ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子が沖縄へと旅立っていった日の、妖精の国。
女王の間では、妖精たちの女王たるティタニアが小妖精たちを集めて、すでに恒例となりつつある朗読会を開いていた。
この日の演目は『モチャゴンともじゃもじゃくん』という児童書だ。女王の間にて何度も再演されたチュパカブラについての本ではなく、およそ40年前に書かれたという子供向けの本である。
ティタニアの手元にあるその児童書は、元々は遠野ダンジョンをホームとしている探索者がダンジョンに持ち込んだものである。
現在この本は入手困難な代物らしいが、座敷童子の萌々子が探索者の夢枕に立ち、駄目もとでお願いしたところ持ってきてくれたのだそうだ。
「――でも、モチャゴンは諦めませんでした。『何がなんでも、みんなでお豆パーティするモチャ、だから、諦めないモチャよ』。そしてモチャゴンは、その大きな体でゴロゴロと、大きな坂道を転がっていったのです」
『がんばってー!』
『モチャゴンがんばえー!』
『お豆ゴロゴロ! お豆ゴロゴロ!』
女王ティタニアは決して感情を乗せた朗読が上手いわけではない。彼女の朗読は、滑舌よく、淡々と。物語をただ静かに読み進めていくタイプだ。
なので、山あり谷ありの冒険譚などは、どちらかと言えば苦手な部類である。それでも、涙あり、友情あり、ギャグありのモチャゴンの冒険譚の朗読会は、小妖精たちにはたちまち大人気のイベントとなった。
モチャゴンの児童書シリーズ。それは言うまでもなく、桃子とヘノが長崎で出会った一人の魔法生物を主人公にした物語だ。
饅頭の身体に恐竜の四肢と尻尾を持ち、デフォルメされた表情でコミカルに笑う怪獣。くいしんぼ妖精として七不思議の世界に呼び出されたヘノにとっても、彼は愛すべき仲間の一人だった。
そして、ヘノと桃子が。彼の長い日々の最期の時を見送ったのだ。
「も、モチャゴン……だ、大人気ですねぇ……」
「本物は。もっと凄かったんだぞ。カレーを。桃子の十倍は。食べてたし。巨大化もしたからな」
そして今日の朗読会には、ヘノとニムも参加していた。
参加と言っても、あくまで小妖精たちの後ろに座って、邪魔にならないように女王の朗読を聞いているだけである。
なお、ニムは女王の朗読会には高頻度で参加しているのだが、残念ながらモチャゴンはチュパカブラほど彼女の心には刺さっていないらしい。ニムが言うには、モチャゴンにはチュパカブラのジットリ感が足りないそうである。
二人は、女王の読む物語に耳を傾けながら、モチャゴンに想いを馳せる。
「凄いですねぇ……うぅ、わ、私も会ってみたかったですねぇ……」
「そうだな。あいつ。ヘノの名前をずっと。間違ってたけど。すごく変で。愉快な奴だったぞ。……ニムにも。会わせたかったな」
「……ヘノぉ?」
ヘノは、相変わらずの無表情だ。
風の妖精だからと言って性格までドライになる必要はないのだが、しかしヘノは生まれつきそういう性格で生まれてしまった。ヘノは、滅多なことでは感情を表情に見せることはない。
けれど、少しだけ。ニムの目からは、ヘノがいつもと違うように思えた。
『ヘノねーさま! モチャゴンのお話聞かせてー』
『聞きたーい』
「なんだ。お前ら。今まで。女王の朗読で。モチャゴンの話は聞いてただろ」
「へ、ヘノが本物のモチャゴンと知り合いだって……し、知れ渡ってるみたいですねぇ」
そしてしばらく朗読を聞いていたのだが、朗読が終わった途端に、この有様である。
多くの小妖精たちは未だに女王の周囲に集まって物語の余韻に浸り、感想を語り合っているのだが、一部の耳聡い小妖精たちがヘノの元へと駆け寄ってきたのだ。
ヘノを姉様として慕う氷妖精はもちろんのこと、元からこの妖精の国に住んでいる小妖精たちもヘノに纏わりついている。
『ヘノ姉様、モチャゴン知ってるのー?』
『知りたーい!』
数人の小妖精たちがヘノの周囲で騒ぎだすと、それを聞いた別な子供たちもヘノの周りに集まってくる。
気づけば、女王の周りで朗読を聞いていた小妖精の大半が、今はヘノの周りに集まり、ヘノに話をせがんでいた。
ヘノが困ったように女王に視線を向ければ、女王までもがにこにことヘノの方を見ており、どうやらこの状況をどうにかしてくれるつもりはないらしい。
ヘノは、諦めたようにため息をついて。目の前の小妖精たちに、きちんと座って聞くように指示を出していく。
「まったく。お前ら。仕方ないやつらだな。話してやるから。きちんと座って。静かに聞くんだぞ」
『はーい』
『はーい!』
最近は小妖精たちに対する塩対応が板についてきたヘノだが、しかしヘノとて小妖精が嫌いというわけではない。単に面倒臭いだけである。
しかしこうなったら仕方がないと、ヘノは目の前に座った小妖精たちが静かになるのを待ってから、自分の知るモチャゴンの物語を語っていく。
子供たちに語るのは、給食室で一緒にカレーを食べて。学校を探検し。悪い影と戦い。共に踊り。そして昇降口でお別れをするまでの、モチャゴンという七不思議のお話だ。
50年後の本当のお別れまでは語らない。あれは子供たちが知らなくても良いことだ。子供たちには、元気で楽しいモチャゴンの姿だけを語ることにした。
「そうだな。最初は。ヘノが。給食室でご飯を守ってるときに――」
「まったく。酷い目にあったぞ」
「へ、ヘノ、大人気でしたねぇ」
ヘノとニムは、一通りモチャゴンとの物語を語り終えると、逃げるように女王の間から立ち去った。
今いる場所は、女王の間より更に奥にある光の膜の先。この妖精の国を支える巨大な樹木、精霊樹のふもとである。
見上げれば、房総ダンジョンギルドの建物や、長崎の小学校よりも大きく育った大樹が枝を広げている。非常に大きな樹なのだが、ティタニアが言うには先代女王の治めていた妖精の国には、この何倍も何倍も大きな精霊樹が存在したのだという。ヘノには想像もつかない話だった。
「しばらく。女王がモチャゴンの朗読をしてる所には。近づかないようにするぞ」
「モチャゴン……うぅ……めそめそ……」
「なんで。ニムが泣いてるんだ。今の話で。ニムが泣くところ。無かったろ」
「だって、だって……モチャゴンの、お、お話をしてるとき……ヘノが悲しそうだから……」
ヘノとニムが精霊樹のふもとに腰を下ろすと、周囲には誰もいない。静かな世界だ。花の香りが漂い、そよ風に揺られた葉の間から時折木漏れ日が降り注ぐ。
そして、ヘノの横では、水の妖精であるニムがめそめそ言いながら、涙をぽろぽろと零していた。
「ヘノは別に。大丈夫だぞ」
「お、お友達がいなくなっちゃって……大丈夫なはず、ないじゃないですかぁ!」
ニムが、大きな声でヘノの言葉を否定する。
ヘノは、ニムとは長い間、一緒に過ごしてきた。けれど、ニムが大きな声を出す姿を見たことなど、数える程しかない。
友達がいなくなった。それは、ヘノの心の中に、棘の様にずっと、刺さっていた事実である。
桃子には、モチャゴンは満足したから悲しくないのだと伝えた。紅子には、モチャゴンは幸せだったのだと伝えた。
事実、モチャゴンは幸せだったのだから、ヘノが悲しむことなど何もない筈なのだ。けれど、ニムの言葉で自覚する。
ヘノの心は、一人の友達を失って。悲しんでいたのだ。
「そうか。ヘノは。悲しいのか」
「だ、だから……わ、私が代わりに、泣いてるんですよぉ……めそめそ……」
「……でも。またいつか。会えるかもしれないんだ」
ニムはだから、ヘノの分まで涙を流す。
「それでもですよぉ……うぅ……めそめそ……」
「……そうだな。ありがとうな。ニム」
ヘノはやはりそれでも、涙は流さない。その代わり、想いを馳せることにした。
命を失った魔法生物たちが行く世界がどこなのかは知らないけれど。
慣れない手つきでニムの頭を撫でながら。どこか遠い世界で過ごしているだろう友の姿に、想いを馳せることにした。
見上げれば、精霊樹の枝には残り少ない林檎がなっているのが見えた。
「おや……こんなところに居たのかい。探してしまったのさぁ……ククク」
「あら♪ ヘノがニムに膝枕してるのね♪ 珍しいわ♪ お酒飲みましょ♪」
「飲まないぞ」
どれくらいそこで過ごしていただろうか。
ヘノの膝の上で泣きじゃくっていたニムは、そのうちヘノに身体を預けたまま眠ってしまい、ヘノはぼんやりと精霊樹を見上げていた。何もせずに、ただぼんやりと精霊樹を眺めていた。
上の方にある傷は、ヘノの持つツヨマージを作るために若い枝を切り取った時のものだろう。もっと見上げれば、似たような傷跡が上の方にもある。きっと、ヘノが知らないだけでこの木にも色々な出来事があったのかもしれないなと、ヘノはぼんやり思考に更ける。
そんな折、静かだった精霊樹のふもとに、新たな妖精たちの声が響いた。
薬草の妖精ルイと、桃の木の妖精クルラ。ヘノの仲間の中でも年長にあたる二人は、どうやらヘノたちを探しに来た様子である。
「んふふ♪ お酒はね、心を楽しくさせてくれるのよ♪」
「もしくは逆に、毒でも……飲むかい?」
「なんなんだ。お前ら」
「んふふ♪ ヘノも、泣きたいことがあったら、お酒を飲むといいわよ♪」
「しかし、見た所……私たちの心配は杞憂だったかねぇ……?」
静かに過ごしていた場所に唐突にやってきて、酒や毒を飲ませようとする二人組。普通に考えれば迷惑極まりない乱入者であるが、しかし彼女たちの本意は別にあった。
年長たる二人も、どうやらヘノの様子が普段と違うことに気付いていたのだろう。だから、ヘノがいなくなったのを心配して、姿を探しに来たのだ。
特に彼女たちは年若いヘノやニムと違い『喪失』というものを知っている。だからこそ、ヘノが処理しきれていない感情の要因など容易に想像がつく。
尤も、何やらすっきりした顔のヘノと、そして泣きじゃくって目元を腫らして眠るニムの様子を見れば、何があったのかは全然わからないにしても、ヘノの心に良い意味での変化があったことくらいは察せられる。
ヘノは普段から無表情で感情が表に出ない分、変化があったときは存外わかりやすいのだ。
「ヘノは。ニムが代わりに泣いてくれるから。いいんだ」
「ククク……どうやら、私たちはお呼びでなかったみたいだねぇ……クルラ」
「んふふ♪ それなら、問題ないわね♪ じゃあ無事解決したし、お酒でも飲みましょ♪」
「毒も、飲むかい……?」
「飲まないぞ。なんなんだお前ら」
しかし、それはそれとして、口を開けば酒と毒を飲ませてこようとする迷惑な妖精に用はないのだった。
静かに過ごしていたはずの精霊樹のふもとは、ニムの寝息のほかに、酒盛りをする妖精と、何やらぶつぶつ言いながら精霊樹の葉をすり潰す妖精のお陰で、徐々に騒がしくなってきた。
この状況をどうしたものかとヘノが考えていると、更に騒がしくなる要因たちが続々と現れた。
「あ! お前ら! こんなところにいたのか! ヘノがいなくなっちゃったから、探したんだぞ!」
「あれぇ? ニムが、ヘノのお膝で寝てるみたいだよぉ? 気持ちよさそうだねぇ」
「なるほど。つまり、ヘノはニムを膝枕していた、ということだね? 謎は全て解けたのでは、ないかな?」
「なにも解けてないヨ」
続々と。仲間たちが、女王の間を抜けて精霊樹のふもとへと集ってくる。
この場所はまだ未熟な小妖精たちは入って来られないし、今の所は桃子や柚花ですら立ち入ったことのないという、妖精の国では一番重要な場所である。
だがしかし、この日に限って言えば、ここはただの自我の成長した妖精たちの集会所となってしまったようだ。
ヘノはその様子に呆れながらも。けれども、そんな騒がしい空気に、なんだか心が落ち着いていくのだった。
「じゃあ! みんな揃ったことだし! 解散するか!」
「まて。本当に。何しに来たんだ。お前ら」