ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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謎の砂浜と雷の妖精

「もう、親方さんにも困ったものですねー」

 

 桃子たちがギルド職員に案内されて、新種の鉱石の採掘ポイントに到着してから、しばらくの後。

 龍宮ダンジョンこと『龍宮洞』の中を、和歌と桃子の二人が手を繋いで歩いていた。会話の内容は、親方についてである。

 

「あれって、私の【隠遁】の影響とかじゃないですよね……?」

 

「ええ、大好きな玩具を前にした男の子は皆ああいう風になっちゃうんですよー。男の人は、何歳になっても小学生みたいなところありますからねー」

 

「あはは……」

 

 桃子が【隠遁】の影響ではないかと心配すらしたそれは、新種の鉱石を前にした親方その人である。

 最初のうちは桃子や和歌にも時折声をかけていた親方であるが、現地の採掘スタッフたちを交えて鉱石について話し込んだが最後、和歌たちのことをすっかりと忘れて鉱石に熱中してしまったのだ。

 鉱石はどうやら既存の洞鋼とは別種の性質を持つらしく、使いようによっては画期的な道具を作れる可能性はあるらしいのだが、残念ながら会話が高度すぎて桃子にはよくわからなかった。

 

 親方たちの会議は終わらない。

 和歌が声をかけても反応がない、というか親方の耳には外野の声など聞こえておらず、あたかも和歌までもが桃子とともに【隠遁】状態になってしまったのかと錯覚したほどだ。

 どうしようかと桃子がおろおろしている隙に、いつのまにか和歌と所長が話し合い、以降は別行動で夕食時に合流しましょう、ということになった。

 

 なお、桃子はその二人のやりとりに気付いておらず、鉱石の前で所長の声を聴いた記憶がない。

 もしかして所長こそが天然の【隠遁】保持者なのでは? と桃子は訝しんで視線を送ってみたが、何を勘違いされたのか親指をグッと立ててサムズアップを返してきた。

 桃子もとりあえず、サムズアップを返したので、所長は満足げに頷いていた。

 

「桃ちゃんも、もし男の子と仲良くすることがあれば、気を付けた方がいいですよー? 全力で捕まえておかないと、すぐ後回しにされちゃいますからねー」

 

「うーん、いまのところ身近な男の人って親方さんと所長さんくらいなので、なんともですけどね」

 

 和歌は時折、男性というものがどういうものなのかを桃子に熱心に語る時がある。それはまるで、心配性の保護者のように。

 果たして、単にそういう話が好きなだけなのか、はたまた桃子のことを本当に保護者として心配しているのかは分からないが、桃子にとっては男性関係の話など現段階では全くの杞憂と言えよう。

 

 実の父親か、工房の親方と所長か。その次に話す機会が多いのはギルドの室長だろうか。少なくとも、和歌が心配するような仲になり得る男性というのは存在していない。

 何故だかどこか遠くで柚花が「それでいいんです」と頷いているような気がしたが、流石に今のは幻聴だろう。

 

 

 

 

「あ、和歌さん。さっきの横穴ですよ」

 

「あらー、本当。覗いてみましょうか?」

 

 龍宮ダンジョンは、中央に大きな主洞が通っており、そこから幾つもの支洞が枝分かれして、探索者たちはそれらを探索して回る造りになっている。その中心である主洞の壁に、ぽっかりと異質な穴が空いていた。

 枝分かれする支洞とも違う、明らかに異質なその穴を覗き込むと、やはり雰囲気の違った別な空間へと繋がっているように見える。

 事前情報ではこの龍宮ダンジョンは第一層しかない小型のダンジョンだという話だったのだが、ならばこの穴は何なのかと桃子も和歌も首を傾げる。

 

「大丈夫だとは思いますが、もし魔物が出たら私が退治しますから、桃ちゃんは離れないでくださいねー?」

 

「あ、はいっ」

 

 和歌は片手に桃子を、そしてもう一つの手には大きな魔石が嵌め込まれた魔法杖を握っている。

 聞けば、これは和歌が現役の頃に使用していた杖らしく、龍宮ダンジョンに潜るにあたり、自宅から久しぶりに引っ張り出してきたものらしい。

 桃子も、和歌が現役時代は魔法を主体とする探索者だったとは聞いていたけれど、思いのほか大きな魔石のついた本格的な杖を持ってきたので、その杖を見たときは驚いてしまった。

 並の探索者の持つ魔石ではない。それこそ、サカモトの大剣に装着されていた魔石と比べて勝るとも劣らない立派な魔石である。

 

 もしかしたら、和歌は物凄く腕の立つ探索者だったのかもしれないなと、桃子は心の中でひとりごちる。

 

 

 

 

 恐る恐る、警戒しながらその横穴を潜っていく。ダンジョン特有の魔法光に照らされたその穴は、距離にして20メートルほどのトンネルのようなものだった。

 そして、そのトンネルを抜けると――。

 

「わあ……」

 

「あらー……」

 

 沖縄に似つかわしくはない、涼し気なひんやりとした空気はそのままに。そこには、エメラルドグリーンの海、そして足もとに広がるサラサラとした砂浜が広がっていた。

 日差しはなく、周囲には白く霧がかかっている。遠方に視線を向けるが、先のほうは白い霧で覆われており、海の果ては見えない。

 

 そこは、数百メートルにも及びそうな、砂浜の島だった。はじめは鳥取の砂丘ダンジョンのような砂漠かとも思ったが、どうやら周囲を海に囲まれているようなので、やはりここは砂漠ではなく砂浜なのだろう。

 そして数百メートルほど先。その島の中央と思わしき場所には、一本の大樹が存在していた。地面から立ち上がるかのように伸びた独特の根の形からして、もしかしたらあれは巨大なガジュマルの木なのかもしれない。大樹の高所は白く霧に隠れており、ここからではどれ程の大きさの木なのかがよく見えない。

 

「これって、外に出たわけじゃないですよね? 魔力がある感じがしますし、ダンジョンなんでしょうか」

 

「ダンジョンにしても、なんだか不思議な感じですけど……桃ちゃん、手を離しちゃダメですよー?」

 

「霧が出てるせいか、現実感がない感じがしますね、この場所」

 

 改めて周囲を見回しても。霧がかかっているため、広がる砂浜と、海。そして巨大なガジュマルの木くらいしかわからない。それより先は白い霧に覆い隠されている。

 和歌と桃子は、互いにきゅっと手を握ったままで、さく、さく、と、その広い砂浜を進んでいった。向かう先は、唯一の目印となる巨大なガジュマルだ。

 それにしても、ダンジョンと言えど実に不思議な砂浜である。足元を見ても、今の所生き物の影はない。霧で遠くまでは見えないとはいえ、しかし空のひらけた自然タイプの階層だというのに、原生生物の気配を感じない。

 鍾乳洞をうろついていたカニすらいない砂浜が、ただただ広がっている。

 

 足元の砂浜を見ながら桃子は歩いていたが、しかし和歌が足を止めたのに気づいて顔をあげる。

 

「……桃ちゃん、手を離さないでくださいねー?」

 

「え? どうしました? 何かありました?」

 

「ええ、何かの気配です。さあ、そこに隠れているのはどなたですかー?」

 

 足元を見て歩いていた桃子は、慌てて周囲を確認する。

 

 しかし、見た所薄らと霧がかかった砂浜が広がっているだけで、何か魔物のいる様子はない。桃子が和歌を見上げると、和歌は宙へと向けて己の杖を構えていた。

 手を繋いでいるからだろうか、和歌の身体から。濃厚な、熱を持つ魔力が湧き上がるのを桃子も感じ取れた。そしてそれは杖の魔石を核として、熱く、熱く、集束していく。

 魔石が赤く輝き出し、杖の先端を中心とした空気が熱で歪む。桃子の肌にもその熱が伝わってくる。

 

『ケラケラっ。見つかっちゃった? すっごいねえ! ものすっごく圧縮された魔力に、身体がビリビリしちゃう! ビリビリしちゃう!』

 

「この声は……」

 

「ど、どうやら、人の言葉は通じるみたいですねー?」

 

 和歌の言葉に対して、少女のような声がどこからともなく返ってくる。

 しかし、それは。耳から聞こえている声だというのに、まるで脳内に直接響くような、不思議な声だった。

 

 和歌はまさか返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。その声にぎょっとして、油断せずに杖を構えたままだけれど、しかし桃子にはそのような声に心当たりがあった。

 この脳に響く声は、魔法生物の声だ。一部の魔法生物たちの声は、このような不思議な響きを伴って聞こえることを桃子は知っている。

 

「和歌さん、あの、これって魔法生物だと思いますっ。ほら、妖精とか、座敷童子とかみたいな!」

 

『うん、その子の言う通り、魔物とかじゃないよーっ! だから、その魔法向けるの、怖いからやめて欲しいなって、やめて欲しいなって』

 

「私は大人なので、安全が保証されるまでは子供を守る義務があるんです。あなたはどちら様ですかー? 敵でないなら姿を見せて下さいませんかー?」

 

 和歌は、それが友好的な魔法生物の声ではないかと言われても、尚、警戒を解くわけにはいかない。

 彼女の脳裏には、このダンジョンに入る前に桃子に話して聞かせた『精霊の国 ニライカナイ』のエピソードが過る。もしかしたら、これはその精霊の声なのかもしれないとすら思う。正直、内心ではそのような稀有な存在に出会えたことに喜ぶ気持ちもある。

 けれど、それでも和歌は今、一人の子供を守らねばならない保護者として、毅然とした態度を貫いていた。

 

 一方、同僚から子ども扱いされてるとは思いもしない桃子は、相手が魔法生物だと分かった時点ですでに警戒を解いてしまっている。

 その表情からは、ワクワクとニコニコが溢れ出ている。桃子にとっては、魔法生物というだけでもう愛すべき仲間であり、良き隣人なのだ。

 もし柚花が今の桃子を見たら、もっと警戒心を持てと叱られてしまうのは確実であろう。それくらい緩んでいる。

 

 そして。和歌の警戒心に根負けしたというわけではないだろうが、その声の主は姿を現わした。

 

『ケラケラっ。しょーがないなー。はーい、こんにちはっ! ビリビリ痺れちゃう出会いだねっ! よろしくう! よろしくう!』

 

 霧の中で一瞬、ビリリ、という音とともにスパークが弾け、桃子は眩しさに一瞬だけ目を瞑ってしまう。そして次に目を開くと、スパークのあった場所には、小さな少女が浮いていた。

 白い衣に、月桂樹の冠のようなものを被ったポニーテール姿。その身からは薄い紫の光を放っており、そして更には、少女の周囲には定期的にビリビリと電気のスパークが走っているのが分かる。

 彼女のその姿は、ヘノと。ニムと。その仲間たちと非常によく似ていた。そう、その姿は桃子のよく知る『妖精』の姿である。

 猫の様に目を細めた笑顔を向けてくる小さな可愛らしい少女に、和歌も毒気が抜けたのか、構えた杖からは魔力の波動が消えていく。

 

『あー怖かった。お姉さんの魔法、すっごいじゃん。そんなの食らったら、妖精でも一瞬で消滅しちゃうよ? 消滅しちゃうよ?』

 

「な、なんだか……可愛らしい子が出てきましたねー」

 

「和歌さん、この子の周りに電気が走ってるし、きっと電気の妖精さんですよ」

 

 このダンジョンは、昔から精霊の国に通じているという言い伝えがあったはずだ。

 なので桃子は最初、この場所が精霊の国で、目の前の存在が妖精ならぬ精霊なのかとも考えた。

 けれど、この目の前の少女はあまりにもヘノやニムたちと似すぎている。サイズも、服装も、そして何となくではあるが、醸し出す雰囲気もだ。

 ティタニアの国では会ったことがないため、彼女はティタニアの娘ではないのかもしれないが、しかし彼女が妖精であることは間違いないだろうと桃子は確信している。

 更に言うと、風の妖精たるヘノが風を纏うように。先ほどから分かりやすいほどに電気のスパークを纏っているこの妖精は、電気の妖精に違いない。

 

 桃子たちがその姿を見上げていると、ビリっという音と共に妖精少女の身体が光ったかと思ったら、その少女の姿が掻き消える。

 いや、違う。

 一瞬で、その少女は桃子と和歌の目の前まで移動していた。転移の術。もしくは、雷のような速度での移動、だろうか。

 

『ケラケラっ。お察しの通り、雷の妖精、エレクちゃんだよっ。エレクちゃんって呼んで欲しいなっ? 呼んで欲しいなっ?』

 

「エレクちゃん、ですねー。驚かせてしまいごめんなさい、私は和歌。こちらの可愛らしい子は桃ちゃんと言いますよー」

 

「あの、桃子です、桃子。桃ちゃんは和歌さんが呼んでる愛称ですからね? ええと、よろしくね、エレクちゃん」

 

『うんっ、ワカとモモちゃんねっ! それでね、ここって人間がトコトコ入るべき場所じゃないんだよね。今すぐ後ろを向いて、帰んなきゃ駄目なんだよっ、ごめんね! ごめんね!』

 

 相手が名乗ったならば、自分たちも名前を名乗り返す。これは探索者というよりは、一般的な礼儀だろう。

 和歌もさすがに姿を現わし名前まで名乗ってきた妖精に杖を向けるのはやめて、自分も名乗り返す。それに続き、桃子も名前を名乗り、エレクという雷の妖精少女に微笑みかける。

 そしてさっそくエレクやこの不思議な海岸の話が聞けるかと思ったところで、しかしエレクは開口一番、Uターンして帰るように言ってくる。これには和歌と桃子も拍子抜けだ。

 

「ええ? でも私たち、折角ここに来たばかりなのですが、もう少しお話をして下さっても良いのではー?」

 

 和歌が目の前の少女に質問を返すと、再び雷の音と共に少女の姿が掻き消え、今度は少し離れた海面上に現れる。追いかけっこというわけではないだろうが、どうやら桃子たちが慌てて姿を探す様子を楽しんでいるらしい。イタズラ妖精だ。

 

『駄目でーす。エレクちゃんは、二人のために言ってるんでーす。これ以上の質問はポイポイのポイ! ポイポイのポイ!』

 

「それは――」

 

『ポイポイのポイ! ポイポイのポイ! ケラケラっ』

 

 だがしかし、どうやら本当に会話はここまでらしい。声をかけても、聞く耳も持たずにポイポイのポイされてしまった。

 さすがに和歌も食い下がるのをやめて、周囲には静かなさざ波の音と、エレクの電気がパチパチ言う音だけが響く。

 

「和歌さん、戻りましょう? きっと、本当にここ、入っちゃダメな場所なんですよ」

 

「うーん……そうですね。あんなに可愛らしい妖精さんと出会えたのに、いきなりお別れなのは非常に残念ですけど、桃ちゃんがそう言うのならー」

 

 桃子は知っている。

 ティタニアが守護する妖精の国は、招かれざる人間が入り込んだ場合は眠りの魔法で眠らされ、そして記憶を消去された状態で放逐される。

 化け狸の里は、そもそも狸の案内なしには人間は入れない。そして、ダンジョンの入り口には化け狸の記憶を朧気にする仕掛けまで為されている。

 今でこそ桃子は彼らと仲良くしているが、基本的には魔法生物というものたちは人間にそこまで心を開いてはいないのだ。

 

 桃子はそれを知っているからこそ、ここが『人間が入るべき場所じゃない』というのなら、これ以上ここにいるのは良くない気がするのだ。

 名残惜しそうにエレクを見上げる和歌の袖をクイっと引っ張って、来た方向へと戻ることを提案する。振り返れば、そこにはこの砂浜には似つかわしくない大岩があり、その側面には先ほど自分たちが通ったトンネルが口を開いている。

 

『バイバイ。ここは、精霊の国ニライカナイ。明日になっても覚えてたならまたおいでっ、またおいでっ! ケラケラっ』

 

 そんな二人に、上空にいたエレクが一つだけ、声をかけて。

 そしてまた、ビリリとスパークが走ったかと思ったら、その場から消えてしまった。

 

「え、覚えてたらって……?」

 

「明日また訪れても良いということですかねー? 消えちゃいましたけど……」

 

 二人で上空を見上げるが、先ほどの妖精、エレクは既にその姿を消してしまった。

 和歌はしばらく空を見上げ、桃子は周囲をキョロキョロと探してみるが、残念ながら先ほどの陽気な妖精の姿はない。

 

「今日はとりあえず、帰りましょうか」

 

「……そうですねー。おとなしく戻りましょうか。時間も遅くなってしまいますし」

 

「海なのに、カニいませんでしたね」

 

 結局、不思議な海岸線に後ろ髪はひかれるものの、今日のところは大人しく戻ることにした。

 エレクの忠告もあるし、そもそも時間ももう遅い。流石の親方たちも、すでに話を終えて外に戻って居るかもしれない

 

「桃ちゃん、今日は妙にカニに拘りますねー」

 

「なんだか、部屋でカニカレー食べたいなって思って。カセットコンロでカレー作っちゃダメですか?」

 

「そうですかー。我慢してくださいねー」

 

 なんだか気分的にも消化不良のまま、桃子と和歌は砂浜に足跡を残しながら、ざっくざっくと。

 その手を繋ぎ、来た道を戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ケラケラっ。どうかなー、また来ちゃうと思うー? 来ちゃうと思うー?』

 

『モモコー? ワカー?』

 

『さあ、どうだろうね。僕としては、もし彼女とまた邂逅出来るなら……』

 

『モモコ! モモコ! 会いたい!』

 

『……どんな手を使ってでも、振り向かせたいよね』

 

 霧の向こうからは、いくつかの視線が。

 

『でも、その前にさっ。あいつ、どうにかしなきゃねっ! どうにかしなきゃねっ!』

 

『そうだね。あればかりは、何としても対処しないといけない』

 

『ハンマー! どかーん!』

 

『モモコするのー?』

 

 桃子たちがこの砂浜からいなくなるまで。ずっと、その背を見つめていた。

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