ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「せんぱ……私……夢を見てるみたいです……」
「うん、うん。柚花、大丈夫?」
「私……もう、無理みたい……先輩は……先に……」
「柚花……お疲れ様、おやすみなさい」
色とりどりの花が咲き誇る妖精の花園。女王ティタニアの治める国。
遥か彼方まで続くその美しい色彩の楽園で、多くの妖精たちに見守られながら、橘柚花は、静かに目を閉じる。
敬愛する先輩、桃子に抱かれたまま。
「……すやすや……むにゃ……」
「こいつ。ようやく。寝たな」
「うぅ……柚花さん、ドラマチックでした……」
「まあ、サカモトさんみたいに変な抵抗力もなかったみたいだしね。ちょっとここで寝ててもらおっか」
ここは妖精の国。
第三層の地底湖ならぬ地底川でカニやハゼっぽい生き物を大量に捕らえたので、それらが弱ってしまう前に女王が用意したという大きな池に逃がしてやろうと、さっそく荷物を抱えてやってきたのだ。
しかしそこで問題になるのが柚花の存在である。
ヘノたちからある程度の説明はされているはずなので、女王も柚花の訪れは把握しているだろう。
彼女が悪しき気持ちでここまでやってきたのならばともかく、そもそもヘノとニムが許可を出して連れてきたのだ。いきなり追い出したりはしまい。
とはいえ、入る許可が出たとしても、中で自由に行動できるかというと、それはまた別問題であった。事実、ヘノの加護を受けている桃子とは違い、柚花は眠りの花粉に対処する術を持ちあわせていない。
柚花はこの世界へと足を踏み込むや否や、幻想的な景色に感動し、花々の甘い香りに包まれ、眠りの魔法の籠った花粉を大量に吸い込み。桃子に支えられた状態で、どうにか最後の力で茶番劇を繰り広げた末に、すやすやと眠りに落ちたのだった。
とりあえずの優しさとして、最近便利に使っている一反木綿の残骸である木綿布をリュックから出して地面に敷き、そこに柚花を寝かしておく。
「じゃあ、魚が弱っちゃう前に、その池? 釣り堀? まで行こうか」
「よし。行くぞ。大きな池は。調理部屋の裏に造られたんだ。ニムも来るか?」
「は、はい……柚花さんの分まで、お、お魚を見送りますね……」
後ろを振り返ると、布に寝かされた柚花には興味津々の妖精たちが群がっていた。
まあ、妖精たちには色々と弄られたりはするかもしれないが、実害はないだろう。きっと。
「わあ、凄いね。もっと小さいのを想像してたけど、砂漠のオアシスみたい!」
「どうした桃子。正気にもどれ。ここは砂漠じゃないぞ。花畑だぞ」
「うぅ……ヘノ、きっと今のは、ものの例えですよぅ」
桃子が案内された湖は、吹きさらし調理部屋のすぐ裏手に造られていた。
一番最初に聞いたときは釣り堀と言っていたので、てっきり10メートルほどの生け簀のようなものを想像していたのだが、普通に大きめの池……いや、湖が増えていた。
野球場とまではいかないかもしれないが、少なくとも学校のプール程度では済まない広さだ。
いつでも過ごしやすい気候の妖精の国なので、水着を持ってきたら年中泳げるだろう。
さっそく抱えているクーラーボックスを開けて、中で気絶していた魚を逃がす。結構無理やり詰め込んだのだが、どうやらダンジョン産の魚は地上のものよりはタフなようで、水に戻したら我先にと湖内へと散らばっていった。
続いてカニも湖の端に逃がす。浅瀬をうろうろしているが、もしかしたら隠れられる岩か何かを探しているのかもしれない。カニには申し訳ないがこの場に岩はないので、のちほど何か隠れる場所を用意してあげないといけないだろう。
「桃子。カニを何匹か。とっておいて。カレーに入れてみよう」
「あ、そっか。そもそもカレーの材料のために作った湖なんだっけ?」
カニのカレー。桃子が記憶を辿ってみたところ、確かどこかの国にカニを入れたプーなんとかカレーなるものがあった気がする。具体的なレシピは知らないが、桃子の【カレー製作】のアバウトさなら、適当に入れるだけでもそれなりに味を整えてくれるかもしれない。
ただ、桃子のイメージで言えば、沢蟹といえば揚げて食べる印象がある。決してカレーの具材ではない。
それにやはりせっかく自分で獲ったカニなのだから、最初くらいは自分で調理してみたい気持ちもある。【カレー製作】は自分で調理した気にならないのが欠点だ。
そこまで考え、ちょうどまだバケツの中には8匹ほどのカニが残っているのを確認すると、桃子は提案する。
「じゃあヘノちゃん、こういうのはどうかな。何匹かはカレーに入れてみよう。それでもう何匹かを油で素揚げにしてパリパリ食べてみるの。ニムちゃんも、一緒に食べよう?」
「よくわからないが。桃子が言うなら。それでいいぞ」
「うぅ……わ、わ、私も、いいんですか?」
「もちろん。私と、ヘノちゃん、ニムちゃんにティタニア様。あと柚花の分で、五匹は素揚げにしようね」
リュックの中には油も入っているし、小鍋で軽く揚げる分にはさほど油も必要ないだろう。前回の反省を生かして、今日は各種調味料も持ち込んでいる。今日の桃子にぬかりはない。
思い立ったが吉日と、さっそくすぐ裏の調理部屋へと荷物とカニを持ち込んで、腕まくりとともに調理準備に入る桃子だった。
数刻後。
「うまっ! やばっ! なにこれ、下手なレストランより美味しいんじゃない? 私ってすごい……!」
結果だけ言えば、ダンジョン産の沢蟹の素揚げは非常に美味しかった。パリパリと程よくかみ砕ける食感と、その後にふわっと広がるカニの風味。もし桃子が酒を飲めるタイプだったなら、ビールが進んだことだろう。
ヘノなどは、桃子がカレー以外を作ったのに驚いていたが、小さい身体でカニの甲羅をポリポリとスナック感覚で食べていた。
「桃子。カニの素揚げに。カレーをつけても。旨いぞ」
「わ、ほんとだ」
ボウソウダンジョンサワガニ揚げ入りカレーの生まれた瞬間である。
なお、そのカレーだが、相変わらず【カレー製作】に隙はなかった。
いつもの通り、ジャガイモと玉ねぎを下ごしらえして、最後に軽くつぶしたカニも一緒に炒めてから水とルーを追加。
あとは信じて混ぜていれば、いつものように光が溢れだし、カレーの完成である。雑な料理アニメのような光景だが、さすがにもう妖精たちも慣れたものだ。驚きもしない。
口にいれると、ほのかにカニの風味が利いていて、これまた一味違うカレーに仕上がっていた。そしてカニの素揚げと一緒に食べると美味しい。これは思わぬ収穫だ。
女王も美味しそうに食べていたし、鍋に群がる妖精たちも満足げな表情だった。
そしてある程度お腹が膨れたら、桃子は帰り支度。
寝こけている柚花をそのままにも出来ないし、どうやらヘノも、桃子に地上で準備してほしいものがあるようだった。何やらそれについて先ほどからニムと話し込んでいる。
そして荷物の整理が終わり、花畑の一角で眠り姫になっている柚花をおんぶして準備完了したところで、ヘノたちもようやく話し合いが終わったようだ。
「桃子。明日はな。雨合羽というものと。水着を。持ってくるんだぞ。あと。濡れてもいい靴とかだな」
「え? 水着って……私が? もしかして、さっき魚を逃がした湖で泳ぐの?」
「桃子が泳ぎたいなら。それでもいいけれど。違うぞ。さっきニムと話したんだ。次はもっと色々な水の生き物を捕まえるぞ」
色々な水の生き物。
ダンジョンの生態にはあまり詳しくない桃子だが、確かにカレーの材料にするとなると、カニとハゼだけでは物足りない。というか、ハゼをカレーに入れるイメージが湧かない。
一般的にもシーフードカレーというと、エビや貝、イカが入っていることのほうが多いだろう。
「というわけで。明日は。水が沢山ある場所に行くぞ。きちんと。泳ぎの練習を。してくるんだぞ」
「いや、明日だよね? 練習は無理だよ? 一応泳げないことはないけど……」
ヘノからの急な注文にはさすがに首を振るが、とりあえずは水着と雨合羽だ。
夜までやっているショッピングモールのスポーツ店にでも寄っていけばそれくらいは今からでも準備は可能だろう。なんなら、明日の朝イチで立ち寄れば良いだけだ。
帰りの予定を組み立てていると、ヘノがおもむろにツヨマージを持ち出して、桃子の両脚につむじ風の魔法をかける。いつもの、身体が軽くなり、脚が速くなる魔法だ。
「桃子。ヘノは今から。さっきの魚の様子を。眺めるのに。忙しいので。今日は。見送りはできないぞ」
「ええ……まあ、しょうがないか、お魚見たいもんね! じゃあヘノちゃん、また明日ね?」
「気を付けて。帰るんだぞ。では開けるぞ」
そして、ヘノが空間に手をかざして、房総ダンジョンへと続く白い光の膜を出す。
桃子はにこやかにヘノと、その背後でおろおろしているニムにも手を振って、光の膜を越えていった。
「ん……むにゃ……あれ……?」
「お、柚花ようやく起きた?」
柚花が目覚めたのは日の暮れた森の中。明かりもない暗い森だが、桃子が持つLEDランタンが周囲の木々を煌煌と照らしている。
どうやら足先が何かにぶつかる感覚がすると思ったら、桃子の背に背負われており、ときたま足先が地面の凹凸にぶつかっているようだった。
「あ、おはようございます、先輩。私、やっぱり寝ちゃってたんですね……」
「まだ花粉が効いてるでしょ。もう少し休んでていいよ?」
桃子は柚花を揺らさないようにゆっくりと歩き続ける。やっぱり足がちょくちょく地面に当たる。
「先輩。深援隊の鎧の人……サカモトさんのことも、こういう風に運んであげたんですか? 足、滅茶苦茶ぶつかりますよ」
「……んー、まあ。そうかな。サカモトさんでっかいから、大変だった」
柚花は桃子の背中に身体を預けて、桃子も前を見たまま歩き続ける。
互いに顔は見えない。
「私、萌々子ちゃんに、お礼言いたかったんです。先輩。あの時、私が見失っちゃった鵺を倒してくださって、ありがとうございました」
「あ、やっぱりあれって柚花だったんだ。でも、誰にも言わないでね?」
桃子は今更ながら、鵺と戦っていた探索者の中に『見破る目を持った探索者』がいたことを思い出した。それが、いま背中に背負っている後輩だったのだろう。
しかし、今更言い繕うこともない。妖精の国まで連れていったのだから、ここで言わずとも座敷童子の正体くらいすぐに予想がつくことだ。
「先輩が困ることは、口が裂けても言いませんよ。皆の、恩人ですしね」
「うん、信じるよ。私、サカモトさんから剣の賠償請求とかされたらさ、夜逃げするしかないから」
「は?」
「ん?」
ちょっとばかし、柚花と桃子の認識が食い違っていた。
柚花としては、『桃子やヘノの生活を守るため』に口を閉ざすつもりだったのだが、実は桃子が気にしているのは『サカモトの剣の賠償金』だった。
なにせ、あのような上等な大剣はそこらの探索者の武器とは桁が二つ三つは違うものだろう。そのうえで、あの大きな魔石である。下手すれば家が買える。
しかし、仕方ないことなのだ。あれを壊したのは萌々子ちゃんという座敷童子。さすがにダンジョンに住む都市伝説に対して、損害賠償はできまい。
そう、桃子は賠償責任を全て座敷童子に押し付けて、自分は無関係のまま知らぬ存ぜぬを通すつもりだった。
「……いや、まあ先輩が夜逃げしちゃうのは嫌ですし、言いませんけどね。先輩って、ときたまなんか。ズレてますよね」
「わ、生意気な後輩じゃん。ほら、そろそろもう優しい時間は終わりだよ。生意気な後輩は降りた降りた」
桃子は立ち止まると柚花を下ろし、左腕にかけていた彼女の荷物を押し付ける。
柚花は地面に着地して、今更ながらきょろきょろと周囲を見回した。どうやらここは、房総ダンジョンの第一層のようだ。少し先のほうに探索者キャンプが見えるので、ダンジョンの出口付近なのだろう。
「先輩、ここまで運んでくれたんですね。すみません、ご迷惑おかけしました」
「ううん、私これでも【怪力】スキルで力持ちだしね。それに、ヘノちゃんから明日の買い物頼まれちゃったからどうせ帰らないといけないし」
「へえ、ヘノ先輩から買い物頼まれたりするんですね」
「何か明日、水のある場所に行くから水着を用意しろ、だって。でも一人で暗い森を通って帰るのはやっぱり寂しいし、柚花が居てよかったよ。あとカレーは柚花のバッグに入れといたから食べてね」
「いきなりカレーの話放り込まないでくださいよ。でも、本当に先輩カレー作ってるんですね、見たかったなあ、光って完成するカレー」
柚花がちゃんと地に足をつけるのを確認してから、雑談を続けながら歩き出す。
いくら見慣れた房総ダンジョンとはいえ、暗い森をひとりで歩くのはいつになっても嫌だ。一人のときは他の探索者にひっついていく形で行き来していたものだ。
「先輩、知ってますか? 人の魔力には、その人の感情も乗っかってて、色々視えるんです。女の子をいやらしい目で見てくる人も、笑顔なのに心の中で悪口言ってる人もいます。あとは魔物と戦ってるときなんかはみんな殺気立って、乱暴になって、探索者やってる人って大体みんな怖いんですよ」
「うん?」
「ニムさんが人間を怖がるのも、そういうのが怖いんだそうです。でも、桃子先輩はほら……ダンジョン内でも殺気立つことがないし、のほほんとしてるから、唯一怖くない人なんですよ」
「それ、褒められてるのかどうなのか分からないけど、そうなんだね……」
ランタンの光を頼りに、森の中を歩き続ける。
時折、遠くのほうでキャンプ中の探索者たちの声が聞こえる。ニムには、柚花には、彼らすら恐ろしい存在に見えているのかもしれない。
「だから、桃子先輩と一緒に居たかったんですけど……あーあ、残念だけど、ヘノ先輩に先を越されちゃいましたかね」
「あはは、なんかごめんね。でもさ、柚花には視聴者の皆がいるんでしょ? 私も、柚花を楽しませることに関しては、視聴者のみんなには敵わないもん」
「えー、視聴者さんたち、最近みんな私に対して失礼なんですよー? なんか、もっとちやほやしてくれてもいいんじゃないですかねえ」
「あはは、でも柚花、楽しそうだよ。いいじゃん、配信。もっと続けていこうよ」
そして、目の前には見慣れたダンジョンの入り口。門の向こうに居るのは、いつもの休日担当の看守さんだ。
「でも先輩。また、毎回とは言いませんし、桃子先輩の探索の邪魔にならない程度に、一緒に遊びましょうね」
「ん、わかった。私も毎回は無理だけど、また一緒に釣りとかやろうか」
「はい♪ あ、でも釣りと言えば、今度私の配信でやってみようと思うんですよね。ダンジョン内に生息するカニ! あとで具体的な場所教えてくださいよー」
「えぇ……覚えてない……」
門を抜けた先では、スキルもなにもなく、ただ二人で仲良くわちゃわちゃしながら受付へと向かう二人の少女。
ギルドでは、二人の専属の受付担当が、少女たちの帰還を満面の笑顔で迎えるのだった。
【房総ダンジョンで凄いの見た!!】
:ふと気づいたら山ガールが小さい何かにおぶさってた。
:またお前か
:日本語でおk
:なんか気づいたら山ガールがおぶさってたんだよ。森ガールかもしれない。
:恐ろしいくらい全然わからん
:山と森の違いはなんなの
:こんな感じなんだよ(イラスト)
:女の子が空中浮遊してるのか?
:いいから休んだほうがいい
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