのある女子高生だ。そしてサカモトは、タチバナの横で薄くぼんやりと光っている緑と蒼の光の正体にも、勘付いてる。

 そして。それだけではない。

 

「桃子ちゃんか? 桃子ちゃんが俺を応援してくれてるのか?!」

 

「おや、あれは……桃子さんと、タチバナさんですね?」

 

 サカモトには、視えていた。タチバナの横に座る一人の少女、桃子の姿が。

 残念ながら、はっきりと見えているわけではない。しかし、サカモトの持つ【魔法耐性】というスキルは、桃子の持つその驚異の隠蔽スキルに抗える数少ないスキルの一つだ。過去にマヨイガにて彼女に命を救われたあの日と同じく、集中すればその姿を、存在を、微かに捉えることが出来た。

 

 そして、ダンジョンに住まう魔法生物であるクヌギの目は、かの隠蔽スキルである【隠遁】に妨害されることもなく、はっきりと桃子の姿を捉えていた。

 クヌギにとっても、桃子は自分の命を、そして娘であるポンコの心を救ってくれた大恩人だ。見間違えるわけもない。

 そして更には、その横に座っているタチバナという人間の少女は、クヌギの父でもある化け狸の長老の妾――というのは恐らく噂に尾ひれがついているだけだろうが、少なくともお気に入りだと聞いている。

 摩周ダンジョンでは直接言葉を交わすような機会こそ少なかったものの、自分の扮していた老執事、そして仮面の男ツインペアーの両者が人外の実力者だと分かった上で、臆せず堂々と接していたその姿にはクヌギも好感が持てたものだ。

 

「うおぉっ! 俺には聞こえます、桃子ちゃんの声援が! あははは、ヤバイ、力が無限に溢れ出てきそうです……!!」

 

「おや……いいですね。その意気です。一気にそのまま倒しちゃいましょう」

 

 想いの力というのは、馬鹿に出来ないものだ。

 実際のところ、桃子は柚花と話し込んでおり、サカモトに声援など全くかけていない。だが、サカモトには確かに届いていたのだ。桃子の声援が。

 人はそれを『幻聴』と呼ぶのだろう。けれど、今の彼にとっては、それは紛れもない桃子の声援だったのだ。

 

 その声に応えようと、サカモトの腕に力が漲ってくる。それと同時に、彼の【魔法耐性】もまた、その効果を強めていく。

 これはクヌギにとっても予想外であり、サカモト本人すら気づいていないかもしれないが、サカモトのスキル【魔法耐性】は、魔力のみならず瘴気による影響にも耐性がある。

 そのサカモトが、腕が相手にめり込まんばかりに魔物の首を絞めているとしたら。

 そう、その位置の瘴気の流れは止まってしまうのだ。まさに、魔物の糧となる瘴気の巡りを完全に断ち切ることの出来る締め技の完成である。

 

 この日。【魔法耐性】という防御系スキルは、魔物に絶大なダメージを与える締め技系スキルへの道を拓いた。

 ただし、普通に武器で戦った方が効率的なことには変わりないため、今後その締め技能力を活用する機会が訪れるかどうかは、また別な話である。

 

 

 

 勝負は決した。

 

 限界まで締め付けたサカモトの肉体が、とうとう動く鎧――リビングアーマーの身体を巡る瘴気の流れを完全に堰き止め、鎧は無傷のままに魔物としての生命活動だけを断ち切ることに成功する。

 所々、鎧の関節部分などから黒い煤が舞い消えていくが、しかし鎧そのものはしっかりと、その重量感のある実体を残したままである。

 

 鎧が動くことをやめて数秒後、横に立つクヌギがサカモトに向けて拍手を送る。

 更には、この戦いを観客席から眺めていた野次馬たちによる賛美の声と、いくつかの拍手の音がサカモトに届く。どうやらそれなりの人数がこの泥仕合を眺めていたようだ。

 ただし、サカモトは疲労により闘技場に大の字になって倒れ込んでおり、その賞賛に反応は返せない。彼が起き上がるには今しばらくの時間を必要としていた。

 

「……って! 寝てる場合じゃない! 桃子ちゃん、やったよ! ……ってあれ? いなくなってら」

 

 頭を空っぽにしてただただ倒れて体力の回復に専念していたサカモトだが、脳に血液が行き渡るにつれてようやく命の恩人たる少女が観客席にいたことを思い出す。

 慌てて起き上がり観客席を見上げるが、しかし残念ながら、先ほどまで少女たちが座っていた席は蛻の殻だ。

 

「彼女たちは先に帰ってしまったみたいですが、一応最後までは見てくれていたようですよ。特に、妖精の子たちが喜んでいたみたいですね」

 

「そうかあ……ま、ヘノちゃんたちが喜んでくれたのなら、それでいいかな」

 

 本音を言えば恩人たる桃子にこそ喜んで欲しい気持ちはあったが、しかし今の試合が人の目から見ればただの地味な泥仕合だったことくらいはサカモトとて自覚している。

 ならば、最後まで見てくれていたこと。そして小さな妖精少女たちが少なからず喜んでくれていたということで、今は満足しておくことにした。高望みはしない。

 それだけの成果でも、必死の思いでひたすら関節技をかけ続けた甲斐があったというものだ。

 

 なお。今回の戦いは少女たちを喜ばせるためではなく、あくまでサカモト自身の鎧を得るための戦いである。

 どうやら、本人はそれを少しばかり忘れてしまっているのだった。

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