ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「さて、サカモトくん。どうでしょうか? この鎧、あなたの装備として使えそうですかね?」
「はい! なんか戦ってて、心が通じ合った気がします。この鎧ならきっと、俺と一緒に戦ってくれると思いますよ」
「いや、精神論ではなくてサイズの話を伺いたいんですが」
すでに瘴気が剥がれ落ち、先ほどまでは魔物だったその鎧を見下ろして、クヌギはサカモトに声をかける。
これだけ戦って魔物素材を入手したはいいものの、実際に装着してみて全然合いませんでした、ということも十分にあり得るのだ。何はともあれ、サカモトの身体に合っているのかどうかを調べてみないといけない。
この期に及んで魔物との心の交流を語りだすサカモトに苦笑を浮かべつつ、クヌギは鎧についた煤の残りを払いながら、その各部パーツをサカモトの前に並べ始めた。
「さすがに所々は調整の必要はありそうですけど、いいですね。いけそうです。この時点でも、なんだか今までの鎧より動きやすい感じがしますね」
サカモトがリビングアーマーを撃破して、しばらくの後。
闘技場の武舞台には、獲れたての全身鎧に身を包んだサカモトの姿があった。
鎧のデザインこそ先ほど倒した動く鎧そのものであり、長年着用してきた鎧とは見映えが変わっているけれど、こればかりは慣れの問題だろう。
肝心の着心地だが、全身を包む金属鎧である以上は重量も相当なものであり、身に触れる金属は硬い。少なくとも、布地のように柔らかく身体を包み込むことは有り得ない。
しかし、さすがは魔物素材と言えよう。
これはまるで洋服のように、不思議と身に馴染む感覚があるのだ。今まで愛用してきた鎧には申し訳ないが、明らかに今までの鎧以上に着心地が良い。
例えるなら、最新技術を駆使したランドセルのフィット感だろうかと、サカモトは思う。ランドセルというのは、何十年もの間、常にフィット感が改良され続けている稀有な装備品なのだ。
尤も、あくまでそれはサカモトのイメージであり、彼が本当にランドセルの背負い心地を知っているわけではない。
もし世の中に、成人してからランドセルを背負っている物好きな探索者がいるのならば、是非ともその感想を聞いてみたいものである。
なんにせよ。いまここに、新たな鎧を入手した『新生鎧マン』が誕生した。
「魔物素材ですからね。ただの鉄で造られたものよりも上質な鎧だと思いますよ。なら、目的も果たせましたし今日は――」
ここでクヌギが言葉を途切れさせたのは、それまで動かなかった『それ』が、ゆっくりと動き始めたからである。
慣れない洋服の懐に手を入れ、クヌギは緑の葉を準備する。いつでも、術を行使できるように。
「クヌギさん。このまま帰る……というわけには、行かなさそうですね、これは」
サカモトも、それに気が付いた。
それは、闘技場の主。第三層への階段を守る門番。香川ダンジョンに存在する形ある試練そのもの。
それまで微動だにしなかった巨大ゴーレムが、ゆっくりとサカモトに向かい歩を進めていた。
全身を新たな鎧に包んだサカモトも、ゴーレムに向かい合うように立つ。その姿はまるで、決闘に挑まんとする騎士のようであった。
「……クヌギさん、俺の大剣、とってもらえますか? それと、少し離れていてください」
「……まさか、あれと一対一で? 正気ですか? わざわざ戦わずとも、帰るだけならば背後の階段で第一層に戻れば良いだけですよ?」
「いや、俺も馬鹿だなあって思いますけど。でも……」
サカモトは道場に生まれた長男である。
年の離れた姉たちに鍛えられ、結果として大人の女性に苦手意識を持つようになってしまったが、しかし彼の中には、武道で育まれた『道』が確実に存在していた。
「あのゴーレムが俺との戦いを望んでいるなら、その期待を裏切るような真似は、したくありません」
「……はぁ。わかりました。しかし決して無理をしないように。危険だと思ったら、私も介入しますから」
「はい」
それが武士道だろうが騎士道だろうが、魔物相手に説く考え方ではないだろうと、クヌギは内心呆れていた。
とはいえ、ここの主である巨大ゴーレムは他の魔物たちとは違い、無闇に人を襲うことをせず、下層への挑戦者たちと堂々と戦う、魔物というよりは役目を与えられた魔法生物のような性質を持っているのもまた、事実。
ならば、危険な状態になるまではこの青年の好きにやらせようと。クヌギは嘆息を漏らしつつも、彼の好きにやらせてみることにした。
きっと、亡き妻がこの場にいたのなら、そうしただろうから。
サカモトは、クヌギから大剣を受け取り、巨大ゴーレムへと突きつけるように、大きく構え。
吠えた。
「待たせたなあゴーレム! 俺は探索者パーティ『深援隊』のサカモトだ! いざ、勝負といこうか!」
先ほどまで、闘技場で繰り広げられていた大男と動く鎧の泥仕合を眺めていた観客たちは、続くその男の無謀な挑戦に驚きを禁じ得なかった。
中には、即座に己も観客席から下の舞台へ駆け降り、無謀な青年を止めようと行動に移した者たちもいた。
観客席でくだを巻いていた彼らとて、根は普通に良識を持つ探索者の端くれである。
先ほどまでは危険の少ない泥仕合だからこそ野次を飛ばしつつ呑気に観戦していたが、巨大ゴーレムとの無謀な戦いを呑気に眺めていられる程に悪趣味なわけではないのだ。
あのゴーレムは、複数のパーティが合同で戦って撃退するものであり、決して単独で戦うようなものではない。無謀なあの青年がゴーレムの拳で致命的な怪我を負う前に、止めなければならない。
しかし、彼ら探索者たちは。鎧の青年の戦いを前に、その足を止めることになる。
それは、何故か。
「っくはぁ! さすがに、でかくて固いなあお前!」
強いのだ。
その鎧の青年は、驚くほどに。恐らく、観客席で観ていたものたちが束になって挑んだとしても、鎧の青年ひとりに軍配が上がるのではないか、という程に。
ただならぬ重量であろう全身鎧に、並の剣を凌駕するサイズの大剣を振り回しているというのに、彼は後れをとることもなく、むしろ無駄のない動きで敵を翻弄している。
彼はゴーレムの拳の軌道を読み、躱し。多少かする程度ならば――並の探索者ならばそれで吹き飛ぶ威力だろうが――その城塞のような防御力で防ぎきる。
そして、ゴーレムの隙をみては、その大剣でゴーレムの足を斬りつける。堅牢堅固な岩の塊だというのに、鈍い斬撃音と共に、岩の足に大きく溝が掘られる。
「す、すげえぞあいつ!」
「もしかして、鎧マンじゃないか? ほら、深援隊の……!」
探索者たちは思い出す。
深援隊という高レベルパーティが存在する。
彼らは他の高レベルパーティのように、危険なダンジョンに精力的に挑むでもなく、常に深層の魔物討伐を繰り返しているわけでもない。
どちらかといえば、ギルドから依頼を受けて人助けや救助活動を繰り返す、慈善的なパーティだ。
ならば、なぜ彼らが高レベルパーティのひとつに数えられているのか。
それは、強いからだ。
リーダーである風間は、人間離れした魔力操作による破格の身体性能に加えて、そのスキルは魔物の纏う力そのものを切り裂き、斬れぬものなしと言われている。
そのサポートについているオウカは、日本有数の治癒魔法のエキスパートである。その精密な治癒魔法が、彼女の持つ明確な医学知識との相乗効果を発揮し、彼女がその場にいる限りダンジョンの死者はいなくなるとも言われている程だ。
そして。その影に隠れ、巷では鎧マンなどと呼ばれて親しまれている男がいる。それが、サカモトだ。
しかし、忘れてはならない。そのサカモトもまた、並の探索者より確実に高みに存在する実力者なのだ。
彼は、サカモトは。
高レベルパーティ『深援隊』の名に恥じぬほどに、強いのだ。
「やれ! 勝てるぞ! 鎧マン! 頑張れ!」
「うおおお! 絶対書き込む! これ! 掲示板に書き込む!」
「うぅ……は、白熱してますねぇ……が、頑張ってくださいねぇ……?」
「えっ、何してるんですかあの人?」
「わあ、なんかすごいっすね! 頑張ってくださいっすよ!」
「オラいけー! 勝てるぞー!」
「すげえなアイツ! 行け! そこだ! ぶった斬れ!」
「んふふ♪ サカモトくんもやっぱり男の子ね♪」
「えっ、何であの子がいるんですか?」
サカモトの耳に、様々な声援が届く。
名も知らぬ探索者たちが、大きな声で応援してくれている。
子供から大人へ変わろうとしている狸の少女が、声援を送ってくれている。
すでに大人として羽ばたきつつある顔見知りの女子高生も、多分応援してくれている。
可憐なる、人ならざる小さな少女たちの声も聞こえる。
「ゴーレム、お前は強い! だが……!!」
サカモトは、振り下ろされたゴーレムの拳を、大剣で防ぎ、その軌道を変える。
そして、ゴーレムがバランスを崩したその瞬間。すでに度重なる斬撃によりボロボロになったそのゴーレムの踏み込む巨大な右足へ、瞬時に踏み込み。
「俺には、背中を押してくれる少女たちがいる! だから、俺は負けない!!」
斬。
巨大ゴーレムは、その右足を見事なまでに断ち切られ、そのまま身体を支えられずに闘技場の石床へと倒れこむ。
「……っし! 俺の、勝ちだ!」
そして、その大剣をゴーレムの頸へと突きつけて、勝利を宣言する。
巨大ゴーレムは、煤になったわけではない。まだ滅んだわけではない。
だがしかし、彼は己の敗北を認め、おとなしく。サカモトに、第三層へ続く階段を、指し示すのだった。
「あ……す、すまん。俺、別に下層に用はないんだ」
ゴーレムとサカモトの間に、微妙な空気が流れていった。
「んふふ♪ お疲れ様ね♪ 勝負のあとにお酒、飲みましょ♪」
「いやさすがにいきなり酒は……って、ええ?! う、ウワバミ様、なんでここに?」
すごすごと片足のまま階段前まで引き下がるゴーレムを眺めていたサカモトの耳元に、少女の声がかけられたのはその後すぐのことだった。
突然鎧の耳元でかけられた声に、サカモトは慌てて飛び退き、それまでの疲労もありその場に尻餅をついてしまう。
サカモトが顔をあげると、苦笑まじりのクヌギとともにそこに居たのは、淡い金色の光を放つ、ひとりの妖精であった。
彼女は、サカモトたち深援隊が守護している桃の窪地の守り神。そして、サカモトの恩人のひとりである風の妖精ヘノと同様に、あの妖精の花畑の住人。
それは、桃の木の妖精クルラこと、ウワバミ様だった。
「リュウちゃんから、様子を見てきて欲しいってお願いされちゃった♪ わたし、リュウちゃんには甘いの♪」
「ええ、うちのリーダー、最近は柿沼さんとも良い感じが続いてるくせに、ウワバミ様にまで甘やかされてるんですか? なんつーか、モテモテで羨ましいやらなにやら」
「サカモトくんも、女性ファンは多いだろうに……」
良い相手が出来ないのは、恋愛の対象年齢がおかしいのが原因だろうね、というクヌギの小さな呟きはさておき。
とある事件により力を失っていたこのウワバミ様は、しばらく前からまた力を取り戻したようで、桃の窪地に出没するようになっていた。
村の人々は以前からの慣習で「ウワバミ様を見ても気づいていないフリ」を続けているけれど、サカモトやオウカといった深援隊の中核メンバーの場合、彼らは元からヘノなどの妖精の知り合いがいるため、今さら気づかないフリをするのも無理がある。
なので、出来る限り他人のいない所でという約束のもと、普通にウワバミ様の飲酒仲間としてカウントされていた。
奔放な彼女の存在が、これまた桃の窪地の状況を混沌とさせ、ギルドや魔法協会が頭を悩ませる要因に。ひいてはリュウちゃんこと風間の胃に穴が空く原因のひとつになっているのだが、当の本人はなにも気にせずに酩酊してばかりであった。
「ほら、勝利の祝杯よ♪ お口あけて♪」
「がぼっ、ま……! ウワバミ様……死ぬっ、俺……げほっ、お酒で溺れ死にますよっ」
化け狸たるクヌギは、彼女が桃の木の妖精だということは把握している。けれども、これは本当に桃の木の妖精なのだろうかという疑問も持ち合わせている。
クヌギが視線をあげると。魔法によるものか、空中から直接サカモトの口に酒を注ぎ込む危険極まる妖精が、そこにいた。
なお、厳密には。
桃の木の妖精として生まれつつあった未成熟な魔力体が、村人に祀られてきたウワバミ様という神的存在の依代となった存在。それが、このクルラという妖精である。その二つの力が融合するきっかけとなったのが、村の老人の所有していた【創造】という力だ。
当時、クルラが【創造】の力を借りて生まれ落ちたのがダンジョン内だから魔法生物と呼ばれているけれど、生まれ落ちたのがダンジョンの外ならば今ごろ彼女は怪異として扱われていたことであろう。
魔法生物か、怪異か。ダンジョンの中も外も楽しむ彼女にとっては、所属がどちらだろうが大差ないことだろうが。
「じゃあ、残ったお酒はオウカちゃんと飲もうっと♪ 楽しみだわ♪」
「げほっ……そうしてくれると、助かります」
そんな、顔見知りの守り神に酒で殺されかけたサカモトは。
未だに気管にひっかかる勝利の美酒に盛大にむせながらも、己の新たな相棒となる全身鎧に、小さく、話しかけるのだった。
「これから、よろしくな。相棒」
【とある日の工房】
「桃の字、千葉に戻ってきて早々で悪ィが、ちィっとこの全身鎧の調整を頼まァ!」
「へ、全身鎧ですか? うわ、本当だ?! でもどっかで観たような……」
「調整箇所はここにまとめてるからよ、おめェの木槌で全体的にトンテンカンで調整してってくれ。出来るか?」
「はい! もちろんです! やります!」
「所有者情報は伏せられてはいますけど……これはどう考えても、あの鎧マンさんの鎧ですよねー」
「あはは、こんな鎧着る人なんて、他にいないですもんねえ」
「桃の字が担当したって言やァ、依頼人も鼻の下伸ばして喜びそうだがなァ。ま、とりあえず頼むぜ」
「桃ちゃんが愛情込めて調整して、裏側にサインでもしてあげれば、喜ぶんじゃないですかー?」
「ええ? い、いや、しませんよ?!」
幕間 Legendary Armor 了