ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ひゃああエレクちゃーん! おーちーるー!!」
高さ30メートルを超えようかという空中で。桃子は、しびれの残る体を丸め、必死に集中する。
素の魔力による身体強化と【頑強○】のスキルを信じ、ただただ魔力を意識して身体を丸める。
空の上では、広範囲に広がる雷が派手な音を鳴り響かせていた。
時を少し遡る。
パーティの一行の目に映る範囲に、魔物の影はなかったのだ。
だからといって、決してヒカリたちが油断をしたわけではない。ただ、想定できていなかったのは事実である。
前触れもなく、それらは現れた。
『ピカリ! 下から来るよっ! 下から来るよっ!』
エレクは妖精だけあって、人間よりも遥かに感知能力が高い。
けれど、彼女の性質は雷だ。地中の敵は、エレクにとっての大敵だった。
突如としてパーティメンバーの足もとを崩して出現したのは、巨大なミミズ。
それは、このメンバーの内では、桃子だけが戦ったことがある、砂漠の巨大なる魔物である。
「サンドワーム?! こんなところに……?!」
サンドワームは本来、砂の中に潜む魔物である。硬い土の中から出現するような魔物ではないし、砂漠以外での目撃例などもない。
だがしかし、実際にサンドワームはニライカナイの大地を破壊し、その巨体を躍らせて桃子たちへと襲い掛かってきた。
『くっ!? なんなんだこいつは! こんな奴と戦ったことないぞ?! 和歌と桃子ちゃんは離れて!』
「ヒカリ! 魔法で魔物の頭を吹き飛ばすわ! 距離を……って、キャア?!」
ヒカリが剣を構えるが、しかし残念ながら、ヒカリはサンドワームとの戦闘経験がない。なので、砂丘ダンジョンの探索者たちのように、サンドワームの弱点や性質を把握した立ち回りというのが出来ない。
そして何より、ヒカリの剣技はサンドワームのような巨大生物を相手取るための技術ではなかった。
ヒカリの剣がその巨大なミミズの身体を斬り裂くが、しかし分厚い皮膚を斬られても尚、サンドワームにはたいしたダメージが入った様子はない。
怯みもせずに、その巨大な顎で獲物たる人間たちをかみ砕こうと突進し、或いはその巨体で探索者たちの上から伸し掛かってくる。
剣技が効かないなら魔法だ。
和歌が杖に魔力を込めて、魔石が灼熱の熱を持つ。そこでサンドワームに爆炎を叩き込もうとするが、しかし和歌は何かに足を取られて魔法は失敗に終わる。遥か空へと火炎弾は飛んでいく。
和歌が慌てて足元を確認すると、その両の足で踏みしめていた地面が、ゲル状に溶け始めていた。
気づいた時には既に、サンドワーム相手に踏ん張っていた地面がみるみるうちに緩い泥、いや、スライムの粘液のように溶けており、両の足がじわじわと地に沈んで行く。
それはヒカリ、和歌、そして桃子の三者ともが同様だ。沈み込む地面をどうにか踏みしめて、暴れるサンドワームから距離を取ろうとする。悠長に攻撃魔法で狙いを定める余裕もなくなった。
「うわっ、なにこれ!? 地面が……!!」
『ビリビリっ、ビリビリっ!! このでかいミミズ、雷が効かないやっ! 雷が効かないやっ!』
「キャア?! ヒカリ、地面も魔物に溶かされてるわ! 気を付けて!」
サンドワームの巨大な顎で噛みつかれればそれは致命傷に繋がるため、ヒカリはとにかくその顎だけは食らわないようにぬかるむ大地の上を滑り、駆けて行く。
体当たりをもろに食らい、衝撃のままに後方へと吹き飛ばされるものの、地面がぬかるみになっている分だけその衝撃が吸収されたのは幸運と言えるかもしれない。
しかし、衝撃が吸収されたことを幸運と呼んだとしても、それは決して無事で済んだということではない。ぬかるみに接した皮膚がひりひりと痛み、鎧がその部位だけ浸食され、酸で変色していく。
ヒカリはそれで気づく。このぬかるみは、スライムだ。
『これは……っ! 大量のスライムか! みんな、ぬかるみにも気を付けてくれ!』
すでに、サンドワームと戦うどころではない。ここは、信じられない程に大量のスライムの真っただ中だ。
ヒカリはスライムの潜む地面に剣を突き立てるが、地面に大量に潜んでいるスライムに剣を突き刺して倒していくなど効率が悪すぎる。そんな呑気なことをしている間に、サンドワームに襲撃され、今度こそは重傷を負うだろう。
和歌は杖に魔力を込めて発生させた熱を地面に向けることで足元のスライム程度ならば撃退できるが、やはりサンドワームを前にしてそのような悠長なことはしていられない。牽制程度に地面を焼いて、あとは逃げ惑うばかりだ。
「これ、琵琶湖のスライム!? なら凍らせれば……!」
『モモちゃんっ! サンドワームにも気を付けてね! 気を付けてね!』
スライムに一番相性が良いのは桃子だった。
当然だ。この虫も殺さぬような顔をしている少女こそが、これだけ大量のスライムを鼻歌交じりにあの世送りにした張本人なのだから。
ハンマーの魔石に込められた【氷結】を発動させて、スライムが隠れる地面をドッスンドッスン叩いていく。すると、パキパキとその部位から凍り付きはじめ、範囲内のスライムたちは消滅していく。
しかし、そのスライムたちが消滅したところで、その場にはグズグズの状態で凍り付いた地面だけが残ってしまい、足場が悪いことには変わりない。結局のところ、暴れまわるサンドワームを相手どるには状況が悪いままである。
エレクもサポートとしてスライムが混ざる地面に電撃を放つけれど、やはり相性の問題だ。エレクの電撃は、地面に混ざり込むスライムには効果が薄い。
『ここは不利だ、地の利が奪われた! とにかく足場が溶けていない場所に逃げてくれ! 離れて和歌の魔法で一掃しよう!』
「桃ちゃん! とにかく離れてください! 魔法を撃ち込みます!」
「エレクちゃん、一旦離れよう! 私も離れるよ!」
暴れまわるサンドワームにより、スライムなのかただの泥なのか分からなくなったぬかるみが四方に飛び散っていく。もはや泥んこ相撲のような有り様だ。ハチャメチャで、何がなんだか分からない。
砂漠の探索者たちはこんなものをよく相手取れるなと、今更ながら砂漠の探索者たちの戦闘力に感服する。
桃子とて砂漠にてサンドワームを倒した張本人だ。なので、しっかりと力を込めた一撃を加えられるならば、サンドワームを容易く屠ることが出来るだろう。
だが、ヘノのサポートを持たない桃子は、機動力の面で他の探索者たちに大きく劣ると言わざるを得ない。歩幅の小さな体躯と、取り回しの不便なハンマーが仇となっている。
とてもではないが、ぬかるみの上では暴れるサンドワーム相手に逃げ惑うのが精いっぱいであり、しっかり狙いを澄ました一撃を入れられるほどの余裕はない。
今はヒカリの言う通り、距離をとり和歌の魔法に任せるべきだ。
サンドワームを挟み、ヒカリと和歌、桃子とエレクでパーティが二分されてしまったが、致し方ない。桃子はヒカリたちとは逆方向に離脱し、スライムのぬかるみから距離をとることにした。
しかし、地面ばかり見ていたからこそ、致命的に次なる魔物の襲来に気づくのが遅れてしまった。
『皆、空にも敵だよっ、空にも敵だよっ!』
空を高速で飛び交う白い布の大編隊。
一体や二体ではない。何十にも、下手すれば百にも及ぶ白い布の魔物が、大空から高速で飛来してきた。
「布なら【ファイアボール】でっ……!」
和歌が炎の玉を連発し、空中で巨大な炎の爆発が繰り返されるが、しかし数体を巻き込んだだけで逃げられる。敵は炎よりも疾く空を旋回し、和歌もうまく狙いを定められない。
大規模な炎の魔法を使用すれば対処できるかもしれないが、しかしスライムとサンドワームの罠に嵌っている最中では、退避行動を取れないヒカリや桃子を巻き込んでしまうだろう。和歌が迷いを見せた隙に魔物たちは散開し、次々とフォーメーションを変えていく。
「サンドワームに、スライムに……一反木綿! ああもう、そういうことっ!」
桃子は、ここでようやく。この地に出現する魔物の正体に勘付いた。
これは、琵琶湖で桃子がひたすらに砕いて来たスライムだ。砂漠でメジェドとして轢き殺したサンドワームだ。そして、素材として絶滅寸前までに追い込んだ、一反木綿たちだ。
己の倒してきた魔物たちが、ニライカナイの瘴気という力を得て、再び蘇ったのだ。
黄昏の空をバラバラに飛び交う一反木綿たちは、狭いマヨイガ内とは比にならないほどの高速飛行で縦横無尽に飛び交っている。この量と、このスピードは、まずい。
スライムやサンドワームは、蘇ってもなお、目の前の人間を攻撃しているだけだ。ただ暴れまわり、ただ溶かすだけだ。
けれど、一反木綿という魔物は、標的を狙い、囲み、ある程度は戦い方を考えるだけの知能を持つ魔物だった。
そして、その知能は明確な復讐のターゲットを理解している。
一反木綿の狙いは、スライムのぬかるみの中で【氷結】のハンマーを振り回していた少女。自分たちの仇。
すなわち、桃子である。
『和歌……! こっちだ! 一旦離れる!』
「桃ちゃん! 桃ちゃん! ヒカリ、桃ちゃんが……!!」
サンドワームを挟んで反対側に避難したヒカリと和歌の姿が、桃子の視界の端に映る。どうやらあちらは二人とも、スライムのぬかるみから抜け出せたようだ。
一方、桃子は、周囲を飛び交う白い布にハンマーを振るうも、そもそも宙を自由に飛び交う一反木綿をハンマーで倒そうというのが無茶な話なのだ。
ハンマーを握る右手に、木綿生地が巻き付く。
それを振り払おうとするが、足に。腕に。身体に。次々と一反木綿が巻き付き。
そして桃子の瞳に映った視界が、急速に高度を得る。
「ひゃ、空に……うひゃあ?!!」
『ピカリ! ワカ! モモちゃんは任せて!! そっちは頼んだよ! そっちは頼んだよ!』
ジタバタ藻掻くが、しかし桃子の小さな身体は一反木綿に絡めとられ、空へと舞い上がっていく。
空からは、炎にまかれるスライムの沼と、大地の上でサンドワームと戦い続ける剣士の姿が見えた。
「うぐぐ……なんか、こんなこと前にもあったような……」
ぎゅうぎゅうに胴体を絡めとられているが、しかしどうやら桃子の魔力による身体強化と、スキル【頑強○】の相乗効果で、ダメージらしいダメージは与えられていない。
桃子は空へと攫われながらも、前にも似たような状況で魔物に攫われたことがあったなと、頭の片隅で考える。
しかし、困った。どうにか脱出しようにも、一反木綿というのは打撃がほとんど効かない魔物なのだ。せめて刃物の武装でもあればまた結果は変わっていただろうが、桃子は為す術なく黄昏の空へと運ばれていく。
だがそこに、電撃のスパーク音が響く。一反木綿まみれになった桃子がチラリと目だけでそちらを見ると、そこには雷の速度で追いすがってきた雷の妖精、エレクの姿があった。
一反木綿がどれだけ速度を出す魔物だろうが、雷の速度には到底及ばない。エレクは周囲を舞う一反木綿を電撃で焼き払うと、空を飛びながら桃子に声をかける。
『モモちゃん! 口元だけ守って! 呼吸さえできれば、大丈夫! 大丈夫!』
「んむぐっ!!」
エレクの助言に従い、桃子はすぐさままだ動く左腕をどうにか口元に持ってくる。
その上から一反木綿が絡みつくが、ギリギリで口元にスペースを作れたので、呼吸する分にはどうにか問題ない。
『ケラケラっ、モモちゃんが硬すぎて、締め付けられないでやんの! 締め付けられないでやんの!』
「むぐー! むぐぐー!」
一反木綿をからかって笑っている場合ではない。桃子はこれでも、意外とピンチなのだ。
桃子は布だらけの、ちょっとしたミイラのような姿になりながらも、ケラケラ笑うエレクへとむぐむぐとクレームをつける。
『ごめんごめん、大丈夫だよ。エレクちゃん、空中戦も大得意だからね! 大得意だからね!』
「むぐっむぐっ」
一反木綿のほうが速度は速いが、距離を取られるたびにスパーク音が響き、エレクは桃子の近くへと現れる。
どうやら、エレクが一反木綿に速度の面で撒かれてしまうことだけは避けられたようだ。エレクがいれば、まだどうにかなる。
しかし、次なるエレクの行動に、桃子はその目を大きく見開くことになる。
『本当は、あまり無理はさせたくなかったんだけどね。モモちゃんの為だから、もう少しだけ耐えてね、エレクちゃんの相棒……』
エレクは、高速で飛行しながらも、その右手を高く掲げる。
そして、紫色のスパークとともに、己の武器の名を呼ぶ。
『神槍、ツヨマージ!!』
雷光と共に現れたのは、木製の小さな槍だ。
それは、どこからどう見ても爪楊枝であった。ご丁寧に、尻側の溝までもがしっかりついている。
そして、桃子はそれをよく知っている。
女王ティタニアが、己の手で作り上げた、ただ一つの神槍。自分の後継として認めた妖精だけが持つ、精霊樹の若木を削って作り上げた、絶大な力を持つ槍だ。
エレクがその槍を掲げると、そこを中心にエレクの雷が広がり、一瞬にしてその周囲数十メートル内に存在する一反木綿たちを焼き尽くす。
それまでのエレクの雷も十分に強力なものだったけれど、今の電撃はその比ではない。妖精の力を遥かな高みまで引き上げる、それこそが、神槍。
エレクの持つ、ツヨマージの力である。
桃子の周囲にいた一反木綿の大半も黒く焼け焦げるが、桃子本人には雷が当たらぬよう調整してくれていたのだろう。桃子を絡めとっていた一反木綿を含め、桃子本人にダメージはない。
エレクは数多の一反木綿を一撃で焼き尽くすと、次は桃子の周囲に絡んでいる布に向けてツヨマージを構えて見せた。
『モモちゃん、ちょっとだけビリっといくから、我慢してねっ! 我慢してねっ!』
「むぐ……!!」
『ええい! ビリビリっ!!』
エレクが叫ぶと、桃子に絡みついていた一反木綿たちに電流が流されて、その絡めとる力が緩んで行く。
と共に、一反木綿に捕縛されている桃子にもエレクの電流が流れくる。【頑強○】で耐えているものの、電流が流れるジョークグッズを押しあてられ続けるような刺激に桃子の身体がビクビクと反応し、もう何がなんだか分からなくなってくる。
しかし、桃子がビクビク反応していると、ずるりという感触と共に、その小さな身体は一反木綿の布から解放された。
「ひゃああエレクちゃーん! おーちーるー!!」
『モモちゃんなら大丈夫! 頑張れっ! 頑張れっ!』
例え身体が自由を取り戻したとして、そこはもちろん地上ではない。
桃子は、慌てて一反木綿の布地に手を伸ばしてその端を掴むが、しかしすぐにその手は滑り落ち。そのまま高さにして地上10階ほどの空中から、慣性の法則に従い大きく弧を描くように放り出されていく。
「うわあああん!!」
桃子は落ちながら、大声で叫ぶ。上空ではエレクが最後に残った一反木綿たちをまとめて巨大な雷で焼き尽くす姿が見えた。
走馬灯ではないが、桃子の頭にはいつぞやの、空から落下したアイドル配信者の少女の姿が浮かぶ。彼女は、魔法で己の身を頑丈にして無傷で落下したはずだ。
とにかく落ちながら丸くなり、頭をしっかりと守って。あとはカリンを真似て、とにかく自分のスキルと魔力を信じることにした。
「ふぎゃ!」
そして、ドカン、という。少女がたててはいけないような音と共に、地面に激突する。
お尻をしたたかに打ち付け、鈍い痛みが桃子を襲う。しかし尻の痛みはあれど、骨折や裂傷のような大きな怪我はなさそうだ。地面が比較的柔らかい土の地面だったのも幸いしたのだろう。
あの高さから落ちて尻もち程度で済んだならば僥倖である。舞い上がる土埃のなかで、とにかくお尻の痛みがひくのを待つ。
「うー……お尻が割れたかと思ったよ……」
桃子はジンジンするお尻をさするが、自分のお尻が3つ以上に割れたりはしていないようで安心する。
そうしているうちに、どうにか動ける程度には痛みもおさまり、ゆるりと上体を持ち上げた所で。
朝が来た。
たったいま上体を持ち上げたのに、気づけばまた横になっている。
桃子がその違和感に気付き、ぼんやりとした頭で、ベッドの上で瞳を開くと。
目の前には。必死の表情で桃子に声をかけ続ける、寝間着姿の和歌の泣き顔があった。