ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あらー桃ちゃん、バーベキューの匂いが髪にこびりついちゃってますねー」
「ありゃりゃ、匂いついちゃってますか? すんすん」
この日の夕食は、なんとバーベキューだった。
というのも、便宜上とは言え『社員旅行』という形でこの離島までやって来たというのに、出てくる食事が食堂の食事だけでは味気ないだろうと、龍宮ダンジョンギルドの担当の人が気を利かせてバーベキューの予定を入れてくれたのだという。
実は、この離島では娯楽というものが少ないため、数少ないレクリエーションとして職員たちは定期的にバーベキューパーティーを開催しているのだそうだ。なので、今回はその道具類をそのまま借り受けた形である。
工房の四人だけでなく、親方と仲良くなったギルドの担当の人たちや、桃子たちと仲良くなったローラも誘われており、会話も弾んだ楽しい夕食であった。
時折ナース衣装のローラが「お大事に♪」ポーズをとる度に、なんとも言えない変な空気になっていたのだが、桃子はそれもまた楽しい想い出の一つとして数えておくことにした。
お肉もお野菜も沢山食べた。食堂から誰かがカレーパウダーを持ち出したらしく、思いもよらぬところでカレー味にありつけたので更にハッピーマシマシだ。
だがしかし、食事自体はとても開放的で美味しいものだったけれど、どうやら桃子は風下で煙に当たり過ぎたらしい。部屋に戻ってからも、全身からバーベキューの香りが漂ってくる。
「バーベキューは美味しかったですけど、こういうのが少し面倒くさいですねー」
「うわ本当だ。言われてみればなんか……スモークされた感じになってる……」
和歌に言われてから自分の匂いを嗅いでみたが、成程確かにバーベキューの匂いがする。
桃子のゆるくて大きな三つ編みも、しっかりとバーベキューの煙の香りを吸着したようだ。自分の髪を手に取ってすんすん嗅いでみたところ、実に香ばしくて美味しそうな髪の毛になっていた。
「せっかくですし、今日は一緒にお風呂入っちゃいましょうかー? 多分二人なら問題なく入れますよー?」
と、言うわけで。
宿泊二日目の夕食後は、和歌と一緒のお風呂タイムとなった。
桶を置くと、カポーンという音が響く。
銭湯ほど大きな大浴場というわけではないが、しかし一般的な家庭の風呂と比べるとかなり余裕のあるサイズの浴室である。それこそ、桃子と和歌が一緒に湯舟に浸かって足を延ばせるくらいには、余裕があった。
体格の大きい成人男性のサイズ、或いは海外からの来客を考慮してのものだとは思うが、こういう所が豪快なのはさすがはギルド施設といったところだろう。
「この前も、長崎の小学校のクラスメイトとお泊り会でお風呂に入ったんですよ」
ハイビスカスの香り漂うバスソルトを溶かした湯舟に浸かり、桃子は和歌に先日の長崎での話をする。
同僚の和歌と一緒に入浴というと妙な感じだが、こう広い浴室だと銭湯の湯舟に入っているのと同じような気分で入浴出来て、思いのほか恥ずかしくもない。そこで思い出したのが、先日の長崎でのお泊り会だった。
あの時は茉莉子の家の浴室だったが、名波家の浴室には子供が三人入っても余裕のある立派な檜風呂が鎮座しており、一般家庭にあるまじき豪華な浴室だったのを思い出す。家が大きいと浴室も広くなるものなのだろう。
「そういえば長崎のお話をちゃんと伺ってませんでしたけど、結局大丈夫だったんですかー?」
「はい、実はですね――」
ボディタオルで身体を洗う和歌の姿を眺めながら、桃子は長崎であったことを一つ一つ思い出しつつ、和歌にその顛末を語っていく。
顛末とは言っても、あの七不思議の不思議な異世界の話は、そう気軽に部外者に話すわけにいかない。桃子の口から語れるのは、長崎の一週目に起きた出来事のみだ。
桃子が小学生に扮して、不思議な現象の原因を探しながら生活を続け。最終的に、原生生物であるリス太郎が魔石を齧っているのを発見するまでのお話だ。
そこまでの顛末は、桃子が長崎で解決してきた事件として工房の人たちに話す許可がおりている。
「原生生物のリスが犯人だったんですねー。さすが桃ちゃん、よくそれに気づきましたねー、偉い偉い」
「えへへ。まあ、私も探索者ですからね、魔力くらいはきちんと気づかないとですよ」
などと、ドヤ顔で桃子は語っているのだが。
実際のところは、一週間もリス太郎と共に生活していたにも関わらず、ずっと魔力漏れに気づかなかったのだ。桃子は探索者としては、魔力に対して鈍いタイプだと言わざるを得ない。
とは言え、最終的には子供たちに被害を出さず、依頼の期間内に魔石を齧るリスという犯人を特定できたのだ。仕事としては十分な出来と言えるだろう。
そしてその流れで、友人となった二人の少女たちについても桃子は語っていく。
元気で明るく、ボーイッシュなサッカー少女の日葵。大人しくて内気だけど、ゲームでは人が変わる茉莉子。二人とも、桃子にとっては大切なクラスメイトたちだ。
「でも、お友達が出来たのに二週間でお別れは寂しいですね。お泊り会をしたんですかー?」
「はい。凄くいい子たちでした。カレーを作ったり、ゲームをしたり、一緒のお部屋で寝たり。楽しかったです。あ、ただ……」
「ただ?」
湯気の漂う浴室内には、桃子と和歌の二人の声が反響する。
桃子が言葉を途切れらせ言い淀むと、白くクリーミーな泡で身体を洗っていた和歌もその手を止めて、桃子の言葉の続きを待つ。
「正直に19歳って打ち明けたのに、信じてもらえませんでした……」
「あらー……それは、それは」
お泊り会の最後。最大の隠し事であった実年齢を白状したのに、無理のある嘘だと思われてしまった。
これは帰りの飛行機では奈々が大笑いし、なんならそれを聞いた柚花までもが大笑いし、不本意ながら桃子の鉄板ネタのようになりつつある出来事だが、しかし意外にも和歌は笑わない。
ただ、何故だか言葉数を減らし、難しい顔をして考え込んでしまうのだった。
和歌が身体を洗い終えたので、位置のチェンジだ。
浴槽が広いとは言っても、洗い場で二人一緒に身体を洗ったりしたら流石に少々手狭なので、和歌が身体を洗うときは桃子が湯舟に浸かり、今は桃子が洗い場に出て泡まみれになっているので和歌が湯舟に浸かっている。
もこもこの泡で桃子が身体を洗いだすと、浴槽に浸かっていた和歌が、静かに。神妙に。桃子に話しかけてくる。
「あのですねー、桃ちゃんに、お話しないといけないことがあります」
「はい? え、なんですか急に、改まって」
「私、桃ちゃんに黙っていたことがあるんです……」
「ごくり」
今度は桃子が泡まみれの手をとめて、和歌の言葉を待つ番だ。
和歌は、よほど言いづらいことなのか、なかなか次の言葉が出てこない。
桃子は唾をのむ。天井に溜まった水滴が湯舟に滴り落ち、ぴちょんと、小気味いい音を浴室内に響き渡らせる。
「私、実は生まれは昭和なんです。なので、年齢も20代どころか、もう35歳なんです……」
「……え、ええ?」
和歌は、桃子から顔を隠すように、その両手で顔を覆い。今までずっと隠してきた事実を告白した。
そう。桃子は工房にきた初日から、和歌はさほど歳の離れていない、20代のお姉さんだと勘違いしていたのだ。当の勘違いされていた和歌も若く見られるのは嬉しく、甘んじてその勘違いを受け入れてしまったのだ。
その結果、今日のこの日まで実年齢を白状することが出来ず、20代のフリをし続けてきたのである。
だが、先ほど。
桃子が子供たちに実年齢を告白したという話を聞き、大人である自分だけが実年齢を秘密にしているこの状況に、とうとう耐えられなくなってしまったのだった。
和歌は羞恥のあまり、ザブンとそのままハイビスカスの香り漂う湯船に潜ってしまった。
「わ、和歌さん?! 出てきてください、和歌さーん?!」
しかし、息が続かなかったのだろう。意外とすぐに和歌は水面へと浮上して、開き直ったかのように言葉を続ける。
「ふぅ……ふふふ、白状したら逆に気が楽になってきました。嘘ではなくて、本当ですよー? なにせ、同級生には中学生になる子供もおりますからねー」
「い、いや、っていうか和歌さん。私が言うのもなんですけど、若すぎません? だって、お肌とかも……」
「桃ちゃんがそれを言いますかー?」
言われてみれば、以前から和歌の年齢を匂わせる出来事はちらほらとあったのだ。
20代を装っていても、何かと話題が古臭かったこと。10年前に引退したという、和歌と同じ名をした探索者のこと。
揚げ句、30代半ばである深援隊リーダーである風間が和歌と同年代だという話などは、冷静に考えれば殆ど答えのようなものだ。
しかし、それでもなお桃子が今まで勘違いしていたのは、ひとえに和歌の外見の若さ故だ。
和歌の外見は、実年齢を告白されてもなお、かなり若い女性にしか見えないのだ。テレビなどで言われている美魔女とかそういうものではなく、化粧を全て落とした今の和歌を見てもなお、桃子の印象としては杏や奈々のような若い女性陣と大差ないように思える。
さすがに、普段から身体を動かしている柚花などと比べると、先ほど湯舟から眺めていた和歌の身体は少々ゆったりとしたボディラインではある。だが、桃子基準では全く問題ないレベルだ。
尤も、外見年齢に関しては桃子こそ人のことは言えはしなかった。
再び泡で身体を洗い始める桃子の姿を見つめながら、和歌もまた複雑な表情を見せている。服を脱いだ桃子は、和歌の目からはやはりお子様に見えた。
もし第三者がこの場にいれば、どっちもどっち、と結論を出したことだろう。
とはいえ。
和歌とて自分の身体が同年代の女性らと比べて異常な若さを保っている自覚はある。
そして、実はその原因となった出来事にも、和歌は心当たりがあった。
「前にも話したことがあるかもしれませんけど、昔、ダンジョンで妖精さんに綺麗な林檎を貰ったことがあるんですよー」
「へー……え、林檎、ですか?」
「その林檎を頂いた後から、お化粧のノリというか、お肌の調子というか、そこら辺がなんだか変わったのですよねー」
身体の泡をシャワーで流しながら、桃子は和歌の話に耳を傾ける。
シャワーの音が浴槽に響き、熱すぎず程よい温度のお湯が桃子の身体についた白い泡を排水溝へと流していく。
「ええ。お酒が好きな妖精さんのようで、私が持っていたお酒と引き換えに、って。恐らくあの林檎に、若さを保つ効果があったんだと思いますねー」
「あー……そ、そうなんですねー」
桃子はシャワーを止めて、半ば棒読みじみた相づちをうつ。
和歌の若さの秘密。それは、間違いなく精霊樹の林檎だ。まさについ先日、ティタニアの国にて説明されたばかりの、不老の鍵のひとつだ。
更には、桃子の抜群の推理力によって、和歌に食べさせた容疑者も絞られた。
お酒と人間が大好きすぎる妖精には、一名ほど心当たりがある。「お酒、美味しいわ♪」と、その犯人が若き和歌の前で飲酒している姿が容易に想像ついた。
「なので、妖精さんには感謝ですねー」
「そ、そうですねー……」
どうやら本当に、ヘノやニムに限らず、あの国の妖精たちは不死の秘宝を安売りしていたようだ。
柚花が注意をしてくれたからいいようなものの、これは一度、ティタニアではなく、その母親にも注意をして貰った方がいいなと。
桃子は、今もどこかで朗読をしているのであろう少女のことを思い出すのだった。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
今日はこちらの古い読み物。
タイトルは……日本語に訳すならば『妖精と不老』でしょうか。これを読んでいこうと思います。
短いお話なのですが、これは昔、アイルランドのダンジョンにて妖精に出会った聡明な人間が、不老の力の一部を授かったという手記のようなものですね。
では、今日はこれを皆様にもわかるように、日本語で朗読していきましょうね。
日本語への翻訳は私、りりたんですよ。
――彼女はまるで深海を舞う、美しい蝶だった。
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という、お話でした。
ふふふ。この手記を書いた方は、結局は魔物との争いに敗北し亡くなってしまったそうですから、本当に不老なのかどうかは謎ですけれどね。
りりたん、人としてもう16年ほど生きておりますが、最近は考え方が変わってきたのですよ。
昔は、人間はだれしもが不老に憧れているものだと考えておりましたが、決してそういう訳ではないのですね。
最近、孫のために頑張るお婆様のお話を伺ったのですが、ああいう老後が待っているなら、老いというのも決して悪いものではないのだなと、思い直したのですよ。
ふふふ。16歳で悟るのは早すぎますか? そうですね、もっと長生きしたら、やはり不老を求めてしまうかもしれませんからね。
え、りりたんはどうなのか、ですか? きちんとビタミンなども取っていますし、スキンケアもしていますので、アンチエイジングには自信がありますよ。日光は嫌いです。
今度、アンチエイジングの本を朗読してみるのも良いかもしれませんね。
さて。
今宵は、なんだか胸騒ぎがしますね。
りりたん、勘もいい方なのですよ。きっと今晩、どこかの誰かが、不思議な事件に巻き込まれるのではないでしょうか。
ふふふ。これを聞いている、あなたでないと良いですね。