ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
魔力の光が収束していく。
桃子は危なげなく地面へと着地し、まだ白い煙に包まれた巨大な蛇を振り替える。
煙が晴れたそこには、いつかのように頭部が氷漬けになり、そして頭の大半が吹き飛ばされたバジリスクの姿があった。
先ほどまで暴れていたそれは、身体の芯まで凍りついたのか、微動だにしない。
『ビリビリっ! 駄目押しだよっ! 駄目押しだよっ!』
最期に、その抉れて凍りついた蛇の頚に、エレクが直接大量の電撃を流し込む。
電撃に抵抗力のある鱗と違い、抉れてむき出しになった頚は電撃に抵抗することもなく、プスプスと焼けていき、徐々に煤へと化していく。
そしてその煤は徐々に、頚を、頭を、胴を。
加速度的に黒い煤は広がっていき、巨大な蛇が全て煤になって消滅するまで、さほどの時間はかからなかった。
静かに、その姿を見つめていた一行の中で。
最初に声をあげたのは、勝利の雄叫びをあげたのは、桃子だ。
「やった、倒した……倒したよ! みんなで、バジリスク倒したよ!」
桃子は、【加工】【創造】【氷結】というスキルをフルで連発し、一時的なものとはいえ魔力の消耗が激しく、満身創痍だ。
ハンマーの紅珠から魔力を補充できると言っても、そう手軽に魔力を動かせるわけではないので、しばらくはまともには動けないだろう。ハンマーを支えにして、どうにか顔をあげている状態である。
けれど、その声は間違いなく喜色に満ちていた
『うぉっしゃ! 俺の仇を討ったぜ!』
続いて、名も知らぬ探索者たちが。
『俺の仇も討ったぞ!』
『これで気持ち良く成仏できるわー』
『あっはは、死ぬほど嬉しい! 死んでるけど!』
各々に、喜びの声をあげる。
何かとブラックジョークじみた探索者たちの歓声には、桃子も苦笑を浮かべるしかないが、しかし。どうにかハンマーを杖代わりにして立ち上がり、桃子は彼らに向きなおる。
彼らは既に力を使い果たし、身体が――魂が透き通り、今にも消えてしまいそうだった。
だから、今、しっかりと伝えなければいけない。
「皆さん、あの……」
桃子が声をかけると、名も知らぬ探索者たちは皆が桃子へと向き直り。
まだ若い者も。ベテランの顔つきの者も。男性も。女性も。皆がスッキリとした笑みを浮かべて、桃子へと声をかける。
『モモコちゃん、ありがとう。光に還る前に、きみと共に戦えて嬉しかったよ』
『お嬢ちゃんには、二度も俺たちの仇を討って貰っちゃったな』
『いやはや、助けたつもりがまた助けられたね』
涼しい風の吹く青い花畑で、激闘を終えた探索者たちから一斉にかけられる感謝の声に、桃子は驚いたように目を丸くする。
そして、空を舞う青い花びらに紛れるように、彼らの身体から、少しずつ白い光が浮かび上がっていくのに気が付いた。
もう、別れの時間だろう。
桃子はぺこりと。深々と。消えゆく探索者たちに向かい、頭を下げる。
「私こそ、ありがとうございました! 本当に、本当に……先輩方には、危ないところを助けていただきました!」
死してなお、魂を削ってまで助けてくれた先人たちに。桃子は心からの感謝を伝える。
時間があるならば、もっと話したいことも、聞きたいこともある。
けれど、彼らはもう、還る時間だ。
『いいさ。後輩を助けるのは、先輩の役目だ』
『俺たちを認めてくれたスフィンクスの顔に泥を塗りたくはないからなあ』
『モモコちゃん。これから先、まだ苦難はあるかもしれないが……』
『頑張れよ!』
「はい、はい……! 頑張ります、頑張ります!」
桃子が顔をあげたときには、すでに。
花畑に彼らの姿はなく、静かな風が吹いていた。
『うふふー。モチャゴンところぽちゃんも、さすがに時間が来ちゃったモチャねー』
『桃子。頑張って、ね。みんなが、ついてるから、ね』
そして、探索者たちに別れを告げる桃子を見守っていた二人にも、そろそろ時間が来たようだ。
モチャゴンの大きな体は再び、1メートルの慣れ親しんだサイズに戻り。
桃子が羽織っていたパイカラも、コロポックルの少女の姿に戻っている。
先ほどの探索者たちと同じく、彼らもまたその身が透き通り、ここにいられる残りの時間の短さを物語っていた。
「モチャゴン、パイカラちゃん……ありがとう……!」
桃子が看取ってきた魔法生物たち。
彼らは、光になって消滅しても、なお。こうして、桃子を見守り、助けにきてくれた。
桃子はそれを想い、嬉しさと、感激と。そして、二度目の別れの寂しさで、胸がいっぱいになる。
『頑張るモチャよ。そうだ、ペコちゃんにもよろしくモチャよ!』
『氷の花、の。ヨウセイたちのこと、お願い、ね。頑張ってね、桃子』
モチャゴンは、頬ずりをするように桃子に真ん丸な身体を摺り寄せて。
パイカラは、そっと桃子の手をとって。
そして、光となって消えていった。
「頑張るね、私、頑張るからね」
誰もいなくなった花畑には、桃子とエレクだけが遺された。
周囲の地面は土が巻き上げられ、バジリスクのいた辺りの地面は白く凍り付いている。まさに、激闘の跡だ。
しかし、夜空に照らされた青い花畑はそれでもなお、静寂とともに。涼し気なそよ風で、桃子たちを包み込む。
『ケラケラっ。凄いことだよ、モモちゃん。今ので、かなり大量の瘴気が、浄化できたよ! 浄化できたよ!』
エレクが笑う。
彼女もまたバジリスク相手に、その雷の速度の移動力を駆使して囮役を買って出ていたのだ。桃子以上に、彼女の負担は大きかったことだろう。
そして桃子は、こうしてエレクと対面して。今更ながらに、彼女がどれ程身を削っていたのかに、気付くことが出来た。
「……ごめんね、エレクちゃん……ずっと私、気付かなくて……」
桃子は、エレクを見て、力なく俯く。
どうして今まで気づかなかったのかと、己の鈍さを悔やむ。
「私が、エレクちゃんに、頼って……無理させて、頑張って貰っちゃったから……」
エレクの身体が、うっすらと。透けてきていた。
先ほどまでいた探索者たちと同じように、モチャゴンやパイカラと、同じように。
ここは、死者の国であるニライカナイ。そして、その地で桃子が出会った雷の妖精、エレクもまた。
死せる魂だったのだ。
エレクはずっと、その魂を削って、桃子と共に戦っていたのだ。
『……エレクちゃんはね。昔、たまたま居合わせたピカリと一緒に鵺と戦って、負けちゃったんだよ。食べられちゃった』
バチバチと、その身から紫電を定期的に放出しながらも。エレクは語りだす。
それは、エレクの身の上話。エレクが死んでしまった話だ。
桃子は、思い出す。鵺を前にした時に、ヘノが言っていたことだ。鵺は、妖精を食べてしまうのだ、と。
『アオちゃんとキィちゃんもね。鵺に襲われて食べられちゃった子たちなんだよ。それからはね、ずっと冷たくて、暗い中に閉じ込められてて。暴れる鵺を見てるしか出来なかったの。でも、ある日そこから、モモちゃんが助け出してくれた』
桃子は、鵺を倒したあの日のことを思い出す。
鵺が煤となると同時に、様々な光の玉が空へと舞い上がるのを、桃子とヘノは目撃したのだ。
そこには、薄紫色の光も、青、黄色の光もあったはずだ。きっとあのとき、エレクは。アオとキィは。ようやく、自由というものを手にしたのだ。
「そう……だったんだね。あの時の光、エレクちゃんたちだったんだね」
『だから、エレクちゃんを救ってくれたモモちゃんを、もっと沢山、お手伝いしたいの! まだまだ頑張るよ! 頑張るよ!』
エレクは唐突に、神妙な空気を吹き飛ばすように気合を入れて宣言する。
それと同時にいくつもの紫電が空中に弾けて、桃子は驚いて目を瞑ってしまった。驚いた桃子をみて、エレクはイタズラっぽくにひひと笑みを浮かべる。
『それに、エレクちゃんも、勇者パーティのメンバーだからね! ピカリとワカとモモちゃんと、魔王を倒すまで、一緒にいくよ! 一緒にいくよ! ……だから、最後まで、笑顔でいてね?』
「……うん、約束。一緒に、パーティ合流して、最後まで笑顔でいようね」
先ほどからずっと、桃子の頬は濡れたままだ。
けれど、今から桃子とエレクは、今回の勇者パーティに合流しなければいけないのだ。こんな泣き腫らした顔では、ヒカリや和歌に余計な心配をかけてしまうだろう。
桃子は、手の甲で涙をぐいとふき取ると、エレクに笑顔を見せて。
ハンマーを抱え直し、勇者パーティの仲間の元へと、魔王との戦いへと。
最後の道のりを、進んでいくのだった。
『やあ、桃子ちゃんにエレク。そっちも、随分頑張ったみたいだね』
『ピカリもね! 身体、透けてるじゃん! 透けてるじゃん!』
バジリスクを倒したあとは、魔物という魔物は出てこなかった。エレクが言うには、バジリスクがあの一帯の瘴気を全て吸いつくしたので、それを倒すことで浄化が一気に進んだのだそうだ。
至る所にある焼け焦げたあとと、そしてエレクの魔力感知によって、先を歩くヒカリと和歌に追いついたのは、それからしばらく後のことだった。
合流したヒカリと和歌もまた、なかなか大変な様相だった。
ヒカリはエレクと同じく身体がうっすらと透けており、和歌の衣装や手足も至るところがボロボロで、煤だらけだ。
桃子たちがバジリスクという強大な敵と戦ってきたのと同様に、ヒカリと和歌もまた、桃子の知らない難敵と戦ってきたに違いない。
「和歌さん……」
「桃ちゃん……」
互いの顔を見る。双方とも目元は潤んでいる。
きっと、大変なことがあったのだろうと互いに感じとる。それでも、多くは語らない。
その代わりに、桃子は和歌の服の裾をぎゅっと掴んで、現実の話をする。和歌が帰るべき、地上の話をする。
「あのね和歌さん、和歌さんが高熱で倒れたあと、皆で運んで、お医者さんがきて、大変だったんですよ? 親方たちも心配してるし、ローラさんだって、ずっと一緒に付き添ってくれたんです……」
『なんだ和歌、来るのが随分早いなと思ったらそんなことになってたのかい?』
「桃ちゃん、心配かけちゃったみたいですね。なんだかご迷惑をおかけしました……」
和歌は、桃子を正面から抱き寄せて。ぽんぽん、と桃子の背中をさする。
和歌とて桃子を蔑ろにしたいわけではなく、熱を出して心配させてしまったのも、決して和歌の意思によるものではない。魂を引き寄せるニライカナイへの抵抗力が、桃子よりも弱かった、それだけである。
けれど。そこで引き返さずに、今ここでヒカリとともに戦っているのは、間違いなく自分の意思だった。だからこそ、桃子に申し訳なく思う。
互いに、それぞれの温もりを感じつつ。それでも、まるで喉がつかえるように。
本当に伝えたい言葉が出てこない。
和歌の後ろからは、ヒカリだけが。
さみしそうな笑みを浮かべて、その二人の姿を眺めていた。
しかし、そんな再会に長々と時間を使う余裕がないのも確かである。
少し上空まで飛び上がり、周囲の瘴気を覗いていたエレクが紫電のスパークとともに、元気な声をあげた。
『ケラケラっ。でもようやく、勇者パーティ合流だね! 合流だね!』
『ああ……さっそく、魔王を倒しに行こうか! と、言いたいところだけれど』
いざ、進軍。
かと思い、桃子もハンマーを握り直すけれど、しかしなんだかヒカリの様子がおかしい。
というより、ヒカリが何故だか、周囲をきょろきょろと眺めている。周囲を眺めたところで、全方位が果てしなく広く続く青い花畑であり、何か目印があるわけでもない。
「ヒカリ、どうしたの? いよいよ魔物の親玉のところに行くんじゃないの?」
『い、いや、僕もそう思っていたんだけど……エレク、どういうことだい?』
不思議に思った和歌が後ろから声をかけるが、声をかけられた当のヒカリもやはり困惑した様子で、ビリビリと放電を続けているエレクに問いかける。
ヒカリはリーダーシップこそ取ってはいるものの、実のところ魔力や瘴気に関してあれこれ知っているというわけではないのである。
餅は餅屋。カレーは桃子。うどんは香川ダンジョン民。魔力や瘴気のことは、その道の専門である魔法生物に聞くに限るのだ。
『ケラケラっ! モモちゃんとワカがいれば、てっきりあいつがすぐにでも出てくるかと思ってたんだけど。なんだかまだ動きがないね! 動きがないね!』
「え、敵の親玉、まだ出て来てない……っていうこと?」
桃子には瘴気そのものが見えるわけではないけれど、なんとなく、肌で感じる「嫌な気配」として、この階層にはまだ多くの瘴気が残っているのを感じとっている。
だからこそ、またすぐにでもこの瘴気が集まり、凝縮され、そこに新たな魔物が現れるとばかり思っていたのだが、エレクが言うにはどうやらまだ動きがないらしい。
『何か、きっかけが必要なんだと思うけど、少し待ってみようか! 待ってみようか!』
『勇者パーティが魔王の部屋で出待ちをする話なんて聞いたことがないな。まあ、仕方ないか……』
なんだか、毒気を抜かれたようにヒカリが呟いて、花畑に腰を下ろす。
油断しているわけではないだろうが、しかし常に気を張り詰めていても余計に精神を消耗するだけだ。
なにより、今は四人とも疲労困憊である。敵が出てこないというのであれば、ヒカリのように、少しでも休息しておいたほう良いのは間違いない。
「あ、それなら……」
そこで、桃子は一つの閃きを得た。
桃子は先ほど、バジリスクとの戦いにおいて、己のスキルの新たな可能性を垣間見たのだ。
それは、肉体から離れ、魂だけの状態である今だから出来る【創造】の、新たな扉だ。無限の可能性だ。
皆の視線が桃子に集まるのを確認してから、桃子は堂々と。
言ってのけた。
「カレーを食べませんか!」