ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ニライカナイへ

『ケラケラっ。モモちゃん、お帰りっ! お帰りっ!』

 

「エレクちゃん、ただいま。えと……」

 

 和歌の隣のベッドで眠りに落ちた桃子が再び眼を開けば、そこは黄昏に照らされた茜色の平原だ。

 周囲には魔物の姿は見えず、あれだけ大量に襲い掛かってきていた一反木綿の残骸すらない。どうやら、エレク一人で一反木綿は倒し終えたらしい。

 どれだけ高速で空を滑空する一反木綿の群れでも、それより速い機動力を持ち、広範囲に広がる電撃を自在に操るエレクが相手では相性が悪すぎたようだ。

 

 しかし、周囲には一反木綿はもちろんのことだが、ヒカリと和歌の姿も見当たらない。

 

『ここは、モモちゃんがお尻から落ちた場所だよ。結構離れちゃったし、ピカリとワカは二人とも先に下層に降りたんじゃないかな? かな?』

 

「そっか。エレクちゃんは、私のこと待っててくれたの?」

 

『もちろん! ピカリたちには、モモちゃんのことは任せてーって言っちゃったからね。言っちゃったからね』

 

 エレクは、そう言うとケラケラっと笑って。桃子の肩に乗る。

 奇しくも、そこはいつもヘノの座る肩とは反対側だった。

 

 

 

 時折出てくる魔物をハンマーで叩きながら、桃子とエレクは黄昏の平原を歩いていく。

 道のりは平地が続いているので、歩く分には大した手間はない。

 ただ、一反木綿と共に空を飛んできた距離はなかなかのもので、下層へ続く階段まで、もうしばらくかかりそうだった。

 

 

 

「――それで、サカモトさんの剣がへし折れちゃって、しばらくはその賠償金とかのことでずっと不安だったんだよね」

 

『ケラケラっ。モモちゃん、大勢を救った英雄なのに、お金の心配してたの? 面白いねっ、面白いねっ』

 

 下層の階段までの道のり。

 エレクが桃子の今まで戦ってきた魔物の話を聞きたがるので、桃子はそれまでの冒険を色々と思い返しながら、魔物たちについてエレクに語って聞かせていた。中でも、遠野で鵺を倒したエピソードがエレクの一番のお気に入りだった。

 奇しくもこの階層では、桃子が今まで倒してきた魔物が瘴気を得て復活して襲ってきている。

 思えば、最初に手製の投石機でゴブリンを倒してから、桃子はかなりの数のゴブリンを退治してきたのだなと、改めて今までの探索者としての日々を思い返す。

 

「あと、ピラミッドの地下では……なんだったかな、何かがいたんだよ」

 

『ケラケラっ、何かじゃわかんない! わかんない!』

 

 桃子の髪の房に引っかかっていた小石が、ほろりと崩れて落ちた。何故だか、砂丘ダンジョンの地下遺跡を思い出そうとすると、不自然なまでに記憶にモヤがかかる。

 一瞬だけ、エレクが怪訝そうに周囲を見回すが、何もなかったようで二人は話を再開する。

 

 そうしてエレクと話している間にも、ちらほらとゴブリンのような残党が現れることはあった。

 夢の世界では桃子の【隠遁】は効力が大きく失われており、ゴブリンは桃子をしっかり認識しているようだ。各々が木の枝などの武器を振りかざし、桃子に標的を定めて襲いかかってくる。

 とはいえ、やはりゴブリンはゴブリン。たとえ【隠遁】が効いていなくとも。今の桃子の敵にはなり得ないのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、エレクちゃんはさ。ヒカリさんとは、ええと……どういう関係なの?」

 

『うーん、腐れ縁って感じかな? エレクちゃん、人間が大好きだからね! 人間を魔物から助けてるところに、たまたまピカリもいて、そこで共闘したんだよね! だよね!』

 

 そして、エレクが聞きたがっていた話が一段落したところで、次は桃子がエレクに質問を投げかける。

 まずは、そもそものヒカリとエレクの関係だ。二人とも元から知り合いのようだが、人間……というか、死者であるヒカリと、雷の妖精のエレク。一体何がどうして知り合ったのか、実は密かに気になっていたのだ。

 しかし、どうやらエレクは、そもそもヒカリの生前から出会っていたらしい。

 

「そっか。ヒカリさんが生きてる頃からの知り合いだったんだねえ。そりゃ長い縁だね」

 

『ケラケラっ! まあ、ピカリは今は、幽霊? みたいなのになっちゃったけど、文字通り死んでも切れない縁だったね! それとも、死んでから強くなった縁、かな? かな?』

 

 ヒカリの生前からの縁。つまりは、ヒカリの死後も含めれば少なくとも13年以上は知り合いだったわけだ。

 まだ19年しか生きていない桃子などは、13年以上も縁が続く相手など数える程もいないので、ヒカリとエレクの関係性には軽く驚いた。

 死後の世界という場所がどのような所なのか、桃子には想像もつかないけれど。少なくともエレクとヒカリは、生死に関わらず、実に太い縁で繋がっていたようである。

 

「じゃあ、もう一つ、聞きたいな。エレクちゃん……」

 

 桃子は一度、足を止めて。

 エレクをまっすぐに見つめ。

 

「ツヨマージ、持ってるよね?」

 

 そして、これは桃子が内心で、一番気になっていたことだ。

 

 昨日の夢では、一反木綿に襲われてピンチだった桃子をエレクが助けてくれたはずだが、その時に。エレクの手には、小さな木の棘のようなものが握られていたのだ。

 それは、神槍ツヨマージ。ティタニアの娘の中ではヘノだけが持っているはずの、精霊樹の若木から作られた魔法の武器である。

 ツヨマージとは、先代女王ネーレイスがティタニアに。そしてティタニアがヘノに。それぞれの女王が手ずから作り上げ、後継に託したものだ。類似品など、ありはしない。

 

 無論、形だけならツヨマージそのものが爪楊枝の類似品なのだが、そういうことではない。

 

『あー、うーん……見せる気はなかったんだけど、やっぱりバレちゃったかー。困ったね! 困ったね!』

 

「もしかして、だけど。エレクちゃんは、ティタニア様の子だったの?」

 

 桃子は、ストレートに聞いてみることにした。

 

 エレクがいま、何故こんな離島のダンジョン内の隠された空間で、ティタニアの領域から外れて生活しているのかは分からない。

 だが、ティタニアの手作りでしかありえない武器を持っている以上は、エレクはティタニアの縁者と考えられるだろう。

 少なくとも今はそう考えるのが、一番自然である。

 

『ケラケラっ! エレクちゃん、ずっと前にあの場所からいなくなっちゃった不良娘なんだよね! だから、モモちゃんにも言い辛くて! あのさ……母様は、元気だった? 元気だった?』

 

「うん、この前も新しい小妖精の子たちが一気に増えて、なんだか最近は朗読会とかしてるみたいだよ」

 

『あはっ! 母様が元気なら、嬉しいな。うん……良かった! 良かった!』

 

 そしてやはり、エレクはティタニアの娘だった。

 だから、彼女は桃子に他の妖精たちの話をねだったのかもしれない。自分の母と、妹たちの近況を聞くために。

 桃子は、深くは聞いてはいけない気がしたので、それ以上の話をすることは無かったけれど。

 ティタニアが元気だと聞いて喜ぶエレクは、目を細めて笑っていたけれど。どこか、寂しそうに見えた。

 

 

 

 どれだけ歩いただろうか。

 

 距離としてはかなり歩いた気もするが、現実感の曖昧なこのダンジョンなので実際にはさほど歩いていないのかもしれないし、逆に桃子の感じる以上の長い距離を歩いてきたのかもしれない。

 その途中のことだ。

 桃子は、道端に置かれた大きな木箱を発見する。それは装飾があしらわれており、どう見ても、ただの荷物をいれるだけの木箱ではない。

 つまり、宝箱だ。

 

「わっ、こんなところに宝箱があるよ?!」

 

『ほんとだ! 何が入ってるかな? 何が入ってるかな?』

 

 二人して宝箱に駆け寄るけれど、しかし桃子の脳内にいる大人の桃子がストップをかける。冷静に考えればこんな場所に宝箱があるとは思えない。

 ただ、脳内の好奇心旺盛な子供っぽい桃子が「死者の国の秘宝かも!」と片隅で騒いでいる。桃子の脳内で、大人と子供がせめぎ合う。

 ただ、現状が決して油断ならぬ状況の真っただ中だけに、大人の桃子のほうが優勢だ。

 

「でも、流石にこんな場所に宝箱があるとは思えないし、ミミックだと思うんだよね……気になるけど。すっごく気になるけど」

 

『ケラケラっ。それもそっか! じゃあ、この箱は無視して先に進んじゃおう! 進んじゃおう! すっごく気になるけど!』

 

 エレクもまた、好奇心旺盛なタイプの妖精だけれども、罠と分かっているなら箱をあけない程度の分別はつく。

 なので、桃子の言葉に頷いて、箱は無視して進もうという結論を出す。

 

 だが、二人とも、なかなか箱の前から動かない。

 桃子も。エレクも。互いの顔に「でもすっごく気になる」と書いてあるのが分かる。

 そこで、賢い桃子はとんちを働かせた。

 

「……思ったんだけどさ? ミミックだとしても、開けて確認してさ、しっかり倒した方が瘴気の浄化に繋がるんじゃない?」

 

『お、それもそうだね! 賛成! じゃあさっ、エレクちゃんが今から秒読みを――』

 

「えい! がちゃっ!」

 

 エレクが言い終わるのも待たずに、桃子は宝箱を開けていた。

 そして宝箱からは、貴重なお宝――などと言うものは当然存在せず、案の定、人を丸飲みする触手の如きミミックの口が大きく開き、桃子に噛り付こうとしている。

 

 が、ミミックがどれだけ機敏に噛り付こうと、雷の速度には敵わない。

 桃子の柔肌に触れることも無く、迸る電流とともにミミックの触手は煤に変わる。

 

『もう! モモちゃん! 齧られるかと思ったじゃん! ちゃんと、話を、聞いて! 聞いて!』

 

「うわ、ごめんねー。一瞬のことで何があったのかもわかんなかったよ」

 

 触手に続き、ミミックの潜んでいた箱までもが煤となって消えていく。

 あとには、箱を開けた姿勢のまま、ぽかんと煤に変わるミミックを眺めていた桃子と。

 ぷんすかと、その身から出る放電数を増やしながら桃子を叱りつける、小さな雷の妖精だけがそこに残されていた。

 

 

 

 

 

 ゴブリンを倒し、ミミックを倒し。桃子がエレクに叱られて。

 そのような旅路の末に、ようやく桃子たちは下層へと続く階段前へとたどり着いた。

 階段より少し前の大地は、見るも無惨な黒焦げになっている。恐らく、ここが昨日スライムとサンドワームに襲われた場所だろう。あの後、どうやら和歌の強大な魔法で全てを焼き尽くす作戦に出たようである。

 周囲の被害を考えなくて良いのならば、和歌はトップクラスの攻撃魔法の使い手だ。桃子も、それについては認めざるを得ない。

 

「えと、ここが下層への階段……だよね?」

 

 各地のダンジョンで幾度と見て来た階段。

 けれど、この死者の国ニライカナイにおいては、その階段の持つ意味は大きい。

 深くへ潜るほどに、その世界は死の国へと近づいていく。地上で眠る桃子の肉体から、魂が離れていく。

 

『モモちゃん。一応言っておくけど……ここから先は、これまで以上に死者の国に近づくよ? もちろんエレクちゃんも全力で守るけど、覚悟はいい? 覚悟はいい?』

 

「……うん」

 

 エレクの言葉に、桃子は少しだけ逡巡する。

 怖くないわけはない。先ほどから桃子の感じている現実感のなさは、ベッドに眠る肉体と、ここにいる自分――魂が、離れていっていることの表れだ。何となく、感覚的に、そう思った。

 けれど、この先には和歌がいるはずなのだ。

 

『倒した魔物が復活する、この場所でさ。鵺にトドメをさしたモモちゃんが、この先に進むこと。それがどういう意味を持つかは、分かってる? 分かってる?』

 

「……うん。でも、だからこそ。ニライカナイを浄化させるためにも、私が行かないといけない。ヒカリさんもエレクちゃんも、だから私を必要としてる。違うかな?」

 

 桃子の返事を聞くと、エレクは一瞬だけ黙り込んで、俯く。

 

『……モモちゃんは、なんでもお見通しだね。お見通しだね』

 

「ううん、私。いつも大切なこと忘れちゃってるし、今も何か思い出せなくて頭がぼんやりしてるもん。だから、今回はたまたま、じゃないかな? だからエレクちゃん、頼りにしてるね!」

 

 桃子の髪の先が、僅かに石と化している。エレクも桃子も、気づかない。

 エレクはすぐに顔をあげて、いつものようにケラケラと明るく笑い、その身からはバチバチと紫電をまき散らす。

 

『ケラケラっ、分かったよ! 絶対に、何があっても、エレクちゃんが守ってあげるからね。行こう! 行こう!』

 

 そして、二人は頷いて。

 ニライカナイ第三層へと、踏み込んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、エレクちゃん」

 

 

 第二層の茜色の平原が『黄昏』だとすれば、ニライカナイ第三層は『夜』の世界だった。

 桃子は、おどろおどろしく、禍々しい世界を想像していたのだが、そこは静かで、美しい世界だった。

 

 そして。

 

 

「本当に? 本当にこの場所が、死者の国……なの?」

 

 

 桃子は最初、そこがニライカナイの下層だとは。死者の国だとは、信じられなかった。

 ニライカナイの第二層たる黄昏の平原から更に下ってきた場所だ。だからここは当然、より死者の国に近しい世界であるはずだ。それくらいは、桃子とて理解できる。

 

 けれど、桃子にとって。

 目の前に広がる風景は、違う意味を持っていた。

 

 

『ケラケラっ。もしかして、妖精の国と似ててびっくりしちゃった? でも、ここは。この青い花畑は間違いなく、この世とあの世の境目だよっ! 境目だよっ!』

 

 

 空には夜の星が瞬き、そこに咲くのは青い花々。一面の青の世界だ。

 甘い、花の薫りが鼻腔をくすぐる。

 

 

 桃子は。この『死者の世界』を、知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【りりたんの朗読チャンネル】

 

 おはようございます、こんばんは、りりたんです。

 今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。

 モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。

 

 そういえば、質問があったのですよ。りりたんの後ろに咲く青い花は、何という花なのか知りたいそうです。

 ふふふ。綺麗は綺麗なのですが、何という花なのでしょうね。これ、ダンジョンの花ですから、地上の花ではないのですよ。なので、正式な名前は分かりません。

 

 でも、青い花と言えば……こういう物語があるのですよ。せっかくなので、短いお話ですが朗読してみましょうか。

 ギリシャの、ネモフィラ、という女性のお話ですよ。

 

 

  ・

 

  ・

 

  ・

 

 ――亡くなった夫に会いたいがために、ネモフィラは冥界の門の前まで来ましたが、しかし、生者が冥界の門を潜ることは叶いません。

 ネモフィラは、愛する夫に会うことは許されないのです。

 

 ネモフィラは、ずっと。ずっと。冥界の門の前で泣き続けました。

 すると、その彼女を不憫に思った冥界の神が、ネモフィラを一輪の青い花へと変えたのです。

 ネモフィラは、その後、永遠に青い花として。愛する夫の居る冥界の門の前で、咲き続けたのでした。

 

 

 

 

 ふふふ。ネモフィラという青い花の花言葉「あなたを許す」は、この神話がもとになっているらしいですよ。

 一体、誰が、何を許すというのかは分かりませんけれどね。

 でも、あの世とこの世の狭間には今でも、青い花が咲き乱れていると言われておりますよ。

 

 え、りりたんの居る場所ですか?

 ふふふ。秘密ですよ。

 でも、意外に皆様からすぐ近い場所にあるのかもしれませんし、遥か遠い場所なのかもしれませんね。

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