ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「おはよう、桃子さん。今日はちゃんと朝に起きて来れたのね。ぴょん♪」
朝の喫茶店。
三日目ともなると、何となくこの店で働いているウェイトレスがどういう人物なのか、流石に桃子も分かってきた。
喫茶店の名物ウェイトレスである阿瀬ローラ。この日の彼女は、袖口がふんわりと膨らんだパフスリーブの淡い青のワンピースドレスと、その上から白いエプロン姿という、いわゆるアリスドレスと呼ばれるセットの衣装を着用している。
明るい金髪の彼女がその衣装を着るとそれはもう不思議の国に迷い込んだ少女そのものなのだが、何故だかローラはその衣装に白いウサギ耳を合わせている。テーマがアリスなのかウサギなのか、よく分からない。
「おはよ、ローラさん。今日は兎さんなんだね? それともアリス?」
「ぴょん♪ 今日は兎よ♪ 最初はセクシーめのバニースーツだったんだけど、ギルドの偉い人からNGが出ちゃったから急遽衣装チェンジしてみたのよ。ぴょん♪」
「可愛いじゃん、ぴょん♪」
無暗に美しい外見をしたローラなので、セクシーめのバニースーツも似合ったことだろう。
けれど、ここはあくまで健全なギルド施設の喫茶店であって、夜のお店ではない。バニースーツにNGを叩きつけたギルドの偉い人は、とても冷静で的確な判断を下せる素晴らしい人材だ。
そしてウサギといえば、今日のキメ台詞は「ぴょん♪」だった。
両手でウサギの耳をもしたポーズをとっているのだが、ローラは頭にもうさ耳をつけているため、両手も合わせれば4つのうさ耳になってしまう。
はたしてそれでいいのだろうか。桃子は疑問に思うが、可愛らしいのでまあいいか、と納得した。
ローラと朝の雑談を交わし、そのついでにミルクと砂糖多めのコーヒー牛乳を注文しておく。
午前の喫茶店は、意外に利用客が多い。仕事の合間の休憩時間なのか、それとも喫茶店のテーブルで事務処理を進めているのか、幾人かのギルド職員たちが座席についてリラックスしており、あたりにはコーヒーの香りが漂っていた。
奥の座席では今日も和歌がノートPCを開いている。
午前の日差しの差し込むこの窓際の席は、この二日間で和歌の特等席となっていた。
どうやら昨日、桃子が外に出ている間も、和歌はここで作業を続けていたらしい。なんでも、この離島に来てから妙にインスピレーションが湧きまくっているのだという。
「和歌さん、夜のうちにどこかに出かけたりしました?」
「いいえ? 桃ちゃんと一緒に寝てましたけど、何かありましたかー?」
「いえ、何もないんですけど。なんとなく、和歌さんがどっか行っちゃったような気がして」
コーヒー牛乳を待つ間、和歌の横に座り、夜のことを和歌に聞いてみる。
と言っても、夜に何かあったわけではないはずだ。桃子は朝までベッドで寝ていたし、和歌もまたベッドで寝ていたのを桃子も覚えている。
けれど、何故だか。
和歌が、どこかへ行ってしまったような、不思議な感覚があった。そんなわけはないのにと、桃子は自分で聞きながらも首を傾げる。
「桃ちゃん、ぐっすり寝てましたからねー。夢でも見ていたんじゃないでしょうか?」
「夢かなあ。そう言えば、二度寝する前になんだか物凄いハチャメチャな夢を見た気がするんですけど、思い出せないや」
「夢ってすぐに忘れちゃいますからねー。私も、ストレスが吹き飛ぶような爽快な夢を見たんですけれど、あまり細かくは思い出せないんですよねー」
なにか、夢を見ていた。
桃子は、朝に一度起きた時になんだか物凄い夢を見ていた気がするのだけれど、しかしその夢が思い出せない。
何かきっかけでもあれば思い出せるのかもしれないが、得てして夢というものは一度忘れてしまったら思い出せなくなるものだ。
和歌の横顔を見つめながら、ぼんやりと桃子は『忘れてしまったもの』について考える。
和歌は和歌で、ジッと桃子に見つめられているのにも気づかずに、やはり同じようにぼんやりと上の空だ。桃子と同様に、何かを思い出そうとしているのかもしれない。
「ちょっと、二人ともまだ目が覚めてないの? はい、和歌さんにはカフェインしゃっきりのアイスコーヒーよ。桃子さんは砂糖ミルク多めのコーヒー牛乳よ。ぴょん♪」
「ぴょん♪ ありがとう、ローラさん」
「ぴょん♪」
「ぴょん♪」
桃子も調子に乗って、ローラと同じくウサギのポーズをとってみる。両手を頭の上に合わせて、縦に伸ばした指をウサギの耳に見立てて、小さくジャンプするようにして「ぴょん♪」だ。
過剰なまでに美少女なローラと、小さく愛らしい桃子。この二人が交互に「ぴょん♪」をしていると、何故だか和歌が両手で顔を隠してテーブルに突っ伏していた。プルプルと小さく震え、耳が赤い。
「あれ? 和歌さん? 和歌さーん? 大丈夫ですか?」
「い、いえ、大丈夫ですよー? ちょっと、不意打ちの破壊力に悶絶していただけですのでー」
「破壊力? 大丈夫ですか?」
桃子が首を傾げると、何故だか近くの席でコーヒーを飲んでいたギルド職員たちもうんうんと頷いていた。不思議なこともあるものだ。
変なお店には、変な客が多いのかもしれないなと、桃子は意外と失礼なことを考えていた。
午後になり、桃子は今日も一人でニライカナイへとやって来た。
和歌も一緒にダンジョンに入らないかと誘ってみたけれど、どうやら初日に身体を動かしすぎたのか、全身が少々けだるいので喫茶スペースで安静に過ごす予定だそうだ。
親方たちも、今日は施設内の作業場に籠って鉱石を弄り回すらしい。なので、社員旅行三日目も、桃子はソロでダンジョン探索だ。
『モモコ! 壊れてない! 壊れてない!』
『大丈夫? お怪我痛い? 大丈夫?』
洞窟を抜け、桃子が砂浜へとやってくると、青い光の小妖精であるアオと黄色い光の小妖精であるキィの二人が、何故だか慌てた様子で飛んできて、桃子にくっついてきた。
元気いっぱいなアオは、桃子をその小さな手で叩いて桃子が壊れていないかどうか確認しているらしい。もちろん、桃子に故障した部品はない。
一方、緩い雰囲気のキィは、なぜだか桃子の怪我を過剰に心配して声をかけてくる。無論、桃子はなにも怪我などしていない。
「えー? どうしたの? 私何も怪我とかしてないから大丈夫だよー?」
『ケラケラっ。ニライカナイの下層には厄介な魔物が出るからね。チビちゃんたちも、モモちゃんが襲われたんじゃないかって心配してたんだよねっ。だよねっ』
『モモコ! 吹きとばされちゃうの!』
『モモコ? 爆発しちゃった?』
「あはは、ありがとう。でも大丈夫だよ? 私、吹き飛ばされてもいないし、爆発もしてないからね。ほら、私は元気! 元気!」
砂浜をザクザクと歩きながらアオとキィの二人と戯れていると、遅れて紫の光の雷を纏う妖精、エレクもやってきた。どうやら小妖精たちは、一日姿を見せなかった桃子の安否を心配してくれていたようだ。
桃子は、心配してくれているアオとキィの頭を、指先で軽く撫でて安心させる。
ニライカナイの下層がどのような場所なのか興味を持たないわけではないが、しかし君子危うきに近寄らずという言葉もある。そういう場所には近づかなければいいだけだ。
一瞬だけ、脳裏には黄昏に染まった見知らぬ平原の景色が過ぎるが、無意識のことであり、桃子自身の記憶にも残らない。
『ケラケラっ、さてはモモちゃん、あのことさっぱり忘れてるね! 忘れてるね!』
「ふぇ? 忘れてるって、何かあったっけ?」
紫の放電のスパークを発している妖精、エレクが何やらニコニコと笑いながら意味深なことを言っているけれど、桃子にはそれが何の話だか分からない。
昨日、何か約束でもしてたかな? と記憶を辿るが、思い当たることもない。
そんな桃子を、エレクはやはりニコニコと見つめていた。
しかし、桃子にそれをゆっくり考える暇は与えられない。
『モモコ! かくれんぼ!』
『分身あそび? 分身あそび?』
「えぇ?! 待って待って、私いま着たばかりだからさ。遊ぶのは荷物を置いてから、荷物を置いてから、ねっ? あと分身ってなに?」
桃子が来てくれたことが嬉しいのか、右手の指先をアオが、左手の指先をキィが引っ張っている。
力の弱い小妖精だからいいようなものの、せめて引っ張る方向は統一して欲しい。
「荷物を置いたら一緒に遊ぼうね。私に遊び方を教えてくれるかな?」
『やるー! かくれんぼ!』
『分身する? 分身する?』
その後、小妖精たちが教えてくれた分身かくれんぼは、かなりエキサイトした。
『カレー!』
『カレー?』
「うん。今日はね、カレーは昨日と同じカニカレーなんだけど、おにぎりの代わりに食パンを貰って来たんだよ」
『食パン!』
『食パンー?』
「うん。カレーは食パンにも合うからねー。とりあえずはさ、作ってからのお楽しみね!」
そして、連日のカレー。
この離島ではカレーの材料を気軽に購入できないので、移動販売船の訪れていなかった本日の具材は龍宮洞で捕らえられる小さなサワガニのようなカニのみだ。
そして更には、昨日は食堂でもらったおにぎりを利用してカレーライスにしていたが、今日は米ではなく食パンだ。
「信じてまぜる! 信じてまぜる!」
食パンを初めて見るであろう小妖精たちが、興味津々でその四角く切られた薄いパンを調べているのを横目に、桃子は今日も例の如く【カレー製作】を発動させていた。
『ケラケラっ、カレーって面白い食べ方するんだねっ! 美味しいねっ、美味しいねっ』
「本当は食パンじゃなくて、ナン、っていうカレー用のパンみたいなのがあるんだけどね。流石にそこまで贅沢は言えないからね」
沢山遊んで。沢山食べて。
アオとキィは、二人で手を繋いだまま、砂浜に作られた砂のベッドの上でお昼寝中だ。気持ちよさそうに眠っている。
元気なアオと、ぽんやりしたキィ。まるで正反対の気質の二人だけれど、まるで双子のようにずっとくっついて行動していた。
遊んでいる最中にエレクから聞かされた話だが、アオとキィは、他の仲間のことを殆ど知らないらしい。前まで彼女らが居た場所はとてもではないが小妖精たちが遊べるような所ではなく、昨年の秋頃に、ようやく彼女たちは、自由というものを得られたのだという。
『モモちゃん、この二人を笑顔にしてくれて、ありがとうねっ、ありがとうねっ』
「ううん。私も、アオちゃんキィちゃんと遊ぶの楽しいもん。明後日までしか滞在出来ないから、ちょっと寂しいけどね……」
エレクたちが今までどんな場所にいたのかは知らないし、エレクもそこまでは言葉を濁して話してはくれなかったけれど。
きっと今いるこのニライカナイの砂浜は、彼女たちにとってはとても心安らぐ空間なのだろう。
ただ、せっかく出来た友達と、あと二日でさよならをしなければいけないのが、少しだけ胸に痛い。
どのような形であれ、さよならというのはやはり寂しい。
そうしてしばらくエレクと桃子の二人、静かにアオとキィの寝顔を眺めていたのだが、ふと。
言葉を選びながら、エレクが話し始める。
『ケラケラっ。ところでモモちゃん、まだ忘れてること、思い出せない? 思い出せない?』
「ええと、うん……思い出せないっていうか、何のことだかさっぱり」
巨大なガジュマルの根に腰かける桃子に対し、ビリビリと紫電を発しながら、エレクはまるで謎かけのようなことを問いかけて来た。
しかし、思い出せない。
思い出すという行為は、前提として何かを忘れている必要があるのだが、そもそも自分が何を忘れているのかを思い出せない。忘れていることを忘れている。
親方たちは、桃子の【隠遁】を受けてなお、忘れていることに気付けるようになったといっていたが、あれはかなり凄いことなのだなと桃子は身をもって実感する。忘れていることに、全然気づけない。
忘れていることを思い出すとはどういう感覚なのだろうか。これはもはや一種の哲学ではないだろうか。
桃子はなんだかわけがわからなくなってきて、そろそろ考えるのをやめたくなってきた。
『じゃあ、言っちゃうけどね。モモちゃんはね、夜にもここに来てるんだよ。それで、ピカリたちと一緒にニライカナイに潜ってたの! 潜ってたの!』
「ええと……」
そして続くのは、桃子には全く身に覚えのない話だった。それが、エレクが言う桃子が忘れていることなのだろう。
だが、答えを聞いたうえでさっぱりわからない。昨晩は和歌とずっと一緒に寝ていた……筈だ。
だから、ニライカナイに潜ったわけがない。しかも、ピカリというエレクの友達と共に。名前からして光の妖精かなと思い、その姿を思い返そうと記憶を捻りだすけれど、やはり全く思い出せない。
光属性の妖精と言われて真っ先に浮かんでくる姿は、いま目の前で眠っているキィくらいだ。
しかし、桃子の脳裏に、一瞬だけ何か、ノイズのようなものが走る。
自分が何かを忘れていることを、思い出せそうな気がする。しかし、きっかけがつかめない。
桃子がグルグル渦を巻く記憶の気持ち悪さに眉をひそめていると、桃子に必死で説明していたエレクは諦めたように、可愛らしいため息をついて、笑い始めてしまった。
『うーん、思い出せないかー。これはお手上げ。まいったね! まいったね! ケラケラっ』
「うー、なんかごめんね? 思い出せなくて……」
思い出したいことを思い出せない。
なんだか桃子は目の前であれこれと説明してくれているエレクに、そして恐らく忘れてしまっているのであろう「ピカリ」に対して申し訳なく思う。
エレクが居た堪れなくなり落ち込む桃子の顔の横に浮かび、慰めるように桃子の頭を撫でてくれる。エレクが顔のすぐ横を飛んでいると、彼女の放電が近すぎてちょっと怖いのだが、流石にそれを言うのはエレクに悪いので言わずにおく。
『ねえ、モモちゃん。もしお部屋に戻ってから思い出したらさ、慌てなくてもいいからね。まだ時間はあるからね。時間はあるからね。だからその時は――』
「うん、うん」
『――『助けを求めるべき人間に、助けを求める』ようにしてね! してね! ケラケラっ』
「う……うん?」
慰めてくれているのかと思ったが、なんだか違った。
先ほどから、なんだか哲学染みた会話ばかりが続いている気がする。
「なにそれ、謎かけ?」
『ううん。ピカリが言ってたの。モモちゃんが悩んでたら、伝えてほしいって。人間は、助け合いなんだよって! だよって!』
人間は、助け合い。
それは、そうなのだけれど。
大きな大きなガジュマルの木の下で。
放電しながらケラケラ笑うエレクを見ながら、せめてもう少しわかりやすい説明が欲しかったなー、と。桃子は思ってしまうのだった。
「桃ちゃん、では私が先にお風呂いただきますねー?」
「はーい」
その夜。和歌が入浴している間、桃子は自分のベッドに荷物を広げて、リュックの中身を整理していた。
鉱石をもっと掘る機会があるかとも思ったが、なんだかんだで鉱石掘りよりもアオやキィとの遊びに時間をまわしてしまったので、手土産になりそうなのは途中で拾ったこぶし大の塩の結晶くらいである。これはこれでとても良いものなのだが、塩の結晶ひとつではお土産としても物足りない。というか、自分で使いたい。
そんな風にして荷物を整理していると、ふと。スカジャンのポケットに、覚えのない硬い物が入っているのに気が付いた。
「あれ? 何か入ってる……?」
それは、牙のアクセサリー。固定具であるクラスプがつけられて、すぐにでもネックレスに出来そうな牙のお守りだった。
桃子は何の気なしに、それを手にとると。脳裏に、それを受け取ったときの光景がよみがえる。
――桃子ちゃんを悪しきものから守ってくれるように。そして、大切なことを忘れないように
桃子はしばし、電流に打たれたかのように。呼吸することも忘れてしまう。
そうだ。これは、ヒカリに貰ったお守りだ。
何故、たった今まで忘れていたのか。
ニライカナイの砂浜で。お守りとして。そして、桃子が大切なことを忘れないように、という祈りを込めて。
桃子は、忘れていたことを思い出した。大切なことを思い出した。
和歌を追ってニライカナイの砂浜へ向かったこと。そこでヒカリと出会ったこと。三人でニライカナイの下層に潜っていったこと。
「私、ニライカナイに潜ったんだ……!」
昨晩みた夢――いや、あれは夢ではない。ここに牙のお守りがあるのが、夢ではない何よりの証拠ではないか。
それらを、鮮明に思い出した。記憶にかかっていた霧が、一斉に晴れていく。
桃子はすぐに、スマートフォンを手に取り、入浴中の和歌にひと声かけてから部屋を出る。
この部屋は電波が悪い。この離島では、ロビー以外ではなかなか電波が通じないのだ。
足早にロビーへと向かいながら、桃子はアドレス帳を開く。
助けを求めるべき人間に、助けを求める。
幸せなことに、助けを求めたときに桃子を助けてくれるであろう人間は一人ではない。
いつでも力になってくれるギルド職員がいる。どんな事情でも手助けしてくれるであろう探索者たちがいる。やろうと思えば大抵のことが出来る魔女もいる。世界的な発言力を持った協会のトップにすら伝手を持っている。
けれど、それでも。真っ先に、助けを求めるべき相手として頭に浮かんだのは、一人だけだ。
「もしもし、柚花? ごめんね、いきなりだけど。訳が分からないから、一緒に考えてほしいの!」