ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

278 / 624
勇者パーティ

『やあ、桃子ちゃん。お帰り……と、言うべきなのかな?』

 

 桃子が気づいたとき、そこはニライカナイの第二層にあたる黄昏の平原だった。

 目の前には剣を携えた男性探索者、和歌のパーティメンバーであるヒカリが居るものの、しかし和歌の姿はない。何もない平原の真ん中で、ヒカリと桃子だけが並び立っていた。

 

 これは、昨晩の夢の続きだ。

 

 桃子は自分の記憶を辿り、自分の状態を確認する。大丈夫、はっきりしている。昨晩のように、記憶や思考回路が曖昧になることはない。

 柚花と通話が終わった後に部屋に戻り、軽く入浴を済ませたあとは、桃子は和歌に頼んで一緒のベッドに潜り込ませて貰った。

 子供みたいで恥ずかしい気持ちもあったけれど、昨日の今日だ。和歌がまた一人でどこかに行かぬよう、くっついて眠ることにしたのだ。

 とは言え、いくらくっついて眠ろうが、自分一人だけが先にニライカナイに来てしまっているのだからどうしようもない。残念ながら、一緒のベッドで眠る作戦は失敗に終わったようである。

 

 桃子はまず、周囲を確認する。

 

 大量の魔物たちの姿はなくなっているので、昨日の夢の直後というわけではないだろう。

 背後を見れば、広範囲の草木が炭化し、プスプスと煙を上げていた。まだ原型をとどめている木々もあるが、しかしその大半は黒こげだ。ものによってはまだ小さな火が燻っている。

 見るも無惨なこの光景は、和歌の炎の魔法が作り出したものなのだろう。誰もいない平原だったから良いものの、これは他の誰かがいる場所では使えない。洞窟のようなダンジョンならば崩落の危険性もあるだろう。強すぎる魔法も考えものだ。

 時間経過はどうだろうか。現実世界ではまる1日たっているのだが、桃子の周囲に残る残骸の煙や残り火を見る限り、夢の世界ではそこまでの時間が経っているわけでもないように思えた。

 

 そして、目の前に立つのは探索者のヒカリ。

 

 13年前に鵺と戦い、そして犠牲となった探索者。

 

『桃子ちゃん。さてはその顔は、色々と聞きたいことがありますって顔だね?』

 

「あの、ヒカリさん。私、ヒカリさんのことを調べちゃったんです。その……」

 

 桃子は、彼にこの事を伝えるべきかどうかと、つい逡巡し、言葉を途切れさせてしまう。

 

 わからないのだ。果たしてこのヒカリが、自身の状況をどれくらい把握しているのか。

 柚花との電話のときには考えもしなかったことだが、もしかしたら目の前のヒカリは自分が故人だということに気づいていないのかもしれない。

 幽霊話ではよくあるパターンだ。世の怪談話においては、自分が既に亡くなっていることに未だ気付いていないという、悲しい幽霊の話というのは珍しくはないのだ。

 下手をすれば「あなたは死んでいます」という残酷な事実を桃子が突きつけた結果、ヒカリが絶望してしまいかねない。それは桃子としても本意ではない。

 

 だが、しかし。桃子のその想像は杞憂だった。

 桃子の表情からその葛藤を読み取ったのだろう。ヒカリは、申し訳なさそうな桃子の頭に手をあて、優しく撫でながら、さらりと言ってのける。

 

『僕が、既に死んだ人間っていうことだよね?』

 

 自分の死を語るヒカリを、桃子は無言で見上げる。

 

『ごめんね、隠してるわけじゃなかったんだけど、自分から言い出すのも変だしね。つい伝えそびれちゃったんだよね』

 

「えと……ヒカリさん。和歌さんはそのことは知ってるんでしょうか」

 

『んー、そりゃあ、気づいていないわけはないと思うんだけどね。僕が死んだときに、彼女もそこにいたわけだし』

 

 ヒカリは、まだこの場にいない和歌の話になると、遠くをみるような目を見せる。とても優しく、どこか寂しそうな瞳だ。

 しかし、すぐに彼は自分の言葉に首をかしげて考え込み出した。

 

『あれ、でも、ここに訪れる和歌の姿は昔とほとんど変わっていないようにも見えるし、どうなんだろうなあ。もしかして覚えてなかったりするんだろうか』

 

 どうやら彼自身も、和歌が夢という形でここを訪れている現象については詳しく理解しているわけではないらしい。和歌の姿が13年前のものならば、もしかしたらその保持している記憶も13年前のものかもしれないと考えているようである。

 ここがなんでもありの夢のなかだというのならば、確かにそういう可能性もあるだろう。

 

 けれど、桃子は知っている。和歌は妖精の林檎を食べた影響で、13年という年月を経ても若さを保っているのだ。ヒカリは和歌を過去の姿なのではないかと考えているようだが、実は35歳になった和歌も、外見は若々しいままなのである。

 もちろん、林檎をひとつ食べただけなので完全な不老化には程遠く、ゆっくりと加齢はしているのだろう。ただ、元々が若々しい顔立ちの女性なので、それが外見には殆んど現れていないのだ。

 そもそも、和歌が桃子のことを認識している以上は35歳の記憶があるのは間違いないだろう。

 

 とは言え、だ。結局のところ、和歌の認識は和歌に聞かねば実際のところは分かりようがない。なので、桃子はもうひとつ別の、ヒカリに聞いておきたかったことを質問する。

 

「あの……ヒカリさん。和歌さんがここにいたのは、やっぱりヒカリさんが呼びだしたんですか?」

 

『いや、実はそれも、よくはわかってないんだよね。妖精に力を与えられている桃子ちゃんはともかく、どうして和歌が来られるんだろうなって』

 

「えっ、ヒカリさんも知らないんですか?」

 

『まあ、原因はわからないけれど。それでも、和歌が来てくれるなら百人力だし、僕は嬉しいって思ってるんだけどね』

 

 意外にも。なんだか訳知り顔で色々語っていたヒカリだが、実は彼もこの世界のことをよくわかっていなかった。

 ヒカリが言うには、桃子がここを訪れることは予想していたらしく、元々は桃子の力を借りようと考えていたらしい。むしろ、そこで和歌が先にやってきたのは想定外なのだそうだ。

 目的が魔物の討伐である以上、この上ない火力を保持する和歌の参戦はヒカリにとっては幸運なことなのだろうが、桃子としては謎が増えてしまった形だ。

 

 そして当の桃子自身、このような現象ははじめてだ。和歌はもとより、そもそもどうして自分が夢のなかでニライカナイに訪れているのだろうか。

 今までも七不思議の奇妙な空間に紛れ込んだことはあれど、夢の中で別世界を冒険する経験はさすがに初体験だ。何が原因なのかもよくわからない。

 

 そうして二人で考え込んでいると、ふと。二人の頭上に、ビリッと電気が弾ける音がした。

 この電気がスパークする音は、この数日で何度も聞いている。雷の妖精が、雷となって瞬間移動をしたときの音だ。

 桃子が顔をあげると、案の定。紫の光を纏う、ビリビリした妖精が二人の頭上でにこにこと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

『ケラケラっ。二人とも、考え込んでるじゃん。エレクちゃんが説明してあげようか? 説明してあげようか?』

 

「エレクちゃん、来てくれたんだね!」

 

『それで、エレク。君は何か知っているのかい?』

 

『ケラケラっ、ピカリも聞きたい? それはねえ! それはねえ!』

 

 相変わらずエレクはケラケラと笑いながら、陽気に紫電を放電させている。

 そしてどうやら、エレクとヒカリはやはり既知の仲であったらしく、互いに気軽に声を掛け合っている。

 そしてどうやら、これまた桃子の予想通りなのだが、以前エレクたちが話していた『ピカリ』というのは、この目の前の男性、ヒカリのことだったらしい。

 桃子も最初、ピカリは光属性の妖精かなにかの名前だと勘違いしていた。実に紛らわしいあだ名だ。

 

 そして、桃子がエレクとヒカリのやり取りを聞いていると、桃子の後ろから新たな声がかかる。

 

「あらー、私にも聞かせて貰えますか? エレクちゃん?」

 

「あ、和歌さん!」

 

「桃ちゃん、こんばんは。一緒に寝たと思ったけど、桃ちゃんのほうが早く寝付いたんですかねー?」

 

 どうやら、和歌もここが夢の中であり、桃子と一緒に布団で眠ったことまでは覚えているようだ。

 なんだか、一緒に寝た相手と夢のなかで合流するというのは、妙な気持ちだった。

 

『じゃあ、みんな揃ったことだし。お話、お話ぃーっ! って言っても、ことは単純なんだけどね!』

 

 黄昏の平原にて、エレクの講習会が始まった。

 ビリッという電気の音とともに、エレクの姿は桃子と和歌のすぐ目の前に移動する。さすがにもう慣れたので、エレクの瞬間移動にも驚きはない。

 

『モモちゃんもワカも、生死の境目が曖昧になってるの。二人とも、普通の人間じゃなくなってるの。覚えはない? 覚えはない?』

 

「そうですねー。何となく、予想はつきますねー」

 

「ええと、妖精の林檎……?」

 

 生死の境目が曖昧になる。

 これは、つい先日にも、ティタニアから聞かされた言葉だった。

 確かに、いわれてみればその通り。桃子と和歌の共通点と言えば、双方ともが不老の林檎を食した者たちなのだ。

 

 

 

 エレクから真相をネタばらしされた面々の反応は、様々だった。

 

「まさか桃ちゃんもあの林檎を食べてるんですかー?」

 

「ええ、とは言っても、私の場合食べる前から小さかったので、なにも変わってないんですけど……」

 

「あらー……よしよし、よしよし。桃ちゃんは永遠に小さい子供で構いませんからねー」

 

「あわわわ」

 

 桃子も妖精の林檎を食べて成長が止まっていることを知った和歌が、やたらと嬉しそうにしていたり。

 

 

 

『和歌、いつの間にそんなものを食べたんだ? 全く顔が変わっていないから不思議に思っていたんだけど、キミはその容姿で35歳だったのか? 35歳で、やーん、とか言ってたのか? でも言われてみれば、お腹まわりが――』

 

「ヒカリ。ちょっと静かにしましょうねー?」

 

『うぐぇっ』

 

 ヒカリが和歌の年齢やお腹のお肉に言及したと思ったら、ボディにいいものを貰って黙らされたり。

 

 

 

「わ、和歌さん落ち着いて! 和歌さんは35歳でも可愛らしいですから! 35歳も素敵ですし、一緒に寝たときムチムチしてて気持ち良かったですから! ね? ね?」

 

「や、やめて、桃ちゃんの純粋な言葉が一番ダメージ大きいのよっ!」

 

『ケラケラっ、仲良しで楽しいね! 楽しいね!』

 

 桃子のフォローの言葉で和歌の精神にクリティカルダメージが入ったりと、色々あったものの。

 死者の国の第二層とは思えないほど、笑いあい、過激な突っ込みが飛び交い。

 それは、なんだかとても楽しくて。

 パーティの仲間と過ごす時間というのは、とても、とても。愛おしいものだった。

 

 

 

 

『さて、それじゃあ行こうか。僕たちの目的は、この下層に集まっている瘴気の塊を叩くこと。それは、このニライカナイに本来住まう、精霊たちを救う事に繋がる』

 

 楽しい時間も終わり、ヒカリはきりっとした顔をつくって、周囲の皆を見回す。

 ヒカリがこの下層に向かう理由はただひとつ。下層に住まう、瘴気の塊をどうにかすること。

 この夢の世界を訪れた和歌も、それを知った上でヒカリの旅に同行することを決めたらしい。

 

『実はエレクちゃんとピカリだけでも何度か挑んでみたけど、なんか駄目なんだよね! 駄目なんだよね!』

 

『ああ。でも、生者である君たちがいる今なら、あの瘴気の塊にも、なにか対抗できるんじゃないかなって思うんだ』

 

「ヒカリは相変わらずね。誰かのために自分が死地を突き進んで、そのまま私を残して死んじゃうのよ。そういう所って、死んでも治らないのね。桃ちゃんはこういう男にひっかかっちゃ駄目ですよー?」

 

「和歌さんて、結構ブラックジョーク好きなんですか?」

 

 死者であるヒカリを前に、死んでも治らない悪癖を語る。説得力としてはこの上ないのだが、それを言い聞かせられる桃子としては反応に困る。

 当の和歌を残して死んだヒカリは、ノーコメントでまっすぐ前を歩いていく。

 彼はいま、どういう表情でこの茜色の平原を歩いているのだろうか。後ろからでは、わからない。

 

『ケラケラっ、面白いねっ! ヒトのゲームみたい! 勇者ヒカリに、戦士モモコ! 魔法使いワカに、妖精のエレクちゃん!』

 

「エレクちゃん、ゲームとか分かるの? なんだか、妖精にしては珍しいね」

 

『うん、色んな人間の話を聞いてきたから、知ってるんだよねっ。エレクちゃん、人間のお話大好きだからね! 大好きだからね!』

 

 RPGのパーティにしては、前衛も後衛も全員が攻撃的な能力で、いわゆる脳筋パーティと呼ばれる組み合わせかもしれない。

 バランスを求めるならサカモトのような壁役や、オウカのような回復役も欲しいところだなと桃子は思うが、さすがにここで贅沢は言っていられない。

 先手必勝で敵を倒してしまえばいいのだ。もしここにヘノがいたなら、大きく頷いてくれたことだろう。

 

『ゲームと違って、魔物はターンを待ってくれないんだけどね』

 

『ケラケラっ。第二層の瘴気もだいぶ薄れてきたから、もう少しだよ! もう少しだよ!』

 

 そして、今日も。平原の先に、空気中から現れるように様々な魔物の影が現れる。

 空を飛ぶ魚や、桃子の何倍も大きな獣。烏天狗や河童たち。

 なかなかにバリエーションが豊かだが、先手必勝で和歌が砲撃を叩き込むと魔物の軍勢も半壊し、あとは両者入り乱れての白兵戦だ。

 

 ヒカリの剣が舞うように魔物を切断していき、そこまで素早く動けない桃子はヒカリの剣を逃れた魔物をハンマーで叩き潰していく。慣れてくると、斬撃より打撃のほうが有効な魔物は、ヒカリも遠慮なく桃子に任せるようになってきた。

 ここニライカナイの魔物たちに対して【隠遁】はほぼ効果を持たない。そのために桃子もしっかりと魔物と距離を取り、回避行動を忘れずに戦っている。

 

 上空ではエレクが電撃を放ち、小さな魔物たちを一掃していた。あれは柚花の十八番である【チェイン・ライトニング】だろうが、雷の妖精ともなるとかなりの精度で使用できるようだ。

 

「桃ちゃん、結構強かったんですねー」

 

「いえ、和歌さんのほうが滅茶苦茶強いじゃないですか。なんですかあれ、ちょっとしたクレーター出来てますよ?」

 

 桃子やヒカリも頑張っているが、殲滅力という意味では和歌が一番だろう。

 地形の破壊や他人の巻き添えを気にしないならば、和歌は最強の砲台だ。白兵戦はともかく、遠距離戦ならば敵はいないのではなかろうか。

 

『しかし、キリがないね。エレク、下層への入り口がどこにあるかは分かるかい?』

 

『うん、二層の瘴気が薄れてきたから、太陽のほうに真っ直ぐ行けば下層の入り口が見えるはずだよ! 見えるはずだよ!』

 

 どうやら、連日この二層で魔物の群れと戦っていたことには十分意味があったようだ。魔物を倒していくことで、この階層の浄化に繋がっていたらしい。

 

『でもね、二層の残りの瘴気も、魔物の姿を借りて最後にまとめて襲って来るから、気を付けてね! 気を付けてね!』

 

 エレクの言葉に、三人の探索者は気を引き締めて、周囲の平原を見やる。

 いつ新たな敵が現れてもいいように、武器を強く握りしめながら、下層の階段へと向けて歩みを進める。

 

 

 

 ここで、桃子がまだ気づいていなかったことがある。

 

 

 

 ニライカナイを漂う瘴気は、そのままでは祓えない。けれど、魔物という姿を得たものを倒し、滅することで浄化が可能となる。ヒカリがひたすらこの階層で魔物と戦っていたのは、そのためだ。

 そして、その魔物という姿を得るきっかけは、いったい何なのか。

 

 それは、恨みだ。

 

 人に襲いかかる習性を持つ魔物たち。瘴気で動く負の念にまみれた生物たちとはいえ、彼らもまた擬似的な命というものを持っている。

 それが、消滅の際に恨みを向けるのは誰か。それは当然、自分を倒した存在だ。

 つまり、いま彼らが戦っている魔物の大半は、過去にヒカリが、和歌が、桃子が倒してきた魔物たちそのものである。

 

 桃子は、自分がいままで倒してきた存在を忘れていた。

 だから、地中に潜む巨大なミミズに。周囲の地面を溶かし続ける大量のスライムに。

 そして。黄昏の彼方から高速で接近しつつある、白い布の群れに。

 

 気づくことが、出来ないでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。