ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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温もりと共に

『じゃあ、モモちゃん。エレクちゃんたちもさ、そろそろ休むよ。そろそろ休むよ』

 

 役目を終えたヒカリが、還るべき場所へと消えた。

 そして、ヒカリに続くように。周囲で見守っていた大勢の探索者たちもまた、静かに消えていった。

 残される桃子と和歌に敬礼をするものや、最後まで手を振り続けたもの。仲間同士で肩を組みあって、楽し気な様子のものたち。

 消えていく彼らは皆、笑顔で去っていった。

 己の仕事を終えて、還るべき場所へと、戻っていった。

 

 そして、青い花畑に最後まで残っていた妖精たちにもまた、還るべき時間が来たようだ。

 雷の妖精エレク。鵺に食われ、命を失った筈の彼女が、この時まで桃子たちと行動を共にできた奇跡は。しかし、ここで終演の幕を下ろす。

 

 この時が来るのを覚悟していた桃子は、一度だけゆっくりと耐えるように目をつむってから、しかしきちんと、エレクの姿を見つめる。

 

「エレクちゃんも、行かないといけないんだね。寂しいけど……うん、仕方ないもんね。最後まで笑顔でいるって、約束したもんね」

 

『ケラケラっ! モチャゴンとパイカラちゃんが、行き先を教えてくれたからねー。ほら、アオちゃん、キィちゃん、二人もそろそろお休みの時間だよ! お休みの時間だよ!』

 

『休み!』

 

『休みー?』

 

「アオちゃん。キィちゃん。二人ともさ、今までいっぱい頑張ってきたからさ。そろそろお休みして、いいんだよ」

 

 元気いっぱいで、活発な水の小妖精、アオ。優し気で、ぽんやりしている光の小妖精、キィ。桃子は最後に、自分が名づけたその名前を呼ぶ。

 名を呼ばれ、状況を良く判っていないアオとキィの二人は、不思議そうにエレクと桃子を見つめている。

 きっと彼女たちは、自分がもう死んでしまった存在だということすらも、よく分かってはいないのだろう。休みの時間と言われても、ただただ首を傾げている。

 

 けれど。

 

『アオちゃん、キィちゃん。次に行く場所は、お友達が沢山いるよ。でっかい怪獣も、寒い国の女の子もいるんだよ。いるんだよ』

 

『怪獣! 怪獣!』

 

『寒い国の子ー?』

 

 状況は判らずとも、エレクについていく気持ちはあるようで、次に向かう場所へと興味を示していた。

 これでいいと、桃子は思う。彼女たちが笑って過ごせるのなら、悲しい事実など知らなくても良いのだ。

 あとはきっと、エレクが。そして、モチャゴンやパイカラたちが、彼女たちをゆっくりと休ませてくれることだろう。

 

「エレクちゃん、本当にさ、ありがとうね。私、本当に……エレクちゃんに、助けてもらったね」

 

「エレクさん。先輩を守ってくださって、ありがとうございました」

 

 エレクがいなければ、桃子はここまで来られなかった。ニライカナイを救えなかった。

 いや、エレクがいなければ、彼女が過去にヒカリとともに人々を守らなければ。ニライカナイどころか、今の遠野ダンジョンが救われることもなかったはずだ。

 エレクがいなければ、より多くの悲劇が、この国に生まれていたはずだ。

 

 人間が大好きで、人間のために命を削った妖精に。

 桃子は「ありがとう」という言葉を伝えるしか出来なかった。

 伝えたい言葉は、沢山あるけれど。重ねたい想いは、沢山あるけれど。その全てが「ありがとう」なのだ。

 

『ニライカナイに集まってた瘴気だけどさ、たぶんなにか、悪いことが起きる前兆なのかもしれないね。けど、モモちゃんたちなら、どうにかできるよ! どうにかできるよ!』

 

「え、そ、そうなんだ……?」

 

「いきなり怖いこと言うじゃないですか、エレクさん」

 

『ケラケラっ。それとね……それと……最後にさ、モモちゃん。これをお願いして、いいかな? いいかな?』

 

「これ、ツヨマージ……」

 

 最後に、エレクがそっと、桃子の手にそれを持たせる。

 

 それは、黒く焼け焦げ、その殆どが炭化してしまった、エレクのツヨマージだ。エレクが命を失ったその日も、最後までその力で人々を守ってくれた筈の、エレクの相棒だ。

 母であるティタニアが、エレクを想い制作した、エレクのための神槍だ。

 

『母様に……母様に……エレクちゃんは、楽しそうだったって……仲間がいて、幸せ……だったって……母様に……』

 

『エレク、痛いの?』

 

『エレク、大丈夫ー?』

 

『……ケラケラっ! チビ達と一緒だから……エレクちゃんは大丈夫だって……伝えてね! 伝えてね!』

 

 エレクは、声を震わせながらも。言葉をつまらせながらも。

 心配してくれるアオとキィの二人を、その両手でぎゅーっと抱き締めるように捕まえて。そして、にっこりと笑顔を見せる。

 お別れは、笑顔で。

 

『ルイなんかは、それでも許してくれないかもしれないけどね。モモちゃん、代わりに怒られておいてね。お願いね! お願いね!』

 

「あはは……うん、分かった! 伝えるし、怒られるよ。絶対、伝えるから、伝え……る……からっ」

 

 エレクが、紫色の光の粒となって、消えていく。

 約束をしたのだ。最後まで、笑顔でいようと。笑顔でお別れしようと。

 なのに。どれだけ笑顔を見せようとも。

 どうしても、その視界は涙で歪んでしまう。

 

 エレクは、そんな桃子を最後まで笑って見つめたまま、光となっていく。

 

『モモコー、ありがとー!』

 

『モモコー、またねー?』

 

『ケラケラっ! モモちゃん! 頑張ってね! 頑張ってね!』

 

 続いて、アオも。キィも光となって。

 妖精たちは、最後まで楽しげに笑いながら。ニライカナイの空へと、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂だけが、その場に残される。

 

 つい先ほどまでは、エレクがいて、アオとキィがいて、ヒカリがいて。そして多くの探索者たちが勝利を祝い、喜んでいた。ここは、とても賑やかな場所だった。

 そんな、青い花に彩られた夜の世界には。

 彼らはもう、いない。

 

「エレクちゃんたちも、ヒカリさんたちも、行っちゃったね……」

 

 この日だけで、どれだけの涙を流したのかわからない。

 鼻をすすりながら。誰もいなくなった花畑を見渡す桃子を、柚花が抱き寄せる。

 温かい、生きている人間の温もりだ。

 

「なんか、寂しくなっちゃいましたけど。この花畑は、多分これが本来の姿なんでしょうね」

 

「うん。ここは、死者の来る場所だから……皆が、眠る場所だからね」

 

 ここは、桃子たち生きている人間が訪れるべき土地ではない。彼らのように、休息を必要とする死者たちが、訪れる場所なのだ。

 だから、夜の空の下で。静かに、静かに。時が過ぎていく場所なのだろう。

 

 静かな眠りを守るように咲いた青い花が。戦い疲れた英雄たちを、優しく労るように。

 ただ、静かに風に揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「リュウくん……ありがとう。こんな場所まで、助けに来てくれたのね」

 

「ああ……お礼は、笹川さんとタチバナに言ってください。俺は結局、この子たちに助けを求められただけで、全て彼女たちの功績ですよ」

 

 残されたのは、生きた人間たちだけである。

 夢という形でこの世界へとやってきた桃子と和歌は当然として、魔法協会の仕事という名目でこの死者の国まで直接やってきた、風間と柚花という二人の探索者。

 四人の生者たちは自然と集まり、帰還の道を歩みながら、会話の輪を作る。

 

「和歌さん。初めまして、橘柚花です! 桃子先輩には、優しい職場のお姉さんだと、以前からお話を伺っております」

 

「あらー、本人は映像より美少女じゃないですかー。柿沼和歌です。こちらこそ、桃ちゃんから色々と仲良さげなお話を聞いておりますよー?」

 

「な、なんか……知り合いどうしが丁寧な挨拶を交わしてるのって、変な感じするなあ」

 

 和歌と柚花は、双方ともが桃子と親しい人間であるけれど、この二人同士は初対面だ。

 互いに桃子を通して相手のことは知っていた筈だけれど、こうして目の前で二人が自己紹介を交わしているのは、桃子の立場では謎の居心地の悪さがある。

 二人ともが変なことを言いださないかとそわそわしていると、深援隊リーダーである風間が、桃子を見てぼそりと呟いた。

 

「しかし、タチバナの先輩のモモコちゃんが、工房の笹川さんだったとはなあ。君には、借りばかりが貯まっていくな」

 

「あはは……私こそ、深援隊の皆さんには何度も助けられてますから」

 

 桃子と深援隊との縁は、深い。

 サカモトを妖精の国から救い出し、鵺を討伐する際にサカモトの剣をハンマーでへし折り。サカモトには、魚人の毒で苦しむアカヒトに、解毒剤を届けて貰ったこともあった。

 クルラの住まう村を救う戦いでは雪ん子として共闘し、危険なところを彼らに救われた。まさかそこで出会ったお婆さんが風間の祖母だとは、桃子もあとから聞いて驚いたものだ。

 その後も、深援隊のオウカとは何度も協力関係となり。化け狸のクヌギが深援隊に世話になり。ダンジョンのみならず、サカモトの剣も鎧も、どちらも桃子の所属する工房で作り直している。

 地上でも、ダンジョンでも、実は桃子と深援隊は相当強固な縁で関わっている仲と言えよう。

 

 しかしそれはそれとして、桃子には自分の縁とは別に、気になっていることがある。

 何だかんだで共闘も多く、ある程度の裏事情まで共有している柚花と風間は桃子の知らない間にずいぶんと距離が近くなったようで、風間はいつの間にか柚花のことを「タチバナ」呼びしている。

 別に、馴れ馴れしい……などと思うわけではないけれど。桃子が自然と風間と柚花の間に割り込むような位置に入ったのは、意識的か、無意識か。それは本人にも分からない。

 

 

 

「私、帰りはヘリコプターじゃなくて先輩と一緒の飛行機がいいんですけど。今から手配って間に合いますかね」

 

「そう言えば、帰りのことは何も考えてなかったな」

 

 帰りの長い道のり。四人の会話は続く。

 せめて何か話していないと、特に桃子と和歌が悲しみに沈んでしまうのだ。それを察してか、柚花と風間が率先して話題を出していく。

 聞けば、風間と柚花は魔法協会のヘリコプターで、長崎空港からこの離島まで直接飛んできたのだそうだ。

 確かに、ギルド施設の横にヘリポートがあったのを桃子は思い出す。てっきり、あのスペースはバーベキュー用の広場だとばかり思っていた。

 

 桃子からの連絡をうけた柚花は、その後すぐに風間に連絡を繋いだそうだ。風間はその後すぐに桃の窪地でウワバミ様こと、桃の木の妖精クルラに事情を伝えて、助力を乞う。柚花は柚花で魔法協会に連絡を入れて交渉し。

 たった1日で魔法協会とギルドに話をつけて、更にはその日のうちにこの遠く離れた離島までやってきたのだ。さぞ忙しかったことだろう。

 滅茶苦茶に忙しかったですよ、とジト目を向ける柚花には、桃子は恐縮しきりだった。

 

「そうだ。この風間さんですけどね、和歌さんを助けるためにって、ウワバミ様っていう神様に頭を下げてまで例の林檎を貰ってるんですよ。だから和歌さんはちゃんと労ってあげて下さいね」

 

「お、おい……タチバナ。そういうのはよせって」

 

「あのですね風間さん、クールで寡黙なのが美徳とか思ってるのかもしれませんけど、和歌さんの好みはヒカリさんですよ? 誠実な顔して、歯に衣着せずに言いたいこと言うタイプのイケメンですよ?」

 

「やめろやめろタチバナ。俺の心にこれ以上ナイフを刺すんじゃない」

 

 そして、何故だか知らない間に、風間と柚花が阿吽の呼吸で漫才のような会話を繰り広げる仲になっている。

 そこで桃子は以前、柚花が話していたことを思い出した。この風間は魔力制御が完璧で、魔力で感情を読み取れないタイプの人間だったはずだ。北海道で、柚花がそのような話をしていた記憶がある。

 柚花の瞳は意図せずとも他者の感情を覗き視てしまう。それが、柚花がソロ探索者を選んだ原因だ。

 しかし、だからこそ。感情を読み取れない風間とならば「普通の、互いに失礼なことを言い合う会話」が出来るのかもしれない。

 

 そこまで考えた所で、桃子は無意識に柚花の腕をぐいと掴み、自分の側へと引き寄せる。

 一方。和歌は、二人の漫才を気にした様子もなく、くすくすと笑っていた。

 

「ふふ……リュウくん、ありがとう。でも、私はあなたの気持ちを知ってて……」

 

「和歌さん、いいんです。俺は、和歌さんの気持ちがどこにあろうと――」

 

「あーはい、ストップです! そういうやり取りは今度にしてくださいね! 先輩も見てますし」

 

「タチバナお前な。自分でけしかけておいてそれはなくないか?」

 

 そして、和歌と風間がしっとりとした雰囲気を醸し出したところで、大人二人の見つめ合う視線を断ち切るように柚花が手を翳し、ストップをかける。

 もしかして、まだ漫才が続いてるのかな? と桃子は訝しんだ。

 

 だが、柚花の顔をチラリと覗き見ると、その瞳が不思議な光を放っている。

 これは、柚花がその双眸に意識して魔力を集中しているときの現象だと、桃子は知っている。たった今、柚花が【看破】の瞳で、何かしらを読み取っている。

 

「いえ、決して風間さんをからかってるわけではなくてですね。ほら、先輩と和歌さん、そろそろ起きる時間みたいですよ?」

 

「え?」

 

「あらー?」

 

 起きる時間。

 柚花が何をいっているのかと、桃子は一瞬分からなかったけれど、しかしそれはすぐだった。

 

 目の前の景色が。

 青い花畑を歩く、柚花たちの姿が、ふっと、遠のいていく。

 いや、柚花たちが遠のいていくのではなく、自分の意識が急速にその場を離れていっているのだ。

 

 

「先輩! また後で、現実でお会いしましょうね!」

 

 

 柚花の声だけが、どこか遠くの木霊のように、微かに桃子の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上で。桃子はゆるりと、目を覚ます。

 既に幾度かは体験したことだけれど、ニライカナイと現実を行き来するときは、どうにも頭が混乱してしまう。

 

 ぼんやりとした頭で、ベッドサイドのランプのスイッチを入れると、室内に照明が灯る。

 時間は既に夜だけれど、まだ遅い時間というわけではない。ただ、食堂は既に閉じてしまったかもしれない。夜食は食べ損ねた。

 ニライカナイでは非常に長く濃密な冒険をしていたので、桃子の中の時間感覚はそろそろ滅茶苦茶になってきた。

 

「おはようございます、桃ちゃん」

 

 ぼんやりと時計を見ていた桃子に、優し気な声がかかる。誰の声かなど、考えるまでもない。

 桃子はまだ半分眠っている頭をどうにか起こして、向かいのベッドの上で身を起こしている、優しい同僚の姿を見た。

 

「はい、和歌さんこそ……おはようございます。それと――」

 

 

 桃子は、ぴょこんとベッドから降りて、和歌のベッドへと移動して。

 そのまま、ぎゅっと、和歌へと抱き着いた。

 

 

「おかえりなさい!」

 

 

 そこには、しっかりと。生きた人間の温もりがあって。

 いつもの、優しい、大好きな同僚の匂いがした。

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