ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ふわあ、おはようございます、和歌さん……って、あれえ? 和歌さんいないや……」
その日。桃子が起きると、和歌と二人で利用していた広めの客室内には、和歌の姿がなくなっていた。
ベッドから降りて、ぼんやりした頭のまま、とりあえず部屋に備え付きの洗面台までフラフラ歩いていく。そこでまずは、冷たい水で顔を洗う。
うがいをして、寝ている間にイガイガになった喉を洗い流して、もう一度部屋に戻ってみるけれど、やはり和歌がいない。
そこで桃子の頭がようやく働き出し、壁にかかった時計に視線を向ける。
「あれ……もうこんな時間。和歌さん、もうどっか行っちゃったのかな」
時刻はすでに朝というには遅い時間になっていた。
いつもの平日ならば、頭が半分眠ったままでも習慣として朝の準備をこなし、駅まで向かう道のりでようやく頭がしゃっきりしてくるのだけれど、この日は目覚ましをつけなかったのが災いしたらしい。完全に寝すぎた。
せっかくの沖縄の離島の朝日を見るチャンスだったのだけれど、とっくに太陽は高みに上っている。
どうやら和歌は惰眠を貪る桃子をそのまま寝かせて、先に外出しているようだ。
「ふわあ……とりあえず、シャワー浴びよっと」
眠気覚ましはシャワーが一番。
桃子は眠たげな眼のまま脱衣スペースで寝間着と下着を脱いで洗濯カゴに放り込み、備え付けのタオルと歯磨きセットを持って部屋に備え付けられた浴室に入っていくのだった。
シャワーを浴び、頭をしゃっきりとさせてから、施設にある食堂で遅めの朝食を食べる。
「ぱくぱく」
昨晩は和歌や親方たちと一緒に食堂で特製のカレー南蛮セットを頂いたのだけれど、今は朝なのでオーソドックスに普通のカレーライスだ。
とは言え、この食堂のカレーメニューはこのカレーライスとカレー南蛮しかない。困ったことに、すでに一日目でカレーを網羅してしまった。
どうしたものかと悩みながら、食堂のおばちゃんたちにごちそうさまでしたを伝えて、桃子は食堂を後にする。
食堂のおばちゃんたちの間では、カレー好きな子供が滞在していると噂になった。
そして、食堂の次に訪れたのが、施設ロビーに隣接した喫茶店だ。
そこでは、昨日友達になったウェイトレス、ローラが美味しそうな香りのコーヒーを蒸らしているところだった。どうやらこの喫茶店ではカフェ用のマシンなどは利用せず、住み込みバイト店員であるローラが直接コーヒーを淹れているようだ。
「おはよう、ローラさん。ええと……その恰好は?」
「もうすぐお昼よ桃子さん。この衣装、どうかしら? 今日は小道具もあるのよ? お注射しますね♪」
金髪碧眼のコスプレ美少女、阿瀬ローラ。
衣装などなくとも目立つその容姿なので、見間違えることは流石にないのだけれど、しかし桃子は最初、自分の見間違いを疑って彼女の姿を二度見した。
昨日は猫耳メイド衣装という、この離島においてはこの上なく浮きまくっている服装だったけれど、それでもまだ喫茶店ぽさはあった。
けれど今日のローラの衣装は、清潔感を象徴する白い帽子と、全身真っ白な清潔感あふれるワンピースである。そして更には、注射器――ではなく、押すと水あめがぴゅーと飛び出る注射器型の駄菓子の容器を、その手に構えていた。
そう。本日のローラは猫耳メイドではなく、純白のナース服だった。
「ナース服ウェイトレスって……てっきり今日も猫耳メイドなのかと思ってたけど、ローラさんの衣装って日替わりなの?」
「ええ、毎日気分で決めてるの。素敵な職場でしょ? ところで桃子さん、ご飯はちゃんと食べて来たの?」
ローラがコーヒーをカップに注ぐと、ふわりと桃子の鼻腔にまでいい香りが漂ってくる。
そしてそのコーヒーを、ローラはおもむろに一口味わう。どうやら客の分ではなく、自分で飲む分を淹れていたようだ。バイトとはいえ朝から夜まで大変だなと思っていたけれど、彼女は彼女で意外と自由にリラックスして過ごしているようだ。
「ご飯はね、食堂でカレーがあったから食べて来たよ、朝カレー」
「なら、食後のコーヒーはいかが? 和歌さんも窓際の席で作業してるわよ? お注射しますね♪」
会話の最後に、唐突にキメ台詞とともにポーズを決めるのは昨日の「にゃん♪」と変わりない。
変わりないのだが、いきなり会話の前後を全く無視して注射を予告されるとは思わなかった桃子は一瞬思考が停止する。ローラのコーヒーの香りで脳が刺激され、数秒で我に返れたのは幸運である。
桃子はブラックのコーヒーは苦手だが、しかしコーヒーの香りは気付けにちょうどいいんだなと、この日、学んだ。
「あー、ええと……コーヒー牛乳を注文しようかな。それで、その……ごめんローラさん。そのキメ台詞はちょっと変だと思う」
「あら、桃子さんもそう思う? 他の人たちもなんだか微妙な反応だったんだけど、やっぱり何度もお注射するのは変よね」
ローラは桃子の言葉を聞いても嫌な顔ひとつせず、むしろ、やっぱりそうか、といった様子を見せた。
どうやら彼女自身でも、少なからずおかしいなとは思っていたようだ。
「売店でちょうど注射器のお菓子があったから取り入れてみたんだけど、残念だけど使い方を変える必要があるわね。うん、ちょっと考えてみる」
どうやら手にしている注射器はコスプレ衣装の備品ではなく、たまたま購入した菓子の容器だったようだ。ローラが注射器のピストンを押し込むと、その先端からはぴゅーと空気が吹き出る音がする。
コーヒーの準備をしながら玩具の注射器をいじる金髪ナースの背中を眺めながら。世の中には色々な人がいるのだなと、桃子は改めて学んだのだった。
そして、ローラが淹れてくれたコーヒー牛乳――砂糖とミルクたっぷりめ――を持って喫茶店スペースの奥へと入っていくと、ローラの言う通り窓際の座席で和歌がノートPCと向かい合っていた。
コーヒーを飲みながら、窓から差し込む光を浴びてPCを触っている和歌の姿は、いつもの工房とはまた違った印象だ。何となく、お洒落さが増している気がした。
「おはようございます、和歌さん。もしかして、お仕事してるんですか?」
「あら桃ちゃん、しっかり眠れたみたいですねー? 私はちょっと、インスピレーションが湧いちゃって、今のうちに少しでもデータとして残しておきたくてー」
「インスピレーション、ですか?」
もしかして、社員旅行に連れてこられたはいいものの、仕事が忙しくて沖縄に作業を持ち込んでいるのかな? と桃子は思ったのだが、どうやらそういう話でもないらしい。
工房にて、曖昧で夢見がちな発注書に文句を言いながら作業している普段の和歌と違い、今日の和歌はなんだか自分の好きなものを設計しているという感じがした。なんとなく、そういう顔に見えた。
桃子は和歌の横に座り、コーヒー牛乳を飲みながら和歌の開いている画面をチラ見する。
そこにはどうやら、オリジナルデザインのプロテクターか何かについて、様々なデータが入力されていた。
「ええ。久しぶりにダンジョンに入ったからですかね、現役の頃にパーティを組んでいた仲間の夢をみたんです。それで、色々と刺激されて、設計してみたいものが沢山溢れてきちゃったんですよねー」
「すごい、和歌さん、すごいですね。なんか、プロって感じです」
「まあ、これで生活しているプロですからねー」
桃子の言葉にうふふと笑いながらも手は止まらずデータを打ち込んでいく和歌を眺めながら、桃子はちびちびとコーヒー牛乳を飲む。ミルクと砂糖たっぷりなので、甘くておいしい。
桃子が工房に加入したその日から、和歌はずっと隣の席で優しく微笑んでくれていた。以降、隣の席で仕事をする和歌の姿など工房で何度も見ているはずだ。
だけれど、なんだか今日の和歌は、いつも以上に輝いている気がした。
「桃ちゃんは今日のご予定は? ダンジョンですかー?」
「あ、はい! あの、昨日の横穴……じゃなくて、ええと……支洞とかも色々と探索したいなーって思って」
「それなら、今日はお昼過ぎまで船着き場で売店が出ているみたいですから、ダンジョンの前に覗いてみてもいいかもしれませんねー」
「和歌さんは、ダンジョンには行かないんですか?」
「私はその。昨日たくさん歩いたものだから、筋肉痛が……いえ、その、私はいいんです! 桃ちゃんは気を付けて行ってくださいねー?」
「はーい」
コーヒー牛乳を飲み終え、桃子は本日の予定を考える。
とは言っても、恐らく今日も親方たちは鉱石や業者と侃々諤々の話し合いで盛り上がっているだろうし、和歌はインスピレーションに従いカフェで仕事を開始してしまった。ここにずっといてもいいけれど、流石に和歌の邪魔になったら申し訳ない。
なので、桃子がやることは一つ。探索だ。
昨日は親方についていくだけの道のりだったので、あのダンジョンを自分の足で探索した気がしない。それに、何より。
――明日になっても覚えてたならまたおいでっ、またおいでっ! ケラケラっ。
和歌は残念ながら覚えていないようだったけれど、ヘノの加護に守られていた桃子はしっかりとあの場所のことを覚えていた。
つまり、また会いに行っても良いということなのだ。だから、もう一度あの精霊の国、ニライカナイに遊びに行ってみようと思った。
ならば、まずはその準備から始めよう。
桃子は和歌に挨拶すると、さっそく部屋に戻ってリュックに色々と詰め込んでから、先ずは船着き場に出ているという売店へと向かう。
「わ、本当にお店がある。船で売店が来てるって、なんだか面白いなあ」
船着き場に桃子が到着すると、売店は売店でも船の売店である、移動販売船が停泊していた。品物は、雑誌類にお菓子や煙草などの嗜好品、いくつかの果物に、文具やら工具やらの雑貨もあるようだ。
海外の水上マーケットのように船の甲板に直接品物を並べているわけではなく、しっかりとした船の甲板には、これまたしっかりした透明蓋つきのボックスが立ち並んでいる。ちょっとしたウインドウショッピングだ。中には冷蔵ケースもあるようで、きちんと冷やされたままの冷菓も扱っている。
この売店は、主にこの島に住み込みで働いているギルド関係者たちを客層に据えているようだ。既に船の上で品物を見繕っている職員たちを見て、桃子も見よう見まねでその船に上がりこんだ。
「おや、子供がここに居るとは珍しいね。何か買っていくかい? お小遣いはちゃんと持ってきたかい?」
「ばっちしです! ええと、どうしようかな。わ、知らない果物が沢山ありますね……あ、じゃあそっちの果物と、これと、これもお願いします!」
お店のおじさんが、子供のような桃子の姿を見て驚いたように目を丸くする。
桃子がいくつかの果物をおじさんにお願いすると、おじさんがその中から既に十分熟れていて美味しそうなものを見繕って選びとってくれた。
更に。
「あいよ。まいどありっ。全部この周囲の島で採れた新鮮なフルーツだから、美味しく食べておくれ。じゃあ、おまけにこっちの菓子もサービスでつけちゃうよ」
「わーい!」
桃子が意図的に狙っているわけではないのだけれど、こういう状況だと子供っぽい外見のほうが何かと得することが多い。おじさんはサービスとして小さなお菓子をいくつかおまけで袋に入れてくれた。
小さなチョコやクッキーに加えて、ピストンを押すと中から水あめが飛び出る注射器型のお菓子もある。
何故こんな菓子を準備しているのかはわからない。この離島は基本的に大人だらけなので、この注射器を選んで購入する人などこの島には一人くらいしかいないだろうと桃子は思う。
だがしかし、なんにせよ。
熟した果物と甘いお菓子がついてきたのは、素直に喜ぶことにした。
そして、色々と荷物が揃ったところで、いよいよダンジョンだ。
守衛のおじさんに探索者カードを見せて、門から中へと入っていく。途中、他の探索者たちとすれ違うが、桃子の姿はやはり見えていないようだ。【隠遁】はしっかり効いている。
「あ、カニ! ちょうどいいや、カニもいくつか捕まえていこっと」
昨日も見つけたカニが足元をうろついているのを見つけたので、ヒョイと捕まえ、容器にいれていく。
ボウソウダンジョンサワガニと同じく、桃子の【隠遁】はカニにも効果があるようで、手で直接つかむまでカニたちは逃げようともしない。
カニを捕獲した後。魔物には一応気を付けて進んだが、先ほどの探索者たちが既に倒したあとなのか、結局魔物とは出会うことも無く昨日の横穴へと到着した。
「やっぱり、穴があいてる。これって多分、私にだけ視えてるんだ」
先ほどの探索者たちも、歩いて来た方向からしてこの場所を通ったはずなのに、彼らはこの横穴を素通りしている。
こんな怪しげな穴を素通りする探索者など、普通に考えればいるわけもない。やはりこの穴は、桃子にしか視えていないのだろう。
「となると昨日は、私が手を繋いでたから和歌さんにも視えてたのかな?」
答えの出ない疑問を浮かべたまま、桃子はその小さなトンネルを進んで行った。
リュックの中には、探索者向けのコンパクトなキャンプ用品がいくつか入っている。そして、捕まえたばかりのカニと、売店で購入したものを含むいくつかの食料と、ペットボトルの水と。カレールー。
つまり、カレーを作る準備は万全だった。
【遠野ダンジョン専用 雑談スレ】
:気のせいじゃなければ、マヨイガに揃ってたモチャゴンの児童書がたまに無くなってるんだ
:誰かが布団に持ち込んでるんでなければ、萌々子ちゃんがどこかに持って行っているんだろう
:マヨイガ探索者たちの多いスレだなここは。
:大半の探索者は1層か2層が限界だというのに! 嫉妬!
:【悲報】俺氏、地元で15年は探索者してるのに、鵺の姿も見たことがない低レベルのままそろそろ引退を考える
:お、おう……。
:鵺なんて会わなくていいんだよ。下手に出くわしたら今頃呑気に掲示板で雑談も出来てないんだから。
:ガチで討伐されてからもう半年以上たつのか。なんだか嘘みたい。
:最初の出現のときは本当、悲惨なニュースだったしさ。
:もう13年か
:【朗報】俺氏。当時鵺の討伐を担当してた女の子と会話したことがある
:お、おう……。
:まだ鵺の性質も知られていない時期に、出現の度に討伐してくれてた探索者には足向けて眠れねえわ。どこにいるのか知らないけど。
:鵺の話をしているところ申し訳ないんですけど、二層の赤鬼の対処法教えてもらっていいですか?
:あいつ遠くからでも目立つしうるせえから、先手必勝しかねえわ。先手必勝しとけば大体どうにかなるべ。
:ヒント/先手必勝しとけば大体の魔物がどうにかなる
:それができたらどこのダンジョンでも苦労しないんやで