ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
与論島と沖縄本島の中間に位置する、龍宮礁。
この小さな島には、その島が海面より浮上するきっかけとなったダンジョンである『龍宮ダンジョン』が存在する。
このダンジョンは、一層までしか存在しない小さなダンジョンであり、出没する魔物も時折小鬼のようなものが出現する程度で、ギルドが提示している基準に照らし合わせてもさほどの危険はないとされている。
とはいえ、ダンジョンはダンジョンだ。決してただの観光地ではない。
なので、中に踏み込む際には、動きやすく、その上である程度は身を守れる服装が望ましい。
「あら、モチャゴン。私も子供の頃、読んでましたよー?」
「桃の字みてェな若いもんが知ってるとは驚きだな。そいつァ、確か何十年も前の本だったろうに」
「最近、また話題になってるんですよモチャゴン。それで風の噂では、これの作者さんが続編を書いてるらしいですよ?」
「あら、そうなんですかー?」
というわけで、桃子は龍宮ダンジョンへ向かう上で、長崎に続いて今回もモチャゴンのスカジャンに袖を通していた。
昨年購入した冬用のジャンパーは、いくらダンジョン探索者向けの丈夫な衣装だとは言え、さすがに五月の沖縄で着込むにはちと暑い。なので、今回も長崎から継続で、モチャゴンのジャンパーの登場である。
こちらもあくまで長袖のスカジャンなので涼しい服装というわけではないのだが、元々が意外に薄い布地なので見た目ほど暑くはない。防御面でも、長年使っているうちに桃子の魔力が浸透でもしているのか、薄手の子供服の割になかなかどうして丈夫なのだ。
また、今となってはこの背中に描かれたモチャゴンが守ってくれているような気がして、着ていると不思議な心強さがある。
そして、いつも房総ダンジョンに入る際と同様の服装に身を包む桃子だが、本日はソロ探索ではない。
当然と言えば当然なのだが、今回は社員旅行という名目で桃子もこの龍宮礁へとやって来たのだ。初日の今日は案内も兼ねており、ダンジョンに入るのも工房のメンバー揃ってである。
連れ立って歩いている和歌たちも、それぞれが工房とは違い動きやすい服装を選んでいる。いつも工房で会うメンバーと共にダンジョンへ向かうのは、とても不思議な感覚だった。
「モチャゴンだなんて、なんだか懐かしいですねー。私たちの世代は、モチャゴンの冒険に憧れて探索者を目指した子も多いんですよねー」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ただ、子供たちにダンジョンの危険性を訴える上で、モチャゴンがとても楽しそうに冒険しているのが一部で問題になってしまい、当時は復刻が見送られたらしいですねー」
「な、なんか……ちょっと責任を感じちゃいますね」
40年前の児童書で描かれたというモチャゴンの冒険譚について、桃子は非常に複雑な立場であった。
元を辿れば、七守小学校の図書室にて桃子が紅子に語って聞かせた上高地ダンジョンの物語が、モチャゴンの物語の元ネタだ。桃子が語った物語を、過去に戻った紅子が脚色し発表したのが、モチャゴンの児童書シリーズである。
なので、モチャゴンが楽しそうに冒険しているのは、桃子がそう語ったのが原因とも言えるのだ。
それを読んで探索者を目指した子が多いというのは、喜ぶべきか、申し訳なく思うべきか。複雑だ。
「なんでおめェが責任感じてんだァ?」
「んー、桃ちゃんはたまに難しいですねー」
親方たちは不思議そうにしているが、しかし。
桃子は今更ながらモチャゴンの物語が世間に与えた影響を垣間見て、ぼんやりとした責任感を覚えてしまうのだった。
「では皆様、お手数ですが探索者カードの提示をお願いします」
この龍宮礁は小さい島である。島の中央にある建物を出てほんの少し歩けば、そこはもうダンジョンの入り口だ。そこには簡素な門と、小さな守衛小屋が建てられていた。
工房の四人はギルドが提供する宿泊部屋に泊まっているために、守衛がわざわざ確認せずとも身元ははっきりしているのだが、それでも仕事は仕事だ。小屋から顔を出した守衛が、四人の持つ探索者カードを順に確認し、機械に通していく。
意外なことに、とてもダンジョンに潜るようには見えない普通のおじさん100%である所長までもが、専用の探索者カードを所有していた。よく見れば、その腰元にはそれなりに立派な剣を佩刀している。普段の様子とのギャップに、桃子がまじまじと見ているのに気づいた所長は、グッと親指を立ててみせた。
そして桃子の番。守衛にカードを見せる際には例のごとく容姿を二度見されたけれど、それだけだ。どうやら子供にしか見えない探索者がいるという話は先んじて伝えられていたようで、桃子は特に何も言われることなく、守衛が監視する門を素通り出来た。
さて、そこで桃子は一つの問題に直面する。
「よォし、魔物は小さいゴブリンみてェのがたまに出るらしいが、そんくらいなら大丈夫だな? んじゃ入るぞ、和歌、桃の字」
「あのっ、その前に親方、和歌さん、あと所長さん。私のスキルなんですけど……」
「桃ちゃんのスキルというと【隠遁】ですよね? 把握してますけど、もし私たちが桃ちゃんを忘れちゃったら、ごめんなさいねー?」
工房の面々は、少なくとも入社時の桃子のスキルを知っている。
この職場で働くには【加工】が前提になっており、それを確認するために所有スキルを提出していたのだ。
なので、桃子の持つ特殊すぎる【隠遁】という能力についても、和歌たちは理解してくれていた。ならば話は早い。
「えと、それなんですけど。私のスキル、直接触れあってたら効果がなくなるので、和歌さんに触れてていいですか?」
「あら? あらあらー? じゃあ、ダンジョン内では手を繋いでおきましょうかー? 私は片手あればゴブリンくらいどうとでもなりますからねー」
「和歌。おめェはあんまし魔法をぶっ放すんじゃねェぞ? 桃の字が巻き込まれたら危ねェからなァ」
「大丈夫ですよー。ゴブリン程度に魔法なんて使うまでもないですしー」
親方と和歌のやり取りを聞きながら、和歌の手を握る。手さえ繋いでいれば【隠遁】も効果が発動しないので、少なくとも和歌は桃子のことを忘れないはずだ。
本来ならば親方と所長にも触れていたほうがいいのかもしれないが、いくらなんでも親方や所長と手を繋いでダンジョンに入るのは女子としては恥ずかしい。なので、ここは和歌とだけ手を繋いでおくことにした。
桃子が和歌の手をとれば、和歌もキュッと、桃子の小さな手を優しく握り返してくれる。母のように優しい手だった。
海に囲まれた離島にぽっかりと口を開いたその洞穴の向こうは、離島とは全く別のダンジョンの世界だ。何が待っているのか、入ってみないと分からない。
初めて訪れるダンジョンというのはいつもながら緊張するが、いつも同僚として優しくしてくれる和歌と手を繋いでいるだけで、その緊張が霧散していくのだった。
「うわ……綺麗……」
そこは、シンと静まり返った鍾乳洞だった。
他と比べて小さなダンジョンと言われているけれど、それでもダンジョンはダンジョンだ。
仮に一般的なダンジョンの広さ――房総ダンジョンならば、新宿区ひとつ分といわれている――には劣るとしても、入り口から覗いただけで全貌が見える程に狭いわけでもない。一見すれば延々と先まで続く洞窟にも見える。
桃子は、目の前に広がる新たな世界に、自然と息を飲む。
「なんだか、全体的にキラキラ光った鍾乳洞って感じのダンジョンなんですね」
魔法光で照らされ、全体的に白と青、そして銀色で構成された世界だった。どことなくひんやりした空気感だけならば、房総ダンジョン第三層である鍾乳洞窟にも似たダンジョンだ。
けれど、鍾乳洞窟とはその造形が明らかに違う。このダンジョン内の岩々は、全体的に煌めいており、そして時には透明度があり、桃子の目から見ても美しいダンジョンである。
まるで、ファンタジーアニメに出てくる水晶の世界のようだなと桃子は感想を漏らす。
「事前に聞いた話では、ここは鉱石だけじゃなくてお塩の結晶もとれるらしいですよー? 見つけたら、お料理用にいくつか採取していってもいいんじゃないですかねー?」
和歌にくっついたままの桃子がダンジョンの中を見回していると、和歌がそれに反応し、なんだかありがたい情報を教えてくれた。
鉱石は鉱石で気にはなるが、ダンジョンで採れる塩の結晶はかなり気になる。塩というのは味付けの基礎中の基礎である。流石にカレーに塩の結晶などを入れたら味がしょっぱすぎるかもしれないが、しかしカレー以外の料理のレパートリーが増えそうだ。
桃子の視線はついつい、美しい鉱石よりも塩の結晶を探してキョロキョロしてしまう。
「んで和歌。俺らは例の発掘地点とやらに向かうが、おめェらはどうする?」
「そうですねー、どうしましょうか桃ちゃん」
「まァ、桃の字の好きにするといいぜ」
「んーと、私は……えっ……?」
そんな時だ。
現地の案内人の後に続いて歩いていた親方が、後ろを歩く女性陣に声をかけてきた。和歌だけでなく、桃子にも、だ。
柚花ならば、桃子の【隠遁】を無効化するスキルを持っている。サカモトならば【隠遁】にもある程度の耐性を見せる。りりたんに至っては普通に桃子を目視している。
最後の例は比較対象に適していないかもしれないが、とにかく桃子はそのように、ダンジョン内で人間に話しかけられた経験も決してゼロなわけではない。
けれど。親方が【隠遁】を無効化できるスキルを所有しているだなんて、聞いたことがない。
「ああ、でも桃ちゃんもその鉱石が気になってたんですよねー? ひとまずは私たちも一緒に向かいましょうか? ……あら? 桃ちゃん? どうしましたかー?」
桃子は、混乱していた。
自分のスキルが発動している感覚はある。長崎の七不思議の時の様に、周囲を桃子自身の魔力が覆っているなどというわけの分からない状況でもないだろう。ならば何故、親方が自分に話しかけてきたのか。
「ん? どうした和歌、桃の字になにかあったのか?」
「……親方、なんで私のこと……私に、声をかけてくれてるんですか?」
「ああ、そういうことですかー。親方さん、桃ちゃんが不思議がってますよー? 自分の【隠遁】が効いてないんじゃないか、って」
混乱して目を白黒させている桃子の様子に気づいた和歌は、それが何でもないことのように笑みを浮かべて、親方に桃子の様子を伝えていた。
和歌の言葉を受けた親方は、あァ、と合点が言ったように一言呟いてから、足をとめて桃子と和歌の方へと振り返る。
そして親方は、和歌の横の空間に視線を向けた。
残念ながらそこには誰もおらず、桃子はそこから人ひとり分は左に立っているのだが、しかし親方が桃子を観ようとしてくれていることは理解できた。
「そりゃよォ、あンだけ毎日のようにクズ魔石でそのスキルを発動されてりゃ、俺らだって慣れるってもんよォ」
親方は、なにも見えない空間を見つめる。そこに、一人の少女が立っているのだろうと、あたりをつけて。言葉を続ける。
「今も、桃の字はそこにいるんだろ? 姿は見えなくとも【隠遁】で隠れてることくらいは分かるようになったぜ」
「そうなんですよ。私たち、桃ちゃんの【隠遁】は毎日のように何回も、多い日は何十回も味わってますからねー」
そして和歌は、手を繋いでいる少女に微笑みを向けて。
「変な言い方ですけど、忘れてることに自分で気づけるようになっちゃったんですよー?」
「え……? えぇー?!」
驚愕。
親方たちは、毎日【隠遁】を味わっていた。そして、変な慣れ方をしていた。
親方たちの語ったそれは、彼らにしてみればなんてことはない工房の日常風景であった。作業中、桃子がクズ魔石を砕くたびに彼らは数秒の間【隠遁】の効果を受けていたのだ。毎日のように、何度も、何度もだ。
結果として。工房の人たちは【隠遁】を防ぐことは出来ずとも、しかし【隠遁】のもつ違和感には気づけるようになったのだという。
会話には参加していないが、所長も和歌の横の空間に向けて親指を立てている。しかし残念。桃子がいるのはあと40センチは左だ。
しかし、何にせよ。
親方は、所長は。ダンジョン内で【隠遁】に晒されてもなお、桃子を知っている。それだけは、事実だった。
「つーってもな、桃の字がいまどういう格好なのか、ここに来る前になにを話してたのかとかは、頭に雲がかかったみてェに思い出せねェのよ」
親方が、ぽりぽりと頭をかきながらも、桃子がいるあたりを見て言葉を続ける。
「このやり取りも時間が経てば忘れちまってるかも知れねェな。でもまァ、工房で働くおめェのことまでは忘れてねェからよ。安心しな」
初めてダンジョンに入った日。
桃子は、友人たちに存在を忘れられた。声をかけても、その声は届かなかった。誰も話しかけてくれることは無かった。
それは、ヘノという大切なパートナーが現れるまで、変わらぬ桃子の孤独なダンジョン探索の風景だった。
けれど。
「お、親方ぁ……所長ぉ……う……良かった、良かったぁ……」
「ああもう、親方さんたら、桃ちゃん泣かせてどうするんですかー。ほら、よしよし、よしよし、私たちは桃ちゃんのことを忘れませんからねー?」
「お、おゥ、泣かせちまったのか? すまねえな」
柚花やサカモトのように、特殊なスキルも持たない筈の工房の人たちが。地上での桃子をよく知ってくれている人たちが。ダンジョンの中でも、自分のことを忘れないでいてくれた。声をかけてくれた。存在を認めてくれた。
その事実が。桃子の胸に棘のように刺さったままだった14歳の頃のトラウマを、いま、ゆっくりと押し流していく。そしてそれは、両の瞳から、涙となって零れ落ちる。
「親方さん、良かったですね。桃子ちゃんのお爺ちゃんとして、また一つ認められましたよー」
「お、おゥ……そりゃあ、光栄……なのか?」
事情を知らず、桃子を認識もしていないギルド職員が頭の横にハテナを浮かべる中で。
手を繋いでいる和歌はもとより、親方も、所長も。ダンジョンの中だというのに、桃子が泣き止むまで、きちんと待ってくれていた。
心の中にいた14歳の桃子が。この日、ようやく泣き止んでくれた気がした。
目もとを赤く腫らした桃子が、ぎゅっと和歌の手を握ったまま歩く。
いくら一番の若輩とは言え、社会人にもなって職場の人たちの目の前で滅茶苦茶に泣いてしまったことはかなり気恥ずかしく、出来るだけ顔を見られないように俯いて歩く。
和歌以外の人間にはそもそも桃子の顔が見えていないのだが、そこはもう気持ちの問題だ。
「桃ちゃん、足元に気を付けてくださいねー? ほら、ちゃんと前を見ないと」
「あ、はい! ……って、あれ? 和歌さん、この龍宮ダンジョンって、第一層までしかないんですよね?」
「ええ、そうですねー。そういうお話でしたけど、どうしましたー?」
「あそこになんか、別な場所に続いてそうな穴があるんですけど」
桃子が顔をあげると、いま進んでいる主洞を少し先まで行った横壁に、ぽっかりと穴が空いているのが見えた。
それは周囲に広がる支洞への穴などではなく、明らかに異質な、それこそダンジョンの入り口のような。見るからに別な場所へと続いていそうな大穴である。
「……あら、本当ですねー? 私が調べた情報には書いてませんでしたけど、あとで覗いてみましょうか?」
「どうした和歌、桃の字もか? 立ち止まってそんな場所覗いてどうかしたのかァ?」
「あ、はーい。今いきますねー。桃ちゃん、とりあえず今は採掘ポイントまで行きましょうねー」
「はーい。あ、和歌さん、カニですよカニ! ほら、ほらあ!」
「あらーカニは拾っちゃ駄目ですよー、戻してあげましょうねー」
「はーい」
横穴を見ていたら、足元にカニがいたので拾って見せつけたのだけれど、戻すように言われてしまった。確かに、今から採掘ポイントを覗きに行くというのにカニを連れて行っても仕方がないだろう。
前に、房総ダンジョンで見つけたサワガニっぽいものはとても美味しかった。
なので、次にここを訪れるときにはカニを沢山入れられる容器を持って来ようと、桃子は心に決めるのだった。