ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
夜とは言え、まだロビーにはちらほら人通りがある。
明かりが消えた喫茶店スペースには、クローズの札がかけられている。ギルドの受付窓口も閉じており、職員も撤収作業に入っている。
とはいえ、まだ人によっては夜食を食べるか食べないかくらいの時間だ。深夜に通りすぎたときと違い、ロビーにはちらほらと人の姿が行き来している。
「もしもし、柚花? ごめんね、いきなりだけど。訳が分からないから、一緒に考えてほしいの!」
『先輩、訳が分からないのはっこっちの台詞ですよ。まずはとりあえず落ち着いてください。今はどこですか?』
「えと、えと、今は施設の……ええと、龍宮ダンジョンギルドのある建物の、中央ロビー。ここ、ロビー以外だと電波が悪くて」
『ああ、なかなか連絡がないと思ったら、電波状況が悪いんですね』
桃子はギルド職員や関係者たちの邪魔にならないようにと、ロビーの隅の壁に背を向けて、柚花との通話を続ける。
今は金曜日の夜だ。幸運にも、柚花はすでに夕食なども済ました後らしく、桃子の急な電話にも快く対応してくれた。
昨晩の出来事を思い返す。夜中に和歌たちと合流して、ニライカナイの第二層に潜り、魔物たちと戦った。ゴブリンの集団はあまりに数が多く、和歌が至近距離で強烈な魔法を放った。桃子はその衝撃で転がり、そこでエレクに助けられ、そこで目が覚めた。
それらの夢を、記憶を思い出した上で、何がなんだかわからないのだ。
なので桃子は、自分よりも魔法生物や、ダンジョンに存在する不可思議なものについて詳しい後輩、柚花を頼ることにした。
『で、いまはどういう状況なんですか? ギルドの施設なら、先輩はいまは無事ということで良いですよね?』
「うーん、まあ私は無事なんだけど。ただ、昨晩も私は施設で寝てたんだけど……うむむ、説明が難しいなあ」
なので柚花に状況を説明しなければいけないのだが、それが難しい。
実のところ、桃子は自分自身の身に何が起きているのか、殆ど理解できていないのだ。
その時。
柚花にどう説明したものかと、桃子が壁に向かってしゃがみこんで考え込んでいると、その桃子の肩を誰かがツンツンと突いてくる。
何事かと桃子が振り返ると、そこには既に喫茶店を閉じたはずのローラが立っている。まだ衣装はアリスドレスにウサギの耳を着用中だ。
そしてそのローラは、手に一枚のメモ書きを持ち、桃子に見せてくれた。
【喫茶店の奥のスペース、使っていいわよ。上の人にもOK貰ったから】
見れば、クローズの看板がかかった喫茶スペースの照明が灯されていた。
恐らく、壁際で縮こまって通話している桃子を見かねたローラが、ギルドの人間に掛け合ってくれたのだろう。正直、これから柚花に相談するのは人に聞かれたくない内容だったので、ありがたい。
(ありがとう、ローラさん)
桃子はジェスチャーでローラにお礼をつたえると、ローラもジェスチャーを返してくる。
両手をウサギの耳に見立てて「ぴょん♪」だ。意味はこれっぽっちもわからないが、きっと悪い意味ではないだろう。桃子はローラの善意に感謝して、人の耳のない喫茶店の奥の座席へと移動した。
『じゃあ先輩。何があったのか、最初から一つずつ聞かせて下さい。ちゃんと、聞きますから』
喫茶店の奥、窓際の座席に座る。ここは昼間に和歌が座って作業していた席だ。
目の前のガラスの向こうには、昼間はこの龍宮礁の景色が見えていたのだが、日の暮れた今の時間では照明で反射する桃子の姿が鏡のように映っていた。
ガラスに映る自分の姿を見ながら、桃子は柚花にここのダンジョンで起きたことを説明していく。
「じゃあ、ええと……初日のことから話していこうかな。最初、工房の人たちとダンジョンに入ったときにね、変な横穴があったんだよ。あ、あとカニがいたよ、カニ」
『ごめんなさい先輩。最初からとは言いましたけど、無関係な話は端折ってくれると助かります』
「じゃあ、カニはいませんでした。それで、龍宮ダンジョンに見知らぬ横穴があったんだけど――」
一通り。1から順に、柚花には説明出来たはずだ。
和歌と共に入った砂浜には、エレクという雷の妖精がいたこと。外に出た時点で和歌はそのことを忘れていたこと。
二日目に再びその砂浜に足を運ぶと、エレクのほか、アオ、キィと名付けた小妖精たちがいたこと。そして、そこはニライカナイだったこと。
そしてその夜。
和歌を追いかけダンジョンに潜り、ニライカナイでヒカリに出会い、三人でニライカナイの下層を探索していたこと。あと、和歌の魔法で転がされた後、目が覚めたら全て忘れ、ベッドの上にいたこと。
細かいところはうろ覚えで拙い説明ではあったが、しかし柚花はきちんと理解してくれたようだ。
『ええと、じゃあいくつか確認していきますね。まず、そこは本当に、ただの隠し通路とかそういうのではなく、ニライカナイだったんですか?』
「うん。エレクちゃんは確かに、ニライカナイって言ってたよ」
『参考までに伺いますけど、キジムナーはいましたか? 過去に龍宮ダンジョンでの目撃談がある、赤い髪の小さな子供の精霊らしいですけど』
「え? いや、見てないよ? あ、でもエレクちゃんが、下層にこわい魔物がいて精霊たちは隠れちゃったって言ってたから、それなのかな」
『そうですか、それは残念』
ニライカナイという名称に、柚花はやはり反応を見せた。そしてやはり、彼女はニライカナイについての情報もそれなりに持ち合わせているようだ。
そもそも桃子が沖縄に発つ前にニライカナイの話をしてくれたのは柚花なのだから、桃子よりも詳しく知っているのは当然だ。
『じゃあ続けますね。先輩がニライカナイで出会ったのは、和歌さんの仲間のヒカリさんと、今も名前が出てきた雷の妖精のエレクさん』
「うん。あ、それと小妖精のアオちゃんとキィちゃんね。可愛いの」
『はい、可愛い小妖精さんたちもいた、と。それで、夢の中では和歌さんとヒカリさんと組んで、下層を目指していたんですね?』
柚花は頭の回転が速く、説明が決してうまいとは言えない桃子の伝えたいことを上手く汲み取ってくれる。
桃子がニライカナイの砂浜で出会った妖精たち、そしてヒカリのことも疑いもせず、すんなりと理解を示してくれた。
ときおり、会話中にも通話の向こうで柚花が考え込むような間があったりもするけれど、すぐに会話を続けてくれている。
「あのね。夢の世界なのか、現実なのか分からないけどさ。下層を探索するのはとても楽しかったんだよ。なんだか、本当に仲間とパーティ組んでるみたいでさ」
『先輩……』
人とパーティを組むこと。
それは、桃子が探索者として早々に諦めたことの一つだ。
贅沢なことを言っている自覚はある。
桃子のスキルならばその身一つである程度の深みまで魔物に襲われることもなく単独で潜れるのだ。魔物との遭遇を前提にパーティを組み、複数人で協力せねば安全にダンジョンも進めない探索者たちと比べて、遥かに恵まれていることくらいは自覚している。
けれど、望んでしまったものは仕方がないだろう。
「あ、でも違うの! 柚花や妖精のみんなと一緒に探索するのも楽しいからね! 柚花たちが嫌なわけじゃないからね!」
『いや、それくらいは分かりますけどね』
桃子とは逆に、他人とパーティを組んだ上でそれが苦痛になる柚花としては、桃子の気持ちに共感こそ出来ないけれど、言いたいことは理解できた。
つまりは、桃子は、ヒカリたちとともに小さな夢をひとつ、叶えたのだ。
夢の中で、夢を叶えた。
それはなかなかロマンチックな話だなと、柚花は桃子からは見えない回線の向こうで、しんみりと想うのだった。
桃子が龍宮礁での出来事を一通り伝え終え、少し静かになると、通話の先からなにやらカチカチと音がするのに気が付いた。
これは、キーボードの音である。柚花がスマホで桃子と通話する傍らで、PCでいくつかの情報を調べていたのだ。
そして、しばらくの沈黙のあと、柚花の立てるキーボードの音が止む。
『先輩、悪いお知らせと、悲しいお知らせ。どちらがいいですか?』
「えー、どっちも聞きたくない……けど、聞かなきゃだめ?」
悪い話も悲しい話も、そんなのはそもそも聞きたくはないのだが、しかし残念ながら柚花は桃子の返答を無視して、悪いお知らせから語っていく。
『では悪いお知らせから。率直に言いますけど、先輩。ニライカナイは、先輩が行くべき場所じゃありません』
「それは、どうしてなのかな? 聞いてもいい?」
『ニライカナイは精霊の国とか言われてますけど、はっきり言います。そこは、常世の国。もっと直接的に言うなら、死者の国です。生きてる先輩が足を運ぶ場所じゃないです』
「死者の国……」
悪いお知らせは、本当に悪いお知らせだった。
いや、決して死者たちが悪い存在なわけではない。けれど、事実として生者としては『死』というのは喜ばしいキーワードではないのだ。
少なくとも柚花の言う通り、いま生きている桃子が本来目指すべき場所でないのは、間違いない。
『そして、悲しいお知らせです。ヒカリさんは、13年前に亡くなっています』
畳みかけるように、柚花は悲しいお知らせを続けていく。
ヒカリは、故人だった。
しかし、それに関しては不思議と桃子に驚きはない。そもそもヒカリが通常の人間でないことは分かっていたのだ。
そして、ニライカナイが死者の国だというのなら、そこからやって来たヒカリがどんな存在なのかなど、考えるまでもないロジックだ。
『13年前頃から各地で特殊個体が活性化、あるいは同時期に出現を始めたのは知ってます?』
「うん、一応は……」
その時期。たった数年の間に、各地のダンジョンで一斉に特殊個体の被害や目撃情報が増えた時期がある。桃子はまだ幼かったので流石に記憶としては朧気だが、当時はダンジョンの暗いニュースが多かったのだという。
遠野ダンジョンの鵺が第三層にいきなり出現したのも、その頃だったはずだ。香川ダンジョンで牛鬼が急に活発化したのも、その頃だったはずだ。
『ギルドの記録によれば、ヒカリさんは初めて鵺の出現が確認された際に亡くなっています。勇敢に、他の方々を逃がすために最後まで戦ったようですよ』
「そっか。なんとなく、ヒカリさんは人間じゃないのかなって思ってたけど。人を守ってくれた、幽霊だったんだね……」
桃子は、幽霊やオカルトは苦手だ。
けれど、その正体が最後まで人を守ってくれた探索者だと考えると、そこに恐怖感はない。それどころか、感謝のような、悲しさのような、不思議な気持ちが湧いてくる。
『そのパーティに所属していたのが、当時は配信者として知られていた和歌さんでした。その後数年間、配信を辞めた和歌さんはほぼ単独で、鵺の討伐を担当していたそうです』
それも、桃子が初めて聞いた和歌の過去だった。
とはいえ、桃子が和歌の年齢を勘違いしていたから分からなかっただけで、和歌自身は調べれば比較的情報が見つかりやすい、一部では有名な配信者だったようだ。
そしてそれと同時に和歌は、単独で鵺の討伐を担当するだけの実力を持つトップレベルの探索者だった。
鵺と対峙したことのある桃子としては、あれを単独で討伐するなど信じられない思いもある。
けれど、当の桃子とて単独でバジリスクを撃退した実績があるのだ。それを考えると、和歌のあの強力無比な魔法があるならば、特殊個体を単独で相手取ることも可能なのかもしれない。
それと同時に、あの魔法はとてもではないが周囲に人がいるときには使えない魔法だろうことも理解できる。だからこその、単独だ。
と、いうか。
昨日みた和歌の魔法は、桃子のハンマーの一撃よりも確実に強烈なものだったと思う。あれならバジリスクも倒せただろうし、琵琶湖の壁すら破壊できるのではなかろうか。
桃子は昨夜の夢のなかで、よくもまあ、あの魔法に至近距離で巻き込まれて無事だったものだと。己の身体の頑強さに舌を巻く思いだった。
「……やっぱり柚花は物知りだね。私よりも何倍も賢いよね。タチバナ教授だね」
桃子のなかで、教授という呼称は最上級の賢い人の呼び方である。
尤も、最上級の敬称をつけられた柚花は、賢くそこはスルーして会話を続けていった。
『ですから、先輩。ニライカナイの下層を目指すということは、あの世を目指すってことじゃないんですか? そのヒカリさんは、あの世に先輩を連れていってどうするつもりなんですか?』
変なことを言っている桃子と違って、柚花は真面目である。
そもそも、だ。敬愛する先輩が、生きたまま死者の国の下層を目指す冒険譚を語っているのだ。そんな笑えない話を聞かされている最中に、桃子ジョークで笑えるわけがない。
しかし、そんな柚花の気持ちをよそに、当事者たる桃子はそれでも尚、のほほんとした空気を纏っているのである。
「それは、大丈夫だと思う。ヘノちゃんの加護のお陰かもしれないけど、なんとなく、下層まで行ってもちゃんと戻れるっていう確信はあるの」
桃子は、大丈夫だと言い切る。根拠は「なんとなく」だ。
柚花はため息をつきながら、頭のなかで計算する。これから緊急でギルドに協力を要請すれば、龍宮礁までの経路を確保できるだろうか。
まだ事件もなにも起きていない状況で、自分の言葉でどれだけの権力を動かせるのか、対価として自分が差し出せるものは何か、計算する。
「それにね。ヒカリさんはさ、私をあの世に引きずり込む目的とかは全く持ってないと思うよ。あの人は多分、今でも誰かを守るために戦ってるんだと思う。だから私も、それを手伝えるなら手伝いたいんだ」
『先輩はそうでも、和歌さんはどうなんです? 多分ですけど、ヒカリさんって、和歌さんの恋人……だったんですよね? なんか、聞く限りでは』
「うん。多分、きっとそうなんだよね……」
柚花は、思う。
きっと自分が和歌の立場ならば、現世よりも常世の国を選んでしまうかもしれない。
もし桃子が何かの拍子に亡くなったとして、常世の国でなら桃子と共にいられると言うのなら。自分ならば迷わず、現世を切り捨てるかもしれない。
でも。
『はぁ。先輩は、そうはならないんでしょうね』
「え? なにが? 急になに?」
きっと、この真っ白な先輩は。こんなジメジメとした気持ちは知らずに生きていくのだろう。
きっと、この妖精のような先輩は。万人を愛しているからこそ、特定の人間相手にそこまでの執着を得ることなく生きていくのだろう。
妬ましくて、眩しくて、愛おしい。どうにかしてその博愛を、自分一人に向けさせたい。その白を、自分の色で汚してしまいたい。
今この場に柚花のパートナーたる水の妖精がいたならば、このジメジメした感情に共感してくれただろうか。
しかし柚花は、そこまで考えたところで、すぐに我に返る。脳裏に浮かんでくるじっとりとした感情を、首を横にふって振り払う。
『先輩はカレーとヘノ先輩が揃ってれば幸せっていう特殊な人だから理解できないかもしれませんけど、世の中には、恋人といられるなら共に死んでもいいっていう人だっているんですよ』
「え、柚花。今さらっと酷いこと言わなかった?」
『いえ、なにも?』
「んー、そうかな? まあいっか。とりあえず、もしまた夜にニライカナイの夢をみることがあったら、和歌さんの様子はみてみるよ」
柚花は桃子の話を聞いて、これからのことを色々と考えているが、反対に桃子はこれからの方針などなにも考えていなかった。
ただ、柚花と話しているうちにパニックは収まり、冷静に現状を受け止められた。
『先輩は、どうするつもりなんです?』
桃子は考える。自分のやりたいことはなにか。
ヒカリがなにかなすべきことがあるならば、それを手伝いたい。
そして、もし和歌がヒカリと共にニライカナイに残るというのならば、そこは頑張って説得して連れて帰る。
「とりあえず、部屋に戻って和歌さんと一緒にいるよ。ニライカナイではヒカリさんを手伝うし、和歌さんにはちゃんと戻ってきてもらう」
口に出して宣言したら、意外と単純な話ではないか。行動方針はたった二つだ、悩むことはなかった。
「でもね、やっぱり私一人じゃ限界があるから、柚花にお願いごとしてもいいかな」
『……それは、内容次第です。言っておきますけど、話次第では私は協力できませんし、どんなツテを使ってでも先輩を止めますからね』
「そうそう、それだよ! 私はいま離島で、誰にも助けを求められないからさ。柚花のツテに頼りたかったの」
今、離島にいる桃子には、出来ることなど少ない。
けれど、自分よりもツテが広く、行動力があり、そしていま自由に動ける柚花にしか頼めないことがあるのだ。つい先程、柚花と話していたらふと思い浮かんだことがあるのだ。
『……まあ、内容次第です。とりあえず聞かせてください』
そして、桃子は。
先程頭に浮かんだ、とっておきの作戦を柚花に伝えた。助けを求めるべき相手に、助けを求める作戦だ。
助けを求めるべき相手に、助けを求める。
エレクから聞いたこの言葉は、ピカリ――いや、ヒカリから伝えられたというこの言葉は。
この出来ることの少ない状況では、実に的を射た言葉だなと。桃子は今さらながら、感心するのだった。