ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子は、こうなることを予測していた。
過去に、仮面の男ツインペアーや、不老の魔女クリスティーナから教えられたことだ。魔物は、瘴気という人間たちが産み出した負の念によって誕生する。
恨み、妬み、怒り、悲しみ。地上の人間たちの様々な負の念をダンジョンが吸収することで魔物が産み出され、それと引き換えに地上は平穏を得る。
瘴気とは、魔物とは、つまりそういうものなのだ。
人間への悪意に満ちた、あのバジリスクと同格以上の瘴気で形どられた鵺が。まさか最後に大人しく敗北を受け入れ諦めるなどとは、桃子は毛頭思っていない。
そして、敗北を逃れられない鵺が最後に狙うのは誰か。そんなもの、考えるまでもない。
鵺に最後の刃を突き立てて、止めを刺した人間。鵺の力の結晶とも言える紅珠を得て、我が物として使用している人間。つまり、自分が狙われるのだろうと、桃子は結論を出す。
ヒカリや風間のように、鵺を追い詰められるような戦闘技術もない。更には、既に魔力の消耗が激しくろくに動くこともままならない。鵺から見れば、自分はまさに格好の獲物に見えることだろう。
桃子は、同じ考えに至ったらしき柚花と視線を交わし、頷き合う。
だから、罠を張ったのだ。
二人の小妖精の作り出した幻影に身を隠して。桃子は、その小さな少女たちに、礼を述べる。
「アオちゃん、キィちゃん。ありがとう」
二人の小妖精が作り出した幻に、満身創痍の鵺は未だ気づいていない。
気づいていないならば、こちらのものだ。
認識外からの不意打ちなど、探索者になってから、妖精たちと知り合ってから。ずっと、ずっと。
何度も、何度も。桃子が続けてきたことだ。
失敗は、しない。
「大人しくっ!!」
もう、桃子の身体を支える魔力は殆ど尽きており、鵺を追って駆けることは出来ない。
ヘノがいない今の桃子では、鵺を倒すために空高く翔ぶことも出来ない。
けれど。
鵺の方から目の前まで来てくれるならば、話は別だ。
目の前で、幻の桃子にその爪を振り下ろした直後の、隙だらけの鵺に向けて。最大限にまで魔力を放出したハンマーを、力の限り、振り下ろす。
「たおれろぉぉぉっっ!!!」
ズガンと腹に響くような巨大な打撃音とともに、鵺の上半身にハンマーが叩きこまれる。
ハンマーに込められた紅珠が強大な破壊の魔力を放出し、魔力の爆発が起きる。皮肉にも、もとは鵺の力であった紅珠から溢れ出した魔力は、容赦なく鵺の身体を砕き。その身を吹き飛ばしていく。
鵺が存在した場所を中心として、魔力の爆発と共にどす黒いモノが飛び散って行く。
巨獣はその半身を衝撃とともに失い。その雄たけびを上げることも許されず。
今度こそ確実に、漆黒の闇をまき散らしながら、死と生の狭間、青い花畑へと沈んでいった。
『やったかー!』
『やったかー?』
「二人ともそれ負けフラグだよっ! ……でも、どうにかなった、かな。あー、もう動けない」
ハンマーを力の限り、魔力の限り振り抜いて。その場に小さなクレーターを作った反動で足元がふらつくが、しかしどうにか倒れることなく踏みとどまる。
昔は攻撃後に自分でバランスを崩し倒れていたものだけれど、ハンマーの使い方が上達したものだと、桃子は己の成長を噛み締める。
「私、もう……サカモトさんの剣を折らなくても。鵺が倒せるようになったよ」
誰に言うでもなく。
まるで、過去の自分に伝えるかのように、あの日の何も知らなかった自分に話しかけるように。桃子は小さく、呟いた。
目の前では。鵺だったものが、まるでニライカナイの風に溶かされるように。煤となり、そして、消滅していく。
周囲の空間を覆っていた淀んだ闇は消え去り、青い花畑には静かな夜の風景が戻る。静かで、少しだけの冷たさを感じる、ほのかな花の香りを乗せたそよ風だけが過ぎ去っていく。
「先輩。お疲れさまでした。やっぱり……先輩は最強のジャイアントキリングですね」
「ううん。私じゃなくて、みんなの力だよ」
気づけば桃子の背後には柚花が立ち、桃子は後ろから抱きしめられていた。
桃子は抵抗もせず、大切な後輩に身を委ねる。正直、魔力を消費しすぎて、真っすぐ立つのも大変だったから、支えてくれるならば有り難い。
桃子は柚花に支えられて、顔をあげる。鵺から解放された夜の花畑を一望する。
そこには、一様にボロボロになった、多くの仲間たちがいた。
視線の先では、和歌がへたり込んでいる。
その和歌の元へと、ヒカリと風間が歩み寄る。風間はまだ元気そうだが、ヒカリはもう、限界が近いのだろう。身体がかなり透き通り、消えかけていた。
そして更に周囲を見渡せば、力を貸してくれた多くの探索者たちの姿がある。
死闘を繰り広げた全員が。桃子と和歌を中心にして、輪を作るように集まっていた。
彼らもまた、鵺の呼び出した魔獣たちと熾烈な戦いを繰り広げていたのだろう。万全な姿のものはいない。
けれど、彼らは皆。
笑顔で、やり切った顔で。
探索者同士で、肩をたたき合い、笑い合い、抱きしめ合い、涙を流し。勝利を喜んでいる。
『ケラケラっ、やったね、モモちゃん。これで、ニライカナイには精霊が戻って来るよ! 戻って来るよ!』
「そっか、そういえばヒカリさんはそのために戦ってたんだっけ……」
雷の妖精エレクが、声をかけてくる。
彼女もまた、その力を使い続けたのだろう。その身はもう透き通り、限界を感じさせる。いつものパチパチという放電も、勢いが消えている。
けれど。エレクは勝利を喜び、にこやかに笑っていた。
精霊が戻ってくる。
そんなエレクの言葉に、桃子はそう言えばそうだったな、と思い出した。
桃子がニライカナイの砂浜を訪れた段階で、この地にはエレクとアオ、キィの三人しかいなかった。だから、本当の意味で、あの砂浜のガジュマルの麓に住む精霊というのを、桃子は知らない。
なので、精霊が戻って来ると言われてもピンとはこなかったのだが、この地を覆っていた瘴気が浄化できたのだから、その精霊たちも姿を現すのだろうか。
桃子が、まだ見ぬ精霊の姿に想いを馳せていると、桃子を支えていた柚花が会話に加わってくる。
それは、桃子にとってはなかなか意外な内容だった。
「じゃあ、私と風間さんもミッションコンプリートですね。私たち、今回は魔法協会の仕事ってことでヘリコプターを出して貰ったんですよ」
「魔法協会の? なんで?」
「クリスティーナ会長に直接連絡して、ニライカナイの精霊たちが消滅の瀬戸際にいるって大袈裟に言ったら許可を出して貰えました。まあ、やり取りしたのは会長本人じゃなくて秘書さんの方ですけど」
「そ、そうなんだ。私が助けを求めておいてなんだけど、柚花の行動力ってすごいね……」
柚花は、桃子の知らない間にクリスティーナの秘書ともコンタクトをとれる仲になっていた。
桃子も彼らとは顔も合わせたし、挨拶だって交わした仲だけれど、果たして連絡先など貰っただろうか。自分より数段上を行く後輩の社交性に、先輩としては舌を巻く思いだ。
「風間さんもギルドに手を回してくれましたからね。今回は、魔法協会とギルドの合同ミッションですよ」
自分を後ろから抱き締めたままの柚花の説明に、なるほど、と思いながら。
桃子の視線は、どうにか立ち上がった和歌と。そして、和歌に向き合うように立つ、風間の方へと向かう。
「リュウくん、どうしてここまで……?」
「笹川さんとタチバナの二人から、助けを求められました。和歌さんに助けが必要なら、俺は死者の国にでもはせ参じますよ」
「で、でも、ここは普通の人間は……」
「俺には、妖精の師匠がいるんです。頼み込んで、あなたが食したものと同じ林檎を頂きました。これで、あなたと同じ時間を生きられる」
風間は、ボロボロになった和歌の頬に指をあて、汚れを払いとる。
風間が来る迄も戦い続けていた和歌は、既に至るところがボロボロだ。彼女の場合は魔物にやられたというより、自分の魔法による衝撃や煤による汚れが多いのだが、それでも、風間はそんな汚れなど気にもせずに。和歌の顔を見つめる。
が、彼はすぐに身を離した。
「まあでも……今は俺よりも……ほら、ヒカリさん。この戦いの主役は、あんただろう」
『はは、和歌。もてもてだね、ナイトが二人だなんて、シンデレラも真っ青だ』
風間は、己の後ろに控えめに立っていたヒカリの手をとり、和歌の前へと押し付ける。
魔力というものを目視できない桃子にも理解できる。魂を削り戦い続けたヒカリの身は、ほとんど消えかけている。彼にはもう、ここに留まる時間は残されていないのだろう。
「ヒカリ……」
『ありがとう。和歌がいてくれたからこそ、今度は……僕は、死なずに鵺を倒せたよ。自分を犠牲にせずに、皆を救えたんだ』
「……途中で、自分の身体ごと魔法で焼き尽くせとか言ってた人の台詞とは思えないわね」
『いやあ、耳が痛いな。でも、そういうのって時と場合で変わるものだろう?』
「そういえばヒカリって、昔からその調子ですぐに前言撤回してたわよね――」
和歌とヒカリは笑い合う。
長年、想い合った二人は。別れを惜しむわけでもなく、まるで普段の、楽しげな会話の延長のように。日常の一部を、切り取ったかのように。
ただ、笑い合っていた。
「ヒカリさんて、先輩と私を利用して風間さんを呼び出したんですよね。誠実そうな顔して、意外に計算高い男じゃないですか」
「柚花、言い方、言い方っ」
桃子の耳元で、柚花がぼそりと言う。
しかし、言われてみればそうなのかもしれない。
桃子に夢の出来事を思い出すようにお守りを渡したのはヒカリで、『助けを求めるべき人間に助けを求める』というアドバイスも、もとはヒカリからのメッセージだ。
桃子はその言葉に従い、自分が助けを求めるべき相手である柚花に連絡をし。
そして柚花に頼み、和歌が助けを求めるべき相手である風間にコンタクトをとって貰った。
どこまで計算かは判らないが、これは恐らく、ヒカリの望んだベストな結果なのだろう。
しかし、桃子と柚花がそうしている間にも、ヒカリには最後の時がやって来る。
「ヒカリ、もう行っちゃうのね」
ヒカリの身体から、少しずつ。白い魔力の粒が舞い上がる。
『和歌……僕は、君を愛してる』
消えかけた身体で。
ヒカリは、和歌を抱き締める。ヒカリの腕に抱きよせられ、和歌は抵抗もせずに、その身を預ける。
『だから、僕の頼みを聞いてくれ。君は、これから先の長い人生を、幸せに生きてくれ』
青い花畑に、ヒカリの言葉だけが響く。
『過去に囚われるのをやめて、未来で君を必要としている人たちのほうを、振り向いてみて欲しい』
「うん……うん……」
『守護霊というものがあるなら、君のことを、君の子供たちのことを、僕はずっと見守っているから。だから、笑ってよ、和歌』
「……こんな……ときに、笑えるわけ……ないじゃないの、バカ」
和歌は、泣きながら。ヒカリとしっかりと、視線を合わせて。ヒカリの肩を、ぽふ、と叩く。
それが、二人の。最後のコミュニケーションだった。
『あはは。じゃあ……長生きしてね、和歌』
「……私は、ずっと、あなたと一緒にいきたかったのよ……ヒカリ」
既に、誰もいなくなった青い花畑で。静かな風の吹く、夜の世界で。
和歌の寂しげな声は。煌めく光の粒とともに、消えていった。
「ねえ、先輩。先輩は、私が死者になって、ニライカナイでしか会えないって状況になったら……どうしますか?」
ポツリと、柚花が桃子に問いかける。
後ろから抱きつかれている桃子には、柚花がどんな表情でそれを問うているのかは見えない。
「……私は、そうだなあ。そうならないように。柚花が死なない様に、頑張るよ」
「質問の前提条件からひっくり返しちゃってるじゃないですか」
「うん、頑張ってひっくり返すからさ。柚花も、死なないように頑張って」
柚花の温もりに身を委ねながら、桃子が答えたのは『頑張る』であった。
桃子は、答えの出せない哲学的なこととか、悲しい仮定の話とか、そういうのを考えるのは苦手だ。最初から悲しいことにならないように、頑張るほうがいい。
「どっちかというと、先輩のほうが危険な橋を渡る頻度高いじゃないですか……」
「じゃあ、私も死なないように頑張るから、柚花も頑張って助けてね?」
そんなことを言いながらも。桃子は知っている。
いつも、桃子がこんなことを頼むまでもなく。柚花は向こう見ずな桃子のために、頑張ってくれているのだ。
桃子は口に出さずに、ありがとう、という気持ちを込めて柚花の手に自分の手を重ねる。きっと、柚花の瞳にはその感謝の気持ちも映し出されているのだろうから。
「……はぁ。先輩らしい答えですけど、ずるいなあ、もう」
「えへへ、照れちゃうじゃん」
「褒めてませんからね?」