ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「滅びなさい!【フレアバースト】!」
戦いは、最強の炎熱魔法から始まった。
鵺の肉体が顕現するや否や、魔力を集中させていた和歌が魔法を放つ。
赤い熱を放つ魔力の核が、その熱で空気の層に揺らぎを発生させながら鵺へと射出され、その着弾とともに強大な炎熱と衝撃で、その範囲を焼き尽くす。
鵺にも多大なダメージを与えられる【フレアバースト】だが、しかし残念ながらこの魔法は連発が出来ない。なので、和歌は桃子とともに射撃後まずは鵺から距離を取るように移動する。
一方、ヒカリはここまで届く爆発の衝撃に耐えながらも、鵺の次なる動きに備える。
誰も、今の一撃だけで鵺が滅びたとは思っていない。
そして、空気を焼く炎熱がおさまるのも待たず、辺りに響いたのは轟音。
雷獣の別名ともされる鵺による容赦のない落雷が、人間たちに襲い掛かる。
鵺の恐ろしい所は、この落雷だ。巨体から繰り出す爪や牙、そして蛇の尾の殺傷力もさることながら、鵺の繰り出す落雷は、それだけで何の手立てもない探索者たちを一方的に蹂躙出来てしまう。
如何にヒカリが神速の剣を持とうが、桃子が妖精の加護に包まれようが。落雷に対する防御手段を持っていなければ雷を防ぐことは出来ず、もはや戦いにすらならない。
が、それは。
そこにいるのが彼らだけの場合である。
『前の時も! お前の落雷は、エレクちゃんが全部防いだろ! 忘れたかっ! 忘れたかっ! 鵺っ!!』
いくつも落とされた落雷は、全て。
ヒカリたちの頭上。空中高くに陣取った一人の妖精に、次々と吸い寄せられていく。地上の人間たちには、一筋たりとも稲妻が到達することはない。
ここまで共に付いてきてくれたエレクは、その身体こそ小さくとも、雷を司る存在だ。
妖精の能力を増幅させる神器である神槍ツヨマージを掲げたエレクは、鵺の放つ稲妻の全てを。殺意を込めて放たれたその電撃を。
その身ひとつで、全て吸収していく。
エレクがいる限り、鵺の雷撃は探索者たちへと届かない。
『和歌は離れて援護射撃を! 桃子ちゃんは和歌を守ってくれ!』
そして、エレクが雷撃を吸収している間に、ヒカリは和歌と桃子に指示を出し、己は未だ熱の残るその地に駆けて出る。
金属のぶつかるような音が響く。見ずともわかる。ヒカリの剣が、鵺の強大な爪に、或いは、強固な毛皮に弾かれた音だ。
そこには、鵺の姿があった。
和歌の炎熱によりその身の大半は赤黒く焦げ、煙をあげている。
しかし、それでも。鵺は揺るぎない。その動きが鈍る様子はない。
『グルルル……』
『鵺! それまで闇に隠れ続けていたお前を表舞台に引き上げてやったのは僕だろう? 忘れたとは言わないよな!』
鵺は一度距離を取り、ヒカリの姿を見つめる。
本来ならば、人間などはその爪の一振りで。その牙のひと噛みで。その足で、その尾で。ひとたまりもなく肉塊へと化すはずの矮小な存在だろう。
だが、目の前の人間は生きている。
鵺には、人間ほどの理性はない。けれど、微かに。記憶として残っていた。
過去に何人か、鵺を苦しめた人間たちがいる。鵺はいま、彼らへの恨みで蘇ったのだ。
雷を操る妖精と共に己に歯向かい、その後に連なる人間どもの筆頭となった剣士。
幾度となく、その劫火により鵺の身体を焼き尽くした女魔法使い。
何人もの探索者を引き連れ、本人も鵺に手傷を負わせる黄金の剣の使い手。
闇に隠れた己の姿を全て見通し、人間どもを指揮していた女。
そして。
あの日、己に最後の刃を突き立てた、矮小なる人間の小娘。
目の前にいるのは、その筆頭となった剣士だと言う事を思い出す。
ならば、話は早い。目の前の剣士を殺すだけだ。鵺はどす黒い殺意を放ち、その脚で地を駆け。常人には見えぬ速度でその爪を奔らせる。
迎え撃つヒカリもまた、並の探索者を凌駕する反応速度で、その腕に刃を流すように振るう。
交差の度に、ヒカリは己の命を削るギリギリを攻め、和歌の炎により強固な毛皮が焼き払われた鵺の身体には、刃による裂傷が蓄積されていく。
「和歌さん! 下がりましょう! 近すぎます!」
ヒカリが、鵺と戦っている。
鵺の一撃を避け、交わし。そして隙を見ればヒカリの持つ剣が軌跡を描き、鵺から赤黒い液体が迸る。
だがしかし、鵺は強大で、強い。与えた傷も時間とともに塞がり、再び目の前のヒカリを縦横無尽に追い立てる。
ヒカリもまた、その爪を食らい。打撃に吹き飛ばされ。常人ならば動けぬような衝撃を受けてもなお、魂を削りながら、再び立ち上がる。魂を代償に、戦い続けている。
桃子では、とてもではないがその戦いについていけないだろう。
いま出来ることはただ、和歌を守るためにハンマーに力を注ぎ、構えて待つだけだ。
桃子に守られている和歌は後退して距離を取りながらも、しかし援護の手を止めない。
「ヒカリ! 右から炎! いつものタイミングで!」
和歌はヒカリにだけ理解できる合図を送り、適度なタイミングを狙って炎熱の火炎弾を放射していく。
ヒカリが剣戟の手を止めたかと思えば、鵺に火炎弾が着弾し、その身体が爆発と共に燃え上がる。阿吽の呼吸で、その燃え上がる鵺の身体を撫でるように刃が更なる軌跡を描く。
ヒカリの刃は炎の茜色を反射し、まるで赤い三日月がいくつも瞬いているように見えた。
『その調子! 頑張れっ! 頑張れっ!!』
上空からはエレクが声援を送る。
エレクは落雷を防ぐのに専念し、地上での戦いには参戦できない。だから、地上での戦いは実質、ヒカリと鵺の一騎打ちとなっていた。
先制の【フレアバースト】のダメージが絶大なこと、更には定期的に炎の魔法が着弾することで、パッと見ではヒカリのほうが優勢にも見える。
「桃ちゃん、護衛ありがとうございますっ」
「私、構えてるだけですけどねっ」
和歌はヒカリへと援護射撃を放ちながら、自分を守る桃子に声をかける。とはいえ、桃子はただ、いつでもハンマーを振るえるように武器に魔力を貯め、構え続けているだけだ。
実際に、鵺はヒカリを相手取り、和歌や桃子へと襲い掛かる気配がない。
桃子はこれを、自分だけがこの戦いの中で何もしていないと考えているが、しかし、真相は違う。
『鵺! やり辛いか、あの子が怖いか! お前を倒したあの力だからなあ!』
鵺は、決してヒカリだけを標的にしているわけではない。
ヒカリの剣は、厄介だ。
だけれど、この場において鵺を殲滅し得る力を持つのは、目の前の剣士ではなく。それは、離れた場所で距離を取っているあの二人。
どちらも鵺にとっては憎むべき標的だ。炎熱の魔法を放つ女魔法使いと、遠野の地で己に止めを刺した小娘だ。
どうにかして、あの二人を叩き潰さねばならない。
しかし。
『ケラケラっ、モモちゃんを一番警戒してるね! あの紅い珠は、お前の力そのものだったからね! そのものだったからね!』
鵺は、己の力があの小娘に渡っていることを理解していた。
だからこそ、迂闊に近づけない。
あの力は、一撃で。己の魂を消し去ることが出来るのだから。
ヒカリと対峙しながらも、鵺の憎しみは増していく。
ヒカリと鵺の一騎打ちは続く。
鵺は、紅珠の力を宿した桃子の存在を警戒し、桃子と和歌にはなかなか近づけない。
そして、そんな鵺の隙を見逃さず、ヒカリの斬撃は常に軌跡を描き続ける。
ヒカリもまた、鵺の標的の一人だ。故に鵺は、憎しみの前に逃走という選択肢を選ばず、ヒカリとの一騎打ちを継続する。
そしてそこに、更に鵺にとっては忌々しい声が響く。
「ヒカリさん、武器の消耗は気にしないでください!【加工】! 【創造】!」
『助かる!』
ヒカリの剣が、桃子の魔力により強化され。そして更には、伝説の剣と言わんばかりの輝きを放ち、魔を切り裂く力を増していく。
これは、桃子の力だ。桃子が、闇を切り裂く剣を【創造】したものだ。いつか見た【浄化】の力を込めたサーベルを桃子なりに再現したものだ。
桃子は、先のバジリスク戦で。コロポックルの少女パイカラ、丸い怪獣モチャゴンとのコンビネーションにおいて、その力の片鱗を掴んでいた。
それは、肉体を持たずに魂だけになっている今の環境だからこそ行使できる、桃子の秘められた力だ。【加工】は既存の道具を変質させ、【創造】においてはあらゆるものを生み出せる。
無論、継続時間も短く、桃子の消費魔力も尋常ならざる量だが、今はそれを気にして出し惜しみしている状態ではない。
より鋭さを増したヒカリの剣は、鵺の尾としてヒカリに迫っていた大蛇を、するりと斬り裂き、あっさりと切断する。
ヒカリの技量があればこそだが、これこそが桃子の秘めたる力だ。
鵺は、地面に転がった大蛇の尻尾を忌々しそうに己の脚で踏み抜く。哀れな肉片と化した大蛇の尾は、煤となり消えていった。
己の劣勢を認めざるを得ない。
目の前の敵は、厄介だ。少なくとも、あの女魔法使いと小娘から引き離さねばならない。
鵺はそう判断し、もう一つの力を発動させる。
「あ、鵺が……!!」
遠くから鵺を睨み続けていた桃子が、つい驚きを口にしてしまう。劣勢を悟った鵺が、己の身に闇を纏ったのだ。
これが、鵺のもう一つの、探索者たちを苦しめ続けた能力だ。
鵺の周囲には霧のように、闇が漂い始めていた。
この大妖怪は闇を纏い、己の姿を消すことが出来る。探索者の目から逃れ、その消耗を回復させるべく、己の領域に隠れてしまう。
闇は濃くなり、次第に桃子の視界から鵺が消え去ってしまう。
既に、ヒカリとエレクの身体はかなり透き通ってきている。遂に、魂の力を失いつつあるのだ。
長期戦は出来ないのに。ここで鵺を逃がすわけにはいかないのに。鵺が、見えない。
悔しさに桃子が口元を歪ませたとき。
花畑に、一筋の落雷が落ちる。
『ケラケラっ、消えたって無駄だよ! エレクちゃんが見てるからね! 見てるからね!』
一筋の落雷。
それは、鵺によるものではない。宙を舞い戦況を見つめていた妖精だ。妖精の瞳は、如何にそれが闇に紛れ込もうが、強大な雷獣を、見逃しはしない。
落雷そのものは鵺にダメージを与えることもないが、しかしそれで鵺の居場所は判明した。
すかさずその地点に和歌の炎が射出され、闇に紛れていた鵺の身体に着弾する。
『エレク、君がいてくれて本当によかったよ!!』
落雷も。闇の衣も。エレクという妖精がいなければ、ヒカリたちではどうにもならなかっただろう。
鵺の最大の不運は、ヒカリという類まれなる能力を持つ剣士、和歌という最強格の炎熱魔法の使い手と相対してしまったことではない。エレクという、人間を愛する一人の妖精と、敵対したことだ。
ヒカリが燃え盛る空間へと刃を走らせると、そこには赤黒い飛沫が飛び散り、隠れていた鵺の姿が空間より現れる。
鵺の纏っていた闇が薄れ、再び鵺の巨体は、ヒカリと対峙する。
度重なるヒカリの斬撃により、鵺の身体は裂傷で赤黒く染まっていた。
そして、ヒカリもまた。魂の消耗が激しく、限界を迎えつつあった。
ここで勝負が決まるのかと。桃子が呼吸も忘れ、その二人の様子を見守っていると。
突如、突如だ。
『グゥオオオオオオ――――ッ!!!!!』
鵺の咆哮が、響き渡る。
そして、それに呼応するかのように、周囲の闇から生み出される形で、新たな魔獣たちの姿が現れる。
『ガウァアア!!』
『グルルルル……』
『グガアァァッ!!』
これは、遠野の地では最後まで使うことのなかった、鵺の奥の手だ。
鵺の分身たる、従属魔獣の召喚。これは、鵺が己の負けを認めたようなものだ。
己の矜持を曲げてこの力を使うほどに、鵺は今、追い詰められていた。
『なんだとっ?! くっ!!』
魔獣は、鵺より一回り、いや、二回りは小さな獅子のような魔獣だ。
しかし、それぞれが鵺のように獰猛な爪と牙を持っている。
その魔物が、ヒカリを。桃子を。和歌を。取り囲む。
桃子が慌ててハンマーを構え直し、自分たちを囲む魔獣と睨みあう。
だが、分が悪い。いま和歌を守れる前衛は桃子一人しかおらず、周囲の魔獣が一斉に襲い掛かれば、反撃は難しいだろう。
「和歌さん!! 自分の身を守って! 危ないです!」
「駄目! ヒカリの援護をやめたら……それこそおしまいなの!!」
しかし、そんな中でも和歌はヒカリへの援護をやめない。
再びヒカリと交戦しだした鵺に、炎の魔法を放ち続ける。
桃子とて、いまヒカリが負けたらおしまいだと言う事は理解している。
理解しているけれど、このままでは和歌が隙だらけだ。桃子は、和歌を守りながら戦えるほどの経験豊富な戦士ではないのだ。このままでは、和歌を守りきるのは、難しい。
今はまだ桃子のハンマーを警戒してか、周囲の魔獣も一斉には襲ってこず、桃子と一進一退の小競り合い状態だが。これも時間の問題だろう。
そして。
和歌の耳に、ヒカリの悲痛な声が届く。
『和歌! 聞くんだ! 次にあいつが止まったら、僕ごと【フレアバースト】だ!』
桃子は魔獣と向き合い、ヒカリの姿は見えない。和歌の顔も見えない。しかし、ヒカリの言葉の意味は理解できる。
自分ごと、最大魔法で焼き払えと。彼はそう言っている。
桃子には、和歌の絶望が、和歌の心が軋む音が、はっきりと聞こえた気がした。
「……ふざけないで。私が、私がっ! 何のために、何のためにここまで……!!」
幾つもの炎の玉が、鵺へと飛ぶ。
自分の身の守りなど考えず、和歌が鵺へと魔法を連発する。
「次こそは、あなたを死なせない為に来てるのよ……! あなたを、次こそ守ろうと……そのために……っ!!」
和歌の悲痛な叫びに、桃子の心の揺らぎが消えた。
和歌の絶望に触れ、桃子の覚悟が決まった。
無理だとか、難しいだとか、そんなことを言っている場合ではない。
何がなんでも、自分が和歌を守る。守らないといけない。
それが。死力を尽くすということだ。
イメージは、カリンの自己強化の魔法だ。魔法で強化された自分そのものを【創造】する。魔力が一気に減少し、眩暈のようなものを起こすが、そんなものに負けていられない。
桃子は、己の筋繊維が断裂する勢いでハンマーを振り回し、魔力と【創造】で強引に身体をサポートする。それまでの鈍い動きが嘘だったかのように、桃子の身体能力が倍増する。
魔獣と交差する瞬間。突如、周囲に咲き乱れていた青い花びらたちが舞い上がり、それに目の前の魔獣が怯んだ隙を見逃さずに、桃子は魔獣へとハンマーを叩き込んだ。
まずは一匹だ。
しかし、鵺とヒカリの戦いは、ヒカリが押されている。
既にもう、ヒカリの魂は限界に近づいていた。
『頼む! 君が救うべきは、僕じゃないだろう! 桃子ちゃんだろう! この地の精霊たちだろう! 君の未来だろう!』
炎の弾が鵺を襲う。
光の軌跡と共に鵺の鮮血が舞う。
『もう過去を見るのはやめて、未来へと振り向いてくれ!! 未来を見てくれ! それが僕の、死者の望みなんだ!!』
しかし、ヒカリはそれまでだった。
最期の、文字通り、魂の叫びをあげて、膝をつく。
和歌に、未来を見ろと、過去を殺せという。
和歌は、呆然と立ち尽くし。
何も言わず。何も語らず。ただ、己の杖に魔力を集中させる。
もう、ヒカリは戦えない。
このまま何もしなければ、再び鵺に殺されてしまう。食われてしまう。
それならば。
それならば。自分が、彼の魂を焼き尽くそう。鵺に二度も、愛するものの魂を食われるくらいならば――。
しかし、和歌の魔法が発動するよりも早く。
鵺がその爪を振り下ろし、赤黒い鮮血が舞う。
「過去を見るのをやめ、未来こそを見つめてほしい。それは俺も、同感ですよ、ヒカリさん」
振り下ろされたはずの鵺の右腕は、その途中で無くなっていた。
光を放つサーベルで、切断されていた。
切断面からは、赤黒い鮮血が舞う。
「でもな、ヒカリさん。こんな形であなたを再び死なせてしまったら、和歌さんの未来には二度と朝陽が差さないんです」
そのサーベルは、薄らと黄色がかったオーラを放ち、まるで金色の刃のように桃子の瞳には映った。
桃子はその光を知っている。【浄化】という瘴気を払う力を、刀身に纏わせたものだ。それは、瘴気そのものを切り裂く刃だ。それは、鵺の作り出した闇を切り裂くことのできる、光の剣だ。
そのサーベルの持ち主は、伸びた髪を後方で無造作に絞った、海賊映画で主演でも張りそうな精悍な顔立ちの、ややダンディーみもある男性だった。
それは、鵺にとっても忘れがたい男である。
遠野の深淵の地に。炎を操る魔法使いが来なくなったかと思えば、何人もの探索者を引き連れ、本人も鵺に手傷を負わせる能力を持った男が現れるようになったのだ。
それが、間違いなく。目の前のこの黄金のサーベルを持つ男だ。
「リュウ……くん……?」
和歌が小さく呟く声が、桃子の耳にも届き。作戦が間に合ったことに、桃子は心の底から安堵する。
そう。これこそが。
柚花に伝えた、助けを求めるべき相手に、助けを求める作戦だ。
深援隊リーダーである、風間が。
和歌を助けるべく、死者の国へといま、到着した。