ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『じゃあ、そろそろ行こうか』
「うん、そうね」
一通りの挨拶が終わって。和歌とヒカリの夫婦漫才じみたやり取りが一息ついたかと思えば、二人は自然に頷きあうと、互いに腰に備えていた武器に手を伸ばす。
まるで、休憩時間は終わりだとでも言う様に。たった今、彼らの中の探索者としてのスイッチが切り替わったのが分かる。
話しについて行けずに、きょとんとしているのは桃子だけだ。
「え、どこに行くんですか? 今から?」
「桃ちゃん、探索者がダンジョンでパーティを組んでるんですよー? 向かう先は、ダンジョンに決まってます」
『ニライカナイ、この地の下層に潜む魔物の討伐さ。いま、ここの下層には精霊たちを怖がらせる瘴気が蔓延していてね。一人では心もとなかったんだけれど』
「私とヒカリがいれば、どんな魔物が来ても勝てますからねー」
『と、いうわけさ。ここで出会ったのも何かの縁だ、桃子ちゃんも出来れば、力を貸してくれないかな。戦える仲間は多いに越したことはないからね』
「え……じゃ、じゃあ、行こうかな」
桃子も彼らにつられるように慌てて自分の懐にあるはずのハンマーの存在を確認する。きちんとハンマーは持ってきている、大丈夫だ。
桃子の返事に満足そうにうなずくと、ヒカリは先頭となりガジュマルの大樹の更に向こうに広がる砂浜へと進んで行く。
それに続いて、和歌が。更に後ろから、アヒルの子のように桃子が二人の後をついていく。並んで歩く姿は、古き良きRPGゲームのようである。
桃子は、エレクが言っていた言葉を思い出す。本来このニライカナイに住んでいた精霊たちは、恐ろしい気配を怖がってどこかに隠れてしまったのだと。
それがきっと、ヒカリたちが討伐を目指す魔物なのだろう。
そして、同じくエレクはこうも言っていた。ここの下層には魔物が多いから、一人では行かないほうが良い、と。
けれど、それは逆に言えば三人パーティならば降りてみても大丈夫、ということだ。桃子は脳内で勝手にエレクの言葉をそう解釈し、ヒカリと和歌の魔物討伐パーティに加入することにした。
結論から言うと、今の桃子は正常ではなかった。
何故こんな夜中に和歌はダンジョンに入ったのか。何故ニライカナイにヒカリという探索者がいて、和歌と合流しているのか。そもそもヒカリは何者なのか。
それらの疑問が、いつの間にか桃子の脳裏からは消失していた。今はただ、疑念を忘れ、仲間と共に魔物を討伐することだけを考えている。
まるで、この砂浜に漂う霧のように、頭の中の正常な認識が、白く、白く。覆い隠されていく。
「ヒカリさんて、和歌さんのパーティメンバーだったんですよね?」
『ああ、パーティの仲間だったよ。あと二人ほど仲間がいたんだけど、今ここには居ないみたいだね』
砂浜を歩きながら、ヒカリが背中越しに桃子へと返事を返す。
そして、それを受けて和歌もうんうんと頷いた。
「せっかくの夢なんだから、あの二人も来てくれてもいいのに。いけずですねー」
今目の前にいる和歌は、ここを夢の中だと思っているらしい。ならば、わざわざそれを否定することもないだろう。説明も大変そうだ。
なので桃子はとりあえず、その部分には触れずにおく。
とはいえ、和歌が不思議なことを言っているのは確かなのだが、砂浜を歩く桃子もまた、頭の中が半ば夢を見ているような状態になっていた。
本来ならば聞くべきことが、浮かんでこない。ヒカリに対する疑問点があったような気もするが、今は凄腕の剣士が前衛に立っている安心感しか浮かんでこない。
ただただ、他の探索者とパーティを組んで新しい階層を目指すというこの状況に、未知を求める探索者として、高揚感を覚えていた。
しばらく砂浜を進んで行くと、龍宮洞から続くトンネルがある岩と同様、どうやら下層へと続く洞穴の空いた大岩が砂浜に鎮座しているのが見えてくる。
遠くからでも見えそうなサイズの大岩だが、しかし近づくまでそれに気づきもしなかった。
霧によってその姿が隠されていたのもあるけれど、もしかしたら不思議な力でその存在に気付かないようになっていたのかもしれない。
ヒカリ、和歌、桃子の順で階段を下りていく。
第一層である砂浜に魔物は現れなかったものの、第二層には魔物が多いとエレクも言っていた。桃子は懐からハンマーを取り出すと、魔力を込め、重量感のある巨大サイズのハンマーへと変化させておく。
ニライカナイ第二層。
そこは、全てが茜色に染まった、黄昏の平原だった。
所々に草木や岩はあるものの、風景だけを見れば果てしなく広い平原だ。本当にそれだけの広さを持つダンジョンなのかは分からないが、茜色の大地は地平線まで続いているように見える。
「ここが、ニライカナイ第二層……なんですね」
『桃子ちゃん、顔に似合わず凄い武器を使うんだね。なら、僕の横に来るといい。魔物が来たら、共に戦おうか』
「ヒカリ、後ろからファイアーボールを打ち込んでもいい?」
『やめてくれ』
ヒカリに手招きされるがままに、桃子はその横に立ってハンマーを構える。魔法使いである和歌は後方で杖を構えて、敵の出現を警戒しているようだ。
ファイアーボールを撃ち込まれるのは桃子も困るが、後衛の仲間に背中を守られるというのは、なんだか悪くないし、とても安心できた。
『と、さっそく魔物たちのお出ましだな』
地平線まで広がる景色の中には先ほどまでは魔物の姿など無かったはずだが、しかしいつの間にか、周囲には魔物の集団が出現していた。
幻が大気に消えていくのとは真逆だ。大気中から、いつの間にか魔物の姿が抽出されているような、なんとも不可思議な現れ方をする。
それとも、桃子が知らないだけで他のダンジョンの魔物も発生する瞬間は似た様なものなのだろうか。桃子の知識だけではその答えを導きだせない。
しかし、魔物の発生の仕方がどうであれ、目の前に複数の魔物が出現しているのは間違いのない事実だった。
いくつかの、獣のような姿の魔物の小規模な群れ。
桃の窪地や摩周ダンジョンで戦ったような魔獣タイプの魔物だが、桃子たちの姿を確認すると唸りを上げる。
桃子の姿が見えているのか、それともヒカリたちに対して唸っているのか。こちらを向いて魔物たちは獰猛な唸り声をあげているものの、しかし桃子に恐怖感はなかった。負けることはないという確信もあった。
『来るよ! 気を付けて!』
「はい!」
初めに、先頭で躍りかかってきた魔獣と、ヒカリの剣の軌跡が交差する。
すると、その魔獣は地面に落ちることもなく、そのまま空中で煤へと変わって大気中に消えていった。
続いて、二匹目、三匹目と襲い掛かって来るが、それも一匹目と同様の運命を辿る。
ヒカリが先頭に躍り出て魔物たちの相手をしている間、桃子もまたヒカリの剣技から逃れて来た魔獣を相手にハンマーを振り回していた。何匹かの魔獣が桃子のハンマーに吹き飛ばされ、地面へ落ちることなく煤となり消えていく。
やはり【隠遁】は魔物にも殆ど効いていないようで、桃子を狙う魔獣も少なくはない。だが、それらの大半は、桃子に牙をむく前にヒカリの剣の軌跡に呑み込まれ、煤となっていった。
「す、すごい! ヒカリさん、なんか凄いですね!」
まるで舞踏のような、艶やかな剣技だった。
桃子が過去に見たことある剣の達人としては、深援隊のリーダーである風間が挙げられる。彼の場合は魔力運用による身体能力に類まれなる反射神経、そして【浄化】という魔物を倒すことに特化した力を宿した刃により、正面から防御すら許さず魔物を斬り裂く剣の使い手だ。
けれど、ヒカリの剣技は風間とは全く違う強さだ。逸らし、躱し、そして敵の隙を見つけて的確に刃を通していく。刃で斬りつけるというよりは、スルリと刃を通していく、という方が表現としても的確だろう。
魔獣のグループは、時間にして1分もかからずに殲滅された。
「さすがはヒカリ。【剣聖】のスキルは伊達じゃないわね」
『和歌の見せ場を奪ってしまったかな? 僕も、桃子ちゃんに良い所を見せたくってさ、頑張ったよ』
「はい、凄かったです! なんだか、気づいたらカレーとナンが出来上がってるみたいな! 凄腕の技を見せてもらいました!」
『えと、それは……うん、褒めてくれてるんだよね? ありがとう』
桃子のほめ言葉に何故だかヒカリは言葉を濁し、和歌も無言で首を傾げて微笑んでいるが、多分桃子の感動の具合は伝わったことだろう。
魔物たちが消えた平野で、再びヒカリを先頭に三人は歩き出す。向かう先は、地平線に燃え盛る茜色の太陽だ。
沈むことも、浮かび上がることも無いその黄昏の太陽は、茜色に染まった世界で道しるべのように桃子たち三人を照らし続けている。
「あらー、次はなんだかずいぶん大量のゴブリンの群れが来ましたねー。どうする? ヒカリ」
『あれは流石に僕でも面倒臭いな。和歌に任せるよ』
「あいあいさー! じゃあ桃ちゃん、私の魔法はそれはもう凄いんですから、しっかりと見ていてくださいねー!」
ヒカリに続いて歩いていくと、今度は視線の先にかなりの数の魔物の群れが見えた。本当に数が多く、まるで大きな学校の全校集会の生徒たちだ。
黄昏の太陽によって茜色に染まった大量の魔物たちの大半が、房総ダンジョンでも何度も見て来たゴブリンたちだ。同じく、房総ダンジョンに出現する獣人などの姿も見える。
中には、過去に桃子も退治したことのある、武器を持つ稀少なゴブリンの姿も見えた。他には、スライムやコウモリなどの房総ダンジョン第三層『鍾乳洞窟』に出る魔物や、第四層『大樹の根』で倒した巨大な蟻の姿も見て取れる。
房総ダンジョンでこれまで桃子が倒してきた魔物たちの総出演のようだなと、桃子は頭の片隅で感じていた。
しかし、たかがゴブリン。されどゴブリン。迫る魔物たちのその数に、流石に桃子も内心冷や汗をかく。個々のゴブリンがどれだけ弱くとも、あれだけ津波のように押し寄せてきては並の探索者ではどうにもなるまい。
だがしかし、桃子が冷や汗をかく一方で。和歌は桃子の横に立つと、余裕の表情で杖を掲げていた。
自分と話すときはいつも間延びしたような雰囲気で、優しいお姉さんだったけれど。今は元気で、溌剌としていて、ヒカリと笑い合い、魔法を使いこなす。自分が初めて見る和歌の姿だ。
「桃ちゃんに、炎熱魔法の究極形を見せちゃいますよー! 滅びよ魔物!【フレアバースト】!」
その和歌が、杖の魔石に己の魔力を集中させていき、ゴブリンたちが近づいてきたところで炎の魔法を発動させた。
しかし、それに慌てたのはゴブリンではなく、桃子でもなく、和歌の仲間たるヒカリだ。
『っアホか?! この距離でそんな規模の魔法をっ――!』
その瞬間。ヒカリが、叫び声と共に桃子の前に躍り出る。桃子を庇う様にそのマントを広げ、壁になる。
それと同時に。
ヒカリが言葉を言い終わるのも待たず。
平原が。いや、魔物たちの存在した空間そのものが。閃光と炎熱、そして全てを吹き飛ばすような衝撃を伴い、弾け飛んだ。
それは、時間にすれば一瞬の出来事だったのかもしれない。
衝撃と共に眩い灼熱の閃光が広がり、桃子も反射的に慌てて身を伏せようとする。爆発の寸前にヒカリが庇ってくれたようだが、しかしそれでもなお、唐突に訪れた爆発の衝撃は桃子の小さな身体を後方へと軽々と吹き飛ばした。
爆発などと生ぬるいものではない。それはもう、環境ごと破壊するような大爆発だ。
「ふぎゃああああんっ!!」
衝撃に吹き飛ばされ、桃子は何がなんだかわからないままに後方に転がっていく。熱い空気が周囲で荒れ狂っているのを感じるが、閃光により前が見えない。
障害物のない大地を、桃子はとにかく身を丸く屈めて縮こまった姿のまま、あたかもゲームのキャラクターのようにゴロゴロと転がっていく。
スキル【頑強〇】があって助かった。これがなければ、今頃は病院送りだろう。
そして。
地面を転がる勢いがなくなってきたところで、上下もよく分からない桃子の耳元に、一人の少女の声が聞こえてきた。
『モモちゃん、なに悠長に転がってるの! 駄目だよっ! 駄目だよっ! こっち、こっちに来て!』
「ふぇ? エレクちゃん?!」
桃子はひっくり返った姿勢のまま、目を開く。どうにか視力は戻ってきた。
まだ和歌は魔物相手に爆発の魔法を連発しているようで、平原の向こうではどっかんどっかん爆発を繰り返している。
魔法の杖を持った、探索者としての和歌は破天荒どころではなかった。滅茶苦茶だ。果たして、桃子をかばってくれたヒカリは無事なのだろうか。あの爆発で死んでしまったかもしれないと本気で思う。
ヒカリの安否は分からないものの、どうやら転がることで桃子は安全圏へと逃れたようで、地面に身を伏せたまま顔をあげて、先ほどの声の主を探す。
すると、ビリっという雷の音と共に。桃子の目の前に、紫の光と紫電を纏う一人の妖精少女が現れた。
『もー! ワカの魔法にあんな近くで巻き込まれたらシャレにならないんだよっ! シャレにならないんだよっ! ケラケラっとか、笑ってられないの!』
「う、うん。私も思い知ったよ。和歌さんて、魔法を使うと性格が変わるタイプだったんだね。ところでさ、いま、何がどうなってるの?」
桃子はエレクの姿を見て、ようやく冷静になり、現状のおかしさを思い出す。
和歌を追ってダンジョンに入ってきたはずが、何故だか和歌たちの冒険に同行し、あげく和歌の魔法で転がされている。
しかし、そもそも何故夜中に和歌がニライカナイへとやってきたのか。あのヒカリは結局何者なのか。和歌たちはどこへ行こうとしているのか。
それらの疑問がどっと、桃子の頭に押し寄せてくる。
妖精が目の前にいるだけで、理性が戻ってきた。どうやら桃子は自分で思っている以上に、妖精という存在そのものに依存しているのかもしれない。
『ケラケラっ、説明してあげたい気持ちはあるんだけど、今夜はおしまい、またおいでっ! 今日はもう朝だからね。起きてっ、起きてっ!』
「へ? ……朝って、エレクちゃん? エレクちゃ――」
遠くで聞こえる爆発の音が、不思議と徐々に遠くなっていく。
目の前で桃子に語り掛けるエレクの表情が、朧気になっていく。
そうして桃子の意識は。
覚醒した。
「ふぁあ……むにゃ……滅茶苦茶すぎ……んむぃ? もう朝かあ……」
客室のベッドの上で。まどろみの中、桃子は目を覚ます。
桃子にしては珍しく朝早く、目覚ましも無しに起床できたようだ。
寝ている間に蹴飛ばしたのか、掛け布団が大きくずれていたので、布団を引っ張って身体の上にかけなおす。布団の中は、もちろん昨晩着替えた寝間着姿だ。
ベッドのなかで枕を抱き締めたまま、壁際にある時計に視線を向ける。時計の針の指す時刻はまだ早朝だった。目を覚ましたはいいものの、早く起きすぎたかもしれない。
ちょうど日の出の時刻なのか、窓の外は朝焼けで茜色に染まっている。
茜色の日差しに一瞬だけ何かを思い出しそうになったが、しかしすぐにその違和感も霧散してしまった。寝起きは頭が働かないので、ものを考えるのが億劫だ。
つい先ほどまで、何だか物凄い夢を見ていたような気がする。夢の中で、和歌になんだかとんでもないことをされたような気がするが、思い出せない。
目を開いて、隣のベッドに視線を向ければ、隣では和歌がまだ寝息を立てていた。何かいい夢でも見ているのか、どことなく寝顔が楽しそうだ。
なんにせよ、いつも通りの和歌がそこですやすや寝ていることを確認すると、桃子は不思議と安心した気持ちになる。
「んー、もう少しだけ、おやすみなさーい……」
安心した気持ちのままで。二度寝の幸せに身を浸すために、桃子は再び目を閉じるのだった。