ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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龍宮の神域

「うわあ、沖縄だあ!」

 

 水曜日。朝から成田空港発の飛行機で鹿児島空港へ。鹿児島空港から更に乗り継いだ先の空港で、桃子は感動の声を上げる。

 そこは、本州から遥か南に位置する、美しい離島だった。空の上から見た景色も青く広い海が広がっており美しいものだったが、しかし自分の足で地面を踏みしめ、肺いっぱいに澄んだ空気を吸い込むと得られる実感がまるで違う。

 先日までいた長崎の山間の土地も空気は綺麗だったけれど、こと南の島ともなるとやはりそれとも全く違う風が吹いていた。

 

 桃子はいま、全身で沖縄を体感していた。

 

「桃ちゃん、ここは鹿児島県の与論空港。目的地はここから船で行くから、まだ沖縄じゃないですよー?」

 

「ガハハッ、桃の字はもう少し地理を勉強しなおした方がいいんじゃねえかァ?」

 

「う、うう……地図、地図アプリ……」

 

 桃子が体感していた沖縄は、鹿児島県であった。この島は鹿児島の南端に位置する与論島である。

 横で聞いていた同僚の和歌、親方から連続でツッコミが入り、所長は言葉にこそしないものの顔が笑っていた。

 桃子は顔を真っ赤にしながら、スマホの地図アプリで現在地を確認する。なるほど、沖縄にかなり近い島だけれど、現在地はどうやら鹿児島らしい。

 

 いや、いまいる場所が沖縄だろうが鹿児島だろうが、空気が綺麗で、南の島を全身で感じていることに違いはないのだ。

 桃子はそう開き直ると、空港から乗船所までの道のりを歩きながら、全身で鹿児島を体感することにした。

 

 

 

 

 桃子は鹿児島の空気を存分に体感し、乗船所から更に船に乗る。ここからは、目的地であるダンジョンが存在する小さな離島、龍宮礁までの短い船旅だ。

 目的の龍宮ダンジョンがある龍宮礁という土地は、本当に小さな島なのだ。沖縄県の本島と鹿児島県の与論島の中間ほどに位置するこの島には、ヘリポートと船着き場こそあれ、とてもではないが空港を作るほどのスペースはない。

 なので、そのダンジョンを目指す場合は、与論島、或いは沖縄本島から船を出して向かうしかない。

 

「じゃあ桃ちゃん、まだ到着までしばらくあることだし、龍宮ダンジョンについてのおさらいでもしましょうかー?」

 

「うわ、和歌さんが学校の先生みたいになっちゃった」

 

 船の景色もいいものなのだが、長い空の旅の直後に潮風をずっと浴び続けるのも少々つらいため、桃子と和歌の二人は船の中に用意されたラウンジにて到着まで休むことにした。

 もっと揺れる船を想像していたけれど、思いのほか船の揺れも少なく、気にもならない。桃子はそれに安心すると、乗客用のお茶を二人分カップに注ぎ、和歌と共にソファに腰をおろす。

 

「龍宮礁って、小さい島なんですよね? 宿泊施設とかってあるんですか?」

 

「一応、ギルド管轄の宿泊施設や関係者向けの施設はあるようですけど、一般向けの観光的なサービスは期待できないみたいですねー」

 

「じゃあ、本当に島ごとギルドの管轄っていう感じなんですね。でも、それじゃあ沖縄のお土産とかは買えないかなあ」

 

 目的地の龍宮礁は、ダンジョンとともに生まれた、実に小さな島である。

 昭和か、大正か、はたまた明治時代以前なのか。はじめに発見された時期には島ですらなかったのだが、ダンジョンの入り口が大きくなるとともにその周囲の地形がせり上がっていき、いつしかそこは小さな島へと変貌したのだという。

 名称が「島」ではなく「礁」なのは、恐らくその頃の名残なのだろう。

 

 ダンジョンが口を開いているからには、そこを管理するためのギルド施設を建てる必要はあったのだが、しかしなにぶん小さい島だ。最低限の施設だけは建てられたものの、それ以上の発展を望む規模の島ではない。

 今でも、ギルド管轄の施設しか建てられていないようだ。

 とはいえ、規模は小さいながらもこの数十年の間に育まれた自然風景も、南の島の美しい海もある。そして何より、ダンジョンがある。

 今から4泊5日の社員旅行も、そこにダンジョンがあるというだけで桃子の胸は期待に膨らんでいく。

 

 残念なのはやはり、ヘノたちに約束したお土産を買えそうにないことだろうか。

 今回は当然と言えば当然なのだが、ヘノは同行していない。

 りりたんに貰った紅珠を所持していればヘノも魔力切れなど起こすことなく自由に地上を移動出来るのは間違いないのだが、あの時価にして数千万円に届きそうな紅珠を安易に持ち歩くのは遠慮したい、というのが桃子の本音である。

 それに、和歌と同室で4泊5日を過ごす中で、ヘノにずっと隠れて貰う訳にもいかないだろう。

 

 というわけで、ヘノには沖縄の甘いお菓子をお土産にするという約束で、妖精の国で待っていて貰うことになった。

 いっそ、鹿児島土産でもいいだろうか。ヘノならお土産の産地など全く気にしないだろうけれど、しかしその場合でも約束を違えた桃子のほうが勝手に気に病んでしまいそうだ。

 

「沖縄のお土産ですかー? 確か、帰りの便は沖縄本島からの飛行機を予定しているみたいですし、そこでお土産なら買えると思いますよー」

 

「じゃあそこで、沖縄土産買おうかな。沖縄で甘い物だと、なにが有名なんでしょうね」

 

「甘い物ですかー? ちんすこうとか、紫芋のタルトとか思いつきますけど、他にもあるかもしれませんねー」

 

 しかし、お土産についてはどうやら杞憂だったようだ。

 まさか桃子のお土産事情を事前に考えてくれていたわけではないだろうが、帰りのルートは沖縄本島の空港を経由するらしい。

 ちんすこうに、紫芋のタルト。どちらも有名だけれど、ヘノはどちらの方が好みだろうか。それとも甘い物ならどれもヘノの味覚には大差ないのだろうか、と。桃子は妖精の味覚について、考察を始めるが――。

 

「あ、ほら桃ちゃん。そろそろついたみたいですよー?」

 

「うわあ……!」

 

 船の速度が落ちていく。

 どうやら目的地である龍宮礁についたのだろうと桃子はラウンジの窓から外の様子を覗き込むが、そこに広がる光景に、つい感嘆の声を上げてしまった。

 そこには、永遠に続きそうな青い空と、水平線の向こうまで続きそうな、透き通るエメラルドグリーンの海が広がっていた。

 

 

 

 

「よォし、じゃあ和歌と桃の字は相部屋だ。和歌、桃の字が迷子にならねェようにきちんとみておくようになァ?」

 

「任せてください、親方さん。桃ちゃんは私の大事な娘ですから、掴んで離しませんよー」

 

「和歌さん、同僚です! 娘じゃないですからね?! 正気に戻って!」

 

「うふふ、冗談ですよ? 慌てる桃ちゃんも可愛いですねー」

 

 船着き場に降りて辺りを見渡すと、本当にここは小さな島だった。

 ぐるりと見渡すだけでも、遠く島の端から端まで、その場から視認できる程度である。

 最低限の通り道は舗装されてはいるが、基本的には自然のままの風景なのかもしれない。島の中央には唯一人工的な建築物があるが、あれがギルドであり宿泊施設なのだろう。

 どうやら必要な施設は全て、中央の建物に内包、あるいは隣接する形で一か所に集められているようだ。

 

 桃子が自分の愛用のリュックを背負い、それとは別に用意してきた着替えや様々な道具類の入ったトランクを抱えて船から降りると、現地の職員たちがトランクを代わりに持ってくれた。

 もしかしたら子供扱いされているだけかも知れないが、正直長旅で疲れているので荷物を持って貰えるのはありがたい。

 

「がははは、和歌も案外テンションが上がってんじゃねェか?」

 

「うふふ、そうですかー?」

 

「和歌さん、カニがいましたよカニ! ほら! ほらあ!」

 

「あらー元の場所に戻してくださいねー? では桃ちゃん、まずは宿泊する部屋まで行きましょうか。足元に気を付けて、一緒に行きましょうねー」

 

「はーい」

 

 親方も和歌も、長距離移動が終わった開放感もあり、双方ともテンションが上がっているようだ。

 無口な所長も、桃子と目が合うと親指を立ててサムズアップしてきたので、桃子も親指をたててサムズアップを返しておいた。

 所長も。そして桃子も、なんだかんだでテンションは高まっているようである。

 

 

 

 

 

「うわあ、すごい景色! あ、あそこがダンジョンですかね? 探索者っぽい人たちが入っていきましたよ」

 

 建物内の宿泊施設に到着すると、そこには思いのほか立派な部屋が用意されていた。

 桃子は和歌と同室なので、ふかふかのベッドが二つ。風呂とトイレもついている。残念ながらキッチンまではついていないので、自室でカレーを作ることは出来なさそうだ。ダンジョンに期待である。

 そして、桃子が感動したのはその窓から見える景色である。

 

 先ほど外でも味わった空と海だけでなく、この窓からはダンジョンの入り口が見えた。ポッコリと地面が小山のように膨らんでおり、そこには奥深くへ続く洞が口を開いている。

 入り口には簡単な柵と門がついており、そこにはダンジョンの出入りを確認する小さな守衛小屋が隣接しているが、窓から見える人工物はそれくらいだ。

 施設の周りにしか照明がないため、夜になったら島の大半は真っ暗になってしまうかもしれない。

 

 桃子がそこを眺めていると、探索者らしき一団がその門を潜っていく姿が見えた。

 先ほどの船ではずっと和歌と二人でラウンジにいたから気づかなかったのだが、恐らくあの探索者たちも同じ船に乗船していたのだろう。

 

「あれれ? なんかあの人たち、あんまり鉱石を掘りにいく装備には見えませんね」

 

 窓から見えた探索者たちがダンジョンの中へと潜っていく姿を見送った桃子が、違和感に気付く。

 この龍宮ダンジョンは鉱石が掘れるダンジョンだというのに、ピッケルも何も持っていない。最低限の武装はしているようだが、あれでは鉱石を掘るにも、それを持ち帰るにも向いていない。

 桃子が不思議そうに首を傾げていると、ソファで休憩していた和歌が、ふいに意味深な笑みを浮かべて背後から声をかけてくる。

 

「うふふふ、桃ちゃん、あまり龍宮ダンジョンについて調べてきておりませんねー? では、ここの海にある言い伝えも知りませんかー?」

 

「言い伝え? 何でしたっけ。ええと、ニラ……なんとかっていう……?」

 

 桃子は、なにぶん長崎から帰ってきて急に聞かされた話だったので、下調べという程の下調べはしていない。

 ただ、先日柚花に龍宮ダンジョンの話をしたときに、雑談の中で柚花が何か用語を話していた気がする。桃子はともかく、都市伝説解明系の探索者を自称している柚花はその手の話には詳しいのだ。尤も、最近は柚花自身が都市伝説側にまわってしまっているので、解明系の配信活動に関してはサボりがちであるが。

 

 ニラなんとか。

 それがこの地に残る伝説だ。不思議な響きの単語だなという印象を持った覚えはあるが、すぐには答えが頭に浮かんでこない。

 

「ニライカナイ、ですねー。沖縄に昔からある言い伝えなんですけど、特にこの龍宮礁は、ニライカナイという精霊の国と通じているという言い伝えがあるんですよー」

 

「精霊の国、ですか?」

 

「ええ。言い伝えとしては、理想郷、常世の国、神の国、まあ色々と呼び名はあるみたいですけれど、つまりは精霊とされる存在が住んでいる国への入り口が、この龍宮ダンジョンだと言われているんですねー」

 

「精霊……」

 

 その話を聞いた桃子の脳裏に真っ先に浮かんできたのは、妖精たちの住まう花畑。ティタニアの治める妖精の国だ。

 妖精と精霊、響きは似ているし、どちらも明確な定義がなされた言葉ではないので、具体的な違いというのはないのかもしれない。なんなら蝶の羽根を持たないヘノやニムなどは、風の精霊や水の精霊と呼ばれても全くおかしくない外見だと思う。

 ただ、あえて言うならば。『精霊』のほうが、より神秘的なイメージをうけるのは間違いない。少なくとも、おやつのカステラを一人で食べつくしたり、ケーキの苺の取り合いで争いが勃発したりといった俗っぽいイメージはない。

 

 桃子は、ニライカナイについて静かに語る和歌を見る。いつもならばゆるふわな雰囲気で、どこか間延びした喋り方をする和歌だけれど、しかし今は、しっとりと。物語を子供に聞かせるように、ゆっくりと静かに語っている。

 言葉と言葉の間の静寂で、室内の時計の音だけが妙に響く。

 

「龍宮ダンジョンは小さいダンジョンですが、特殊な鉱石がとれます。なので、県外からは採掘目的の探索者や私たちみたいな業者が訪れることが多いのですけどー……」

 

「さっきの人たちは、そういう感じじゃなかったですね」

 

「ええ。ニライカナイを目指して……というと大袈裟ですが、この龍宮ダンジョンはある意味では一種の神域として考えられているんです。地元の人たちからすれば、採掘目的で訪れる私たちのほうが罰当たりなよそ者なのかもしれませんねー」

 

「神域、ですかー」

 

 和歌の言葉に聞き入っているうちに、桃子にも間延びした喋り方が伝染してしまった。

 

 妖精の国ならぬ、精霊の国。沖縄の海の神域

 桃子は実際に、ダンジョンの中にはそのような魔法生物の住まう世界が存在することを知っている。

 もしかしたら、本当にこの龍宮ダンジョンには神域たる精霊の国があるのかもしれない。そこを守護する魔法生物たちがいるのかもしれない。

 果たして自分は、その精霊たちに会うことは出来るだろうか。

 

 桃子は、ついついまだ見ぬ『精霊』たちについて考え込んでしまう。

 

「……といった、言い伝えがあるんですよー♪ ほーら桃ちゃん、神妙な気持ちになっちゃいましたかー?」

 

「あわわわわ」

 

 しかし、神妙な空気は一瞬にして吹き飛んでしまった。

 桃子が息を飲み、ニライカナイについて考え込んでいると、和歌が桃子をその豊満な胸に抱き寄せ、いつものように撫で回してきたのだ。

 柔らかい和歌の胸で視界が埋まり、呼吸が難しくなる。突然の危機に、桃子はあわわ状態になってしまった。

 

「ふふ、まあスピリチュアルな言い伝えがあること自体は嘘ではありませんが、あくまで殆どの探索者は絶景のパワースポットとして訪れてるだけですからねー」

 

「うわ、和歌さん、わざと神妙な感じで話してたんですね?! もー!」

 

「ごめんなさい、桃ちゃんが可愛くて、つい」

 

 気づけば、和歌の膝枕の上に桃子の顔があり、うふふと笑う和歌の顔が真上に見える。

 桃子は頬を膨らませて、ぷんぷんと怒った表情をつくって見上げるが、膝枕されながらなので迫力もなにもなかった。

 

「そういえば和歌さん。今回の社員旅行では、私も鉱石を掘っちゃってもいいんですかね?」

 

 桃子は、ピョコンと和歌の膝から起き上がると、ダンジョンのあった窓のほうをチラリとみてから和歌に聞いてみる。

 パワースポットの話題で話が逸れてしまったが、そもそも今回のダンジョンは鉱石の採掘ポイントであり、その新種の鉱石がきっかけで桃子たちもこの龍宮礁へと呼ばれたのだ。

 それはいったいどういう鉱石なのだろうか。伝説の鍛冶屋である親方が直々に見に来る鉱石、つまりは何だか凄い鉱石ということなのだろう。ちょっとばかり、桃子もそれには興味がある。

 

「採掘はいいですけど、程々にしないと、親方さんに怒られちゃいますからねー? 桃子ちゃんの鉱石の掘り方、かなり大胆だって親方さんから聞いてますよー?」

 

「うう、ほどほど、ほどほど」

 普通の探索者がピッケル等で細かく削り取るところを、桃子は初手から特大ハンマーでまず岩盤を大きく砕き割り、割れた破片から鉱石を探るといった手法をとっている。それは、親方も把握していることだ。

 だがしかし、房総ダンジョンの比較的ありふれた鉱石ならともかく、ここ龍宮ダンジョンで同じやり方をしてしまっては、周囲から白い目で見られること必至だろう。

 それこそ、どこぞの湖のダンジョンじゃあるまいし、地元の人にとっての神域をハンマーで破壊してしまうのは不味い。

 

 桃子は、勢い余って派手な採掘をしないよう、今の内から心がけるのだった。

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