ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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瘴気の大妖怪

『グゥオオオオオオ――――ッ!!!!!』

 

『グゥォオオっ!!!』

 

『ガァァァアアア!!』

 

 鵺の咆哮が。闇夜の下、青い花畑に響き渡る。

 そしてそれを合図に、周囲に次々と鵺の眷属が生まれてくる。

 新たな魔獣たちの群れが、花畑に姿を現す。

 

 もはや、鵺も矜持を捨てた。遊ぶことをやめた。

 力を温存することも考えず、出来る限りの手をうち。己が生存することを、目の前の者たちに勝利することだけを考える。

 

「見苦しいぞ鵺! 深淵渓谷に居たお前は、もっと気高い魔物だっただろう!」

 

 しかし新たにやってきた援軍である風間は、周囲に増えた魔獣の気配に臆することなく剣を構え、鵺の動きを封じている。

 まるで、幾ら眷属が増えようが、何の心配もないとでも言うように。

 まるで、増えた魔獣たちは、他の誰かが相手取ってくれると確信しているかのように。

 

 そして。

 

 それは実現される。

 

 

 

『俺たちも戦うぞ、お前ら!』

 

『生きている人たちを守れ! 意地を見せろ!』

 

 

 

 風間の出現に未だ呆然とする和歌と、その和歌を守る桃子の耳に、新たな大勢の声が届く。

 

 それは、桃子の見知らぬ探索者たちの声だった。

 それは、風間がこの周囲を覆う闇の結界を切り裂いたことで、援軍としてこの戦いへと介入することが許された、数多の英雄たちの声だった。

 

『結界さえ破れりゃこっちのもんだ!』

 

『遅れちまったが、アンタらだけに任せるわけにはいかねえだろ!!』

 

『雑魚は任せろ! あれくらいなら、俺たちでもやれるさ!!』

 

 剣を持つものが、槍をもつものが、弓を構えたものが、杖を持つものが。四方からこの戦いの場へと雪崩込み、鵺に呼び出された魔獣たちを相手取っていく。

 

 桃子は彼らと直接の面識はないけれど、それでも。

 桃子は彼らを、知っていた。

 鵺を倒したあの日。桃子とヘノは、間違いなく彼らの姿を見ていたのだ。

 鵺が消滅したその場所から、数多の光が空へと舞っていくのを目撃したのだ。それは、鵺の犠牲となってきた、多くの人々の魂だ。

 

 鵺は、数多くの探索者をその爪牙にかけてきた。

 降り注ぐ稲妻で、彼らの運命を断ってきた。

 

 その彼らが。鵺に因縁のある数多の魂たちが。この死者の国に居ないわけがない。

 

 

『回復します、そこの子はこちらへ!』

 

『魔法なら、私も使えます!』

 

『守りは任せてくれ!!』

 

 和歌の、そして桃子の周囲では。

 回復や防御に特化した探索者たちが桃子たちの元へと駆け付ける。桃子と向かい合っていた魔獣たちは、既に剣や槍を持った探索者に離れた場所へと追いやられている。

 治癒を使う探索者の術により、桃子の身体中に刻まれていた裂傷やすり傷が癒されていく。自分では気づきもしなかったけれど、どうやら桃子も既に、かなりのダメージを負っていたらしい。

 

「……リュウくん! ヒカリ! 援護を続けます!」

 

 そして、思わぬ援軍に呆然としていた和歌も、その瞳に光が戻る。

 杖に魔力を込めて、ヒカリへの、風間への援護を再開する。

 連発する炎の弾には、もう迷いがない。

 

 

 

 

 

「さあ、ヒカリさん。きつそうだが、後は俺が代わりましょうか?」

 

『いいや。昔の男としては、君に良いところを全部持っていかれるのは悔しいし、もう少し頑張らせてもらおうかな』

 

 ヒカリと風間が、並び立つ。【浄化】のサーベルと、桃子の作りだした【創造】の剣が、共に黄金の輝きで鵺を照らす。

 鵺は、がむしゃらに風間たちに爪を立て、牙をむくが、もう既に尻尾と片腕を失い、戦うための魔力すら眷属の召喚で消耗してしまった。満身創痍だ。

 風間、そしてヒカリという二人の剣士に対して、鵺の勝ち筋は既に消えていた。

 

 ならば、再び闇の衣だ。憎しみに突き動かされていた鵺であっても、保身を忘れたわけではない。

 もはや、この場で戦い続けるのは不利と悟った。姿を消して、傷を癒す。それが鵺のやり方だ。

 残った魔力を全て消費する勢いで落雷を連発し、己を邪魔し続ける雷の妖精の行動を封じる。雷の妖精が落雷の対処で動けなくなっている間に、鵺は闇に消え、距離を取ろうとする。

 

 だがしかし。

 鵺の天敵は、必ずしも。空を舞う妖精一人ではない。

 

 まるで、全て視えているかのように。

 地上からの貫くような一条の雷が、闇に隠れているはずの鵺へと襲い掛かる。

 電撃そのもののダメージがなくとも、鵺の居場所が特定されれば、すぐさまそこに和歌による火炎弾が、そして探索者たちによる魔法が、矢の雨が、次々と撃ち込まれていく。

 

「消えても無駄ですよ! もう、あなたの行動は私が全て見通してます!」

 

 雷の妖精を封じたとしても、鵺には未だ、天敵が残されていた。

 闇に隠れた鵺の全てを見通す瞳の持ち主が、援軍として参戦していた。

 

「お待たせしました、先輩!」

 

『ヌエ! やっつけにきたの!』

 

『かたき! かたきうちするの!』

 

 鵺を貫く【召雷】を放ったのは、銀色に輝くオッドアイを持った一人の少女だ。その横には、青と黄色の小さな光たちも浮かんでいる。

 鵺はその若い人間の女を知っている。己が滅びたあの日、探索者たちを率いていた司令塔だ。満身創痍の鵺の身体から、尚、新たな憎しみが溢れ出る。

 

「柚花!! それに、アオちゃんとキィちゃん!?」

 

 それは当然、【看破】の力を持つ探索者、柚花だ。

 風間が鵺の結界を切り裂いてこの場へとやってきたのだ、柚花もまたこの戦いに参戦するのは予想出来たことだった。

 けれどやはり、桃子はつい、戦いの場だというのに喜びで頬が緩んでしまう。

 

 柚花の登場に、桃子の心が軽くなる。

 先ほどまでは絶望感が漂う戦いでもあったけれど、今はもう、大丈夫だ。

 

「私と風間さん、この子たちに案内してもらったんです。驚きましたよ、島に着いたら怪異みたいな美人が出てくるし、先輩たちは既に眠ってるし!」

 

「ごめんね! 色々あったの!」

 

 アオとキィが、桃子の姿を見つけて桃子へと駆け寄ってくる。

 魔力を使いすぎた反動で今の桃子は一時的に動けなくなっているが、しかし少し休めば立ち上がれるくらいには回復するだろう。桃子本人の魔力はともかく、ハンマーに装着された紅珠にはまだ多量の魔力が残されているのだ。そこから少しずつ、桃子の身体にも魔力が流れ込んでくる。

 立ち上がる力さえ戻れば、桃子はまだ、武器を振るうことはできる。

 

 

 

『今度こそは、俺たちも最後まで戦うんだ!』

 

『もう、誰も泣かせるものかよ!!』

 

 探索者たちが、各々の魂を燃やして、鵺の眷属たちと戦っている。魂を削って、死者の国の闇を払うために戦っている。

 彼らは鵺に敗れたとはいえ、皆が遠野ダンジョンの第三層へと潜る実力者だ。それぞれが強く、全員が英雄なのだ。

 眷属の魔獣など、彼らの前では、もはや敵ではない。

 

 そして、鵺は。

 

 闇を纏おうとも【看破】により居場所を特定され、矢や魔法を撃ち込まれる。

 逃走を選ぼうとも、もはや足を切断された状態では、いくら逃げたとて致命的な追撃を食らうのが目に見えている。

 すでに落雷を落とす魔力も失われた。

 

 鵺は、その慢心で。その憎しみで。見誤ったのだ。この死者の国へとやってきた、探索者たちの力を。

 初めから矜持を捨て、遊びをすて、距離を取り、隠れ、眷属を呼び寄せていれば。今頃鵺は五体満足のままで、人間たち全てをこの地に沈められただろう。

 

「どれだけ強くても、所詮はケモノなんですよ。いくら憎んでも、怒っても、猛っても。鵺は、人間みたいに悪どい計算が出来ないんですよ」

 

『ケラケラっ。どこかの卑怯な蛇とは大違いだね! エレクちゃん、ようやく休めるよ! 休めるよ!』

 

「あなたがエレクさんですね? ……へえ、電気の魔力ってそういう運用が出来るんですね。参考になります」

 

『エレクちゃんの置き土産。この魔力が雷なんだよ。あなたなら使えるはずだから、覚えてね! 覚えてね!』

 

 桃子の横には、鵺に対して憎々し気に鼻を鳴らす柚花が、真っすぐに仁王立ちして、鵺を睨み続けている。

 その不思議な光をもつ双眸は【看破】を宿し、今もなお、足掻いている鵺の全てを見抜き続けている。

 柚花の目には、桃子には見えない鵺の本質までが、覗き見えているのだろう。

 

 そして、どうやら自分の役目は終えたとばかりに、エレクが桃子と柚花の元へと舞い降りてくる。エレクもまた、魔力を使い果たしたのだろう。その身体はだいぶ透けており、既にもう戦う力が残されていないのが分かる。

 同じ雷属性同士で居心地がよいのか、エレクは柚花のすぐ横に浮遊する。すると、柚花の双剣とエレクのツヨマージの間に激しい電流の流れが発生し、バチバチと空中で互いの魔力がスパークを始めた。

 桃子の目には何がなんだか分からないが、柚花とエレクの間には、何かしら意味のあるやり取りのようだ。

 

『モモコー! 手伝う!』

 

『モモコー? 手伝うー?』

 

「あはは、アオちゃんとキィちゃんは、こんなところでもマイペースだね。うん、私いまちょっと動けないから、魔法でサポートをお願いしてもいいかな」

 

 一方、魔力切れで動けなくなった桃子の目の前には、二人の小妖精が集まっている。

 ハンマーの魔力で、まだ戦うことはできる。けれど、身体の方はまだしばらく、まともに動かせそうにない。

 なので桃子は、アオとキィの力を借りることにした。

 これでも彼女たちは、妖精の端くれだ。魔法に関して言えば、人間よりも遥か高みにいる存在なのだ。

 

 桃子は、アオとキィがそれぞれの魔力を練り上げるのを確認すると、自らもハンマーの魔力を呼び起こす。

 戦いは。最後まで、何があるかわからないのだから。

 

 

 

 

 

「鵺。お前はもう、逃げられない。大人しく、滅んでくれ」

 

『次は光の差す場所に生まれ変わるといい』

 

 二人の剣士が、鵺の前に立ちはだかる。

 既に脚を斬られ、身体中は裂傷と炎熱でボロボロの状態だ。黄金に輝いていたその毛並みは、すでに赤黒く染まっている。

 

 風間も、ヒカリも。この鵺を憐れに思う。

 人を襲い。人に恨まれ。人に倒され。そして死の国で更に、人に仇を為し、返り討ちに遭うその魔獣は。

 太陽の下に生きる人間たちからすると、とても不憫な存在に感じられる。

 

 だが、二人が鵺に対し何を感じたとしても。鵺という魔物は、瘴気によって生み出された存在だ。

 憎しみを。怒りを。殺意を。その魂の奥底まで根付かせた、呪われた存在だ。そこに、後悔や反省などというものはない。

 その瘴気の呪いは、敗北が決定した状態でもなお、鵺の中の憎悪を燃え上がらせる。

 

 鵺は最後にせめて、一番憎い相手へと憎悪を受ける。

 

 それは、憎むべきは、ただ一人。

 あの深淵の谷間にて。己の頸にとどめとなる大剣を突き立てた人間だ。己の力の結晶たる紅珠を、今もなお我が物顔で使い続けている小娘だ。

 その恨み晴らさでおくべきかと、鵺の中のドロドロとした瘴気が怨嗟を上げる。

 

 鵺は、最後の力を燃やして、身を翻し。

 二人の剣士の追撃を振り切って、駆け抜けた。

 黄金の刃によって臓腑が切り裂かれようと、その首を深く切り裂かれようと。

 

「こいつ! どこにそんな余力が!」

 

『桃子ちゃん! 標的はキミだ、逃げろ!』

 

 もはや鵺は、死せる呪いと化している。瘴気で操られたその身体にもはや擬似的な生命活動すらもない。途中、幾人かの探索者たちの刃をその身に受けても尚、身体中の傷口が更に抉れても尚、黒き瘴気がそこから込み上げる。

 鵺は、瘴気は。

 憎しみだけを糧に、その人間の小娘へとボロボロの身体で駆け抜ける。最後の力を寄せ集め、その残された左の爪を振り上げる。

 

 

 周囲の探索者たちがどれだけ慌てようが、もう届かない。もう間に合わない。

 鵺が首を切り裂かれても戦い続けるなど、誰も想定していなかったのだろう。全ての臓器が零れ落ちようともまだ動くなど、人間には理解も出来ないのだろう。それだけの執念が、怨念があると言う事を、理解していなかったのだろう。

 

 瘴気は、怨念だ。人間の負の感情を圧縮した、悍ましい力だ。

 瘴気を知らぬ者に、この執念は理解できない。

 

 

 何が起きているのかも分かっていないであろう人間の小娘は。桃子は。

 振り下ろされるその爪を目で追うこともなく。その闇の爪によって、頭蓋を。頸を。腹を切り裂かれて。

 

 

 

 霞のように、掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、この龍宮礁へとやってきて、三日目のことだった。

 ニライカナイへの砂浜へとやってきた桃子は、水の小妖精のアオと光の小妖精のキィに、とある遊びに誘われた。

 

 アオは、妖精としてはまだ小さく、一人だけではうまく霧を発生させることが出来なかった。

 それこそ、狭い範囲に霧を発生させればそれで終わってしまうような、か弱いものだった。

 キィは、妖精としてはまだ小さく、一人だけではうまく光を操ることが出来なかった。

 それこそ、霧のように光を映し込む幕でもない限り、彼女は光をうまく扱えない。

 その二人が、力を合わせて作った魔法が『分身かくれんぼ』だ。

 

 その術は、対象の姿を消し、離れた場所に対象の姿を出現させる。

 ただ、それだけの。

 鵺に食われ、とうとう仲間の元に帰ることが出来なかった小さな妖精たちが作り出した、ささやかな遊びだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モモコ分身!』

 

『モモコかくれんぼ!』

 

 

 

 

 

「アオちゃん、キィちゃん。ありがとう」

 

 鵺は、見た。

 何もなかったはずの空間に、たった今死んだはずの小娘が現れ、ハンマーを振り上げている姿を。

 そこに込められた、避けようもない、膨大な魔力を。

 

 最後の最後まで、鵺は慢心していたのだ。

 己が過去に食らった小妖精たちを、何の力もない存在と判断し、敵に数えることもしなかったのだ。

 

 小さな、二人の小妖精。

 

 それが鵺の、最後の敗因だった。

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